ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に

犬上義彦

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   ◇

 朝目覚めると、翠は広いベッドの上で一人だった。

 いつもの自分の部屋と違うことに気づいて、ここはどこかと飛び起きた瞬間、笑みがこぼれる。

 そうだ、蒼也さんのマンションなんだっけ。

 でも、その蒼也さんは?

 先に起きたのかな?

 寝室のカーテンを開けると、どんよりとした雲が空を覆っていた。

 今日は傘を持っていかないといけないかな。

 パジャマのままリビングへ行くと、蒼也はせまいソファで体や脚を窮屈そうに折りたたむような姿勢で眠っていた。

 ――え、うそ。

 なんでこんなところで寝てるの?

 私がベッドを使っちゃったから?

 ソファ脇のテーブルにメモが置いてある。

《夜食に卵サンドを作ったから、翠の分も冷蔵庫にあるので朝食に食べていってよ。俺は悪いけど寝たのが四時なので、寝かせておいてくれるかな。運転手が迎えに来るから、行ってらっしゃい》

 冷蔵庫を開けると、たっぷり具の詰まった卵サンドがラップでくるんであった。

 翠は眠っている蒼也に頭を下げながらサンドイッチをカウンターに出し、コップにオレンジジュースを注いで立ったまま食べた。

 マヨネーズの味がしっかりしていて、ぺろりと平らげてしまった。

 ――おいしかったです。

 ごちそうさまでした。

 音を立てないように支度を済ませ、部屋を出たところで、メモに書かれていた運転手さんの電話番号にかける。

「翠様ですね。おはようございます」

「おはようございます。今日は電車で行きます。帰りも買い物に寄りたいので、迎えも結構です」

「さようでございますか。蒼也様はそちらにいらっしゃいますか」

「まだ寝てるので」

「あ、そうでしたか。では、後ほど、ご報告しておきます。行ってらっしゃいませ」

 ふう。

 電話一本かけただけなのに、もう、今日の仕事をやり終えたような疲労感。

 まだ出勤もしてないのに。

 経営者の妻って、気をつかうなぁ。

 自分たち以外にいろいろな人が関わる生活っていうのも慣れるまで大変かも。

 勤務先の幼稚園は自宅近くだったから今までは楽だったけど、都心の蒼也の家からだと電車で三十分、駅からはバスで十分かかる。

 下り方面の電車も朝は意外と混雑していて座れないし、慣れない電車通勤で到着前に汗だくになってしまった。

 ――うまくやっていけるかなあ。

 この生活に慣れた頃には、お別れしちゃってるのかもしれないのに。

 なにやってるんだろ、私。

 幼稚園前のバス停に降り立った翠は、拳を握りしめてフッと強めに息を吐いた。

 切り替え、切り替え。

 私情を職場には持ち込まない。

「あ、ミドリセンセー」と、登園した女の子が駆けてくる。

「ルナちゃん、おはよう」

「センセーきのうはどうしちゃったの」

「ちょっと用事があって、ごめんね」

「センセーおりがみでピョンピョンカエルつくって」

「いいね。一緒に作ろうね」

 長い旅から戻ってきたようなホッとした気分を感じながら、翠はいつも通り仕事に取りかかった。

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