32 / 88
(3-18)
しおりを挟む◇
朝目覚めると、翠は広いベッドの上で一人だった。
いつもの自分の部屋と違うことに気づいて、ここはどこかと飛び起きた瞬間、笑みがこぼれる。
そうだ、蒼也さんのマンションなんだっけ。
でも、その蒼也さんは?
先に起きたのかな?
寝室のカーテンを開けると、どんよりとした雲が空を覆っていた。
今日は傘を持っていかないといけないかな。
パジャマのままリビングへ行くと、蒼也はせまいソファで体や脚を窮屈そうに折りたたむような姿勢で眠っていた。
――え、うそ。
なんでこんなところで寝てるの?
私がベッドを使っちゃったから?
ソファ脇のテーブルにメモが置いてある。
《夜食に卵サンドを作ったから、翠の分も冷蔵庫にあるので朝食に食べていってよ。俺は悪いけど寝たのが四時なので、寝かせておいてくれるかな。運転手が迎えに来るから、行ってらっしゃい》
冷蔵庫を開けると、たっぷり具の詰まった卵サンドがラップでくるんであった。
翠は眠っている蒼也に頭を下げながらサンドイッチをカウンターに出し、コップにオレンジジュースを注いで立ったまま食べた。
マヨネーズの味がしっかりしていて、ぺろりと平らげてしまった。
――おいしかったです。
ごちそうさまでした。
音を立てないように支度を済ませ、部屋を出たところで、メモに書かれていた運転手さんの電話番号にかける。
「翠様ですね。おはようございます」
「おはようございます。今日は電車で行きます。帰りも買い物に寄りたいので、迎えも結構です」
「さようでございますか。蒼也様はそちらにいらっしゃいますか」
「まだ寝てるので」
「あ、そうでしたか。では、後ほど、ご報告しておきます。行ってらっしゃいませ」
ふう。
電話一本かけただけなのに、もう、今日の仕事をやり終えたような疲労感。
まだ出勤もしてないのに。
経営者の妻って、気をつかうなぁ。
自分たち以外にいろいろな人が関わる生活っていうのも慣れるまで大変かも。
勤務先の幼稚園は自宅近くだったから今までは楽だったけど、都心の蒼也の家からだと電車で三十分、駅からはバスで十分かかる。
下り方面の電車も朝は意外と混雑していて座れないし、慣れない電車通勤で到着前に汗だくになってしまった。
――うまくやっていけるかなあ。
この生活に慣れた頃には、お別れしちゃってるのかもしれないのに。
なにやってるんだろ、私。
幼稚園前のバス停に降り立った翠は、拳を握りしめてフッと強めに息を吐いた。
切り替え、切り替え。
私情を職場には持ち込まない。
「あ、ミドリセンセー」と、登園した女の子が駆けてくる。
「ルナちゃん、おはよう」
「センセーきのうはどうしちゃったの」
「ちょっと用事があって、ごめんね」
「センセーおりがみでピョンピョンカエルつくって」
「いいね。一緒に作ろうね」
長い旅から戻ってきたようなホッとした気分を感じながら、翠はいつも通り仕事に取りかかった。
10
あなたにおすすめの小説
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
愛してやまないこの想いを
さとう涼
恋愛
ある日、恋人でない男性から結婚を申し込まれてしまった。
「覚悟して。断られても何度でもプロポーズするよ」
その日から、わたしの毎日は甘くとろけていく。
ライティングデザイン会社勤務の平凡なOLと建設会社勤務のやり手の設計課長のあまあまなストーリーです。
再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです
星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。
2024年4月21日 公開
2024年4月21日 完結
☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。
フローライト
藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。
ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。
結婚するのか、それとも独身で過ごすのか?
「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」
そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。
写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。
「趣味はこうぶつ?」
釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった…
※他サイトにも掲載
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
先輩、お久しぶりです
吉生伊織
恋愛
若宮千春 大手不動産会社
秘書課
×
藤井昂良 大手不動産会社
経営企画本部
『陵介とデキてたんなら俺も邪魔してたよな。
もうこれからは誘わないし、誘ってこないでくれ』
大学生の時に起きたちょっとした誤解で、先輩への片想いはあっけなく終わってしまった。
誤解を解きたくて探し回っていたが見つけられず、そのまま音信不通に。
もう会うことは叶わないと思っていた数年後、社会人になってから偶然再会。
――それも同じ会社で働いていた!?
音信不通になるほど嫌われていたはずなのに、徐々に距離が縮む二人。
打ち解けあっていくうちに、先輩は徐々に甘くなっていき……
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~
芙月みひろ
恋愛
保険会社の事務職として勤務する
早瀬佳奈26才。
友達に頼み込まれて行った飲み会で
腹立たしいほど無愛想な高原宗輔30才と出会う。
あまりの不愉快さに
二度と会いたくないと思っていたにも関わらず
再び仕事で顔を合わせることになる。
上司のパワハラめいた嫌がらせに悩まされていた中
ふと見せる彼の優しい一面に触れて
佳奈は次第に高原に心を傾け出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる