利家と成政 ~正史ルートVS未来知識~

橋本洋一

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越前国、内乱

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「いやあ、めでたいめでたい。これでお前も大名だな――羽柴秀吉」
「まあな。百姓の子がここまで成り上がるとは思えなかった」

 北近江国の今浜で利家は木下藤吉郎改め羽柴秀吉と酒を酌み交わしていた。秀吉が今浜城主となった祝いである。現在は城を改築しているので仮住まいの屋敷に二人はいた。

「織田家の家老にもなってさ。もちろん出世する男だと思っていた。でもこんなに早いとは予想できなかった」
「一心不乱に務めを果たしただけだ……と言えば聞こえはいいかな?」
「事実だしな。馬屋番の頃からお前は要領が良かった」

 利家は秀吉の盃に酒をとくとくと注ぐ。
 先を越されたという認識は利家にはない。友人の出世を心から祝福していた。

「……なあ利家。それがしの寄騎になってくれぬか?」
「なんだよ突然。お前に仕えろっていうのか?」
「知っての通り、百姓の身であるそれがしには譜代の家臣がいない。だから信頼できる者が必要なのだ」

 真剣な表情の秀吉を前にして、利家はしばらく黙って考えた。
 そして出したのは「それはできねえな」という断りの言葉だった。

「お前の寄騎になるのは悪くねえが……殿のそばで働きたいんだ」
「そうだろうと思っていた。ま、駄目元で言ってみただけだ。気にしないでくれ」

 そう言った秀吉だったが、利家が欲しい気持ちは変わりなかった。それに信頼する友を近くに置きたいとも考えていたのだ。

「そうだ。俺じゃなくて赤母衣衆が欲しくないか?」
「確かに欲しいが……殿が許さないだろう」
「いや、赤母衣衆みたいな部隊をお前が作るんだよ」

 常々、赤母衣衆のような部隊が欲しいと考えていた秀吉だが、自分で作ろうとは思いつかなかった。

「いい考えだ! 殿の許可を得て作ろう!」
「おう。格好良くて強いの頼むぜ……名前も今決めるか?」
「そうだな。それがしの馬印が瓢箪だから……黄母衣衆はどうだ?」

 赤母衣衆の模倣だが、利家はなんとなくいい部隊になりそうだと思った。

「羽柴秀吉の黄母衣衆か。有名になりそうだ」
「……ありがとう。利家」

 ふいに秀吉は頭を下げた。
 よく分からない利家は「いきなりどうしたんだよ?」と首をかしげた。

「それがしがここまで出世できたのはお前のおかげだ」
「馬鹿言えよ。お前の器量が大きかったからだろ」
「戦功を上げるきっかけは利家の提案からだろう……それがしは一生の恩だと思っている」

 秀吉は頭を下げたまま「それがしにできることがあればなんでも言ってくれ」と感謝を込めた。

「お前のためならできないことでもやってみせよう」
「そうか……なら酒を注いでくれねえか」

 軽い頼みに秀吉は顔を上げた。
 馬鹿にしているのか、それとも酔っているのかと見ると、利家は真面目な顔でいた。

「俺はお前が出世して本当に嬉しいんだ。だから恩義とか言うなよ。場が濁るだろ」
「利家……」
「織田家家老の酌で酒、飲ませてくれ」

 惚れ惚れするような男気だった。
 泣きそうになるのをこらえて、秀吉は利家が差し出した盃に酒を注いだ。
 利家は味わいながら飲み干す。

「最高に美味いな……!」
「それがしは一生、お前に勝てない気がするよ――利家」


◆◇◆◇


 越前国で内乱が起きた。守護の前波吉継による支配が気に入らない府中領主、富田長繁が兵を起こして攻めた。少数の兵しか持たない富田ならば前波が制圧できると信長は考えたが――

「三万の兵、だと……?」

 不可解なことに大軍で攻めている。
 富田にそれだけの才覚があるとは思えない。
 続いて届いた報告で詳細が分かる――あの一向衆が絡んでいた。

「加賀国の一向衆共か! 小賢しい真似をしてくれる!」

 信長はすぐさま出兵しようとしたが待ったをかけられた。伊勢長島の一向衆が尾張国を狙おうと動いている。まるで狙い定めたようにだ。これでは押さえの兵も用意しなければならない。

「武田家は成政が攻めている……無理をしても越前国に出陣できるが……」

 しかし三万の兵を相手にするとなればそれ以上の兵が必要だ。それに兵糧などの問題もある。普段ならば用意できるが、現状は不可能だった。それは――足利家である。

 足利義昭は以前より東山御物の回収を信長に依頼していた。東山御物とは八代将軍足利義政が手放してしまった大名物の茶道具だ。

 どうして回収するのかと言えば、それらの大名物を今一度足利家に戻れば権威は回復するのではないかという狙いだ。要は足利家の支配は健在であると世間に喧伝したいのだ。

 そのための費用は織田家が捻出している。
 信長は当初、さほど労力も時間も資金もかからぬだろうと考えていたが――思いの外出費が多かった。中には死んでも譲らないとごねる者もいたのだ。そんな連中のために相場の三倍から五倍で取引しなければいけなかった。

 加えて足利家が三好家を攻めるために織田家から援軍を求めていた。今の三好家には力が無く戦を仕掛ける好機だと義昭当人が主張した。将軍の援軍要請を断ることはできず、信長は兵を派遣した。

 この状況では越前国の内乱など鎮圧できない。
 もたもたしているうちに越前国は富田の手に落ちた。

「この絵を描いたのは――顕如か? しかしあまりに……」

 信長は疑問に思う。
 一向宗の門主、本願寺顕如が計画したにしては事態が好都合に動き過ぎる。
 越前国の一向宗や伊勢長島の門徒を動かす力があっても、足利家の動きを予想できるわけがない。加えて織田家の内情をよく知らねば策を立てられないだろう。

 足利家が裏で本願寺と手を組んだ――そう考えるのが妥当だろう。
 しかし、それはありえない。
 何故なら武田信玄が討たれたことで義昭の後ろ盾がないからだ。

 今や織田家あっての足利家である。畿内の大名のほとんどを従わせている、将軍家に必要な軍事力を備えている信長と手を切るとは考えられなかった。たとえ本願寺と手を組んで戦っても勝てる保証はどこにもないのだ――

「そんな感じで殿は困っているんだけどよ。松永のおっちゃん、何か企んでねえか?」
「いきなり訪ねてきてその言い草は面白過ぎるぞ」

 今浜から帰ってきた利家が真っ先に松永久秀のところに行ったのは、越前国が富田のものになって間もないときだった。
 ちなみに松永は今、岐阜城の城下町で暮らしていた。息子の松永久通に家督を譲って隠居生活に入っている。悠々自適な暮らしをしていて、利家の屋敷にほど近い場所に居を構えていた。

「今回の絵図を描けるのはそうそういねえ。誰かが企んでいるんだ」
「それはお前の勘か?」

 二人は正対して話し合っている。茶を出そうかと松永は言ったが「作法を知らねえんだ」と利家は断った。ならばと軽い食事と煎茶を出して飲み食いの場となった。

「俺はあんたなら何か真相を知っているんじゃねえかなと思っている」
「ふむ。残念ながら知らん。わしも何が何だか分からんのだよ」

 あくどい顔で否定する松永を見て、このジジイ何か知っていやがるなと利家は見抜いた。
 おそらく足利家の内情を何らかの手段で知っているのだ。

「じゃあ訊くぜ。これからどうなると思う?」
「信長殿の天下はまだ成らぬ。というより意図的に遅らせようとしている者がいるな」
「あん? 誰だよそれ」
「……それが見当もつかん。これだけの遠大な策を講じられるとしたら――」

 松永は煎茶を飲みながら荒唐無稽なことを言い出した。

「これから起こることをあらかじめ知っている……そうとしか思えないほど賢い男だな」
「はっ。未来が見えるって奴か? ありえねえだろ」

 利家はばっさりと否定した。
 言った松永も冗談で言ったので「そうだな」と頷いた。

「だが気を引き締めろ。いつ何が起こるか分からないからな」
「そりゃ当たり前だろ。人生ってのはそういうもんだ」

 それからしばらくして、越前国を治めようとしていた富田は一向宗の大軍に攻められて討ち死にした。
 越前国は一向宗のものとなってしまった――
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