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⑱スーツの男

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 その日、純也は起きてすぐ寝室の窓のカーテンを開けると天気を確認した。

 「見て!啓介さん!!めちゃくちゃ良い天気!!これなら篠原さんをテラスに誘っても怪しまれませんよ!!」

 「そうだな。今日もテラスにするか。」

 そう、今日は篠原が来る日だ。二名でランチの予約になっている。

 「うん・・・。何かあっても、すぐに助けに行ける距離にいてほしい・・・。」

 「ほんと、お前は心配性だな。」

 ベッドに腰掛けたまま、啓介が笑う。

 「啓介さんのことが大切だからです!」

 窓際にいた純也が、長い脚でいっきに距離をつめ座ったままだった啓介にのしかかり、布団上に押し倒した。

 「ちゃんと、俺のとこに戻ってくるって約束して・・・。」

 啓介としては大袈裟な気がしたが、心配をかけているのも分かっている。
 
 「ちゃんと、お前のとこに帰る・・・約束するよ、純也。」

 啓介は、純也の背に腕を回すと頬を擦り合わせた。

 啓介さん、ほっぺたぬっくっっっ!!寝起きだからっ!?朝からかわいっっ!!!

 どうしよう!!安心したかったはずなのに、啓介さんの可愛さを引き出してしまった!!

 「だめ・・・心配すぎ・・・。」

 「約束したのに!!!?」

 啓介は、自分に伸し掛かっている純也ごと体を起こすと、朝ご飯が食べたいとお強請りした。
 時間は有限だ。いつまでもベッドの上でイチャついていると遅刻してしまう。
 






 「友緖ちゃん!!友緖ちゃんだよな!?」

 レストランの仕事の合間に、外に出た友緖は一人の男に声をかけられた。
 背の高いスーツを着た男だった。
 友緖が一言も発さない内に、男は彼女の腕を掴む。男の捲し立てるような声が、友緖を責めているように聞こえた。
 男は色の濃いサングラスをかけていて表情がよく分からない。

 「なんで、こんなとこっ、俺、ずっと、」

 「ちょっと、誰ですか!?手を離してください!!」

 叫ぶような声は友緖のものではない。友緖と一緒にいたみちるだ。

 「俺はっ「早く、友緖さんから手を離して!!」

 何か言おうとする男の声を、みちるの声が遮った。逃さないというように腕を離さない男と、友緖の体を自分の方へ引き寄せるみちる。小柄な友緖は背の高い二人の間で揺さぶられ、仕事用の革靴だった足元がむき出しの地面で滑り、バランスを崩した。

 「っ!!」

 友緖は、地面にぶつかる覚悟で息を飲んだ。そんな彼女の視界に淡いミントブルーの作業着が飛び込んでくる。
 聞き慣れない衝撃音がして、咄嗟に友緖は目を閉じた。
 
 友緖がはっとした時には、よろけた友緖をみちるが抱きとめていた。
 腕を掴んでいた男はいない。

 「良かった・・・友緖さん・・・。」

 転けずに済んだ自分、先程の衝撃音、作業着・・・それにスーツの男はどこへ・・・? 

 「みちるちゃん・・・さっきの・・・」

 展開についていけていない友緖は、落ち着かない心臓をブラウスの上から手でおさえた。

 「友緖さん、もう、あの男のことは、大石さんに任せましょう!危ないです!!」

 「・・・大石さん?」

 そう言われ周りに目を向けると見慣れた後ろ姿がある。友緖はそれで淡いミントブルーの作業着は、彼だったのだと分かった。
 太陽のしたでキラキラと輝き、間違いようがない。

 「風見!!良かった!何ともないか?」

 駆け寄ってくる啓介のキラキラが周りに散らばり、温かいような眩しいような不思議な安心感を感じた。
 空中に消えていく光の粒を思わず目で追った。

 「私は・・・大丈夫です。ありがとうございます・・・あのっ、さっきの男の人は・・・?」

 「あぁ・・・あいつなら・・・あれだ。」

 啓介に言われた方を見るとスーツの男が地面に倒れていた。

 「咄嗟に手加減できなくて、思いっきり殴ってしまったら失神した。」

 「あっ・・・。」

 友緖のただでさえ白い肌が、血の気を失い青白くなる。

 「すみません、私・・・私のせいで・・・。」



  みちるがスマホで二階のレストランにいる倉本に連絡を入れると倉本は純也を連れて降りてきた。
 今はランチタイムが終わった後で、お客さんが施設内にいる間は、ドリンクメニューのみでレストランは16時頃までは開いている。

 昼食を食べた後、休憩時間が残ったので外の空気を吸いに出ていく友緖にくっついてみちるも降りてきていた。

 休憩時間の間、フロアはヘルプの従業員がつないでくれている。

 料理の注文が入ることはないので、厨房二人が降りてきても特に問題はないが、少々、衝撃的な状態だった。

 青ざめた友緖を抱きしめたままのみちる、二人のそばにいる啓介、少し離れた地面に倒れたまま微動だにしないスーツの男。

 「二人ともだいじょ、えっ、啓介さん?」

 二人の安否を確認しようとした純也だが、そこに啓介の姿があり驚く。

 とっくに昼食を終え、時間的にも午後の仕事が始まっているはずだ。

 「・・・何があった?みちる、お前、友緖が変質者に襲われたって言ってたよな?」

 「はい。そこの男です!大石さんが助けてくれました!」 

 みちるが、びしっと地面の男を指差す。それを聞いた純也は、血相を変え啓介のすぐそばまで行く。
 
 「啓介さんっ!けがは?大丈夫?」

 純也は、啓介の肩や腕を触りがら無事を確認する。人目がなかったら、服を脱がせてでも自分の目で隅々まで確かめたい。

 「あぁ、俺は何ともないんだが・・・相手があの状態で・・・。」

 「お前がやったのか?生きてんだろうな?」
 
 意識のない男を見た倉本は、顔をしかめた。啓介は、素直に思いっきり殴ったと言い、それを聞いた純也は、また慌てて啓介の手を確認する。

 「良かった・・・どっちの手も痛めてないですね・・・。」

 「軍手してたからな。」

 仕事中だった啓介は、軍手をはめたままだった。純也は軍手を脱がして裸になった両手を片方ずつ両手で包み込むように撫でる。

 名残惜しいが、手を離して軍手も返した。地面の男は、いまだ意識がもどらない。

 「取り敢えず、国生さん呼んでから起こします?何かあった時のために。」

 純也の中で、こういう危ないこと担当は完全に国生だった。彼を呼ばないと、啓介が危ない役割を担ってしまう。


 
 
 
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