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キヲク
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(1)
「どうしたんですか?りえさん」
私は一緒に買い物に来ていたりえさんに声をかけた。
りえさんはぼーっと突っ立っていた。
「梨々香。私あれを買うの忘れていたわ」
え?
「それならちゃんと買ってありますよ?」
そう言ってそれを見せていた。
「あ、そうなのね。おかしいわ……私買った覚えがなくて」
そう言って悩んでいた。
「気のせいですよ。私がいるから大丈夫です」
そう言ってりえさんを車に乗せて家に帰って夕食の支度をする。
その間もお義父さんと話をしていた。
「……梨衣?どこに行くんだ?」
「あれを買うのを忘れていたから買って来ようと思って」
「それならさっき梨々香が買って来たと言っていたぞ?」
「……おかしいわね。最近ずっとこんな感じなの」
いつもの少しゆとりのあるりえさんじゃなかった。
どうしたんだろう?
そんな話を仕事から帰って来た純也に相談していた。
純也は険しい表情をしている。
そしていくつか質問をしてきた。
どうして知っているのだろう。
全て今のりえさんに当てはまっていた。
「……さすがに愛莉に相談した方が良いかもしれない」
そう言って純也は愛莉さんの家に電話して私と一緒に向かう。
「……なるほどね。愛莉ママが先だったか」
冬夜さんがそう言っている。
「私も付き添うから明日にでも病院に行きましょう」
愛莉さんがそう言っていた。
「あの……りえさん何か病気なんですか?」
「純也が判断した通りだと思う」
どう考えても認知症を疑った方が良い。
冬夜さんはそう言っていた。
でも素人判断だ。
だから病院ではっきりさせた方が良い。
状況次第では施設に入れた方がいいかもしれない。
だけどそういう施設に入れるようになるまでに時間がかかる。
しかもそういう状況にならないと認可されない上に施設が足りな過ぎて部屋がない。
だけど私は違う意見を持っていた。
「りえさんの状態は分かりました。でも出来れば最後までちゃんと面倒を見たい」
その為の嫁なんだから。
冬夜さん達はそれがどれだけ大変なのか説明してくれた。
世話をしている実の娘さえ疑ったり、敵視してくる状況になるそうだ。
それはきっと実の娘の愛莉さんでさえ難しいかもしれない。
まだ、私には子供がある。
そんなに負担をかけるわけにはいかない。
「構いません。それが純也に嫁いだ時から覚悟していた事だから」
「俺もさすがに梨々香にそんなに負担をかけられない」
「それでも純也の育ての親なんでしょ。だったら私に任せて欲しい」
そう言って頭を下げた。
「……分かった。ただし、愛莉に様子を見に行かせる。手に負えないと判断したら僕達の言う通りにしてほしい」
そんな事で純也との仲まで壊したくない。
「わかりました」
「じゃあ、今日はとりあえずそう言う事で」
冬夜さんがそう言って話をまとめると家に帰る。
すると何かりえさんの部屋が騒々しい。
純也と向かうとりえさんが箪笥の中身を散乱させて何かを探してた。
「りえさん。何があったの?」
「ここに入れてあった通帳が無いの」
「それならここにまとめて入れてますよ」
そう言って通帳を取り出して見せる。
「……梨々香が隠したの?」
今まで見た事のない鋭い視線で私を見る。
「梨衣。……それは言いすぎだろ」
お義父さんが何かを言おうとするのを制して私が答えた。
「この前整理する時にこっちの方が良いって私が移したの忘れましたか?」
「……そんな事あったかしら?」
「りえさんがこっちの方がいいならこっちにまとめて置いておきますね」
そう言ってりえさんが探していた引き出しにまとめて直しておいた。
部屋を片付けると私達も部屋に戻る。
「梨々香、本当に大丈夫なのか?」
そう言って純也が心配してくれる。
「任せて。自分の親だっていつかそうなるかもしれないんだから」
「悪いな……俺は仕事であまり家に入れないから」
「心配しないで仕事頑張って」
「ああ……」
だけどこれはほんの序の口に過ぎなかった。
(2)
「太一さん!」
神奈の母親の美香さんが大声で名前を呼んでいる。
私が駆けつけると太一さんが廊下で倒れていた。
いびきをかいて倒れている。
これはひょっとしてかなり危険な状態なのかも。
神奈が駆けつけた時には私は救急車を手配していた。
同時に誠司や誠にも連絡する。
「こういう時はあまり動かしてはいけない」
そう言って二人を落ち着かせる。
救急車が駆けつけて隊員に任せると神奈と美香さんに同伴させる。
私も行った方がいいかも。
だけど、子供をどうする?
瞳子に電話する。
瞳子に事情を説明して子供を預かってもらう。
あ、水奈達にも連絡した方がいいだろうな。
「私も行く。母さん達が心配だ」
水奈と電話を終えると私も子供達を瞳子に預けて病院に向かう。
「あ、パオラ……」
神奈の表情がくらい。
ロビーで待っていたらしい。
私や水奈が駆けつけた時はもう手遅れだった。
くも膜下出血。
それが太一さんの死因だった。
今は美香さんがお別れをしているみたいだ。
それを待っている間に誠司や誠が来た。
崇博たちはレースがあるから来れなかった。
今後の事を話し合う。
通夜や葬儀の段取り。
そして火葬するための死亡届の提出。
気が動転してる神奈達の代わりに私が誠司と一緒にしてた。
通夜の日は瞳子達も来てくれた。
神奈は誠に抱き着いて泣いてる。
渡辺班だけでなくSHの皆も駆けつけてくれた。
さすがに深雪さんも手の施しようがなかった。
だって救急車が駆けつけた時にすべて終わっていたのだから。
誰も深雪さんを責める者はいなかった。
「……冬夜もこんな気分だったのか?」
「……そうだね」
あまり思い出したくない気分だと冬夜さんが言っていた。
日本人の寿命にしてはまだ早いけど、やはり肥満などいくつもリスクを抱えていた。
神奈との思い出はあまりないらしい。
前の神奈の父親と比べ物にならないほど優しい親切な人だったそうだ。
誠司郎はよく分かってないみたいだ。
「どうしてじいじは起きないの?」
それを説明しないといけないのが母親の役目。
「じいじはね、今までずっと頑張って来たの。だから神様がお休みをくれたのよ」
だから「ゆっくり休んでね」って言ってやって欲しい。
「そっかぁ。じいじ、ゆっくり休んでね」
誠司郎はそう言って「また遊ぼうね」と言っていた。
それを聞いていた私の方がこらえきれそうにない。
雪はそんな様子を遠くから見ていた。
さすがに雪でもここがどういう場か弁えているらしい。
瞳子と一緒に焼香をしていた。
葬儀は恵美さんが十分な広さの葬儀場を用意してくれた。
きっと渡辺班やSHの皆がくるから。
葬儀を終えて火葬場に向かうのは遺族だけ。
最後のお別れを済ませて炉の中に棺桶が入る。
焼き終えるまで神奈や美香さんと話をしていた。
「私達もそういう年になったんだな」
神奈さんが沈んだ声でそう言っている。
「冬夜達に比べたらまだましだろ」
誠が言っていた。
冬夜さん達の両親は病死だったり理不尽な事故死だったり大変だったらしい。
「その愛莉から聞いたんだけどな」
神奈が話題を替えていた。
愛莉さんの母親の話。
病院に行ったらやはり認知症が進行していたらしい。
ホームヘルパーを雇った方がいいんじゃないかとか愛莉さんの父さんも言ったのだけど、梨々香はあくまでも自分が見ると言い張っているらしい。
その梨々香に対する愛莉さんの母親のあたりが日を追うごとに激しくなっていく。
普通なら梨々香の不満がいつ爆発してもおかしくないから周りの人は心配している。
それでも黙々と梨々香は愛莉さんの母親を懸命に介護している。
さすがに純也も無視できなくなってきた。
これ以上はもう無理だ。
梨々香は十分やった。
だからもうこの先は専門の人に任せよう。
誰も梨々香を責めない。
そう言って説得しようとしたらしい。
それでも梨々香は言い張る。
「どうかわたしを信頼して欲しい」
梨々香の姿は香澄が見ている。
嫁がどうあるべきか今自分の身をもって示してやらなければならない。
絶対に姑と喧嘩をしている場面なんて見せない。
約束するから私に任せて欲しい。
愛莉さんの父親も一緒に説得したけどダメだったみたいだ。
「すまないな……」
愛莉さんの父親がそう言って根負けした。
「私には梨々香の気持ちがわかんねーよ」
水奈がそう言っていた。
「心配するな、母さんにも分からないんだ」
あそこまで罵声を浴びながらも黙々と世話をする梨々香。
それが遺産狙いとかそんな軽はずみな理由なわけがない。
何を考えているのだろう?
「しかし今年はどうなっているんだろうな」
誠がそう言って悩んでいた。
突然訪れる不幸事。
私も茉菜を抱えて考えていた。
すると誠司が答えた。
「時代はいつか終わるから……」
華やかな時代も凄惨な時代もいつかは終わる。
変わる時が来る。
今がその時なのだろう。
もう時代は茉菜達の物語を選んだ。
だから役目を終えた者から永遠の休息を迎える。
それは永遠の休息で終わらせられるものじゃない。
悲しみを超えて朝が来る。
そして次の時代の者がそれを記憶に残し、新しい物語を開いていく。
物語に永遠なんてない。
いつか終わる時がくる。
だから父さんや愛莉さん達の親から役目を終えていくのは自然の摂理なんじゃないのか?
「そうだな」
「心配するな。母さんの世話は俺がするから」
「まだ早い!」
神奈はそう言って笑っていた。
「馬鹿、神奈の下の世話なんてお前に任せられるか!」
神奈を見ていいのは俺だけだ。
誠らしい発想だ。
そしていつも通りのオチが待っていた。
「誠司、絶対にこいつにだけは見られたくない。出来ればこいつから先に墓場に送り込みたい」
「そんな酷いこと言うなよ神奈。俺だってお前の夫だぞ」
「だったら馬鹿な事を言うのをいい加減にやめろ!」
そんな二人を見ながら誠司が聞いていた。
「パオラは平気なのか?」
イタリアに残した親の事心配じゃないのか?
「多分歳を取ったら施設に入れるように手配すると思う」
それに私は誠司の下に嫁いだ身。
だからいずれは私も梨々香の様に振る舞わなければならない。
私の行動を茉菜達が見ているのだから。
親は常に子供の手本であるべきだ。
だけどまずは今は茉菜と誠士郎の世話をする事。
この子達が無事に巣立つまで頑張らないと。
「そうだな」
「誠司に喜んで欲しいことがあるの」
「どうしたんだ?」
「誠司郎は誠司の出ている試合をずっと見てる」
ひょっとしたらこの子の中で将来の事をもう決めているのかもしれない。
「そっか。じゃあ、俺もカッコいいとこ見せないとな」
男は背中で物事を語る。
べらべら喋らずにその生きざまを誠司郎に叩きつけてやる。
「怪我とか気を付けてね」
まだ生まれて間もないのに引退なんてされたら大変だ。
まあ、誠司の年棒は冬吾ほどじゃないけどそれでも次元が違う。
引退後に何か事業始めるには十分すぎる報酬を受け取っている。
まあ、誠司のやりたい事業なんて聞くのも怖いから敢えて聞かなかった。
誠司郎に誠司はどう映っているのだろう?
そんな事を考えながら誠司郎を見ていた。
(3)
「待って下さい!こんな時間に外に出るのは危険です。何かあったのですか?」
私がそう言って声をかけるとりえさんは私を見て言った。
「鬼嫁がご飯を食べさせてくれないから買ってくるんだよ!」
「夕飯ならさっき食べさせてあげたじゃないですか」
「騙そうって言ったってそうはいかない!私は食べてない!」
最近よくある行動だった。
これも一つの特徴らしい。
お風呂に入れてあげようと少し体を触ると「痛い!嫁に暴力された!」とわめきだす。
「梨衣、落ち着きなさい。さっき俺と一緒に食べただろ」
お義父さんがそう言ってもなかなか納得しない。
それは家だけで済む問題ではなかった。
とにかく赤ちゃん以上に手間がかかる。
自分の意思がはっきりしているから。
外出しようと思えば「財布がなくなった!嫁に盗まれた!」と騒ぎ出す。
そしてその情報を家の外に流す。
ご飯を食べさせてくれない。
部屋の片づけをしてくれない。
お風呂に入れてもらえない。
暴力を毎日受けている。
何も知らない近隣住民はそれを信じる。
もう嫌だ。
正直そんな気持ちがあった。
それでも私は諦めない。
絶対に諦めない。
違ったのは近隣住民に愛莉さんがいた事。
「愛莉と暮らしたい」
そんな風に言うようにもなっていた。
私じゃ力不足なの?
悔しくて泣きそうになる。
だけどそんな私の背中を香澄や純が見ている。
みっともない真似は出来ない。
出来るだけ気丈に振る舞う。
しかし子供達はそうは思わない。
「お婆ちゃんなんか嫌い!」
そんな事を陰で言っていると純也から聞いた。
「あんな奴いなくなればいいのに!」
そう言う純を叱った。
「どうしてそんな事が言えるの!?」
「だってあいつ母さんに酷いことばかりしてるじゃないか?」
「それでもダメ!」
「どうしてだよ!?」
「それはりえさんはお父さんのお母さんだから」
りえさんがいなかったら純也は今頃どうなっていたかわからない。
今純達が生きているのはりえさんがいたから。
だから絶対にそんな事を言ってはいけない。
「将来純達が私の面倒を見る時に同じ事を言うの?」
同じ事を子供に言われて平気なの?
それでも子供は私を心配していた。
「母さんだけ可哀そうだ」
そんな声は純也に伝わり、そして愛莉さんに届いていた。
ある晩愛莉さんと冬夜さんが家に来た。
お義父さんも一緒に話をしていた。
「日中だけでもデイケアを利用してもらえないか?」
冬夜さんがそう言った。
私の気持ちは二人ともよくわかる。
愛莉さんの母親なのに申し訳ないと思ってる。
私の気持ちはありがたいと思う。
しかしりえさんの状態と言動と行動。
そこに普通の家事と子供の世話までしていたら私が倒れてしまう。
絶対に今のままでは続かない。
いつかきっとそれが崩壊する。
私のりえさんを世話をしたいという気持ちは分かってる。
だからデイケアを利用しよう。
それはりえさんの治療の意味もあるけど、少しだけりえさんのいない時間を作って私を休ませてあげたい。
私の気持ちは純也はもちろん愛莉さんやお義父さんもよく分かっている。
だからせめてそのくらいは休息が必要だ。
私がりえさんを心配するように私の事を皆が心配している。
そんな状態が良いわけがない。
子供たちがその例だ。
子供は私を心配するあまりりえさんに憎しみを抱いている。
それだと意味が無いだろ?
だからどうかこの案を飲んでほしい。
「私が至らぬばかりにすいません……」
「そんなこと誰も思ってないよ」
「……うむ」
そうして翌日お義父さんや冬夜さんが手続きを始めた。
しかしそれで状況は好転するはずもなく。
さらに私やりえさんを追い詰める状況になるのだった。
「どうしたんですか?りえさん」
私は一緒に買い物に来ていたりえさんに声をかけた。
りえさんはぼーっと突っ立っていた。
「梨々香。私あれを買うの忘れていたわ」
え?
「それならちゃんと買ってありますよ?」
そう言ってそれを見せていた。
「あ、そうなのね。おかしいわ……私買った覚えがなくて」
そう言って悩んでいた。
「気のせいですよ。私がいるから大丈夫です」
そう言ってりえさんを車に乗せて家に帰って夕食の支度をする。
その間もお義父さんと話をしていた。
「……梨衣?どこに行くんだ?」
「あれを買うのを忘れていたから買って来ようと思って」
「それならさっき梨々香が買って来たと言っていたぞ?」
「……おかしいわね。最近ずっとこんな感じなの」
いつもの少しゆとりのあるりえさんじゃなかった。
どうしたんだろう?
そんな話を仕事から帰って来た純也に相談していた。
純也は険しい表情をしている。
そしていくつか質問をしてきた。
どうして知っているのだろう。
全て今のりえさんに当てはまっていた。
「……さすがに愛莉に相談した方が良いかもしれない」
そう言って純也は愛莉さんの家に電話して私と一緒に向かう。
「……なるほどね。愛莉ママが先だったか」
冬夜さんがそう言っている。
「私も付き添うから明日にでも病院に行きましょう」
愛莉さんがそう言っていた。
「あの……りえさん何か病気なんですか?」
「純也が判断した通りだと思う」
どう考えても認知症を疑った方が良い。
冬夜さんはそう言っていた。
でも素人判断だ。
だから病院ではっきりさせた方が良い。
状況次第では施設に入れた方がいいかもしれない。
だけどそういう施設に入れるようになるまでに時間がかかる。
しかもそういう状況にならないと認可されない上に施設が足りな過ぎて部屋がない。
だけど私は違う意見を持っていた。
「りえさんの状態は分かりました。でも出来れば最後までちゃんと面倒を見たい」
その為の嫁なんだから。
冬夜さん達はそれがどれだけ大変なのか説明してくれた。
世話をしている実の娘さえ疑ったり、敵視してくる状況になるそうだ。
それはきっと実の娘の愛莉さんでさえ難しいかもしれない。
まだ、私には子供がある。
そんなに負担をかけるわけにはいかない。
「構いません。それが純也に嫁いだ時から覚悟していた事だから」
「俺もさすがに梨々香にそんなに負担をかけられない」
「それでも純也の育ての親なんでしょ。だったら私に任せて欲しい」
そう言って頭を下げた。
「……分かった。ただし、愛莉に様子を見に行かせる。手に負えないと判断したら僕達の言う通りにしてほしい」
そんな事で純也との仲まで壊したくない。
「わかりました」
「じゃあ、今日はとりあえずそう言う事で」
冬夜さんがそう言って話をまとめると家に帰る。
すると何かりえさんの部屋が騒々しい。
純也と向かうとりえさんが箪笥の中身を散乱させて何かを探してた。
「りえさん。何があったの?」
「ここに入れてあった通帳が無いの」
「それならここにまとめて入れてますよ」
そう言って通帳を取り出して見せる。
「……梨々香が隠したの?」
今まで見た事のない鋭い視線で私を見る。
「梨衣。……それは言いすぎだろ」
お義父さんが何かを言おうとするのを制して私が答えた。
「この前整理する時にこっちの方が良いって私が移したの忘れましたか?」
「……そんな事あったかしら?」
「りえさんがこっちの方がいいならこっちにまとめて置いておきますね」
そう言ってりえさんが探していた引き出しにまとめて直しておいた。
部屋を片付けると私達も部屋に戻る。
「梨々香、本当に大丈夫なのか?」
そう言って純也が心配してくれる。
「任せて。自分の親だっていつかそうなるかもしれないんだから」
「悪いな……俺は仕事であまり家に入れないから」
「心配しないで仕事頑張って」
「ああ……」
だけどこれはほんの序の口に過ぎなかった。
(2)
「太一さん!」
神奈の母親の美香さんが大声で名前を呼んでいる。
私が駆けつけると太一さんが廊下で倒れていた。
いびきをかいて倒れている。
これはひょっとしてかなり危険な状態なのかも。
神奈が駆けつけた時には私は救急車を手配していた。
同時に誠司や誠にも連絡する。
「こういう時はあまり動かしてはいけない」
そう言って二人を落ち着かせる。
救急車が駆けつけて隊員に任せると神奈と美香さんに同伴させる。
私も行った方がいいかも。
だけど、子供をどうする?
瞳子に電話する。
瞳子に事情を説明して子供を預かってもらう。
あ、水奈達にも連絡した方がいいだろうな。
「私も行く。母さん達が心配だ」
水奈と電話を終えると私も子供達を瞳子に預けて病院に向かう。
「あ、パオラ……」
神奈の表情がくらい。
ロビーで待っていたらしい。
私や水奈が駆けつけた時はもう手遅れだった。
くも膜下出血。
それが太一さんの死因だった。
今は美香さんがお別れをしているみたいだ。
それを待っている間に誠司や誠が来た。
崇博たちはレースがあるから来れなかった。
今後の事を話し合う。
通夜や葬儀の段取り。
そして火葬するための死亡届の提出。
気が動転してる神奈達の代わりに私が誠司と一緒にしてた。
通夜の日は瞳子達も来てくれた。
神奈は誠に抱き着いて泣いてる。
渡辺班だけでなくSHの皆も駆けつけてくれた。
さすがに深雪さんも手の施しようがなかった。
だって救急車が駆けつけた時にすべて終わっていたのだから。
誰も深雪さんを責める者はいなかった。
「……冬夜もこんな気分だったのか?」
「……そうだね」
あまり思い出したくない気分だと冬夜さんが言っていた。
日本人の寿命にしてはまだ早いけど、やはり肥満などいくつもリスクを抱えていた。
神奈との思い出はあまりないらしい。
前の神奈の父親と比べ物にならないほど優しい親切な人だったそうだ。
誠司郎はよく分かってないみたいだ。
「どうしてじいじは起きないの?」
それを説明しないといけないのが母親の役目。
「じいじはね、今までずっと頑張って来たの。だから神様がお休みをくれたのよ」
だから「ゆっくり休んでね」って言ってやって欲しい。
「そっかぁ。じいじ、ゆっくり休んでね」
誠司郎はそう言って「また遊ぼうね」と言っていた。
それを聞いていた私の方がこらえきれそうにない。
雪はそんな様子を遠くから見ていた。
さすがに雪でもここがどういう場か弁えているらしい。
瞳子と一緒に焼香をしていた。
葬儀は恵美さんが十分な広さの葬儀場を用意してくれた。
きっと渡辺班やSHの皆がくるから。
葬儀を終えて火葬場に向かうのは遺族だけ。
最後のお別れを済ませて炉の中に棺桶が入る。
焼き終えるまで神奈や美香さんと話をしていた。
「私達もそういう年になったんだな」
神奈さんが沈んだ声でそう言っている。
「冬夜達に比べたらまだましだろ」
誠が言っていた。
冬夜さん達の両親は病死だったり理不尽な事故死だったり大変だったらしい。
「その愛莉から聞いたんだけどな」
神奈が話題を替えていた。
愛莉さんの母親の話。
病院に行ったらやはり認知症が進行していたらしい。
ホームヘルパーを雇った方がいいんじゃないかとか愛莉さんの父さんも言ったのだけど、梨々香はあくまでも自分が見ると言い張っているらしい。
その梨々香に対する愛莉さんの母親のあたりが日を追うごとに激しくなっていく。
普通なら梨々香の不満がいつ爆発してもおかしくないから周りの人は心配している。
それでも黙々と梨々香は愛莉さんの母親を懸命に介護している。
さすがに純也も無視できなくなってきた。
これ以上はもう無理だ。
梨々香は十分やった。
だからもうこの先は専門の人に任せよう。
誰も梨々香を責めない。
そう言って説得しようとしたらしい。
それでも梨々香は言い張る。
「どうかわたしを信頼して欲しい」
梨々香の姿は香澄が見ている。
嫁がどうあるべきか今自分の身をもって示してやらなければならない。
絶対に姑と喧嘩をしている場面なんて見せない。
約束するから私に任せて欲しい。
愛莉さんの父親も一緒に説得したけどダメだったみたいだ。
「すまないな……」
愛莉さんの父親がそう言って根負けした。
「私には梨々香の気持ちがわかんねーよ」
水奈がそう言っていた。
「心配するな、母さんにも分からないんだ」
あそこまで罵声を浴びながらも黙々と世話をする梨々香。
それが遺産狙いとかそんな軽はずみな理由なわけがない。
何を考えているのだろう?
「しかし今年はどうなっているんだろうな」
誠がそう言って悩んでいた。
突然訪れる不幸事。
私も茉菜を抱えて考えていた。
すると誠司が答えた。
「時代はいつか終わるから……」
華やかな時代も凄惨な時代もいつかは終わる。
変わる時が来る。
今がその時なのだろう。
もう時代は茉菜達の物語を選んだ。
だから役目を終えた者から永遠の休息を迎える。
それは永遠の休息で終わらせられるものじゃない。
悲しみを超えて朝が来る。
そして次の時代の者がそれを記憶に残し、新しい物語を開いていく。
物語に永遠なんてない。
いつか終わる時がくる。
だから父さんや愛莉さん達の親から役目を終えていくのは自然の摂理なんじゃないのか?
「そうだな」
「心配するな。母さんの世話は俺がするから」
「まだ早い!」
神奈はそう言って笑っていた。
「馬鹿、神奈の下の世話なんてお前に任せられるか!」
神奈を見ていいのは俺だけだ。
誠らしい発想だ。
そしていつも通りのオチが待っていた。
「誠司、絶対にこいつにだけは見られたくない。出来ればこいつから先に墓場に送り込みたい」
「そんな酷いこと言うなよ神奈。俺だってお前の夫だぞ」
「だったら馬鹿な事を言うのをいい加減にやめろ!」
そんな二人を見ながら誠司が聞いていた。
「パオラは平気なのか?」
イタリアに残した親の事心配じゃないのか?
「多分歳を取ったら施設に入れるように手配すると思う」
それに私は誠司の下に嫁いだ身。
だからいずれは私も梨々香の様に振る舞わなければならない。
私の行動を茉菜達が見ているのだから。
親は常に子供の手本であるべきだ。
だけどまずは今は茉菜と誠士郎の世話をする事。
この子達が無事に巣立つまで頑張らないと。
「そうだな」
「誠司に喜んで欲しいことがあるの」
「どうしたんだ?」
「誠司郎は誠司の出ている試合をずっと見てる」
ひょっとしたらこの子の中で将来の事をもう決めているのかもしれない。
「そっか。じゃあ、俺もカッコいいとこ見せないとな」
男は背中で物事を語る。
べらべら喋らずにその生きざまを誠司郎に叩きつけてやる。
「怪我とか気を付けてね」
まだ生まれて間もないのに引退なんてされたら大変だ。
まあ、誠司の年棒は冬吾ほどじゃないけどそれでも次元が違う。
引退後に何か事業始めるには十分すぎる報酬を受け取っている。
まあ、誠司のやりたい事業なんて聞くのも怖いから敢えて聞かなかった。
誠司郎に誠司はどう映っているのだろう?
そんな事を考えながら誠司郎を見ていた。
(3)
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私がそう言って声をかけるとりえさんは私を見て言った。
「鬼嫁がご飯を食べさせてくれないから買ってくるんだよ!」
「夕飯ならさっき食べさせてあげたじゃないですか」
「騙そうって言ったってそうはいかない!私は食べてない!」
最近よくある行動だった。
これも一つの特徴らしい。
お風呂に入れてあげようと少し体を触ると「痛い!嫁に暴力された!」とわめきだす。
「梨衣、落ち着きなさい。さっき俺と一緒に食べただろ」
お義父さんがそう言ってもなかなか納得しない。
それは家だけで済む問題ではなかった。
とにかく赤ちゃん以上に手間がかかる。
自分の意思がはっきりしているから。
外出しようと思えば「財布がなくなった!嫁に盗まれた!」と騒ぎ出す。
そしてその情報を家の外に流す。
ご飯を食べさせてくれない。
部屋の片づけをしてくれない。
お風呂に入れてもらえない。
暴力を毎日受けている。
何も知らない近隣住民はそれを信じる。
もう嫌だ。
正直そんな気持ちがあった。
それでも私は諦めない。
絶対に諦めない。
違ったのは近隣住民に愛莉さんがいた事。
「愛莉と暮らしたい」
そんな風に言うようにもなっていた。
私じゃ力不足なの?
悔しくて泣きそうになる。
だけどそんな私の背中を香澄や純が見ている。
みっともない真似は出来ない。
出来るだけ気丈に振る舞う。
しかし子供達はそうは思わない。
「お婆ちゃんなんか嫌い!」
そんな事を陰で言っていると純也から聞いた。
「あんな奴いなくなればいいのに!」
そう言う純を叱った。
「どうしてそんな事が言えるの!?」
「だってあいつ母さんに酷いことばかりしてるじゃないか?」
「それでもダメ!」
「どうしてだよ!?」
「それはりえさんはお父さんのお母さんだから」
りえさんがいなかったら純也は今頃どうなっていたかわからない。
今純達が生きているのはりえさんがいたから。
だから絶対にそんな事を言ってはいけない。
「将来純達が私の面倒を見る時に同じ事を言うの?」
同じ事を子供に言われて平気なの?
それでも子供は私を心配していた。
「母さんだけ可哀そうだ」
そんな声は純也に伝わり、そして愛莉さんに届いていた。
ある晩愛莉さんと冬夜さんが家に来た。
お義父さんも一緒に話をしていた。
「日中だけでもデイケアを利用してもらえないか?」
冬夜さんがそう言った。
私の気持ちは二人ともよくわかる。
愛莉さんの母親なのに申し訳ないと思ってる。
私の気持ちはありがたいと思う。
しかしりえさんの状態と言動と行動。
そこに普通の家事と子供の世話までしていたら私が倒れてしまう。
絶対に今のままでは続かない。
いつかきっとそれが崩壊する。
私のりえさんを世話をしたいという気持ちは分かってる。
だからデイケアを利用しよう。
それはりえさんの治療の意味もあるけど、少しだけりえさんのいない時間を作って私を休ませてあげたい。
私の気持ちは純也はもちろん愛莉さんやお義父さんもよく分かっている。
だからせめてそのくらいは休息が必要だ。
私がりえさんを心配するように私の事を皆が心配している。
そんな状態が良いわけがない。
子供たちがその例だ。
子供は私を心配するあまりりえさんに憎しみを抱いている。
それだと意味が無いだろ?
だからどうかこの案を飲んでほしい。
「私が至らぬばかりにすいません……」
「そんなこと誰も思ってないよ」
「……うむ」
そうして翌日お義父さんや冬夜さんが手続きを始めた。
しかしそれで状況は好転するはずもなく。
さらに私やりえさんを追い詰める状況になるのだった。
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侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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