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伊勢長島
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成政の活躍によって武田家の脅威が消えつつあった。
そこで信長は伊勢国にある長島願証寺を攻め落とそうと決める。
長島願証寺は一向宗の寺で武装していた。さらに織田家の経済基盤の一つである尾張国の津島に近い。それゆえ、信長にしてみれば絶対に制圧すべき場所だった。
士気を上げるため信長直々に出陣する。当然利家も従軍することとなった。
屋敷でまつに具足を用意させている間、利家は森家の当主と軒先で話していた。
「去年の初陣から忙しないことだな勝蔵。いや、長可と呼ぶべきか」
「気恥ずかしいけどな。これでようやく一人前の大人だぜ」
すっかり青年となった勝蔵――長可は獰猛過ぎる笑みを浮かべた。
まるで虎か狼だなと思いつつ利家は「まだ学ぶことはあるぜ」とたしなめた。
「可成の兄いを超えるには強さだけじゃ足りねえ」
「足りねえ分、強くなりゃいいんだろ」
そっぽを向く長可に対し、こいつにはいろいろと教えてやらねえとなと利家は改めて思った。
強さは申し分ないが、まだ心が追いついていないのが現実だ。
「繰り返すが、去年の伊勢長島でお前は戦を知った。だけどな、まだまだ本物を知らない。凄惨で悲惨な戦場に出会ってねえんだ」
「はっ! そんなんで俺が怖気づくと思うのか? むしろ楽しみで仕方ねえぜ!」
もしかしてこいつ、俺よりも血の気が多い野郎かもしれねえなと利家は静かに思った。
同時に道を外さないよう見ている必要があるなと義務感を覚えた。加えてあっさり死なせたら可成に合わせる顔がない――
「あん? なんだよ、じろじろ人の顔見て。なんかついているか?」
「目と鼻しかついてねえよ……」
さて。利家が改めて長可を守ることを決意し、織田家は伊勢長島へと出陣した。総勢七万の軍で支城を次々と攻め落とし、一向宗門徒を追い込んで――長島城を封鎖した。
「なんでえ。兵糧攻めにするつもりかよ」
戦場を見てつまらなそうに言う長可に対して、利家は「打って出るかもな」と腕組みをした。
「守りに固い長島城に籠もってれば盤石だろ? なのに出るのか?」
長可は理解できないという顔になった。
沢彦宗恩の教えを受けている利家は「籠城戦は援軍が無ければ負ける」と断言した。
「同盟国の武田家の援軍は見込めない。成政の野郎が攻め込んでいる最中だからな。他に織田家を脅かす連中は秀吉たちが防いでくれる。だからこそ――打って出るのさ」
「死ぬかもしれねえのに?」
「餓死と討死。どっちが楽かは人それぞれだけどな。さらに言えば死んだら極楽浄土に行けるって教えだ。手強いと思うぜ」
語る利家に「それなら俺の出番だな」と犬歯をむき出しにして長可は笑った。
「一向宗共、骨があれば良いんだけどよ」
そう言って包囲されている長島城を見る。
兵糧攻めを開始した直後なので、まだまだ門徒の士気は高い。
血の気が多い長可の様子を窺いつつ利家は仕掛けてくるとしたら夜だなと考える。暗闇でも操船に慣れている門徒ならば、こちらに奇襲をかけることは可能だ。
「眠れない日が続きそうだ……」
◆◇◆◇
利家の予想通り、門徒たちはたびたび織田家の兵糧を奪おうと夜中打って出た。しかし信長もまた予想していたのですぐさま対策を講じた。利家たち赤母衣衆を守りにつかせたのだった。織田家最強の部隊によって鉄壁と化した兵糧庫に門徒たちが付け入る隙などなかった。
そして徐々に減っていく兵糧を危惧し始めたのか、長島城から逃げ出す者も出てきた。門徒からすれば長島城にこだわる必要はない。何故ならば彼らは土地に縛られた存在ではなく、帰依する寺院のいずれかで戦えればいいのだ。自分たちが生き延びて戦い続ければ、本願寺顕如のためになる。すべては極楽浄土のためだ。
それを分かっていた信長は勝利だけを望んではいなかった。門徒を各地で転戦できる兵と見なした。だから逃走する者には容赦がなかった――
「包囲から逃げ出した者は全員首を刎ねよ」
当然、皆殺しを命じた。
泣き叫ぶ門徒を前にして、利家は複雑な胸中にあった。確かに石山本願寺や越前国、加賀国に無傷の兵として向かわせることは今後を鑑みれば危ういことだ。
しかし皆殺しにする必要はあるのだろうか? 本願寺の門徒であっても織田家領内で信仰をする者はいる。たとえ宗旨変えしなくとも民として教化すれば事足りるのではないか。
「でもまあ、見せしめは大事だよな」
自分に言い聞かせるように、あるいは自分を誤魔化すように、利家は門徒の首を刎ねる。一人ずつ、痛みも苦しみもなく――斬る。
できれば極楽浄土に言ってくれ。
俺は地獄に行くだろうから、会わずに済むように。
「生け捕りにした門徒に聞いたんだけどよ。長島城を捨てて攻勢に出るみたいだぜ」
門徒の血で血塗れな長可が利家に話しかける。
おそらく拷問したんだろうな利家はぼんやり思った。
その程度しか思わないほど感覚が麻痺していた。
「殿に知らせたか?」
「もちろんだ。住職の顕忍も指揮官の下間頼旦も出るらしい。兵糧が少なくなったのも影響しているようだ」
三万の門徒が打って出るとなると被害が甚大になる。
どう対処するべきなのかと利家は本陣にいるであろう信長に会いに行った。
小姓に守られている信長に「殿。長可から聞きましたよね」と単刀直入に利家は言う。
「弱っているとはいえ三万人の門徒が攻めてくる……危ういですよ」
「であるか……」
信長は小姓を下がらせた。
そして利家に「実は交渉を引き延ばしている」と明かした。
「残りの兵糧は少ない。それが尽きるまで時間を稼いでいる」
「向こうが気づいていないわけがないと思いますが」
「まあな……大軍で打って出るとなると統率が取れていない門徒共は手間取るだろう」
「そこを叩くと?」
上手くいくとは思えない――利家の素直な感想だった。
それが表情から読み取れた信長は「門徒が二つの派閥に分かれていることを知っているか?」と険しい顔で言う。
「元々定住していた門徒と外からやってきた門徒だ。そのうち、定住していた者は織田家と対立したがらない」
「どうしてですか?」
「奴らは純粋に信仰のために仕方なく戦っている。好戦的ではない。しかし外からやってきた者は――己の進退のために戦っている。一向宗の教えだけではない」
信長の説明は大雑把で正確ではないが、利家にしてみれば分かりやすい話だった。
要は狭い城の中で意見の異なる二つの派閥がある。
内部分裂は避けられない状況だ。
「加えて下間頼旦はあまり人望がないようだ。外から来て偉そうにしているみたいだしな。そして住職の顕忍は未だ子供だ。まとめ役としては不十分である」
「だとしたら、一向宗の攻勢も上手くいかないと思っているんですか?」
「そうだ……別に油断はしていない。じっくりと攻め立てれば落ちる」
信長は「これまで二度、長島を攻めて落とせなかった」と語る。
「三度目の正直だ。必ず落とす」
「一向宗の門徒は……皆殺しですか?」
暗い顔で利家は言うが、信長は意に返さず「無論だ」と短く答えた。
「領内でも一向宗の教えを許したこともある。しかし奴らは最後まで抵抗した。皆殺し以外――道はない」
その言葉通り、数日後に打って出た門徒を織田家の軍勢は討ち滅ぼした。
長可はこの戦いで二十七の首級を上げた。
自慢げに語る長可に利家はかける言葉が無かった。
長島城が落とされると二万人の門徒は残った支城である屋長島城に立て籠もった。
信長は迷いなく焼き殺せと命じた。
煌々と燃える城と人を利家は黙って見た。
これで本願寺の力も弱まる。
そう考えないとやっていけなかった――
そこで信長は伊勢国にある長島願証寺を攻め落とそうと決める。
長島願証寺は一向宗の寺で武装していた。さらに織田家の経済基盤の一つである尾張国の津島に近い。それゆえ、信長にしてみれば絶対に制圧すべき場所だった。
士気を上げるため信長直々に出陣する。当然利家も従軍することとなった。
屋敷でまつに具足を用意させている間、利家は森家の当主と軒先で話していた。
「去年の初陣から忙しないことだな勝蔵。いや、長可と呼ぶべきか」
「気恥ずかしいけどな。これでようやく一人前の大人だぜ」
すっかり青年となった勝蔵――長可は獰猛過ぎる笑みを浮かべた。
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「足りねえ分、強くなりゃいいんだろ」
そっぽを向く長可に対し、こいつにはいろいろと教えてやらねえとなと利家は改めて思った。
強さは申し分ないが、まだ心が追いついていないのが現実だ。
「繰り返すが、去年の伊勢長島でお前は戦を知った。だけどな、まだまだ本物を知らない。凄惨で悲惨な戦場に出会ってねえんだ」
「はっ! そんなんで俺が怖気づくと思うのか? むしろ楽しみで仕方ねえぜ!」
もしかしてこいつ、俺よりも血の気が多い野郎かもしれねえなと利家は静かに思った。
同時に道を外さないよう見ている必要があるなと義務感を覚えた。加えてあっさり死なせたら可成に合わせる顔がない――
「あん? なんだよ、じろじろ人の顔見て。なんかついているか?」
「目と鼻しかついてねえよ……」
さて。利家が改めて長可を守ることを決意し、織田家は伊勢長島へと出陣した。総勢七万の軍で支城を次々と攻め落とし、一向宗門徒を追い込んで――長島城を封鎖した。
「なんでえ。兵糧攻めにするつもりかよ」
戦場を見てつまらなそうに言う長可に対して、利家は「打って出るかもな」と腕組みをした。
「守りに固い長島城に籠もってれば盤石だろ? なのに出るのか?」
長可は理解できないという顔になった。
沢彦宗恩の教えを受けている利家は「籠城戦は援軍が無ければ負ける」と断言した。
「同盟国の武田家の援軍は見込めない。成政の野郎が攻め込んでいる最中だからな。他に織田家を脅かす連中は秀吉たちが防いでくれる。だからこそ――打って出るのさ」
「死ぬかもしれねえのに?」
「餓死と討死。どっちが楽かは人それぞれだけどな。さらに言えば死んだら極楽浄土に行けるって教えだ。手強いと思うぜ」
語る利家に「それなら俺の出番だな」と犬歯をむき出しにして長可は笑った。
「一向宗共、骨があれば良いんだけどよ」
そう言って包囲されている長島城を見る。
兵糧攻めを開始した直後なので、まだまだ門徒の士気は高い。
血の気が多い長可の様子を窺いつつ利家は仕掛けてくるとしたら夜だなと考える。暗闇でも操船に慣れている門徒ならば、こちらに奇襲をかけることは可能だ。
「眠れない日が続きそうだ……」
◆◇◆◇
利家の予想通り、門徒たちはたびたび織田家の兵糧を奪おうと夜中打って出た。しかし信長もまた予想していたのですぐさま対策を講じた。利家たち赤母衣衆を守りにつかせたのだった。織田家最強の部隊によって鉄壁と化した兵糧庫に門徒たちが付け入る隙などなかった。
そして徐々に減っていく兵糧を危惧し始めたのか、長島城から逃げ出す者も出てきた。門徒からすれば長島城にこだわる必要はない。何故ならば彼らは土地に縛られた存在ではなく、帰依する寺院のいずれかで戦えればいいのだ。自分たちが生き延びて戦い続ければ、本願寺顕如のためになる。すべては極楽浄土のためだ。
それを分かっていた信長は勝利だけを望んではいなかった。門徒を各地で転戦できる兵と見なした。だから逃走する者には容赦がなかった――
「包囲から逃げ出した者は全員首を刎ねよ」
当然、皆殺しを命じた。
泣き叫ぶ門徒を前にして、利家は複雑な胸中にあった。確かに石山本願寺や越前国、加賀国に無傷の兵として向かわせることは今後を鑑みれば危ういことだ。
しかし皆殺しにする必要はあるのだろうか? 本願寺の門徒であっても織田家領内で信仰をする者はいる。たとえ宗旨変えしなくとも民として教化すれば事足りるのではないか。
「でもまあ、見せしめは大事だよな」
自分に言い聞かせるように、あるいは自分を誤魔化すように、利家は門徒の首を刎ねる。一人ずつ、痛みも苦しみもなく――斬る。
できれば極楽浄土に言ってくれ。
俺は地獄に行くだろうから、会わずに済むように。
「生け捕りにした門徒に聞いたんだけどよ。長島城を捨てて攻勢に出るみたいだぜ」
門徒の血で血塗れな長可が利家に話しかける。
おそらく拷問したんだろうな利家はぼんやり思った。
その程度しか思わないほど感覚が麻痺していた。
「殿に知らせたか?」
「もちろんだ。住職の顕忍も指揮官の下間頼旦も出るらしい。兵糧が少なくなったのも影響しているようだ」
三万の門徒が打って出るとなると被害が甚大になる。
どう対処するべきなのかと利家は本陣にいるであろう信長に会いに行った。
小姓に守られている信長に「殿。長可から聞きましたよね」と単刀直入に利家は言う。
「弱っているとはいえ三万人の門徒が攻めてくる……危ういですよ」
「であるか……」
信長は小姓を下がらせた。
そして利家に「実は交渉を引き延ばしている」と明かした。
「残りの兵糧は少ない。それが尽きるまで時間を稼いでいる」
「向こうが気づいていないわけがないと思いますが」
「まあな……大軍で打って出るとなると統率が取れていない門徒共は手間取るだろう」
「そこを叩くと?」
上手くいくとは思えない――利家の素直な感想だった。
それが表情から読み取れた信長は「門徒が二つの派閥に分かれていることを知っているか?」と険しい顔で言う。
「元々定住していた門徒と外からやってきた門徒だ。そのうち、定住していた者は織田家と対立したがらない」
「どうしてですか?」
「奴らは純粋に信仰のために仕方なく戦っている。好戦的ではない。しかし外からやってきた者は――己の進退のために戦っている。一向宗の教えだけではない」
信長の説明は大雑把で正確ではないが、利家にしてみれば分かりやすい話だった。
要は狭い城の中で意見の異なる二つの派閥がある。
内部分裂は避けられない状況だ。
「加えて下間頼旦はあまり人望がないようだ。外から来て偉そうにしているみたいだしな。そして住職の顕忍は未だ子供だ。まとめ役としては不十分である」
「だとしたら、一向宗の攻勢も上手くいかないと思っているんですか?」
「そうだ……別に油断はしていない。じっくりと攻め立てれば落ちる」
信長は「これまで二度、長島を攻めて落とせなかった」と語る。
「三度目の正直だ。必ず落とす」
「一向宗の門徒は……皆殺しですか?」
暗い顔で利家は言うが、信長は意に返さず「無論だ」と短く答えた。
「領内でも一向宗の教えを許したこともある。しかし奴らは最後まで抵抗した。皆殺し以外――道はない」
その言葉通り、数日後に打って出た門徒を織田家の軍勢は討ち滅ぼした。
長可はこの戦いで二十七の首級を上げた。
自慢げに語る長可に利家はかける言葉が無かった。
長島城が落とされると二万人の門徒は残った支城である屋長島城に立て籠もった。
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