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勝つために工夫する
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犬千代と内蔵助が挑み敗れた後、次々と小姓たちが森可成と槍を交えたが、ことごとく打ちのめされてしまった。可成は「こんなものですか」と呟いて槍を肩に置いた。おそらくこの中で強者と言えば最初と二番目に戦った者――つまり犬千代と内蔵助だ――ぐらいで、後は似たり寄ったりの実力だったと彼は思った。
「なかなかやるではないか。あの可成という者は」
「ええ。美濃国からの流れ者ですが、かなりの使い手です」
応じた恒興を見ながら、そうでなければ織田家の直臣にはなれないだろうと信長は考えた。
竹千代は座り込んでいる内蔵助に近づいて「そんなに強かったのか?」と訊ねた。
「そなたが手も足も出ないほど、強いのか?」
「ええ。力も技も――心も強いと思います」
完敗という文字が頭をよぎった内蔵助。無論、森可成のことは知っていたが、まさかここまで強いとは思わなかった。
また、犬千代は痛んだ腹を押さえつつ可成の実力に驚嘆していた。力も技も心も強いことは彼にも分かっていたが、何より特筆すべきは一度も攻撃を受けていない点である。受けたり避けたりする能力が飛びぬけていて、それは天賦の才であると感じていた。
「槍はお返しします」
大の字に倒れている小平太の傍に槍を置いて、信長の元へ歩む可成。そんな彼に信長は「どうしてそこまで強いのだ?」と訊ねた。
「俺は幼き頃から槍を持ち、日々稽古に勤しんでいました。加えて才もありました」
過剰な自信ではなく、確固たる自身がある言い方に信長は「で、あるか……」としばし考えた。鍛錬の量と天賦の才は一朝一夕に埋められない。しかもこの場にいる小姓たちは鍛えているが、実際に戦う兵のほとんどは農兵――つまり農民を徴兵して戦わせなければならない。しかも尾張国の兵は弱兵であった。
「可成。二日後の同じ時間にここに来い。お前に勝つ手段を考え、実践してみる」
「承知いたしました。楽しみにしております」
可成は一礼してその場を去ろうとして「ああ、そうでした」と足を止めた。
「お屋形様から、帰蝶様との生活の様子を聞くのが主命でした」
「すこぶる順調だ。それに俺の妻はなかなかに面白い。何せまむしから俺を刺すように刀を渡されたが――逆にまむしを刺す刀になるかもしれないと返答したからな」
可成は苦笑いしながら「なかなか愉快なお人ですね」と言う。近くで聞いていた内蔵助はあの逸話かと思い出して感動していた。
可成が去った後「犬千代、内蔵助。ちょっと来い」と信長に二人は呼び出された。犬千代は前世で上級生に因縁つけられたときを思い出した。
「いかにして、あやつに勝つ?」
開口一番で信長は可成に勝つ方法を訊ねた。犬千代は「二日間鍛えても勝てる気がしないです」とすぐさま言った。
「付け焼刃で勝てるほど、甘くはないと思います」
「であるか。内蔵助はどう思う?」
内蔵助は自分の知識を思い返しながら、これかなと当てはまることを言った。
「力でも技でも心でも勝てぬのなら――武器を工夫するしかありません」
すると犬千代は怪訝そうに「武器を工夫?」と首を傾げた。
「なんだそれ。めちゃくちゃ頑丈な槍でも作るのか?」
「違う。もっと長いものを作るのだ。相手の槍が届かないくらいにな」
内蔵助の言葉を聞いた信長は「それ、採用だ!」と大声で叫んだ。あまりの大声に犬千代と内蔵助は思わず耳を押さえた。
「長い得物――長槍であれば、一方的に攻撃できるな!」
「まあ理屈ではそうですが、二つほど解決しなければならないことがあります」
犬千代は人差し指と中指を立てた。信長は「なんだ解決しなければならないこととは?」と不満そうに言う。せっかく思いついた考えを否定されて拗ねているようだった。
「一つ、長槍は扱いにくいこと。もう一つは懐に入られたら対処できないことです」
扱いにくい理由としては、長い得物は重いということである。槍を二倍の長さにするとしたら、重さは単純計算で四倍になる。いくら軽量化してもある程度の筋力は必要である。
またその重さゆえの駆動性の鈍さは致命的である。長槍を横薙ぎし、避けられてしまえば元通りに構えるよりも相手の得物が届く距離まで近づくほうが断然早い。
以上の理由から犬千代は長槍を懐疑的に思っていた。内蔵助も言われて気づいたところもあった。やはり前世で喧嘩をしたことのない内蔵助は百戦錬磨の犬千代に戦闘の知識で劣ってしまうところがあった。
「ふふ。その程度の問題ならば解決できる」
信長は犬千代の意見を聞いて長槍の弱点を完璧に理解した。加えて弱点であって欠点ではないところも分かっていた。これならば利点のほうが勝るとも踏んだ。
「若。それはどういう意味ですか?」
犬千代は信長がまた面白いことを思いついたのだと態度で分かった。内蔵助はやはり信長は頭の回転が早い男だと改めて思った。
「とりあえず、長槍を作るぞ! 三間、いや三間半の大きな長槍を!」
三間半は尋常ではありえない長さである。具体的に言えば戦国乱世の成人男性の身長の四倍くらいだ。
犬千代と内蔵助は、信長の考えをまるで理解できなかった――
◆◇◆◇
二日後、可成が河原に訪れると三間半の長槍を持つ小姓たちの集団が整列していた。
この様子を見て可成は「なるほど。参りました」と得意げな信長に頭を下げた。
「戦は個人で行なうものではなく、集団で行なうもの。だからこそ、武器だけではなく集団を活かす方法を考えになられた」
「いかにも。これならばいくらお前が強くても勝てまい」
信長が考えたのは長槍を最大限に活かす方法だった。長槍を持った者たちを横隊にし、間隔無くすことで懐に入られる危険性を無くす。長槍を減点法ではなく加点法で考えた結果の運用方法である。
「槍を上から叩き、相手が怯んだ隙に突き崩す。これならば鍛えていない農兵でも弱兵でもできる」
「…………」
「それに長ければ相手の気迫や技量を感じることもない。恐怖を忘れられる」
長槍を構えながら犬千代は信長の凄さを実感していた。彼の前世では喧嘩は個人戦だった。信頼できる仲間に背を預けることはあるが、それでも不良だから統率が取れていなかった。だから集団で戦うという発想は生まれなかった。
その数人挟んだ隣で槍を持つ内蔵助も信長の柔軟な発想を凄いと思っていた。長槍部隊のことは知っていた。それでも普通は思いつかない。自分が示唆したとはいえ、満点に近い解答を見つけるのはとても十代の若者にはできない。
「なあ可成。お前、俺の家臣にならないか?」
信長は可成の楽しげな顔を見て、思ったことを口にした。可成は「お屋形様ではなく、若様に仕える、ですか」と顎に手を置いた。
「いずれ俺は家督を継ぐ。そうなればお前も俺の家臣になる。早いか遅いかの違いだ」
「早める理由を教えていただきたいのですが」
「親父には優秀な家臣がたくさんいるが、俺にはここにいる者しかいない。味方は多いほうがいい。まあこれは俺の都合だけどな」
信長は可成と見つめ合う。それだけで互いがどんな人間か分かった。
「お前が一緒なら、俺は面白いと思った」
「……若様」
「きっとお前も面白いし楽しいぜ」
可成はごくりと唾を飲み込んだ。二日前は何も感じなかった。世間が言うほどの大うつけではないとは思っていた。しかし、今日話してみると、常人では計れない、何か大きなものを胸に抱いているような気がしてならなかった。それを二文字で表すなら――大志だった。
「若様――いや、殿。俺はあなたについていきます」
「……可成」
跪いて可成は信長に臣下の礼を取った。
この人について行けば、確かに面白そうだし楽しそうだと思ったのだ。それくらい信長は魅力的だった。
「よく決断してくれた!」
日輪のような笑みを見せた信長。
眩しそうに目を細める可成。
こうして二人は主従になった――
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「ええ。美濃国からの流れ者ですが、かなりの使い手です」
応じた恒興を見ながら、そうでなければ織田家の直臣にはなれないだろうと信長は考えた。
竹千代は座り込んでいる内蔵助に近づいて「そんなに強かったのか?」と訊ねた。
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「ええ。力も技も――心も強いと思います」
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また、犬千代は痛んだ腹を押さえつつ可成の実力に驚嘆していた。力も技も心も強いことは彼にも分かっていたが、何より特筆すべきは一度も攻撃を受けていない点である。受けたり避けたりする能力が飛びぬけていて、それは天賦の才であると感じていた。
「槍はお返しします」
大の字に倒れている小平太の傍に槍を置いて、信長の元へ歩む可成。そんな彼に信長は「どうしてそこまで強いのだ?」と訊ねた。
「俺は幼き頃から槍を持ち、日々稽古に勤しんでいました。加えて才もありました」
過剰な自信ではなく、確固たる自身がある言い方に信長は「で、あるか……」としばし考えた。鍛錬の量と天賦の才は一朝一夕に埋められない。しかもこの場にいる小姓たちは鍛えているが、実際に戦う兵のほとんどは農兵――つまり農民を徴兵して戦わせなければならない。しかも尾張国の兵は弱兵であった。
「可成。二日後の同じ時間にここに来い。お前に勝つ手段を考え、実践してみる」
「承知いたしました。楽しみにしております」
可成は一礼してその場を去ろうとして「ああ、そうでした」と足を止めた。
「お屋形様から、帰蝶様との生活の様子を聞くのが主命でした」
「すこぶる順調だ。それに俺の妻はなかなかに面白い。何せまむしから俺を刺すように刀を渡されたが――逆にまむしを刺す刀になるかもしれないと返答したからな」
可成は苦笑いしながら「なかなか愉快なお人ですね」と言う。近くで聞いていた内蔵助はあの逸話かと思い出して感動していた。
可成が去った後「犬千代、内蔵助。ちょっと来い」と信長に二人は呼び出された。犬千代は前世で上級生に因縁つけられたときを思い出した。
「いかにして、あやつに勝つ?」
開口一番で信長は可成に勝つ方法を訊ねた。犬千代は「二日間鍛えても勝てる気がしないです」とすぐさま言った。
「付け焼刃で勝てるほど、甘くはないと思います」
「であるか。内蔵助はどう思う?」
内蔵助は自分の知識を思い返しながら、これかなと当てはまることを言った。
「力でも技でも心でも勝てぬのなら――武器を工夫するしかありません」
すると犬千代は怪訝そうに「武器を工夫?」と首を傾げた。
「なんだそれ。めちゃくちゃ頑丈な槍でも作るのか?」
「違う。もっと長いものを作るのだ。相手の槍が届かないくらいにな」
内蔵助の言葉を聞いた信長は「それ、採用だ!」と大声で叫んだ。あまりの大声に犬千代と内蔵助は思わず耳を押さえた。
「長い得物――長槍であれば、一方的に攻撃できるな!」
「まあ理屈ではそうですが、二つほど解決しなければならないことがあります」
犬千代は人差し指と中指を立てた。信長は「なんだ解決しなければならないこととは?」と不満そうに言う。せっかく思いついた考えを否定されて拗ねているようだった。
「一つ、長槍は扱いにくいこと。もう一つは懐に入られたら対処できないことです」
扱いにくい理由としては、長い得物は重いということである。槍を二倍の長さにするとしたら、重さは単純計算で四倍になる。いくら軽量化してもある程度の筋力は必要である。
またその重さゆえの駆動性の鈍さは致命的である。長槍を横薙ぎし、避けられてしまえば元通りに構えるよりも相手の得物が届く距離まで近づくほうが断然早い。
以上の理由から犬千代は長槍を懐疑的に思っていた。内蔵助も言われて気づいたところもあった。やはり前世で喧嘩をしたことのない内蔵助は百戦錬磨の犬千代に戦闘の知識で劣ってしまうところがあった。
「ふふ。その程度の問題ならば解決できる」
信長は犬千代の意見を聞いて長槍の弱点を完璧に理解した。加えて弱点であって欠点ではないところも分かっていた。これならば利点のほうが勝るとも踏んだ。
「若。それはどういう意味ですか?」
犬千代は信長がまた面白いことを思いついたのだと態度で分かった。内蔵助はやはり信長は頭の回転が早い男だと改めて思った。
「とりあえず、長槍を作るぞ! 三間、いや三間半の大きな長槍を!」
三間半は尋常ではありえない長さである。具体的に言えば戦国乱世の成人男性の身長の四倍くらいだ。
犬千代と内蔵助は、信長の考えをまるで理解できなかった――
◆◇◆◇
二日後、可成が河原に訪れると三間半の長槍を持つ小姓たちの集団が整列していた。
この様子を見て可成は「なるほど。参りました」と得意げな信長に頭を下げた。
「戦は個人で行なうものではなく、集団で行なうもの。だからこそ、武器だけではなく集団を活かす方法を考えになられた」
「いかにも。これならばいくらお前が強くても勝てまい」
信長が考えたのは長槍を最大限に活かす方法だった。長槍を持った者たちを横隊にし、間隔無くすことで懐に入られる危険性を無くす。長槍を減点法ではなく加点法で考えた結果の運用方法である。
「槍を上から叩き、相手が怯んだ隙に突き崩す。これならば鍛えていない農兵でも弱兵でもできる」
「…………」
「それに長ければ相手の気迫や技量を感じることもない。恐怖を忘れられる」
長槍を構えながら犬千代は信長の凄さを実感していた。彼の前世では喧嘩は個人戦だった。信頼できる仲間に背を預けることはあるが、それでも不良だから統率が取れていなかった。だから集団で戦うという発想は生まれなかった。
その数人挟んだ隣で槍を持つ内蔵助も信長の柔軟な発想を凄いと思っていた。長槍部隊のことは知っていた。それでも普通は思いつかない。自分が示唆したとはいえ、満点に近い解答を見つけるのはとても十代の若者にはできない。
「なあ可成。お前、俺の家臣にならないか?」
信長は可成の楽しげな顔を見て、思ったことを口にした。可成は「お屋形様ではなく、若様に仕える、ですか」と顎に手を置いた。
「いずれ俺は家督を継ぐ。そうなればお前も俺の家臣になる。早いか遅いかの違いだ」
「早める理由を教えていただきたいのですが」
「親父には優秀な家臣がたくさんいるが、俺にはここにいる者しかいない。味方は多いほうがいい。まあこれは俺の都合だけどな」
信長は可成と見つめ合う。それだけで互いがどんな人間か分かった。
「お前が一緒なら、俺は面白いと思った」
「……若様」
「きっとお前も面白いし楽しいぜ」
可成はごくりと唾を飲み込んだ。二日前は何も感じなかった。世間が言うほどの大うつけではないとは思っていた。しかし、今日話してみると、常人では計れない、何か大きなものを胸に抱いているような気がしてならなかった。それを二文字で表すなら――大志だった。
「若様――いや、殿。俺はあなたについていきます」
「……可成」
跪いて可成は信長に臣下の礼を取った。
この人について行けば、確かに面白そうだし楽しそうだと思ったのだ。それくらい信長は魅力的だった。
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