利家と成政 ~正史ルートVS未来知識~

橋本洋一

文字の大きさ
138 / 182

笹の才蔵

しおりを挟む
 徳川家が駿河国進攻をしている最中、成政は後方支援を担当していた。
 新たに工場を作り、堺の今井宋久から鍛冶職人を誘致してもらい、鉄砲の増産をさせていた。
 そのおかげで日に五丁の鉄砲を生産することができた。

「うむ。なかなかの出来だな」

 遠目にある的に銃弾を当てて、精度を確かめる成政。
 職人の一人が頭を下げて「お褒めいただきありがとうございます」と応じる。

「日に五丁だが……それ以上生産はできぬか?」
「人手が足りません。日に五丁が精一杯です」
「……引き続き鍛冶屋を集めよう。差配は任す」

 仕事を終えて工場から出た成政に大蔵長安が近づいた。
 何か報告があるのかと成政は「どうした?」と問う。

「へえ。以前より佐々家に仕える文官を募集していましたが……八人集めました」
「使えそうな者はどのくらいだ?」
「算術は全員使えますし文字書きもできます……直接、見てくだせえ」

 少しの間にそこまでの人材を集めるとは思わなかった。
 長安を佐々家家老に任ずるのも悪くないなと考える成政。
 とりあえず、その者たちを見てみようと彼は考えた。

「すぐに向かう。本多殿に会ってからな」
「かしこまりました」

 本多正信がいる岡崎城へ足を運ぶ。
 そのとき、何やら騒ぎが起きていた。
 馬に乗っていた成政は近くの者に「何か諍いでも起きているのか?」と問う。

「あ、お侍様。子供が大暴れしているんです」
「子供だと?」
「年は十四か十五。数人の荒くれ者と喧嘩しています」

 手で筒を作って覗くと、どこから持ってきたのか分からない、洗濯竿ぐらいの棒を振り回して荒くれ者を寄せ付けていないが、動きが緩慢だ。あの調子だと捕まえられてしまうだろう。
 しかし、ゆっくりでもなかなか良い動きをする子供だった。おそらく武芸を習っているのだろう。成政が関心を持つぐらいには、才のある動き――

「そこの者たち! 徳川家の領内での狼藉、許さぬぞ!」

 成政が馬に乗りつつ場を収めようと向かった。
 人の群れが散っていくと荒くれ共も気づいたのか「逃げろ!」と一斉に駆け出す。

「ま、待て、逃げるな……っく!」

 子供――少年は怪我を負っていた。荒くれ共につけられたものだろう。
 成政は馬を下りて「大丈夫か?」と抱えた。

「こ、このくらい……」
「無理をするな。おい、薬を持ってきてくれ」

 少年は安心したのか、気絶してしまった。
 瓜のように面長で色の白い少年だった。しかし鍛えられているのは分かる。
 武家の出なのかもしれない。

「仕方ない、屋敷に連れていくか」

 正信殿とは後日話そう。
 成政は少年を馬に乗せた。


◆◇◆◇


「お前さま、この子は……」
「分からぬ。荒くれ共と喧嘩をしていた」
「喧嘩、ですか……」

 成政の妻、はるは手桶で手拭いを洗い、水を切って額に当てた。
 穏やかな顔ですやすやと寝ている姿を見て、怪我の割に痛みは少ないなと成政は思った。

「喧嘩と聞くと、件の方を思い出します」
「……利家のことか」
「お前さまは、酔うとあの方のことを悪く言います。楽しそうに」

 楽しそうに、の部分に眉をひそめる成政。
 するとはるはくすくすと笑った。
 成政が久しぶりに見る、彼女の笑顔だった。

「ようやく、笑ってくれたか」
「あっ……」
「悪いことではない。むしろ、笑ってくれていたほうが良い。その……心が安らぐのだ」

 飾り気のない成政の本音に、はるは嬉しそうな顔をしたけど、それは一瞬のことですぐさまは我慢の顔になる。
 成政は笑顔で「私が悪かったよ」と告げた。

「お前の仏頂面を見ていると、私は自分が、本物の悪人に思えるのだ」
「……悪人ではないですか」
「私のためではなく、徳川家のために殺したのだ……いや、言い訳だな」

 成政ははるに頭を下げた。
 はるは慌てて「何をなさっているのですか!?」と喚く。

「ごめんなさい。もう二度と怖がらせたりしないから」
「……本当ですか? もし怖がらせたらどうしますか?」
「煮るなり焼くなりすればいい」

 はるは大きなため息をついて。
 成政の顔を持ち上げて己の顔を近づけた。
 徐々に赤くなる成政。
 耐えきれずに吹き出してしまった。

「あははは! お前さまは、照れ屋さんですね!」
「う、うるさい! 人が真剣に謝っておるのに!」
「いいですよ、許してあげます」

 はるは顔から手を放して、そのまま身を成政に預けた。
 あわあわとする成政の様子を感じつつ、はるは本当に愛らしいわと思っていた。

「うーん……あれ? ここは……?」

 少年の目が覚めたようだ。
 成政ははるを引き離して「気づいたようだな」と威厳を込めて言う。

「……ここはどこだ?」
「私の屋敷だ」
「はあ……それであんたは誰だ?」

 警戒を込めて睨んでいるが、子供の脅しなど成政には通用しない。
 むしろ微笑ましく思えて笑ってしまった。

「なんで笑うんだ!」
「ああ、失礼した……私は徳川家家老、佐々成政である」

 少年は驚いて「あの佐々成政か!?」と喚いた。
 その驚きようが面白くて「そのとおりだ」と成政は頷いた。

「どうしてあの荒くれ共と喧嘩していた?」
「ああ。くだらないことだよ。肩がぶつかったとかどうとか」
「本当にくだらないことだな」
「うるせえな……そんじゃお世話になったよ」

 そそくさと出て行こうとする少年だったが、当然のように怪我は治っていない。
 立ち上がろうとして「あいててて……」と怪我の箇所を抑える。

「無理をするな。はる、何か食せる物を。粥などが良いな」
「ふふふ。かしこまりました」

 機嫌の良いはるはにこやかに準備しに行く。
 少年は「綺麗な人だな」とぼそりと呟いた。
 成政は警戒するように「私の妻だ」と言う。

「色目を使うなよ」
「そんなんじゃねえよ……何本気にしてんだ?」
「それより、お前は何者だ? 人に名を聞いておいて名乗らないのは無礼だろう」

 少年はしばらく迷ったが、結局「……可児才蔵という」と答えた。
 成政はその名に聞き覚えがあった――未来知識で彼が後の猛将だと知った。

「良い名だな。それで才蔵はどうしてここに? 三河国の者ではないだろう」
「あれ? どうして俺がここの出じゃないと分かったんだ?」
「……美濃国に可児という地名がある。そこの出だと推察するが」

 意外と鋭い才蔵を誤魔化すように推理を披露する成政。
 才蔵は「頭いいんだな」と感心した。

「うん。美濃の出なんだけどさ。実家から出奔して諸国漫遊の旅をしていた」
「そうか。つまり浪人だな」
「はっきり言うなよ。路銀も尽きてどうしようか迷っているんだ」

 成政はさりげなく「私に仕えないか?」と問う。
 才蔵は「はあ? あんたに?」と目を丸くする。

「ああ。禄も出す。徳川家家老に仕えるのは不服なら仕方ないが」
「いや。不満はねえけど。ていうか同情なら勘弁だぜ? これでも武士の矜持はあるんだ」
「そうではない。武芸を習っているのは分かるし、腹が空いていなければ荒くれ共を一掃していたことも分かる」

 動きが緩慢だったのは、腹が空いていたから。
 そして空腹なのは路銀が尽きているからだ。

「鋭いな。流石に家老をやっているだけはある」
「それで、仕えるのか?」

 才蔵が答える前に「お粥が出来上がりました」とはるが持ってきた。
 匙で掬ってお椀によそったものを才蔵に手渡すと、一心不乱に食べ始めた。

「うめえ! こんなに美味い飯、初めてだ!」
「ふふふ。お粗末様です」
「ま、ゆっくりと食べてくれ」

 成政は別に焦らなくても良いかと思っていると「ああ。あんたに仕えるよ」と才蔵が言う。

「一飯の恩は必ず返すよ」
「そうか。おい、はる。風呂の準備をしてやれ」

 笹の才蔵を手に入れられたことの喜びで胸がいっぱいになる中、成政は威厳を込めてはるに言う。
 どうして機嫌が良いのだろうとはるは微笑みながら「はい、お前さま」と答えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。 持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。 これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...