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   ◇

 二日目。一般公開日。いよいよ舞台発表だ。
 幸い、前評判はかなり高いようだった。
「滝沢君、掲示板のポスター、またなくなってたよ」
「しょうがないよ。欲しいっていう人多いからね」
 男装柏井さんと黄瀬川さんの情熱的な写真を昭和の映画宣伝風に加工した特大ポスターは夏休み中に掲示を始めた途端、すぐに盗まれてしまって、何枚追加したかすら分からなくなってしまった。
 文化祭SNSのトップ画にも掲載されて、わざわざ教室まで画像データをもらいに来る先輩女子もいた。
「チラシも配らなくても勝手になくなるよ」
 午後一時半開場なのに、すでに十二時には体育館入口に行列ができはじめていた。柏井さん目当ての先輩達がおしかけて大騒ぎだ。他校の高校生や学校見学の中学生、保護者もたくさんいる。本当に最後尾札を持たされるとは思っていなかった男子が汗だくで居心地悪そうだ。
 配役、スタッフ、時代背景を解説したプログラムも用意した分はもうなくなっていて、全然足りなかった。急遽、拡大コピーした物を模造紙に貼って掲示したり、SNSにアップしたり、直前まで仕事はなくならなかった。
「おーい、滝沢」
 行列の中から僕に声をかけたのは中学の時の同級生だった。
 美来に着せるチャイナ服は赤か青かで延々と語っていた須賀という男だ。
「赤の方が胸が強調されるのはもちろんなんだけど、あのはっきりとした性格には青の方がふさわしいと思うんだ。踏まれたいだろ」
 いつもそんなことばかり言っていた男だ。学校にコンドームを持ってきて女子の机に入れていたのもこいつの仲間だ。
 こんなやつでも頭はいいから京都のブランド私立高校に進学した。
 校章入りサマーベストのおしゃれ制服だから、どこの高校だか、この辺りのやつらならすぐに分かるだろう。
「オレ、高校に入ったらバラ色の未来が、あ、岩瀬さんの美来じゃなくて、マイフューチャーの未来ね。未来が約束されているんだと思ってたのによ」
 ふうん、違うのか?
「あの学校、バカみたいに頭のいい奴らばっかりだから、オレなんか、底辺はいずり回ってるわけよ。女子には人間扱いされてないぜ」
 有名進学校も大変だな。
 まあ、中学の時も美来には人間扱いされていなかったけどね。
「この学校の連中もさ、オレの制服見て、なんでこんな有名私立の野郎がわざわざ底辺高校に来てんのって目で見るんだよ。もう、どうしろっていうのさ」
 底辺ですみませんね。行列に並んでいる人たちも冷ややかな目で僕らの話を聞いている。あの、別にそんなに仲が良かったわけじゃないんで。違うんです。
「じゃあ、私服に着替えてきたらいいじゃん」
「中身で勝負できないのが分かってるから悩んでるんだろうが。制服で属性が分からなかったら、最初から負けだろうが」
 おまえは何と戦っているんだ?
「なあ、岩瀬さんってさ、この学校でも人気あるんだろ」
「そうだね」
「カレシできたのかなって、な」
「うん、たぶん」
 急に黙り込んでしまった。
 冗談のつもりだったのか。
「おまえら、何、つきあってんの?」
「僕じゃないよ」
「なんだよ、他のやつに盗られたのか。お互い独り身同士、仲良くしようぜ」
 そのとき、行列の人たちから歓声が上がった。
 被服準備室で着替えてきた黄瀬川さんと柏井さんが並んで体育館にやってきた。白いタキシード姿の柏井さんの写真を撮ろうと人が殺到して最後尾看板が弾き飛ばされる。
「すごいイケメンだな」
「女子だよ」
「俺達、女子にも負けるのかよ」
 純白ドレスの黄瀬川さんには、ため息とあこがれの視線が集中している。
「あのお姫様、すげえ美人だな」
 黄瀬川さんが僕に手を振った。
「ケースケくん」
 須賀が僕の肩をつかむ。
「おまえ、知り合い?」
「うん、つきあってるんだ」
「冗談だろ」
 そこに、ブラッディ・メアリーの衣装を着た美来もやってきた。
「あれ、須賀君じゃん、久しぶり」
 須賀の視線は美来の胸に釘付けになっている。
「おい、俺のこと、覚えていてくれたぜ」
 そりゃ、中学の時あれだけイタズラされたらな。
 遠野もやってきた。高校生役なので、普通の制服姿だ。
 僕は須賀に教えてやった。
「あれが美来の未来のカレシだよ」
「あの熊みたいな奴が?」
「たぶんね」
「たぶんって何だよ」
「じゃね、須賀君」
 美来が振り向いて遠野を手招きする。
「行くよ、ユーイチ。始まるよ」
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