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さくらの覚悟 其ノ参
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「もう一度、幸子さんに会わせてください。お願いします」
竹野家へ赴いたさくらは誠意ある態度で、竹野典安と幸江の二人に頼み込んだ。
二人はどうして幸子の祈祷にこだわっているのは判然としなかった。
だから典安は「娘のために、祈祷を熱心にしてくれるのはありがたい」と困った顔で言う。
「しかし、君やご両親の祈祷でも上手くいかなかった。これ以上やっても娘が傷つくだけだと思うんだが」
「……あたしは、本当の意味で幸子さんに向き合っていませんでした」
さくらは神妙な顔で応じた。
自分の不備と至らなさを自覚するように、後悔するように――
そして真に幸子と対話するために言う。
「呪われていると決めつけて。普通じゃないと怯えてしまって。だけど、それに臆して幸子さんの内面を見ていなかったんです」
「内面、ですか。外見ではなく?」
母の幸江がおそるおそる訊ねる。
家族とはいえ異形の姿で生まれた娘に対し、彼女もまた向き合っていなかったのだ。
それは幸江の責任だったが誰も責めることなどできない。
それほど、変わった姿なのだ――幸子は。
「ええ。外見がおかしい人なんて、世の中にはたくさんいるのに。それにつられて酷く幸子さんを傷つけてしまった。初対面のあたしが怖がるほど、幸子さんを傷つけることはないのに」
「さくらさん……」
「どうか。あたしに機会をください。彼女を助ける手助けがしたいんです」
最後に深く頭を下げて――さくらは懇願した。
典安と幸江は、どうしてそこまで娘を救おうとしてくれるのかが分からなかった。
でもしんしんと伝わってくる助けたいという思い。
心を打たれない親はいなかった。
「分かりました。それでは案内します」
「いえ。ご厚意はありがたいのですが、あたし一人で会います」
「……本気ですか?」
さくらは真っすぐ、困惑している典安と幸江に言った。
それは存外、晴れやかな表情だった。
「そうでないと、幸子さんの本音が聞けませんから」
◆◇◆◇
「何しに来たのよ……いんちき巫女」
「……まずは自己紹介しましょうか」
敵意を込めた眼でさくらを睨む真っ白な肌と髪、真っ赤な眼をした少女――幸子。
さくらは「あたしはさくらって言うのよ」と真面目に言った。
「決していんちき巫女だなんて名前じゃあないわ」
「ふん……」
「あたしがここに来た理由は、あなたと話したいのよ、幸子さん」
それを聞いた幸子はせせら笑う。
くだらない洒落でも聞いたような反応だ。
「私と話す? 生まれてからこんなところに閉じ込められている私に、話せることは無いわ」
「そうね。まずはそこから話しましょう。幸子さんは――」
「気安く呼ばないで。たかが巫女風情のくせに」
出鼻をくじく言葉を言われても、さくらは「あなたは幸子さんでしょう?」と余裕をもって返す。
「それとも別の呼び名で呼んでほしいの?」
「……幸子さん、でいいわ」
「ありがとう。それじゃさっきの続きだけど、幸子さんは外に出たいと思わないの?」
幸子は面倒くさそうに「出たいと思わないわ」と素っ気なく答えた。
さくらは「それはどうして?」と問う。
「外が怖いの? それとも……そんな見た目だから?」
「…………」
「もし外が怖くなければ、一緒に出てみない?」
さくらの言葉に、幸子は苛立ちを覚えた。
外に出ることなど、叶わないと、分かっているはずなのに――
「ふざけないで。こんな異形な姿で外なんか出られないわ」
「やっぱり。怖いから出られないわけじゃない。見た目が理由なのね」
幸子は聞こえるように舌打ちをした。
地下中に反響してしばらく続く。
「それじゃあ話は簡単よ。見た目を変えればいい」
「……この呪いを解くことができなかった、あなたが言えるの?」
見せびらかすように、幸子は自分の白い肌を見せる。
大きく赤い眼も見開いてやる。
「まさか、前のときは本気じゃなかった……ていうオチじゃないわよね?」
「それこそまさかよ。あたしは真剣に祈祷したし祝詞を唱えたわ」
「じゃあ誰が私の呪いを――」
「そこなのよ。幸子さんとご両親が勘違いしているのは」
幸子の言葉を遮るように、さくらは言い放った。
「――あなたは呪われていない」
「…………」
さくらの言葉に、幸子は長い間反応ができなかった。
前提をひっくり返すような真実だったからだ。
「どういう、ことなの?」
「あたしとあたしの両親が祈祷して祝詞を唱えて、呪いが解けないわけがないわ」
さらりと言うさくら。
それでも幸子の混乱は解けない。
「だからあなたは呪われていないの。あなたの肌が真っ白で髪の毛も真っ白で、真っ赤な眼をしているのは、あなたの個性なのよ」
「個性……?」
「この世に生まれてくる人間で、同一なものは存在しない。ゆえに変わった人間が生まれることもある……これはとある邪気眼侍の受け売りだけどね」
さくらは幸子に分かりやすく言う。
「だからあなたが閉じ込められる理由なんてない。だって呪われていないのだから」
「で、でも! この見た目が治るわけじゃあないでしょ!」
幸子は縋るように、さくらに詰め寄った。
格子に手をかけて、大きく揺らす。
「どうすればいいのよ! いつか呪いが解けると思って、過ごしてきたのに! まともになれなかったら――」
真っ赤な眼から大粒の涙が溢れ出す。
同時に本音も吐露してしまう。
「――外に出られないじゃない!」
幸子の心からの言葉に、さくらはにっこりと笑った。
これなら救えると思ったからだ。
「外に出られるわ。あなたが望めばね」
「えっ……?」
「あたしはあなたの見た目を治すことはできないけど、改めることはできるわ」
そしてさくらはその場に正座して、頭を下げた。
呆然としている幸子に対し、誠意を込めて言った。
「お願い。あたしを信じて。必ず外に出してあげるから」
「何を、しているの?」
「あなたが想像するほど、外は綺麗なものではないわ。だけど、怖いものでもない。だから信じてほしい」
さくらを見下ろす形になっている幸子。
涙を流しながらゆっくりと座り込む。
「信じていいの……? 絶対に外に出られる……?」
さくらは顔を上げて、安心させるように笑った。
「ええ! 絶対に外に出られるようにするわ!」
◆◇◆◇
さくらの行動は迅速だった。
まずは典安と幸江に幸子が呪われていないことを告げた。
そしてまともな見た目になれば外に出てもいいとも言う。
「本当に、娘は呪われていないのか?」
震える声で典安は言う。
隣に居た幸江は呆然としている。
「ええ。そのための準備をしてきます。あたしに任せてください」
二人は自信を持ったさくらの言葉を信じた。
それからさくらは万屋の二人に用意させた。
さくらの伝手では集められないものがあったからだ。
そうして、再び地下に降りたさくらは、座敷牢に入り幸子をまともに直す。
真っ白の髪を墨で染める。
これで傍目からは美しい艶やかな髪に見える。
次に真っ白の肌におしろいを塗った。
特注のおしろいで、普通の肌色のものだ。
若干、色が白い程度に肌は落ち着いた。
そして最後に、べっ甲で作った茶色の眼鏡をかけた。
鏡面も茶色なので真っ赤な眼が隠れる。
そうして出来上がった、幸子のまともな姿。
鏡を見せると「本当に私なの?」と驚いた。
幸子はさくらと手をつないで、地下から外に出る。
時刻は昼間だった。眩い太陽が照らす中、幸子は――外に出た。
「……どう? 外に出た感想は?」
しばらく黙り込んでしまった幸子。
しかし眼鏡の外に流れる涙は、嬉しさからだった。
「澄んだ空気。明るい光。青い空と流れる風……どれも地下にはないものよ」
二人の後ろには典安と幸江が立っていた。
二人とも娘が外に出られたことに感激していた。
「さあ! 行くわよ!」
幸子と一緒に歩き出すさくら。
「ど、どこに行くの?」
「ふふふ。江戸で一番の変人を見に行くの!」
さくらは愉快そうに笑っていた。
「その人見たら、自分が変わっているなんて、二度と思わないわよ!」
幸子はさくらの笑い声につられて、にっこりと笑い返す。
「うふふ。それ、いいわね!」
さくらと幸子は江戸の町を歩いていく。
もう幸子は外へ出られる。
何の気兼ねもなく、自由になったのだ。
竹野家へ赴いたさくらは誠意ある態度で、竹野典安と幸江の二人に頼み込んだ。
二人はどうして幸子の祈祷にこだわっているのは判然としなかった。
だから典安は「娘のために、祈祷を熱心にしてくれるのはありがたい」と困った顔で言う。
「しかし、君やご両親の祈祷でも上手くいかなかった。これ以上やっても娘が傷つくだけだと思うんだが」
「……あたしは、本当の意味で幸子さんに向き合っていませんでした」
さくらは神妙な顔で応じた。
自分の不備と至らなさを自覚するように、後悔するように――
そして真に幸子と対話するために言う。
「呪われていると決めつけて。普通じゃないと怯えてしまって。だけど、それに臆して幸子さんの内面を見ていなかったんです」
「内面、ですか。外見ではなく?」
母の幸江がおそるおそる訊ねる。
家族とはいえ異形の姿で生まれた娘に対し、彼女もまた向き合っていなかったのだ。
それは幸江の責任だったが誰も責めることなどできない。
それほど、変わった姿なのだ――幸子は。
「ええ。外見がおかしい人なんて、世の中にはたくさんいるのに。それにつられて酷く幸子さんを傷つけてしまった。初対面のあたしが怖がるほど、幸子さんを傷つけることはないのに」
「さくらさん……」
「どうか。あたしに機会をください。彼女を助ける手助けがしたいんです」
最後に深く頭を下げて――さくらは懇願した。
典安と幸江は、どうしてそこまで娘を救おうとしてくれるのかが分からなかった。
でもしんしんと伝わってくる助けたいという思い。
心を打たれない親はいなかった。
「分かりました。それでは案内します」
「いえ。ご厚意はありがたいのですが、あたし一人で会います」
「……本気ですか?」
さくらは真っすぐ、困惑している典安と幸江に言った。
それは存外、晴れやかな表情だった。
「そうでないと、幸子さんの本音が聞けませんから」
◆◇◆◇
「何しに来たのよ……いんちき巫女」
「……まずは自己紹介しましょうか」
敵意を込めた眼でさくらを睨む真っ白な肌と髪、真っ赤な眼をした少女――幸子。
さくらは「あたしはさくらって言うのよ」と真面目に言った。
「決していんちき巫女だなんて名前じゃあないわ」
「ふん……」
「あたしがここに来た理由は、あなたと話したいのよ、幸子さん」
それを聞いた幸子はせせら笑う。
くだらない洒落でも聞いたような反応だ。
「私と話す? 生まれてからこんなところに閉じ込められている私に、話せることは無いわ」
「そうね。まずはそこから話しましょう。幸子さんは――」
「気安く呼ばないで。たかが巫女風情のくせに」
出鼻をくじく言葉を言われても、さくらは「あなたは幸子さんでしょう?」と余裕をもって返す。
「それとも別の呼び名で呼んでほしいの?」
「……幸子さん、でいいわ」
「ありがとう。それじゃさっきの続きだけど、幸子さんは外に出たいと思わないの?」
幸子は面倒くさそうに「出たいと思わないわ」と素っ気なく答えた。
さくらは「それはどうして?」と問う。
「外が怖いの? それとも……そんな見た目だから?」
「…………」
「もし外が怖くなければ、一緒に出てみない?」
さくらの言葉に、幸子は苛立ちを覚えた。
外に出ることなど、叶わないと、分かっているはずなのに――
「ふざけないで。こんな異形な姿で外なんか出られないわ」
「やっぱり。怖いから出られないわけじゃない。見た目が理由なのね」
幸子は聞こえるように舌打ちをした。
地下中に反響してしばらく続く。
「それじゃあ話は簡単よ。見た目を変えればいい」
「……この呪いを解くことができなかった、あなたが言えるの?」
見せびらかすように、幸子は自分の白い肌を見せる。
大きく赤い眼も見開いてやる。
「まさか、前のときは本気じゃなかった……ていうオチじゃないわよね?」
「それこそまさかよ。あたしは真剣に祈祷したし祝詞を唱えたわ」
「じゃあ誰が私の呪いを――」
「そこなのよ。幸子さんとご両親が勘違いしているのは」
幸子の言葉を遮るように、さくらは言い放った。
「――あなたは呪われていない」
「…………」
さくらの言葉に、幸子は長い間反応ができなかった。
前提をひっくり返すような真実だったからだ。
「どういう、ことなの?」
「あたしとあたしの両親が祈祷して祝詞を唱えて、呪いが解けないわけがないわ」
さらりと言うさくら。
それでも幸子の混乱は解けない。
「だからあなたは呪われていないの。あなたの肌が真っ白で髪の毛も真っ白で、真っ赤な眼をしているのは、あなたの個性なのよ」
「個性……?」
「この世に生まれてくる人間で、同一なものは存在しない。ゆえに変わった人間が生まれることもある……これはとある邪気眼侍の受け売りだけどね」
さくらは幸子に分かりやすく言う。
「だからあなたが閉じ込められる理由なんてない。だって呪われていないのだから」
「で、でも! この見た目が治るわけじゃあないでしょ!」
幸子は縋るように、さくらに詰め寄った。
格子に手をかけて、大きく揺らす。
「どうすればいいのよ! いつか呪いが解けると思って、過ごしてきたのに! まともになれなかったら――」
真っ赤な眼から大粒の涙が溢れ出す。
同時に本音も吐露してしまう。
「――外に出られないじゃない!」
幸子の心からの言葉に、さくらはにっこりと笑った。
これなら救えると思ったからだ。
「外に出られるわ。あなたが望めばね」
「えっ……?」
「あたしはあなたの見た目を治すことはできないけど、改めることはできるわ」
そしてさくらはその場に正座して、頭を下げた。
呆然としている幸子に対し、誠意を込めて言った。
「お願い。あたしを信じて。必ず外に出してあげるから」
「何を、しているの?」
「あなたが想像するほど、外は綺麗なものではないわ。だけど、怖いものでもない。だから信じてほしい」
さくらを見下ろす形になっている幸子。
涙を流しながらゆっくりと座り込む。
「信じていいの……? 絶対に外に出られる……?」
さくらは顔を上げて、安心させるように笑った。
「ええ! 絶対に外に出られるようにするわ!」
◆◇◆◇
さくらの行動は迅速だった。
まずは典安と幸江に幸子が呪われていないことを告げた。
そしてまともな見た目になれば外に出てもいいとも言う。
「本当に、娘は呪われていないのか?」
震える声で典安は言う。
隣に居た幸江は呆然としている。
「ええ。そのための準備をしてきます。あたしに任せてください」
二人は自信を持ったさくらの言葉を信じた。
それからさくらは万屋の二人に用意させた。
さくらの伝手では集められないものがあったからだ。
そうして、再び地下に降りたさくらは、座敷牢に入り幸子をまともに直す。
真っ白の髪を墨で染める。
これで傍目からは美しい艶やかな髪に見える。
次に真っ白の肌におしろいを塗った。
特注のおしろいで、普通の肌色のものだ。
若干、色が白い程度に肌は落ち着いた。
そして最後に、べっ甲で作った茶色の眼鏡をかけた。
鏡面も茶色なので真っ赤な眼が隠れる。
そうして出来上がった、幸子のまともな姿。
鏡を見せると「本当に私なの?」と驚いた。
幸子はさくらと手をつないで、地下から外に出る。
時刻は昼間だった。眩い太陽が照らす中、幸子は――外に出た。
「……どう? 外に出た感想は?」
しばらく黙り込んでしまった幸子。
しかし眼鏡の外に流れる涙は、嬉しさからだった。
「澄んだ空気。明るい光。青い空と流れる風……どれも地下にはないものよ」
二人の後ろには典安と幸江が立っていた。
二人とも娘が外に出られたことに感激していた。
「さあ! 行くわよ!」
幸子と一緒に歩き出すさくら。
「ど、どこに行くの?」
「ふふふ。江戸で一番の変人を見に行くの!」
さくらは愉快そうに笑っていた。
「その人見たら、自分が変わっているなんて、二度と思わないわよ!」
幸子はさくらの笑い声につられて、にっこりと笑い返す。
「うふふ。それ、いいわね!」
さくらと幸子は江戸の町を歩いていく。
もう幸子は外へ出られる。
何の気兼ねもなく、自由になったのだ。
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