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序章『受け継がれし運命』
プロローグ
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ーそこには「無」が有った。
前後左右上下、その全てが「無」で満たされた空間に彼はいた。
何も無い虚無の海を彼はゆっくりと沈んでいた。
落ちるたびに自己は薄れ、沈むたびに自我は霧散する。
これが「死」か。
沈みながら彼はそう実感する。自分はこれから死を迎えるのだと。
何故かはもう思い出せない。それは沈んでいる間に霧散したから。
生前の未練はわからない。それは落ちている間に薄れてしまったから。
全てが無くなって「無」に還る。
そんな彼を待ち受けるように門が開いた。
------
最奥に大きな女神像を祀る礼拝堂で、1人の敬虔な修道女は跪き、祈りを捧げていた。
神話を象ったステンドグラスには外の激しい雨が打ち付けられ、時折稲光と雷鳴が轟いている。
一際激しい雷が轟いた瞬間、彼女は驚いた表情を浮かべ顔を上げた。
「[門]が開いた?どうして・・・」
祈りに合わされた彼女の絹の手袋に包まれた右手の甲は彼女の言葉に反応するようにうっすらと光を帯びていた。
------
荒れ果てた荒野を青年はのろのろと足を引きずりながら歩いていた。
ボロ切れの薄汚れた外套を纏い、その辺で拾ったような杖をついて歩くその姿はさながら亡者のようだ。
彼の目に生気もなく、朦朧とした様子で、何もかも諦めた表情でのろのろと歩いていた。
彼の行く先には小さな村があった。都会からも街道からも外れたそこに住む人々が生きるだけで精一杯な寒村だ。
あまりに貧しすぎて野盗も手を出さない。周囲に実りが少なすぎて魔物も棲みつかない。
なぜこの地を治める領主にすら忘れられた村に青年が向かっているのか。
それは言うまでもなくそこがかつて青年が育った場所だからだった。
この世の全てに絶望し、自ら最期を迎えようと決めた青年は最期を迎える前に1度だけ自分の生まれた村を見たかったのだ。
いい思い出があったわけでは無い。むしろ嫌な思い出しかない場所だ。
それでも彼は最期の気力で村に向かい歩いていた。
死を決めてから食事も取らなくなった彼の体は干からびた木の枝のように痩せこけ、何故生きているのか不思議なくらいだ。
そうして数日歩き続け、彼はようやくそこに辿り着いた。
しかしそこにはもう何もなかった。
いや、何も無いと言うのは正しく無い。正確に言うならあったのは村だったものの残骸だった。
といってもまだ新しい。おそらく彼がたどり着く数刻前にこうなったのだろう。
その証拠にまだどこかの建物が燻っているだろう匂いがする。
「あぁ・・・あぁぁぁぁぁ!」
彼は絶望にへたり込んだ。またこうなった。
絶望に嗚咽しながら彼は右手を地面に叩きつけた。
おそらく通りすがった余所者の野盗か何かに襲われたのだろう。でなければこんな何も無い村が襲われることなどあるわけがない。
だから当然こうなったことに彼は関係などあるはずがない。
しかし彼は嘆き、絶望し、彼の右手に宿る不幸の象徴を恨んだ。
もう、いいか。
一頻り嘆いて彼はそう思った。やはり自分・・・いやこの手に宿るこれをこのまま放置してはいけない。
これはこの世に存在してはいけないものなのだ。
そう結論付けた彼は懐に忍ばせていたナイフを抜き、自らの首にあてる。
そして躊躇なく引き裂こうとしたその時、彼の耳に小さな声が届いた。
それは赤子と思われる泣き声だった。
慌てて声を辿るとやはりそこには無傷で泣き喚く赤子の男の子がいた。
彼は迷った。彼の手元にはこの子を救う手段がない。
当然だ彼は自分の人生を終わらせにきたのだから赤子を助けるような物を持っているわけがない。
最も近い街まで馬で数日かかる。痩せ細った彼では10日以上かかるだろう。そこまでこの子の体力が持つはずもない。
見殺しにするしかないだろう。そもそも彼は死ににきたのだ。そんな彼がこの子を救うなど烏滸がましいと言える。
ただ、彼にはこの子を救う方法がないわけではない。
しかしそれはこの子を不幸にしてしまうやり方で、それをしたとしてもこの子が確実に救われるとはかぎらなかった。
この子を救うためにこの子を不幸にしていいのか。
そんな葛藤を繰り返した彼だったが結局救うと決めてしまう。
例えこの子が不幸になるとしても救える命を見捨てることがどうしてもできなかったのだ。
「ごめん、ごめんねぇぇ」
嗚咽を上げ、既に枯れたと思った涙を溢れさせながら彼は赤子を籠ごと抱きしめた。
そして彼の右手に宿っていた不幸を赤子の右手に移した。
赤子の手に宿ったそれは新たな宿主を生かすため、淡く光を帯びる。
それを見届けた彼は糸が切れたように崩れ落ちた。
当然だ。そもそも今まで生きてこれたのは彼の右手にそれが宿っていたからなのだから。
それを失えばどうなるかは言うまでもない。
「願わくば、君がこの不幸の連鎖を断ち切ってくれますように・・・」
最期にそう言い残し、彼は息を引き取った。
数刻後、赤子は通りがかった周辺を寝ぐらにしている野盗の下っ端に拾われ、一命をとりとめるのだった。
前後左右上下、その全てが「無」で満たされた空間に彼はいた。
何も無い虚無の海を彼はゆっくりと沈んでいた。
落ちるたびに自己は薄れ、沈むたびに自我は霧散する。
これが「死」か。
沈みながら彼はそう実感する。自分はこれから死を迎えるのだと。
何故かはもう思い出せない。それは沈んでいる間に霧散したから。
生前の未練はわからない。それは落ちている間に薄れてしまったから。
全てが無くなって「無」に還る。
そんな彼を待ち受けるように門が開いた。
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最奥に大きな女神像を祀る礼拝堂で、1人の敬虔な修道女は跪き、祈りを捧げていた。
神話を象ったステンドグラスには外の激しい雨が打ち付けられ、時折稲光と雷鳴が轟いている。
一際激しい雷が轟いた瞬間、彼女は驚いた表情を浮かべ顔を上げた。
「[門]が開いた?どうして・・・」
祈りに合わされた彼女の絹の手袋に包まれた右手の甲は彼女の言葉に反応するようにうっすらと光を帯びていた。
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荒れ果てた荒野を青年はのろのろと足を引きずりながら歩いていた。
ボロ切れの薄汚れた外套を纏い、その辺で拾ったような杖をついて歩くその姿はさながら亡者のようだ。
彼の目に生気もなく、朦朧とした様子で、何もかも諦めた表情でのろのろと歩いていた。
彼の行く先には小さな村があった。都会からも街道からも外れたそこに住む人々が生きるだけで精一杯な寒村だ。
あまりに貧しすぎて野盗も手を出さない。周囲に実りが少なすぎて魔物も棲みつかない。
なぜこの地を治める領主にすら忘れられた村に青年が向かっているのか。
それは言うまでもなくそこがかつて青年が育った場所だからだった。
この世の全てに絶望し、自ら最期を迎えようと決めた青年は最期を迎える前に1度だけ自分の生まれた村を見たかったのだ。
いい思い出があったわけでは無い。むしろ嫌な思い出しかない場所だ。
それでも彼は最期の気力で村に向かい歩いていた。
死を決めてから食事も取らなくなった彼の体は干からびた木の枝のように痩せこけ、何故生きているのか不思議なくらいだ。
そうして数日歩き続け、彼はようやくそこに辿り着いた。
しかしそこにはもう何もなかった。
いや、何も無いと言うのは正しく無い。正確に言うならあったのは村だったものの残骸だった。
といってもまだ新しい。おそらく彼がたどり着く数刻前にこうなったのだろう。
その証拠にまだどこかの建物が燻っているだろう匂いがする。
「あぁ・・・あぁぁぁぁぁ!」
彼は絶望にへたり込んだ。またこうなった。
絶望に嗚咽しながら彼は右手を地面に叩きつけた。
おそらく通りすがった余所者の野盗か何かに襲われたのだろう。でなければこんな何も無い村が襲われることなどあるわけがない。
だから当然こうなったことに彼は関係などあるはずがない。
しかし彼は嘆き、絶望し、彼の右手に宿る不幸の象徴を恨んだ。
もう、いいか。
一頻り嘆いて彼はそう思った。やはり自分・・・いやこの手に宿るこれをこのまま放置してはいけない。
これはこの世に存在してはいけないものなのだ。
そう結論付けた彼は懐に忍ばせていたナイフを抜き、自らの首にあてる。
そして躊躇なく引き裂こうとしたその時、彼の耳に小さな声が届いた。
それは赤子と思われる泣き声だった。
慌てて声を辿るとやはりそこには無傷で泣き喚く赤子の男の子がいた。
彼は迷った。彼の手元にはこの子を救う手段がない。
当然だ彼は自分の人生を終わらせにきたのだから赤子を助けるような物を持っているわけがない。
最も近い街まで馬で数日かかる。痩せ細った彼では10日以上かかるだろう。そこまでこの子の体力が持つはずもない。
見殺しにするしかないだろう。そもそも彼は死ににきたのだ。そんな彼がこの子を救うなど烏滸がましいと言える。
ただ、彼にはこの子を救う方法がないわけではない。
しかしそれはこの子を不幸にしてしまうやり方で、それをしたとしてもこの子が確実に救われるとはかぎらなかった。
この子を救うためにこの子を不幸にしていいのか。
そんな葛藤を繰り返した彼だったが結局救うと決めてしまう。
例えこの子が不幸になるとしても救える命を見捨てることがどうしてもできなかったのだ。
「ごめん、ごめんねぇぇ」
嗚咽を上げ、既に枯れたと思った涙を溢れさせながら彼は赤子を籠ごと抱きしめた。
そして彼の右手に宿っていた不幸を赤子の右手に移した。
赤子の手に宿ったそれは新たな宿主を生かすため、淡く光を帯びる。
それを見届けた彼は糸が切れたように崩れ落ちた。
当然だ。そもそも今まで生きてこれたのは彼の右手にそれが宿っていたからなのだから。
それを失えばどうなるかは言うまでもない。
「願わくば、君がこの不幸の連鎖を断ち切ってくれますように・・・」
最期にそう言い残し、彼は息を引き取った。
数刻後、赤子は通りがかった周辺を寝ぐらにしている野盗の下っ端に拾われ、一命をとりとめるのだった。
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