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第三章 紅巾族

第30話 転機

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「……おい、女。本当にあの医者大丈夫なんだろうな」
「さあ?」
「さあって、ふざけんのか? もし成瀬の身に何かあったら、ただじゃおかねえぞ」
「ふーん。その時はどうする気? 私を殺す?」
「てめえ……!」

 成瀬の治療が開始された頃、診療所の受付には八崎と小宮山、そして地下道で遭遇した謎の女子がいた。今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気だが、小宮山がその空気を壊すようにわざと明るいトーンで切り出す。

「そ、そういえば! アンタの名前は何て言うん? いつまでも”女”って呼ぶわけにもいかんやろ? 名前くらい教えてえや!」

「……なんでアンタたちに名前なんか教えないといけないのよ」
「何や姉ちゃん、初めての人に会うたら、まずは自己紹介が基本やで! ちなみに、俺は小宮山。こっちの赤いのが八崎や。ほんで、姉ちゃんは?」

 小宮山の屈託のない笑みに、少しは警戒心が解けたのか、彼女は重たい口を開いた。

「瑞樹よ」
「瑞樹か。ええ名前やなあ。可愛いらしい見た目にピッタリや!」
「可愛らしいって、私が?」
「そうやで。自覚ないかもしれんけど、アンタめっちゃ可愛いで! なあ八崎! 八崎もそう思うやろ?!」

「……お前、なんであんなところにいたんだ? ブラッド・レーベルの仲間なのか?」

 八崎は、小宮山からの質問などお構いなしに話を切り出した。小宮山は、あっちゃーと額に手を当て「お前もうちょい空気読めや!」とアピールしたが、八崎は気付かないフリをして話を続ける。

「たまたま迷い込んだ、なんて言い訳ができるような状況じゃなかっただろ。それに、最初に会った時と雰囲気が違いすぎる。銃の扱いにも長けてるみてえだし、ブラッド・レーベルの連中についても、お互いよく知ってるみたいだった」

「そうね。今時ネットで調べれば、いくらでもそんなの出てくるわ」

「とぼけんな。芦堂やら紅巾族ならともかく、ブラッド・レーベルと関わりがある奴なんて、この街でもそう多くない。お前、何者なんだ?」

「さっきから質問ばかりね。人にばっかり聞いてないで、少しは自分たちの話でもしたら? あなた達だって、あんなところで何をしてたのかしら? 道にでも迷ったの?」

 八崎は、このままじゃ埒が明かないと深いため息を吐いた。確かに、瑞希と名乗った彼女の纏う雰囲気は、最初に会った時と180度違うものだ。おどおどした様子は一切なく、八崎を前にして一歩も引かない。

 彼女がなぜあそこにいたのか。それも気にはなるが、八崎にはどうしても瑞樹にから聞き出さなけれbなならないことがあった。


「……俺たちは、ある男を追ってる。ソイツの居場所を、ブラッド・レーベルは知ってるはずなんだ。お前、心当たりはないか?」

「PCはちょっと今手元にないんやけど、スマホやったらあるからちょっと待ってな」

 小宮山はそう言って、ベルトに埋め込んであった自身のスマホを取り出した。先刻、ブラッド・レーベルに捕まっていた彼らだったが、小宮山が事前に「何かあったらアカンから、スマホはベルトに隠しとこ!」と八崎たちに伝えていたのだった。

 その策が功を奏し、ブラッド・レーベルに気付かれることなくスマホを保持できた。そうしていなければ、今頃3人の情報はブラッド・レーベルに渡っていただろう。とはいえ、ブラッド・レーベルには情報戦に長けた”見え猿”がいるため油断はできないが。

「ほら、コイツや。見覚えないか?」
「……!? これって……!」

「おい! なんか知ってんのか?!」

 瑞樹の反応は、明らかに何かを知っている感じだった。八崎は瑞樹に詰め寄り、答えを急いた。瑞樹はそれを押しのけ、八崎と距離を取ってから話を始める。

「アンタたち、なんでコイツを追ってるの?」

「成瀬の、俺たちの仲間の身内を襲ったんだ。襲われた人は、今も病院で治療中で、目も覚まさねえらしい。警察に頼んじゃいるが、ブラッド・レーベルが絡んでるとなると色々と面倒だからな。俺らも、できる範囲で探してるんだ」

「なるほどね。まあ、心当たりがないわけじゃないわ」
「マジか!?」
「私が知ってる範囲の情報を教えてあげてもいい。でも1つ条件があるわ」
「条件?」

「あなた、紅巾族で暴れてた”紅の特攻隊”でしょ?」
「……だったらどうした?」

 凍るような冷たい視線で睨みつける八崎だが、瑞樹は全く意に介さない。

「紅巾族を抜けた貴方が、なんでこんなところにいるのかは聞かないでおくわ。私の出す条件はたった1つ。ブラッド・レーベルの連中が私に手出しできないように、紅巾族を味方につけなさい。そうすれば、あなた達が追ってる人物について教えてあげる」

「……本当に知ってるんだろうな? もしお前がフカシてんならよォ」
「知ってるわよ。だってソイツ、私の兄だから」
「は?」

 まさかの返答に、さすがの八崎も言葉を失ってしまった。成瀬の叔母さんを襲ったやつが、コイツの兄貴だと?

「それで、どうするのよ。行くの? 行かないの?」

 予想外の事態に考えがまとまらない八崎だったが、これはチャンスだ。もしコイツが言ってることが本当なら、早いことアイツを捕まえることができるかもしれない。

 八崎は、瑞樹の出す条件を呑むことを決めた。紅巾族と渡りをつける。八崎は言い知れぬ不安を感じながらも、友のためにと腹をくくるのだった。
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