偽り王女とヴァンパイア

水無瀬雨音

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第1章 やっかい姫 1

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 世界は、常闇に包まれていた。混沌とした世界を哀れまれた神は、自らの子である太陽神と月の女神を地に遣わした。すると世界は昼も夜も光が生まれた。人々は歓び、神と女神にいつまでもとどまってくれるよう頼んだ。
 礼として人々は、もっとも美しい男と女を差し出した。神と人間の間に生まれた子は、それぞれの目と髪の色を宿して生まれてきた。
 世界を国として分けた時、世界の中心にある二つの国をそれぞれの子が統治することになった。太陽神の子孫が治めるのがエンブライド神聖国、月の女神の子孫が治めるのがアーリスティア帝国である。
 そのためそれらの国は今でも太陽神と月の女神の加護を受けているとされる。

「エンブライド神聖国史一章世界の始まり」より



 シャルロットは厄介者だった。王妃ではなく、国王のお手つきにされたメイドの娘だからだ。王妃以外の女に子供を産ませたなど公にできるはずがない。いっそのこと城下町に放り出してくれればよかったのに、秘密がバレないよう手元に置いておきたいのだろう。
 顔立ちは母に似ていたが、髪と目は王族でしかありえない琥珀色だったからだ。そのため国王も「自分の子ではない」と言い逃れできなかったようだ。体面上王妃の娘ということになっていたが、病弱ということになっており、表に姿を見せることはほとんどない。
 正妃との子と同じように扱うことはできないので、「厄介姫」と呼ばれていた。使用人たちも裏で呼んでいるのは知っていたし、王妃や兄弟である王子、姫からは面と向かって言われていた。
 同じ敷地内とはいえ、王宮から離れたところにある古い離宮の頂上。そこでシャルロットは暮らしていた。
 王女が暮らしているとは思えない狭い一室に、質素なわずかばかりの家具。四角い窓から見える景色。それがシャルロットの世界の全てだった。
 世話をしてくれる使用人と、時折マナーや勉強などを教えに来てくれる教師以外とは話をすることもない。
 母が元気なときはそうではなかった。同じく離宮で暮らしていたとはいえ、周りの小さな庭には出入りできた。優しい母と過ごす日々は穏やかで幸せだった。
 だが、シャルロットの生活が一変したのは突然だった。
 ある朝シャルロットが目覚めると、母が手足を動かせなくなっていたのだ。話すこともほとんどできない。前日まで元気にしていたのに。なんとか命はとりとめたが、数年たった今でもそのような状態だ。治療はしてもらっているが、医者からは「回復の見込みはほとんどない」と言われている。
 基本的にシャルロットは部屋から出ることは許されていないが、使用人を同伴すれば隣の部屋にいる母の見舞いはさせてもらえるので、毎日見舞いに行っている。
 軽いノックとともにメイドが入ってきた。朝食の載ったトレーを持っている。

「シャルロットさま、朝食でございます」

 テーブルにそれらを配膳すると、メイドは部屋の片隅にたたずむ。会話をすることはないが、シャルロットが食べ終えるまで待つことになっているのだ。
 質素な朝食を食べ終わると、お茶を一息に飲む。健康によいと言われて飲むように言われているのだが、これが薬湯のように苦い。香りも独特だ。ふつうのお茶のように味わってはとても飲めるものではない。
 物心ついたころにはもう飲まされていて、幼い頃は病気でもないのにこんなものを飲みたくはなかったが、食事が終わるまでメイドが見ているので残すことは出来なかった。優しい言葉をかけてもらうどころか、ほぼ顔を合わせることもない国王だが、自分の健康に気を使ってくれているのだ、と嬉しく思っている。

「国王さまと王妃さまがお呼びでございます」

 食器を片づけながら、メイドが言う。

「お父さまが?」

 国王から呼び出されるなどかなりまれだ。王妃や兄弟たちがきまぐれに離宮に顔を出しては、シャルロットを罵倒していくことはたまにあったが。
 メイドに連れられて国王の応接室に向かう。
 軽くノックをして、

「国王陛下、シャルロットさまをお連れしました」
「入れ」

 久しぶりに聞く、国王の重々しい声が返ってくる。国王の声を聞くなど、何年ぶりだろうか。

「どうぞ、シャルロットさま。わたしはこれで」

 メイドにうながされ、シャルロットは、重い扉を開けた。
 正面の玉座に国王と王妃が座っている。

「国王陛下王妃さま、お久しぶりにございます」

 シャルロットは丁寧に淑女の礼をとる。

「おまえはもうすぐ18になるのだったな」

 数年ぶりに会うというのに、余韻というか感慨深さというものはみじんもなかった。だが、国王に愛されているなどと期待はしていないので、がっかりすることもない。
 誕生日だからといって、パーティーを開いてもらったことは今までもちろんなかった。成人である18歳になるからといって、それがなんだと言うのか。社交界デビューさせるつもりでもないだろうに。
 怪訝に思いながらも、シャルロットは肯定した。

「はい。そうです」

 何を言われるのだろうと不思議に思っていたが、国王の言葉はシャルロットが全く予想だにしないことだった。

「結論から言うが、隣国のヴァンパイアを殺してこい」
「ヴァンパイア……? 殺す……? 申し訳ございません。父上。事情がよく分かりません」

 シャルロットは一応王女としての教育は最低限受けてはいるが、他国のことは全く知らないため、隣国にヴァンパイアが存在していることは初耳だった。
 ましてや彼女はそのような教育は受けてはいない。ただの娘だ。もっと適切な人材がいるのではないのだろうか。例えば屈強な騎士とか。
 全く事情が呑み込めず困惑するシャルロットに、王妃がいらだった口調で言い添える。

「まったく、理解できないなんて頭の悪い娘ね。陛下のおっしゃることはただ従えばいいの。ここまで何不自由なく育てた恩義を返しなさい、シャルロット」
「確かにここまで育てていただいて、感謝はしております。ですが……」

 ヴァンパイアというだけで殺すというのは物騒な話だ。それともエンブライドの民にまで吸血行為などなんらかの被害が出ている、ということなのだろうか。
 シャルロットの考えをみすかしたように、国王が重々しくうなづいた。

「実はうちの諜報部がアーリスティアが、我が国に戦をしかけるつもりらしいという情報を仕入れてな。もしそのようなことになれば、ヴァンパイアの持つ魔力は脅威だ。そのためアーリスティアもヴァンパイアを魔界に戻そうとはせず、国にとどまらせているのだろう。ヴァンパイアと王家が何らかのつながりがあるとも聞くが、そうでなければあんな野蛮な生き物を王都の外れの森の中とはいえ、置いておくものか。我が国に戦をしかける機会を虎視眈々と狙っている、何よりの証だろう」
「戦……」

 シャルロットには隣国との関係も分からないので、戦が起こるかもしれないと言われれば否定することはできない。
 ヴァンパイアを始めとする魔物は、強大な魔力を持っており、たった一人だとしても魔法を使えぬ人間には確かに脅威だ。
 本来ヴァンパイアは、魔界に棲む生き物だ。
 だが、数十年前までは大っぴらにではないが、ちらほらと魔界と人間界の間を行き来していたそうだ。国王が言うには、人間の血が彼らにとって美味なのだろう、ということだった。といってもやはり魔界の生き物、人間界で暮らすのは何かと大変であったので、人間界に居つくことはなかったはずなのだが。最近では、人間界に姿を現すこともほぼない。
 それなのにどういうわけか、隣国の王都の外れにある森の中の古城で、今でもヴァンパイアが暮らしているらしい。

「このままでは我が国はヴァンパイアの脅威にさらされてしまう。使用人としてもぐりこみ、隙をみて殺すのだ。若い娘であれば油断が生まれ、そこをつけば殺すことは十分可能だろう。おまえが頼りなのだ。
もちろん可愛いおまえにこんなことを頼みたくはない。だが、信用できない人間ならば、裏切る可能性があるからな。シャルロットならば、私たちを裏切ることはないだろう」
「お父さま……。私を、頼りにしてくださるのですか? 可愛いと思ってくださっているのですか?」

 シャルロットが感激で大きな目を潤ませると、国王は重々しくうなづいた。

「おまえも等しく可愛い娘なのだ。そうでなければ離宮とはいえ、王宮には入れぬ。今はおまえの待遇がほかの姫たちとは多少違うが、うるさい連中がいるからな。それも今しばらくの我慢だ」
「いえ、私は今の待遇に不満は抱いておりません。陛下のそのお気持ちだけで……」

 国王がそんなにシャルロットのことを、大切に思っていてくれたとは考えてもみなかった。自分は取るに足らない、空気のような存在なのだと思っていた。ただ自分の存在をひた隠しにするために、手元に置いているのだと。
 そう思っていたことが申し訳ないし、初めてこんな自分を頼ってくれたのだ。その期待に応えたい。だが……。
 返事に窮しているシャルロットに、王妃がたたみかけるように言う。

「おまえが引き受けないつもりであれば、母の治療を今すぐやめるということもできるのですよ」
「そんな……!」

 無慈悲な王妃の言葉に、シャルロットの顔からさっと血の気が引いた。頭の中が真っ白になる。治療を続けているからなんとか命が保たれているのだ。それをやめてしまっては、母の命はすぐに絶えてしまうだろう。
 シャルロットの背中を押すように、国王が布に包まれた棒状のものと液体のはいった小瓶を差し出してきた。布に包まれたものはそれほど大きなものではない。シャルロットの両の手をくっつけたほどの大きさだ。小瓶の中身は恐らく聖水だろう。

「やってくれるな」
「……はい」

 シャルロットは、いくばくかの罪悪感を感じつつもうなづいた。そして、国王から震える手で、それを受け取った。
 布を広げると、装飾も何もない質素な銀のナイフだった。これでヴァンパイアを殺せということだろう。ヴァンパイアは銀製のものが苦手だと書物で読んだことがある。

「だが、あちらに言ったら言葉は話さないように。あちらの言葉を話したところで、なまりでエンブライドの者だと分かると面倒だからな。むしろ哀れんで同情するかもしれん」
「はい。分かりました」

 話さない、というのは大変な気がしたが、仕方がないだろう。国王の言ったことはもっともだからだ。

「期限を一月とします。もしヴァンパイアを仕損じても、この国に戻ることは許しません。そのときはおまえの命はありませんよ。ヴァンパイアを仕留めようとしたものが、我が国の王女だと万一知られれば面倒ですからね。そのことがアーリスティアとの火種になりかねません」
「……!」

 淡々と恐ろしいことを言う王妃に、シャルロットはがたがたと体を震わせる。
 ヴァンパイアとはいえ誰かを殺す。そのこと自体も恐ろしかったが、そうしなければ自分が殺される。もう逃げ道などないのだ、と感じた。
 国王や王妃の言うことは絶対だ。例え理不尽と感じようとも。

「なに、必ず仕留めてくれさえすればいいのだ。おまえはやるときはやる娘だからね。私たちは信じているよ。シャルロット。おまえがやり遂げさえすれば、兄妹たちも受け入れてくれるだろう。その時は離宮からこちらに移り住むといい」

 砂糖を煮溶かしたような優しい口調で、国王が子どもに言い聞かせるように言う。

「はい……」

 シャルロットはこくりとうなづいた。
 やっと必要としてもらえたのだ。ヴァンパイアを殺しさえすれば、そしたらきっと全てうまくいく。王妃や兄弟たちも褒めてくれるかもしれない。
 シャルロットは恐怖にふたをして、そっと自分に言い聞かせた。


 いつアーリスティアが戦をしかけてくるか分からないということで、かなり急ではあったが、シャルロットは今日ヴァンパイアのもとに行くことになった。荷造りはメイドに任せて、母に挨拶に行くことにした。もしかしたら今日が最後になるかもしれないからか、メイドが気を利かせて二人きりにしてくれた。
 ベッドの脇の椅子に腰かけ、母の手をとるとそっと撫でる。数年寝たきりで過ごしている母の手は冷たい。

「お母さまなら例え脅威を与えるかもしれなくても、自分が生きるためにヴァンパイアであっても殺すのは間違っているとおっしゃるかもしれませんね」

 もしかしたら母が目覚めた時、厳しく叱責されるかもしれない。

「それでも……。私は、お母さまを失うわけにはいきません。それに、お父さまに愛されていたことが嬉しくて……。だからお力になりたいと思ったのです」

 母の表情はもちろんぴくりとも動かない。だから母がどう感じているかなど分からない。この声が聞こえているのかも。
 母は無理やりに国王にお手つきにされたらしい。シャルロットのことは大事にしてくれたものの、当然国王にいい印象を持っていないというのは感じていた。
 それでも、シャルロットにとって国王はたった一人の父親なのだ。諦めていたが、愛されたい、必要とされたいという思いがずっとあった。だから、初めての国王の頼みを断れなかった。それがどんなに非道なものだとしても。


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