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やるときはやる男
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「おらぁ! どうしたどうした! まだまだ物足りねえぞ!」
「ひいい!? ば、化け物だ! 逃げろ!」
槍の又左の名に劣らぬ、鬼のような戦いぶりを見せる利家。
必死でついて行く佐脇は、自分の兄の強さに改めて驚いた。
――以前より強くなっている。
鵜沼城の城兵たちはこぞって三の丸から二の丸へ避難する。利家と佐脇の活躍もあるが、他の赤母衣衆や馬廻り、そして兵たちが次々と攻めこんできたからだ。
利家は周りの状況を見て一息ついた。しかし決して油断はしない。
「なあ利之――じゃなかった、良之。お前何人倒した?」
槍先に着いた血を懐紙で拭きながら利家は問う。
佐脇は「数えてない」と息を整えながら言う。
「多分、六人か七人ってところか?」
「へへ。俺の勝ちだな。十三人だ」
「……うるさいな! きちんと数えてたら俺もそんぐらいだ!」
まるで兄弟喧嘩のようにじゃれ合う二人。
それを見た赤母衣衆の加藤弥三郎は「いつの間に仲良くなったんだ?」と呆れていた。
「じゃあ引き上げるか。腹も減ったしよ」
「二の丸を攻めないのか?」
「殿に考えがあるんだと。もうすぐ退却の合図が出るぜ」
その言葉通り、戦場にほら貝が鳴り響いた。
佐脇はよく分かったなと思いながら開かれた城門から出ようと足を向ける。
「おお、そうだ。なあ良之」
「なんだ、利家さん」
利家の言葉に足を止めた佐脇。
振り返ると、兄は少しだけ言いにくそうな顔をしていた。
「その、なんだ。これで俺が赤母衣衆の筆頭でいいよな?」
「……取り決めだからな。従うよ」
「いや。取り決めはどうでもいい。お前の口から認める言葉を聞きたいんだ」
佐脇は利家の少しだけ照れている顔を凝視してしまった。
そして幼き頃を思い出す。父の利春に叱られて、バツの悪そうに自分をちらりと見る兄の姿を――
「……他の赤母衣衆が何を言おうと、俺はあんたを筆頭として認める」
その言葉を聞いた利家はぱあっと明るい顔になった。
自分より年上の大人なのに、どういうことか、子供みたいだなと佐脇は思わず笑った。
「そうか! ありがとうな、良之!」
「礼なんて要らない。それに覚えておけよ」
良之は緩んだと自覚できる己の顔を無理やり引き締めた。
そして尊敬すべき兄に向けて宣言した。
「あんたが少しでも頼りないところを見せたら――筆頭の地位を奪うぜ」
あくまでも利家に対抗する立場は変えない。
彼なりの意地でもあった。
「ああ。それでいい。むしろそのほうが張り合いあるぜ」
それから利家は頼りがいのある弟に言う。
「背中を預けられる頼もしい仲間がいてくれるってのは、案外良いもんだよな」
◆◇◆◇
鵜沼城の三の丸を占拠し、もう一息で攻め落とせるところまで来た織田軍。
勝敗が決したとみなした信長は鵜沼城の城主、大沢次郎左衛門に降伏するよう使者を出したが、要求は飲まれなかった。
「本領を安堵すると伝えたのだが、かの者は受け入れなかった。かと言ってこのまま力攻めするのも、兵の損失が大きくなる」
信長はそう呟く。中美濃や東美濃を攻略する以上、なるべく犠牲を出さずに落としたいのだ。だから中美濃の入り口である鵜沼城に手間をかけたくなかった。
「誰か大沢を説得できぬか?」
陣幕の中で信長は家臣たちに問う。
従軍している丹羽や可成、池田は戦や内政には自信があったが、弁舌はあまり得意としていなかった。
すると赤母衣衆の筆頭として軍議に参加していた利家が「藤吉郎に任せてみるのはいかがですか?」と提案してきた。
「藤吉郎……猿にか?」
目を丸くした信長。他の諸将もざわめく。目端は利くが百姓出身の小男にできるとは思えなかったのだ。
しかし利家は「あいつはやるときはやる男です」と力強く言った。
「藤吉郎は口が上手いです。それから妙に人の心を掴むのも上手です。必ずできるでしょう」
「そこまでお前が言うのなら、任せてもいいが……」
「もしあいつが失敗したら、俺が責任を取ります」
その場にいる全員が息を飲んだ。そこまで藤吉郎を信頼している理由が分からなかった。
信長は目を細めて「いいだろう」と頷いた。
「猿をここに呼べ。利家以外の者は下がって良い」
しばらくして、小姓に連れられた藤吉郎が不思議そうに本陣にやってきた。
信長と利家がいる中で、片膝をつきながら「木下藤吉郎、参りました。なんでございましょう?」と問う。
「お前に主命を下す。鵜沼城城主、大沢次郎左衛門を降伏させよ」
「えっ? あ、はあ?」
「なんだその返事は」
「し、失礼をしました!」
藤吉郎は深く頭を下げて「何故、それがしにそのような大役を?」と問う。
信長は「そこの利家がお前を推薦したのだ」と言った。
「猿ならば確実にやり遂げると、皆の者に宣言したのだ」
「な、なんと……! 前田様、どうして……」
「俺はお前ならできると思ったんだ」
利家は自信たっぷりに藤吉郎に言い聞かせた。
藤吉郎は機会を与えれば出世できる男だと、彼は常々思っていた。それが今だと確信していた。
しかし藤吉郎は「それがしは身分の低い、百姓上がりの男です」と言う。
「それがしに務まるかどうか……」
「織田家の使者として参るのだ。身分は関係ない。できるかできないかだ」
信長はそう言うものの、藤吉郎にできるか疑問視していた。利家が軍議の場で意見することが珍しかったこともあり、思わず賛同してしまったのは否めない。
「藤吉郎、安心してくれ。失敗してもお前に咎などない」
利家が藤吉郎に近づき、彼の肩を優しく叩いた。
「これは好機だ。出世できるし、ねねに良い暮らしをさせてやりたいんだろ?」
「分かっております……あの、どうして失敗しても処罰は無いのですか?」
推薦されたとはいえ、失敗したらそれなりの罰はあるものだった。地位の高い者ならともかく、足軽大将の藤吉郎には当然あるはずだった。
「あー、良いんだ。気にしなくていい。殿が約束してくださった」
「……そのとおりだ」
藤吉郎の失敗の責任を利家が取ることは言わない。
それは利家と信長の間で暗黙の了解となっていた。
利家は余計なことを考えさせないためだったが、信長はそれを利家の男気だと見なしていた。
「はあ。分かりました……殿と前田様にそこまで便宜を図ってもらったのであれば、断れません。慎んで主命を受けます」
藤吉郎はこれ以上ごねると自分の首が飛ぶと考えた。
それに利家が与えてくれた好機を無駄にするのも後味が悪かった。
「であるか。ならば猿、行ってまいれ。なるべく早く降伏させよ」
「ははっ。二日があれば、説得できましょう」
「……なに? 二日だと?」
信長が怪訝な顔になったので、藤吉郎は慌てて「長すぎましたか?」と問う。
「いや。そうではない……気にするな」
「かしこまりました。さっそく向かいます」
藤吉郎が去った後、信長は「あいつ、二日で説得すると言っていたな」と利家に言う。
「そんな自信があったのか」
「あいつはできないことはできないと言いますから。自分の能力が及ばない、たとえば身分や出自以外なら、何でもできますよ」
「ふむ。なかなか使えそうだ」
この言葉がきっかけで、信長は木下藤吉郎を気にかけることになる。
利家は藤吉郎の説得は必ず成功すると考えていたので、心配はしなかった。
だから不運にさえ遭わなければ大丈夫と逆に安心していたのだ。
二日後。藤吉郎は大沢次郎左衛門を見事に説得し、鵜沼城を開城することに成功した。
織田家家中の者は藤吉郎のことを見直し、ただ者ではないと気づき始める。
利家は心の中で藤吉郎、凄いぞと思い、やはり奴はやるときはやる男だと自分のことのように嬉しがった。
「ひいい!? ば、化け物だ! 逃げろ!」
槍の又左の名に劣らぬ、鬼のような戦いぶりを見せる利家。
必死でついて行く佐脇は、自分の兄の強さに改めて驚いた。
――以前より強くなっている。
鵜沼城の城兵たちはこぞって三の丸から二の丸へ避難する。利家と佐脇の活躍もあるが、他の赤母衣衆や馬廻り、そして兵たちが次々と攻めこんできたからだ。
利家は周りの状況を見て一息ついた。しかし決して油断はしない。
「なあ利之――じゃなかった、良之。お前何人倒した?」
槍先に着いた血を懐紙で拭きながら利家は問う。
佐脇は「数えてない」と息を整えながら言う。
「多分、六人か七人ってところか?」
「へへ。俺の勝ちだな。十三人だ」
「……うるさいな! きちんと数えてたら俺もそんぐらいだ!」
まるで兄弟喧嘩のようにじゃれ合う二人。
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「じゃあ引き上げるか。腹も減ったしよ」
「二の丸を攻めないのか?」
「殿に考えがあるんだと。もうすぐ退却の合図が出るぜ」
その言葉通り、戦場にほら貝が鳴り響いた。
佐脇はよく分かったなと思いながら開かれた城門から出ようと足を向ける。
「おお、そうだ。なあ良之」
「なんだ、利家さん」
利家の言葉に足を止めた佐脇。
振り返ると、兄は少しだけ言いにくそうな顔をしていた。
「その、なんだ。これで俺が赤母衣衆の筆頭でいいよな?」
「……取り決めだからな。従うよ」
「いや。取り決めはどうでもいい。お前の口から認める言葉を聞きたいんだ」
佐脇は利家の少しだけ照れている顔を凝視してしまった。
そして幼き頃を思い出す。父の利春に叱られて、バツの悪そうに自分をちらりと見る兄の姿を――
「……他の赤母衣衆が何を言おうと、俺はあんたを筆頭として認める」
その言葉を聞いた利家はぱあっと明るい顔になった。
自分より年上の大人なのに、どういうことか、子供みたいだなと佐脇は思わず笑った。
「そうか! ありがとうな、良之!」
「礼なんて要らない。それに覚えておけよ」
良之は緩んだと自覚できる己の顔を無理やり引き締めた。
そして尊敬すべき兄に向けて宣言した。
「あんたが少しでも頼りないところを見せたら――筆頭の地位を奪うぜ」
あくまでも利家に対抗する立場は変えない。
彼なりの意地でもあった。
「ああ。それでいい。むしろそのほうが張り合いあるぜ」
それから利家は頼りがいのある弟に言う。
「背中を預けられる頼もしい仲間がいてくれるってのは、案外良いもんだよな」
◆◇◆◇
鵜沼城の三の丸を占拠し、もう一息で攻め落とせるところまで来た織田軍。
勝敗が決したとみなした信長は鵜沼城の城主、大沢次郎左衛門に降伏するよう使者を出したが、要求は飲まれなかった。
「本領を安堵すると伝えたのだが、かの者は受け入れなかった。かと言ってこのまま力攻めするのも、兵の損失が大きくなる」
信長はそう呟く。中美濃や東美濃を攻略する以上、なるべく犠牲を出さずに落としたいのだ。だから中美濃の入り口である鵜沼城に手間をかけたくなかった。
「誰か大沢を説得できぬか?」
陣幕の中で信長は家臣たちに問う。
従軍している丹羽や可成、池田は戦や内政には自信があったが、弁舌はあまり得意としていなかった。
すると赤母衣衆の筆頭として軍議に参加していた利家が「藤吉郎に任せてみるのはいかがですか?」と提案してきた。
「藤吉郎……猿にか?」
目を丸くした信長。他の諸将もざわめく。目端は利くが百姓出身の小男にできるとは思えなかったのだ。
しかし利家は「あいつはやるときはやる男です」と力強く言った。
「藤吉郎は口が上手いです。それから妙に人の心を掴むのも上手です。必ずできるでしょう」
「そこまでお前が言うのなら、任せてもいいが……」
「もしあいつが失敗したら、俺が責任を取ります」
その場にいる全員が息を飲んだ。そこまで藤吉郎を信頼している理由が分からなかった。
信長は目を細めて「いいだろう」と頷いた。
「猿をここに呼べ。利家以外の者は下がって良い」
しばらくして、小姓に連れられた藤吉郎が不思議そうに本陣にやってきた。
信長と利家がいる中で、片膝をつきながら「木下藤吉郎、参りました。なんでございましょう?」と問う。
「お前に主命を下す。鵜沼城城主、大沢次郎左衛門を降伏させよ」
「えっ? あ、はあ?」
「なんだその返事は」
「し、失礼をしました!」
藤吉郎は深く頭を下げて「何故、それがしにそのような大役を?」と問う。
信長は「そこの利家がお前を推薦したのだ」と言った。
「猿ならば確実にやり遂げると、皆の者に宣言したのだ」
「な、なんと……! 前田様、どうして……」
「俺はお前ならできると思ったんだ」
利家は自信たっぷりに藤吉郎に言い聞かせた。
藤吉郎は機会を与えれば出世できる男だと、彼は常々思っていた。それが今だと確信していた。
しかし藤吉郎は「それがしは身分の低い、百姓上がりの男です」と言う。
「それがしに務まるかどうか……」
「織田家の使者として参るのだ。身分は関係ない。できるかできないかだ」
信長はそう言うものの、藤吉郎にできるか疑問視していた。利家が軍議の場で意見することが珍しかったこともあり、思わず賛同してしまったのは否めない。
「藤吉郎、安心してくれ。失敗してもお前に咎などない」
利家が藤吉郎に近づき、彼の肩を優しく叩いた。
「これは好機だ。出世できるし、ねねに良い暮らしをさせてやりたいんだろ?」
「分かっております……あの、どうして失敗しても処罰は無いのですか?」
推薦されたとはいえ、失敗したらそれなりの罰はあるものだった。地位の高い者ならともかく、足軽大将の藤吉郎には当然あるはずだった。
「あー、良いんだ。気にしなくていい。殿が約束してくださった」
「……そのとおりだ」
藤吉郎の失敗の責任を利家が取ることは言わない。
それは利家と信長の間で暗黙の了解となっていた。
利家は余計なことを考えさせないためだったが、信長はそれを利家の男気だと見なしていた。
「はあ。分かりました……殿と前田様にそこまで便宜を図ってもらったのであれば、断れません。慎んで主命を受けます」
藤吉郎はこれ以上ごねると自分の首が飛ぶと考えた。
それに利家が与えてくれた好機を無駄にするのも後味が悪かった。
「であるか。ならば猿、行ってまいれ。なるべく早く降伏させよ」
「ははっ。二日があれば、説得できましょう」
「……なに? 二日だと?」
信長が怪訝な顔になったので、藤吉郎は慌てて「長すぎましたか?」と問う。
「いや。そうではない……気にするな」
「かしこまりました。さっそく向かいます」
藤吉郎が去った後、信長は「あいつ、二日で説得すると言っていたな」と利家に言う。
「そんな自信があったのか」
「あいつはできないことはできないと言いますから。自分の能力が及ばない、たとえば身分や出自以外なら、何でもできますよ」
「ふむ。なかなか使えそうだ」
この言葉がきっかけで、信長は木下藤吉郎を気にかけることになる。
利家は藤吉郎の説得は必ず成功すると考えていたので、心配はしなかった。
だから不運にさえ遭わなければ大丈夫と逆に安心していたのだ。
二日後。藤吉郎は大沢次郎左衛門を見事に説得し、鵜沼城を開城することに成功した。
織田家家中の者は藤吉郎のことを見直し、ただ者ではないと気づき始める。
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