ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に

犬上義彦

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「合わせる顔がないからって、レイナさんを送っていくついでに帰っちゃいました」

「なんだ、レイナも来てたのか」

「アテンドできなくて、オコンネルさん怒ってました?」

 蒼也が軽く吹き出す。

「翠が駄洒落言うなんて珍しいな」

「ち、違いますよ。レイナさんが心配してたんです」

「べつに問題なかったぞ。東京駅から一人で電車に乗ってホテルに帰ったよ」

「大丈夫なんですか?」

 すごい資産家なんですよね。

「一人で出歩いても誘拐の心配がないから、日本に来ると安心しすぎて頭が空っぽになるらしい。日本の街は禅寺みたいだってご機嫌だったよ」

 蒼也は悠輝の料理を口に運んだ。

「悔しいけど、うまいな」

「私のはどうですか?」

「もちろん、うまいよ。特にこのきゅうりの……」

 蒼也の箸にはつながった輪切りがぶら下がっていた。

「あ、それは……」

「面白いアレンジだな」と、蒼也の箸が止まる。「翠」

 ――え?

「ほっぺに赤いのついてる」

 え、また……。

 自分でペロッとなめると、舌先に激痛が走る。

「か、からっ……唐辛子でした」

「なんだよ、俺がペロってしてあげたのに。もう一回、やり直し」

「嫌ですよ」

 唇をとがらせる翠を蒼也がからかう。

「せがんでるのか? キスは食後のデザートでいいだろ」

「はいはい、おかわり自由ですよ」

 食事を終えたところで、蒼也が立ち上がった。

「今日はお土産があるんだ」

 なんだろ。

 話題のスイーツかな。

 期待しながら翠が姿勢を正すと、蒼也が《極薄0.01mm》と書かれた箱をテーブルの上に置いた。

「誤解されないように、ちゃんと買ってきたよ」

 ――あ、ああ……はい。

 あらためて目の前に出されると恥ずかしい。

「いっぱい……ありますね」

「すぐになくなるよ」

 え、ちょ、な、何言ってるんですか。

「だって、おかわり自由って言ったじゃないか」

「そ、それは……」

 真面目な顔して迫られると、困っちゃうんですけど。

 テーブルを片づけ、玄米茶を入れて、ソファを背もたれにして二人並んでくつろぐ。

 話は自然と、宿題になっていた新婚旅行の相談になった。

「今からだと、長期休暇が取れるのは、だいぶ先ですけど年末年始ですよね」

「クリスマスマーケットの季節だな。うちのじいさんが学生時代にいたバーゼルは歴史のある街だからきっといい雰囲気だろうな」

「いいですね。約束も果たせますね」

「ああ、そうだな」と、感慨深げに蒼也が天を見上げる。

 ときおり夫が見せる、そんな少年のような表情に翠の視線が引き寄せられる。

「ん、どうした?」

「え、何がですか?」

 はぐらかしたものの耳が熱くて、翠は湯飲みで顔を隠した。

 蒼也は穏やかな笑顔で前のめりになると、何もないテーブルの上で、折り紙を折る仕草を始めた。

「ここに幸せがある」

「見えますね」と、翠もじっとその手の中を見つめた。

「だろ」

 寄り添う二人の距離が近づき、唇が触れ合う。

 形なんかない、だけど、そこにある。

 二人の交わすキスがその確かな証だった。

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