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いつだって物語の主役はアルファとオメガだ。ベータはその他大勢の一般人で、かやの外。
ウサギの獣人であるダニエルは、父親のやっている鍛冶屋の跡を継ぐべく修行中だ。半獣の姿の今は、頭の上に黒くて長い耳がぴんと立っている以外は、人間とほとんど変わらない。一階は作業場、二階が自宅になっている。
ダニエルはベータなので、アルファとオメガにある『運命の番』などというロマンチックなものとは無縁だ。きっと同じくベータの嫁をもらって、平凡に暮らすのだろうと思っている。
「ダニエル、これ片づけておいてくれ」
「分かった」
ダニエルは父に言われ、作業台に散らかっている金槌などの道具を片付ける。
ドアの開く音に、客が来たかとそちらを見やると、
「ダニエル、来たよー!」
見慣れた少年が胸に勢いつけて飛び込んでくる。倒れこみそうになったダニエルは、慌ててその場で踏ん張って受け止めた。
「またお前……」
顔をあげたのは、やはり見慣れた幼なじみだった。ぺろっと舌を出す姿が、堂に入っている。
「買い物したいからって外出させてもらったんだけど、護衛の人の隙をみて逃げてきた。そのうち気づいてここに来るだろうし、大丈夫」
ダニエルはあきれ顔で、
「そのうち外に出してもらえなくなるぞ」
「そうなったら別の手を考えるよ」
ダニエルの忠告にも、エディは平然としている。勝手にダニエルの父の隣に置いてある椅子に座った。
もともと家が隣だった幼なじみのエディは、人間だ。オメガの判定が出てすぐ、オメガが集められる施設で暮らすようになった。もっともたびたびこのようにしてダニエルに会いにやってくるので、隣に住んでいたころと会う頻度自体はあまり変わらない。
なぜか獣人からはアルファとベータしか生まれず、稀少な存在である人間のオメガは、施設で手厚く世話されるのだ。
オメガと判明したエディはアルファのための存在であり、本来ならばベータであるダニエルが、気安く話せる存在ではない。
そんな彼が居場所の見当がついているとはいえ、たびたび失踪するようでは、外出できなくなるのも時間の問題だろう。
「その前にダニエルが僕を嫁にして?」
首を傾げた姿が可愛らしい。本気かどうか分からないが、ここ数年顔を合わせるたびにそう言ってくるようになった。そのたびにダニエルの心はざわめく。そして、そのことに目をそむける。
「冗談だろ。ベータの俺が、オメガ様のエディを嫁にもらえるか」
いつものように冗談めかして答えると、エディも同じように返し、肩をすくめる。
「残念。まーたフラれちゃった。おじさん」
「こんなに可愛くて器量がいいエディの何が不満なんだかなぁ。我が息子ながら、理想が高すぎると婚期逃すぞ?」
あきれ顔の父に、ダニエルのほうがあきれる。
エディの性格も器量もいいことなど、ダニエルのほうがよく知っている。エディに非があるわけではなく、あるとすればダニエルがベータだということだ。
もし、ベータではなくアルファだったら。そう考えたことなら何度もある。考えたところで、アルファになれるわけではないのに。
ダニエルはぎゅうっとこぶしを握り締めた。爪先が、手のひらに食い込む。
「とにかくそのうち迎えが来るんだろうから、その間くらいゆっくりさせてやりゃあいいだろ。施設じゃ監視がついて、のんびりできねぇんだろうし。茶ぁくらい出してやれ」
「……はいはい」
ダニエルは言われるがままに奥にひっこんだ。奥には簡易的なキッチンがついている。作業場では、お茶を飲むくらいしかしないので、簡単なものでも不便しない。
雑にいれたお茶を持って戻ると、エディと父がにこやかに談笑しているところだった。
「ほら」
テーブルはないので、直接カップをエディに手渡す。きらきらとした黒目がちの丸い目で、ダニエルを見上げてにこっと微笑む。
「ありがとう」
「別に」
その目が気恥ずかしくて、笑顔が可愛くてまっすぐ見られず、顔をそむけてぶっきらぼうに返す。
「なんだ、その言い方は」
「ちょ、親父! お茶こぼすだろうが!」
父にどつかれてお茶をこぼしそうになるのを、なんとかこらえる。
「あ」
ダニエルは耳をぴくぴくと動かした。数人の足音と話し声が聞こえてきたからだ。
「そろそろ来たみたいだぞ」
「そっか」
エディはフーフーと息を吹きかけて冷ましていたお茶をごくごくとのどを鳴らして飲み干した。
「ごちそうさま」
ダニエルに空のカップを手渡す。同時に店のドアが開いた。どやどやとした足音とともに入ってきたのは、やはりエディの数名の護衛で、騎士だった。
「エディさま! やはりここですか! 心配したんですよー」
彼らが縋り付くように泣きつくのをエディは苦笑いする。
「はいはい。ごめんごめん」
「ほらほら。早く戻りましょう。エディさまに何かあれば、叱責されるのは私たちなんですから!」
騎士たちにぐいぐいと背中を押されながら、エディが振り向く。
「また来るね?ダニー」
小首を傾げるその仕草が、とても可愛らしいと思ったのに、口からついてでたのは全く違う言葉だった。
「もう来るんじゃねーぞ」
「またお前は!」
またもダニエルは父にこづかれた。
ウサギの獣人であるダニエルは、父親のやっている鍛冶屋の跡を継ぐべく修行中だ。半獣の姿の今は、頭の上に黒くて長い耳がぴんと立っている以外は、人間とほとんど変わらない。一階は作業場、二階が自宅になっている。
ダニエルはベータなので、アルファとオメガにある『運命の番』などというロマンチックなものとは無縁だ。きっと同じくベータの嫁をもらって、平凡に暮らすのだろうと思っている。
「ダニエル、これ片づけておいてくれ」
「分かった」
ダニエルは父に言われ、作業台に散らかっている金槌などの道具を片付ける。
ドアの開く音に、客が来たかとそちらを見やると、
「ダニエル、来たよー!」
見慣れた少年が胸に勢いつけて飛び込んでくる。倒れこみそうになったダニエルは、慌ててその場で踏ん張って受け止めた。
「またお前……」
顔をあげたのは、やはり見慣れた幼なじみだった。ぺろっと舌を出す姿が、堂に入っている。
「買い物したいからって外出させてもらったんだけど、護衛の人の隙をみて逃げてきた。そのうち気づいてここに来るだろうし、大丈夫」
ダニエルはあきれ顔で、
「そのうち外に出してもらえなくなるぞ」
「そうなったら別の手を考えるよ」
ダニエルの忠告にも、エディは平然としている。勝手にダニエルの父の隣に置いてある椅子に座った。
もともと家が隣だった幼なじみのエディは、人間だ。オメガの判定が出てすぐ、オメガが集められる施設で暮らすようになった。もっともたびたびこのようにしてダニエルに会いにやってくるので、隣に住んでいたころと会う頻度自体はあまり変わらない。
なぜか獣人からはアルファとベータしか生まれず、稀少な存在である人間のオメガは、施設で手厚く世話されるのだ。
オメガと判明したエディはアルファのための存在であり、本来ならばベータであるダニエルが、気安く話せる存在ではない。
そんな彼が居場所の見当がついているとはいえ、たびたび失踪するようでは、外出できなくなるのも時間の問題だろう。
「その前にダニエルが僕を嫁にして?」
首を傾げた姿が可愛らしい。本気かどうか分からないが、ここ数年顔を合わせるたびにそう言ってくるようになった。そのたびにダニエルの心はざわめく。そして、そのことに目をそむける。
「冗談だろ。ベータの俺が、オメガ様のエディを嫁にもらえるか」
いつものように冗談めかして答えると、エディも同じように返し、肩をすくめる。
「残念。まーたフラれちゃった。おじさん」
「こんなに可愛くて器量がいいエディの何が不満なんだかなぁ。我が息子ながら、理想が高すぎると婚期逃すぞ?」
あきれ顔の父に、ダニエルのほうがあきれる。
エディの性格も器量もいいことなど、ダニエルのほうがよく知っている。エディに非があるわけではなく、あるとすればダニエルがベータだということだ。
もし、ベータではなくアルファだったら。そう考えたことなら何度もある。考えたところで、アルファになれるわけではないのに。
ダニエルはぎゅうっとこぶしを握り締めた。爪先が、手のひらに食い込む。
「とにかくそのうち迎えが来るんだろうから、その間くらいゆっくりさせてやりゃあいいだろ。施設じゃ監視がついて、のんびりできねぇんだろうし。茶ぁくらい出してやれ」
「……はいはい」
ダニエルは言われるがままに奥にひっこんだ。奥には簡易的なキッチンがついている。作業場では、お茶を飲むくらいしかしないので、簡単なものでも不便しない。
雑にいれたお茶を持って戻ると、エディと父がにこやかに談笑しているところだった。
「ほら」
テーブルはないので、直接カップをエディに手渡す。きらきらとした黒目がちの丸い目で、ダニエルを見上げてにこっと微笑む。
「ありがとう」
「別に」
その目が気恥ずかしくて、笑顔が可愛くてまっすぐ見られず、顔をそむけてぶっきらぼうに返す。
「なんだ、その言い方は」
「ちょ、親父! お茶こぼすだろうが!」
父にどつかれてお茶をこぼしそうになるのを、なんとかこらえる。
「あ」
ダニエルは耳をぴくぴくと動かした。数人の足音と話し声が聞こえてきたからだ。
「そろそろ来たみたいだぞ」
「そっか」
エディはフーフーと息を吹きかけて冷ましていたお茶をごくごくとのどを鳴らして飲み干した。
「ごちそうさま」
ダニエルに空のカップを手渡す。同時に店のドアが開いた。どやどやとした足音とともに入ってきたのは、やはりエディの数名の護衛で、騎士だった。
「エディさま! やはりここですか! 心配したんですよー」
彼らが縋り付くように泣きつくのをエディは苦笑いする。
「はいはい。ごめんごめん」
「ほらほら。早く戻りましょう。エディさまに何かあれば、叱責されるのは私たちなんですから!」
騎士たちにぐいぐいと背中を押されながら、エディが振り向く。
「また来るね?ダニー」
小首を傾げるその仕草が、とても可愛らしいと思ったのに、口からついてでたのは全く違う言葉だった。
「もう来るんじゃねーぞ」
「またお前は!」
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