ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に

犬上義彦

文字の大きさ
39 / 88

(4-7)

しおりを挟む
 シートに体を投げ出して天井を見上げる蒼也は目を閉じて涙をこらえていた。

「なんでだよ。どうしてなんだよ」

 唇を震わせる悲痛な呟きに、翠は何も言えず、ただ手を握りしめるしかなかった。

 病院で対面した幸之助は安らかな顔をしていた。

 蒼也の父から一枚の紙切れを渡された。

「昨日の式の後に看護師さんに紙をもらって書いたんだそうです」

《ミドリさんキれいなはなよめよカタネ》

 震える手で一文字一文字書いてくださったのだろう。

 ミミズが這い回ったような文字が涙でにじんで読めなくなる。

 ――おじいさま。

 結婚は偽装だったのに、喜んでくださってありがとうございました。

 だましていた申し訳なさで胸が張り裂けそうなほど苦しい。

 これで自分の役割は終わりなのも悲しい。

 本気になってはいけなかったのに、期待してはいけなかったのに、だけどずっと待っていたこれまでの気持ちを全部幻だとは思いたくはなかった。

 でも、それを口にしてはいけないんだ。

 迷惑かけちゃだめ。

 きれいに終わりにしなくちゃ。

 ただの、偽装結婚だったんだから。

 蒼也の家族は葬儀の手配やら政財界各方面への連絡であわただしく動き回っていた。

 そっと病室を抜け出そうとすると、蒼也に腕をつかまれた。

「翠、どこ行くんだ。こんな時くらい、そばにいてくれよ」

 だが、翠は首を振ってその手を振りほどいた。

「私がいても邪魔になりますから」

「何を言ってるんだ。翠は俺の……」

 と、言いかけたその時だった。

 勝手に病院に入り込んだマスコミ陣が病室のドアを激しくたたき始めた。

「御更木さん、コメントを!」

 騒ぎを収めようと蒼也は廊下に出た。

 その背中に隠れながら翠も病室を後にした。

「みなさん、お静かに。すみませんが、ここでは対応できませんので、外へお願いします」

 手を広げ、気丈に振る舞う蒼也だが、声は震え、目には涙が滲んでいる。

 そんな彼の表情を捉えようとカメラマンが容赦なくフラッシュを浴びせる。

 白く浮かび上がる憔悴した横顔に胸が締め付けられ、思わず手が伸びる。

 ――蒼也さん。

 支えてあげなくちゃ。

 演技でもいい。

 そばにいてあげなくちゃ。

 だって、私は蒼也さんの……。

 だが、寄り添おうとした瞬間、翠はマスコミ陣に弾き出され、廊下の壁に押しのけられてしまった。

 大勢の記者を引き連れてエレベーターに乗り込んだ蒼也は、腕をさすりながら壁際にたたずむ翠に気づいて口を開きかけたが、閉まるドアの向こうに消えてしまった。

 静まりかえった廊下に一人取り残された翠は、無力感に押しつぶされ、こみ上げる涙を子どものように手の甲でぬぐっていた。

 ――やっぱり、私がここにいる意味なんてないよね。

 だって、家族でもなんでもないんだから。

 そう思った瞬間、翠の心の中で、虹色に揺らめいていたシャボン玉が音もなく割れて消えた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

愛してやまないこの想いを

さとう涼
恋愛
ある日、恋人でない男性から結婚を申し込まれてしまった。 「覚悟して。断られても何度でもプロポーズするよ」 その日から、わたしの毎日は甘くとろけていく。 ライティングデザイン会社勤務の平凡なOLと建設会社勤務のやり手の設計課長のあまあまなストーリーです。

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

先輩、お久しぶりです

吉生伊織
恋愛
若宮千春 大手不動産会社 秘書課 × 藤井昂良 大手不動産会社 経営企画本部 『陵介とデキてたんなら俺も邪魔してたよな。 もうこれからは誘わないし、誘ってこないでくれ』 大学生の時に起きたちょっとした誤解で、先輩への片想いはあっけなく終わってしまった。 誤解を解きたくて探し回っていたが見つけられず、そのまま音信不通に。 もう会うことは叶わないと思っていた数年後、社会人になってから偶然再会。 ――それも同じ会社で働いていた!? 音信不通になるほど嫌われていたはずなのに、徐々に距離が縮む二人。 打ち解けあっていくうちに、先輩は徐々に甘くなっていき……

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~

芙月みひろ
恋愛
保険会社の事務職として勤務する 早瀬佳奈26才。 友達に頼み込まれて行った飲み会で 腹立たしいほど無愛想な高原宗輔30才と出会う。 あまりの不愉快さに 二度と会いたくないと思っていたにも関わらず 再び仕事で顔を合わせることになる。 上司のパワハラめいた嫌がらせに悩まされていた中 ふと見せる彼の優しい一面に触れて 佳奈は次第に高原に心を傾け出す。

処理中です...