……がお好きな伯爵令嬢は侯爵子息に偏愛される

水無瀬雨音

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 翌朝一番にリオナは、オスカーの屋敷に乗り込んだ。約束もないのに無礼極まりないが、使用人は丁寧に応接室に案内してくれ、お茶まで出してくれた。
 出されたお茶を飲んでいると、いくらも待たずにオスカーが応接室に入ってくる。

「オスカー様、勝手に婚約を公表なされるなんて、ひどいじゃありませんか」

 リオナは彼の顔を見た途端、そう憤慨した。だが、にっこり微笑んだオスカーに軽くいなされる。

「おはよう、リオナ。怒っていても可愛いね」
「いや、可愛くはありませんけど」
「だって、婚約を了承したんだからかまわないだろう? 他のやつに言いよられたら癪だからね」
「無用な心配だと思いますよ」

 なぜなら今まで、男性に言い寄られたことなどない。

(あー、いや? 社交界デビューしたてのころあったかしらね? まだ女の子を落とし始める前、普通の令嬢だと思われてた頃に)

 一応初めのころは、伯爵に言われて猫をかぶっていたのだ。面倒だからオスカーには言わないことにするが。オスカーのデビューはその数年後だから、知らないだろう。

「君から遊びに来てくれて嬉しいよ。でもごめんね? 今日はこれから外出しないといけないんだ」

 道理でクラヴァットもしめているし、やたらしっかりした服装をしているわけだ。
 オスカーは暇そうなイメージがあったけれど、普通に考えて、公爵の子息はそんなに暇ではない。

「お忙しいところ申し訳ございません。私にかまわず行ってらっしゃいませ。私も一応言いたいことは言いましたので帰りますわ」
「馬車に乗っていく? 送っていくよ」
「せっかくのお誘いですから、ぜひご一緒させていただきます」

 正直屋敷の馬車を待たせているので、その必要はないのだけれど、さすがのリオナでも断るのは野暮だと判断した。
 侯爵家の馬車は、さすがリオナの屋敷の物とは違う。立派な四頭立ての馬車だ。座席のクッションもふわふわ。

「ここにどうぞ?」
「いえ、まだ早いと思います」

 隣に誘われたが、断って向かい合わせに座る。

「つれないなぁー。まあそのうち、隣に座ってくれたら嬉しいな」

 断られてもオスカーは、やたらポジティブだ。

「そんな日が来るといいですわね」

 さらりと受け流したリオナは、オスカーの目をじっと見つめた。

「何?」
「オスカー様の目、綺麗ですよね。珍しいアメジストで」
「よく言われる」

 オスカーはにこっと微笑んだ。
 謙遜など皆無だった。
 正直男性であるオスカーに、最近かすかに親しみこそ感じてはいるものの、好意を抱いたことはない。だけれど、この目だけには初めからひかれていた。その理由が、ようやくわかった。
 リオナは静かに話し始めた。

「子供のころの話なんですが。毎日庭に遊びにくる女の子がいたんです。二つ年下の、天使みたいに可愛い女の子。思えば、それが私の初恋だったんでしょう。その子に出会ったのは私だけで、誰にも話したことはないんです。今ではそれは楽しい夢だったのではという気がします」

 大切にしていた、リオナの宝物。リオナの記憶だけが、唯一の彼女のいた証拠。
 オスカーは少し目を見開いた。

「それは、君の大切な思い出だろう? どうしてリオナ一人の心に秘めていた大切なことを、オレに話してくれたの?」
「それは……。オスカー様の目が、あの子と同じ、綺麗なアメジストだったことを思い出して。今頃素敵な令嬢になっているはずなんです。『けっこんしよう。まってて』って、言ってくれたんです。子ども同士の他愛もない約束なのに。あの子が覚えているかも分からないし、覚えていたって女の子同士じゃ結婚はできないから、もうあの子は結婚しているかもしれないのに。まだ待っているんです。……おかしいですよね。私」

 ぽつりぽつりと話しながら、自分でも驚いたが気持ちがこみ上げてきて、目に涙が浮かぶ。リオナは慌ててうつむいて、オスカーに見えないようにそっと涙をぬぐった。記憶の片隅に隠していたつもりだったけれど、初恋の少女の存在は大きかった。
 思わず正直な気持ちを吐露してしまってから、はっとする。

「申し訳ございません。一応婚約者のオスカー様に、お話することではありませんでしたね」
「一応、ね。リオナは正直すぎるね。黙っておけばいいのに。まあそこも気に入っているんだけど」

 オスカーは平静を保ったままで、気分を害した様子はなかった。思わず、といった様子でぽつりとつぶやく。

「その子は魔法が解けてしまったから、姿を現せないのかもしれないね」
「……魔法、ですか?」

 オスカーの言葉を、リオナは聞き逃せなかった。
 たまたまなのだろう。だけれど、あの少女は言っていたのだ。「魔法が解けても、わたしをみつけてね」と。
 あの子はあんなに可愛らしくて女の子で。だからこそリオナは女性好きになって。
 オスカーは小憎たらしい男性で、だから、あり得ない。あり得ないのに。
 まったくリオナはどうかしている。分かっていてなお、リオナは口に出してしまった。

「……あなたが、あの女の子なんですか? 待っていたんですか? 私があなたを見つけるのを」

 オスカーは、大きく目を見開いた。
 瞬間、リオナは確信した。自分のどうかしていると思われた考えが正しいことを。
 そのとき、馬車が停車する。リオナの屋敷についたのだ。
 オスカーは否定も肯定もしなかった。穏やかな表情のまま、静かな口調で、

「君の屋敷についたね」

 リオナはオスカーの手を握った。

「オスカー様!」

 やっと会えたのだ。思い出のに。

「あなたがそうなんですよね?」

 オスカーはリオナを抱きかかえると、強引に馬車から降ろしてしまった。
 申し訳なさそうに、

「ごめん、急ぐから。……また連絡する」
「オスカー様、待って。オスカー様!」

 リオナは馬車に追いすがったけれど、無情にも行ってしまった。
 「連絡する」。そう言っていたのに。
 それから一週間、オスカーからの連絡はなかった。
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