千燈花〜Eternal Love〜

橘 燈花

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第十二話

侍女の正体

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 やかたの前では数名の医官達が松明を片手に持ちウロウロと待っていた。主治医らしき男がこちらの到着に気づくと急いで駆けてきてすぐさま大王の脈をとった。

 「まだ意識が朦朧とされているご様子だが、どうた?」

 側近の男が急かすように主治医に聞いた。主治医はしかめ面で黙って脈取りに集中していたが、しばらくするとホッとした表情をし答えた。

 「大丈夫です、脈は安定しておりますし呼吸も整っておいでです。すぐに寝所へとお運びしましょう」

 「はぁ、、良かった…」

 周りを囲んでいた数名の臣下達の表情が一斉にやわらぎ、大王を寝所へと運んだ。

 「じきに意識もはっきり戻るはずですが、もしかするとこのまま朝までお眠りになるかもしれません。頭に大きなコブが見受けられますので、早急に冷やすものを持って参ります。幸いにも、医術の心得があったものが側にいたとは、大王様も強運の持ち主です。その者の処置がなければ、今頃大変な事態になっていたかと…。どこの部署の者でしょうか?」

 寝ている大王を横目に主治医が感嘆しながら側近の男に尋ねた。

 「イヤ、実は、暗闇の中であったので、よくわからなかったのだ。しかし、どうやら此度の行幸でついてきたどこかの宮の侍女のようだ」

 「侍女でございますか?さようでございましたか…しかしともあれ大王さまのご無事が一番です。すぐに煎じ薬となにか冷やす物を持ってまいります」

 主治医はそう言うと、再度安堵した表情を見せ部屋から出ていった。主治医が部屋から出ていくと側近の男は、大王の湯浴びに付き添った全ての臣下達を集め静かに言った。

 「此度の件は、事態が事態ゆえ他言無用だ。決して口外してはらならぬ。万が一にも外部に話した者は厳罰に処すからな」

 「はっ!」

 部屋の中が再び張り詰めた空気へと変わった。


  一方、、

 チュンチュン、チュンチュン。

 「ふぁ~良く寝た、ん?燈花とうか様?燈花とうか様、もう朝になりましたよ!大王様と王妃様にご挨拶にゆく準備をしなくてはですよ!さぁ起きて下さい」

 小彩こさは昨晩十分な睡眠を取ったと見え、元気いっぱいのようだ。私の体を思い切り揺さぶり起こそうとしている。けれど、私の
体は全く反応しない…明らかに気分が悪いし熱っぽい。

 「う~ん、小彩こさなんだかとても具合が悪いのよ…寒いし」

 「えっ、燈花とうかさまどうされたのですか⁉︎大丈夫ですか⁉︎」

 額に当てられた小彩こさの手が異様に冷たい。体中の末端がとにかく冷たく凍えるようだ。

 「大変!どうしましょう!直ぐに誰か呼んでまいります!」

 やはり結構な熱が出ているのだろう、小彩こさはバタバタと部屋を飛び出し、しばらくして医官らしき男ともう一人医女らしき若い女を連れて戻ってきた。医官の男は部屋の戸口付近で待ち、若い医女が私の手首をつかみ脈を取っている。医官らしき男は医女の脈診の結果を聞くと、小さく頷き姿を消した。医官の男が去ると外でその様子を心配そう見ていた小彩こさがすぐさま部屋に入ってきて、私を不安そうに覗きみながら手を握った。

 「燈花とうかさま、しかっりしてください」

 ぼんやりと小彩こさの手のぬくもりを感じながら、また深い眠りへと入ってしまった。

 同じ頃大王のやかたでは、


 「うーん、誰かおらぬか?イタタタ…」

 大王は頭を押さえながら起き上がった。

 「大王様⁉︎お目覚めですか!!」

 夜通し側で付き添っていた側近の男は飛び起きると、かん高い声で言った。男の目の下は真っ黒なクマができている。立ち上がったものの足元はよろよろとフラつき、目もおぼつかない。

 「おぅ三輪みわであるか、そなた何故ここにいるのだ?」

 大王は側近の三輪みわに気がつくと、後頭部をさすりながら不思議そうに尋ねた。昨晩の出来事をあまり記憶していないようだ。

 「大王様、まずは主治医を呼んで参りますので…誰かそこにおらぬか!主治医を呼んでまいれ!」

 側近の男が叫ぶと、部屋の外にいた侍女がバタバタと主治医を呼びに向かった。側近の男は大王の側に戻ると、昨夜の出来事をためらいがちに話し始めた。

 「大王様は昨晩、龍王ヶ湯の側で足を滑らせ湯に落ちたのですが、その時に岩に頭を打ちつけ、湯の中で気を失われたのです。すぐに我々で引き上げましたが、水を大量に飲んでしまいまして…その、王様は息をしておりませんでした…、で、その…右往左往していた時に、得たいの知れぬ侍女が急に現れまして、その…」

 側近の男がちょうど言葉に詰まった時だ、

 トントン、トントン。

 誰かが部屋の戸を叩いた。

 「兄上お目覚めですか?私です。主治医を連れて参りました。中に入ってもよろしいですか?」

 「山代王か?構わぬ、入りなさい」

 ガタガタと戸が開き山代王と主治医の男が一緒に部屋の中へと入ってきた。

 「兄上、お体の具合はどうでございますか?」

 「山代王よ、心配をかけたな。うむ、体はなんともないが、頭がズキズキと痛むのだ」

 すると主治医の男が言った。

 「昨夜、転倒された時のものだと思います。新しい湿布を作りましたので、コブに当てて冷やして下さい。痛みが和らぎます」

 「すまぬな。そなたが昨夜私を救ってくれたのか?」

 それを聞き驚いた主治医の男と側近の男は互いに顔を見合せるとバツが悪そうにうつむいた。山代王も興味深く二人を見ている。二人ともチラチラと大王の顔を見ながらそれでもまだ口をつぐんでいる。

 「どうしたのだ?はっきり申さぬか」

 大王が少しイラついたような口調で二人に言った。

 「それが…」

 側近の男は覚悟をしたのか、昨夜の出来事を大王と山代王の顔色を伺いながら、時折言葉を詰まらせ再び話し始めた。

 「な、なんと…」

 話の始終を聞いた大王が驚いた表情で言った。

 「大王様、どうかお許し下さい、その穢らわしい無礼者を即刻見つけ、厳しく処罰致します」

 側近の男が強い口調で答えた。すると黙って話を聞いていた主治医の男が冷静に言った。

 「王様、僭越ながら私からも一言申し上げてもよろしいですか?」

 「申してみよ」

 「はい、確かに、この話は前代未聞であり大胆奇抜な行動ではありましたが、その侍女の処置方法は理にかないます。適切な処置であったからこそ、王様のお命が救われたのも事実でございます」

 「ふむ、なるほど…山代王よ、そなたはどう思う?」

 「大変驚くばかりの話ですが、私も主治医と同意見です。その侍女も自らの処遇などかえりみず、とっさに兄上をお救いしたのでしょう。勇気ある行動であり、誰にでも出来る事ではありません。その者をただただ責めるわけにはゆかぬかと…」

 「私もそう思う。私はその者に救われた。夢だと思っていたが、確かに遠のく意識の中で私を呼ぶ女人の声を聞いた。見つけ出して礼をしなければ。むしろ命の恩人と呼ぶべきかな…」

 大王がクスッと笑った。

 「しかし、大王様、此度の行幸は多くの宮から侍女が参っており、どこの宮の侍女かもわかりません。ただ近くの村の女かもしれませんし、どちらにせよ卑しい身でありながら、神聖な大王様のお体にましてや、その…唇に触れるなど恐れ多い事であり、やはり許される事ではありません!」

 側近の男はフンフンと鼻をならしながらまだ口をへの字に曲げている。

 「まぁ三輪みわよ、そう怒るな。緊急事態だったのだから仕方なかろう、結果私は救われたのだ。むしろその者はもう、よそへは嫁げまい…ふむ…私が娶らなければならぬかな?」

 「大王様!悪いご冗談はお止め下さい」

 側近の男は汗をダラダラとたらし、しかめっ面をして頭を抱えた。大王と主治医はその姿を見て笑ったが大王は心の中でなかなか良い案だと真剣に思った。

 「兄上、では私が内密にその侍女を探してみます」

 山代王が言った。

 「そうか、頼んだぞ。ところで燈花とうかは無事着いたのか?」

 「はい。ここに来る前にあの者らの部屋の前が騒がしかったので、様子を見に寄りました。小彩こさの話しでは、どうやら今朝より高熱を出し床に伏せているようです。恐らく旅の疲れで体調を崩したのでしょう」

 「そうであったか、、到着したばかりだというのに可哀想に…見知らぬ土地であるし、さぞ不便であろう。侍女たちにしっかり面倒をみるように命じておこう」

 「お願いいたします」

 夕方の微かな陽が顔にあたり目を覚ました。随分と長い間寝た気がする。

 「小彩こさ小彩こさ…いる?」

 「燈花とうか様?お気づきになられましたか⁉︎」

 小彩こさはすぐ側の寝台で横たわっていたが、すくっと起き上がり私を見た。

 「うーん、喉が渇いて…お水が欲しいのだけど、持ってきてくれる?」

 「はい、直ぐにお持ちします」

 水をもらうと一気に飲み干した。

 「美味しかった、、。生き返ったわ。ありがとう」

 喉がカラカラだったので格別に美味しく感じた。

 「燈花とうかさま、心配いたしました~」

 小彩こさが泣き声で言った。

 「まる二日間高熱にうなされていたのですよ!もう3日目の夕方にございます。医官によると旅の過労が原因のようです」

 「三日…そんなに眠っていたのね…いつもあなたには迷惑ばかりかけてしまって申し訳ないわ」

 小彩の顔をまじまじとみると目は真っ赤に腫れ上がり頬はやつれ、目の下も真っ黒だ。完全に疲れ切っている。本当に申し訳ないと心から思った。

 「燈花とうかさま、迷惑だなんて思ったことはありません!あっ、あと大王様と、山代王様も大変ご心配されております」

 「だ、大王様が…?大王様こそ、無事ご回復された??」

      はっ…しまった

 「えっ⁈何故燈花とうかさま、大王さまの事をご存知なのですか?…ま、ま、まさか、大王さまをお救いした侍女って…と、燈花とうかさまですか⁉︎」

 小彩こさはハァッと言って息をのみ両手を胸にあてた。

 「シィーッ!!声が大きいわよ」

 慌てて言ったが、こうなるかもとは事前に予想できていた。まだまだ病み上がりで頭はぼーっとするが、何としても今すぐに小彩こさにだけは釈明したいと思った。

 「これには事情があるのよ、今、私だとわかったら即処刑よ。お願いだから絶対に黙っていて」

 「も、もちろんでございます。詳しい内容は存じませんが、その侍女を王様がどうやら内密に探しているそうです。私は山代王様より尋ねられこの話を聞きましたが、絶対に口外しないようにと、きつく仰せつかっております。燈花とうか様の事も尋ねられましたが、この土地に到着してすぐに高熱を出し伏せてしまいましたので、部屋からは一歩も出ていないと申し上げました」

 「小彩、賢明な答えだわ。良かった…」

 大きく深呼吸し胸を撫で下ろした。そしてあの夜の出来事を全て小彩こさに話した。

 「く、く、口づけですか⁉︎」

  やっぱり・・・そうなるわね…。

 小彩こさは両手で唇を押え息が止まったかのように微塵も動かない。そして瞬きもせず私を見つめている。まぁ、、それはそうなのだけど…

 「とっさにそうしてしまったのよ、仕方なかったのよ」

 「でも、人口呼吸などという言葉は一度も聞いた事がありませんし、そのような方法を考えたこともございません」

 小彩が目を見開きながらきっぱりと言った。

 「そうなのだけど、私が育った東国にはこの蘇生方法があり、根拠のある応急措置なのよ」

 まぁ、現代での話しだけど…

 「理解に苦しみますがひとまずわかりました…でも燈花とうかさま、不思議と事態はその逆に進んでいるようなのです…」

 「逆ってどういうこと?」

 「実は、大王様はその侍女を命の恩人だと仰せになっていて、褒美も沢山用意するそうです。そして定かではありませんが…その侍女を…そ、側室に迎えるとも…」

 小彩こさは少しためらいがちに小さな声で言った。

 「そ、側室⁉︎嘘でしょ⁉︎ダメよ絶対に黙っていて頂戴、お願い!」

 思わぬ展開にさすがの私も動揺した。両手を合わせてお願いのポーズを必死に小彩こさにしたくらいだ。

 「でも燈花とうか様、無礼を承知で申し上げても良いですか?」

 「な、何⁉︎」

 「燈花とうか様はきっと、その…私よりもいくつかは年上ですよね??その…もしもお慕いしている方が東国に居ないのであれば、その…大王様の側室に選ばれるなんて、千載一遇の好機だと思うのです。この国の女にとってこれほどの幸せな事がありますでしょうか?」

     ・・・・う~ん。。

 「確かに、そうかもしれないけど私この時代の人間ではないし…」


   あーもう!またやってしまった!


 思わず口を押えた。小彩こさにさえも絶対にばれてはいけない事実だ。

 「この時代とは?」

 小彩こさが不思議そうに聞き返してきた。コホンと咳払いを一つして、冷静に言った。

 「とにかく、今回の件は絶対に黙っていてお願い。山代王様にもよ」

 小彩こさは訳がわからないという様子で少し困惑気味な表情をしたが、静かに頷き言った。

 「はい、私は一番に燈花とうか様にお仕えする身です。燈花とうか様の命であれば、もちろん従うまででございます」

 「ありがとう、安心したわ」

 「とにかく、燈花とうか様の意識が戻ったことを山代王様にお伝えに行ってまいります。大変心配されて一日に何度も様子を見にいらしていたのですよ、元気な燈花とうか様を見たらたいそうお喜びになられます」

 そう言うと小彩こさはニコッとして部屋から出ていった。

 ひぐらしの鳴く声が聞こえる。

 山代王様にもお礼をしなくてはいけないし、頂いた翡翠の指輪も中宮さまから頂いた橘の手巾も、あの石の上に置いてきてしまった事がとにかく気がかりだった。

 外を見るともう陽は傾きオレンジ色の光が部屋の中に差し込んできている。

 はぁ…仕方ないわ、明日探しに行ってみよう。もう三日も経っているけれどまだあの場所にあるかしら…

 不安ばかりがつのり、心底気が気ではなかった。暫くして小彩こさが戻ってきて言った。

 「山代王様がいらっしゃらなかったのでお付きのものに伝えて参りました。あと明日もし体調が良いようなら、王様にご挨拶をするようにと、三輪みわ様より仰せつかりました」

 「ええ。明日の朝、必ずご挨拶に伺いましょう。午後は何か予定はある?」

 「いえ、何もないはずですが…どうかされたのですか?」

 「ううん、何でもないわ、部屋に三日間もこもっていたから、少し体を慣らさないと、、。明日は外に出て新鮮な空気を吸うわ」

 「では私もお供いたしますね」

 「ダメよ!あなたは私の看病でろくに寝ていないでしょ?明日の午後はゆっくり休んで頂戴、お願い」

 小彩こさは不思議そうに私の顔を見ると、

 「はぁ…」

 と、答え首をかしげた。

 明日はあの湯に絶対に行かなくてはいけない。もし誰かに見つかり事が悪い方向に進んで万が一にも小彩こさを巻き込んでしまったら一大事だ。全ての真実を話して混乱させたくなし、やはり一人で解決するのが最善の策だと思った。

 二つの大切な品が無くなっているかもしれないという不安と、あの夜の自分のした事がバレてしまうのではないかという不安で、その夜はほとんど眠れなかった。




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