都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第一章 都市伝説と呼ばれて

16 冬の訪れ

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 街の一角に人だかりができていた。

「ウッキウッキ、ウッキッキー!」

 その人だかりの中心で新たにトゥーレの従者となったオレクが、猿の真似をして戯けていた。周りを囲む人だかりは、それを見た住民たちは腹を抱えるようにして笑う。
 笑顔が並ぶ中に一際目立つ白銀金髪プラチナブロンドを靡かせたトゥーレも、同じように屈託ない笑顔を見せていた。彼の傍ではユーリも腹を抱えて笑い転げている。
 場所は中央広場の果物を扱っている小さな露店の前だ。

「ンホッ! ッホッホ!」

 周りの者が次々と囃し立て、それに気をよくしたオレクがさらに剽げた仕草で笑いを誘う。
 ユーリたちはチュニックにショースかズボン、足元には長革靴という簡素だがこれまでの継ぎだらけの出で立ちではなくなっている。
 街の外はともかくサザンの街中、特に商人達の間ではこういった格好は現在は少数派だ。騎士や衛兵たちが、チュニックを中心としたシンプルな格好を好む一方で、商人たちの中にはトゥーレたちからすればいくつも『?』を浮かべるほど、独自の美意識の下で一種独特な格好を身に纏っていた。
 定期的に市を開催する影響で、商人の多くはアルテからやって来る商人の影響を受け、王都で流行っている格好を追い求めていたのだ。
 商人がよく着ていたプールポワンは、それまで詰め物などほとんどされていなかったが、秋の市でアルテの商人がそうしていたのを見て以降、詰め物をする者が一気に増えていた。
 彼らは、胸や肩、腹の部分に麻屑などを詰めて膨らませたプールポワンに身を包み、襟元には凝った刺繍を施したシュミーズの高い襟を覗かせることに夢中だった。下は膝丈のオー・ド・ショース。これにも詰め物をして緩く膨らませるのが現在の流行のようだ。膝下にはバ・ド・ショースに革靴というスタイルだ。今日のように肌寒い日は、短い腰丈のマントを羽織ることがお洒落らしい。
 女性は刺繍を施した詰め襟のシュミーズに、ほっそりしたシルエットの長袖のワンピース姿だ。成人女性のスカート丈は足首より少し上で、これにアルテの流行を反映してひだをたっぷりと取って丸みを持たせたり、コルセットやペチコートで丸く膨らませるのだ。上着はネックラインの低いガウンを羽織り、頭は頭巾やスカーフですっぽりと覆っていた。
 商人にとっては如何に早く流行を掴むかが売り上げに直結するらしく、トゥーレたちが思わず目を剥くような格好だとしても商人の間では競い合うようにして、流行と言われる奇妙な格好を取り入れていた。





 あの深夜の初陣から半年が経っていた。
 その戦いではストール軍を退けエン砦を奪取したものの、後日反撃にあって砦は奪還され、今ではカモフ領に食い込んだストール軍の前線基地と化していた。
 ザオラルは再奪取すべく幾度か出兵を繰り返していたが、ストール軍は防御に徹して砦から出てこないために戦いらしい戦いにならず、こちらにはそれを打ち破るための効果的な手段もないために戦況は膠着していた。エン砦からほど近いネアンの街では、気の早い住民が家族を避難させる者が出始めているという話も聞く。
 日々緊迫していくような状況にありながら、トゥーレは仲間を連れて頻繁に街の外へと外出を繰り返していた。
 その際には、今回のように住民に気軽に話し掛け、一緒に笑い、また飲み食いすることもあった。
 最初は恐れ多いことと、トゥーレを遠巻きにしていた住民たちも、屈託のない笑顔を浮かべ商人や老人、子供にも分け隔てなく気さくに声を掛けるトゥーレの姿に、かつてのテオドーラの姿を重ね合わせる者も多く、今ではトゥーレが姿を現すと周りには自然と人が集まるようになっていた。
 もちろんトゥーレの傍には不測の事態に備え、ユーリたちが護衛として目を光らせている。彼の周りにいる従者の顔ぶれも、この半年で随分変わっていた。
 正体を隠していた時に従っていた者は最近では姿を消し、ユーリを筆頭にその仲間だった者が付き従うことが多くなり、今ではユーリが従者の纏め役のようだった。

「トゥーレ様。今日は寒いでしょう? 温かいスープを作ったので暖まっていってくださいな!」

 そろそろ冬籠もりの季節が近づいてきていた。
 カモフの冬は雪こそ少ないものの、西に聳えたンガマト山脈から吹き下ろす風が谷に容赦なく吹き下ろしてくるのだ。それは防寒具に身体を包んでいても容赦なく体温を奪っていく。そのため冬の風が強い日は、数時間と外に出ていられなくなるほどだった。そのため住民は秋の市の頃から、薪や炭、食料を大量に買い込んで家に籠もる準備を始めなければならなかった。
 この日は、午前中は過ごしやすい気温だったが、午後になると気温が急激に下がり、真冬を思わせるような寒風がカモフの谷に吹き荒れ、気温も氷点下近くまで下がっていた。
 トゥーレらは城壁の外、無数にある中州のあばら屋が建ち並ぶ集落の中にいた。
 気っ風のいい女が、笑顔で彼らを手招きしていた。
 街の中に住むことができない彼女らは、街の周りにあばら屋を建てて商人の下請けや日雇い、あるいは酪農を生業として生計を立てていた。
 生活も貧しく、継ぎ接ぎのあるチュニックや長ズボンといった、街と違ってシンプルな格好が多い。女性も同様で、ワンピースやコットと呼ばれる丈の長いチュニックにスカートというスタイルが多く、着古して継ぎが入った服を大事に着るのだ。街の商人のように生地を贅沢に使って襞をたっぷり取るようなことはできない。
 生活は食べ物に困るほど貧しくはないが、仕事によっては坑夫よりも厳しい生活を送る者も多かった。
 呼び止めた女も継ぎやほつれの目立つコットの上に、毛羽だったショールを纏っていたが、決して卑屈になることはなく、明るい笑顔を見せて遠慮なくトゥーレ達をあばら屋に招き入れた。

「ほらほら、あんた達もそんなとこで突っ立ってないで、家の中で暖ったまっていきな! 震えてんじゃないか!?」

「いや、助かったぁ! 危うく遭難するとこだったぜ!」

 トゥーレの護衛と外部との連絡のため外に残った従者にも、女は有無を言わせずに招き入れていく。
 午前中はこの時期にしては穏やかで気温も比較的高かった。そのため外套を持たずに外に出た従者が、震えながらあばら屋に飛び込んできた。
 すでに芯から凍えてしまったようで、唇は紫色に変色し歯をガチガチと鳴らしていた。遭難するところだったというのも、あながち大袈裟な表現でもないようだ。
 当然ながらそれほど大きくはないあばら屋だ。十名も入れば身動きを取ることさえままならなくなった。

「おや、やっぱりちょっと狭かったねぇ。でも今日の寒さじゃこれくらい身を寄せ合った方が暖かいってもんさね!」

 女は不揃いの器に芋を煮込んだスープをよそい、全員に行き渡らせると豪快に笑い飛ばす。
 狭いあばら屋は立錐の余地もなく、スープに浮いた芋以上の密度で身動ぎするだけで隣に座った者にぶつかるほどだった。

「ふぅ、生き返るぜ!」

 ガタガタ震えていた従者が、ほっとした表情を浮かべ一息ついた。

「なんでお前は、こんな日にマントを持ってこねぇんだよ!」

「うるせぇよ。朝は暖かかったじゃねぇか! こんな寒くなるとは思わなかったんだよ!」

「ほらほら喧嘩するんなら外でやんな!」

 女は言い合いを始めた彼らに怒鳴りながらも、使い込まれて草臥くたびれた外套を『ほらよ』と差し出した。

「旦那のお古で申し訳ないけど、これでもないよりはましだろ?」

 あちこち継ぎ接ぎのある外套に照れ笑いを浮かべる。所々中綿が飛び出している使い古しの焦げ茶色のローブだ。

「あ、ありがてぇ! 助かるぜ!」

 従者は遠慮なく受け取ると早速ローブに袖を通すと、熱々のスープを両手で抱え『あったけぇ!』と蕩けそうな笑顔を見せる。

「すまない。助かるよ」

 トゥーレは女に感謝して頭を下げる。

「トゥーレ様! よ、よしてくれよ。こんなボロなんだからさ!」

 礼を言うトゥーレに恐縮した女は、照れ隠しのためかローブを羽織った者の背を思わずひっぱたいてしまった。

「うわっちぃぃぃぃぃぃぃ!」

 タイミングは最悪だった。
 丁度スープを口に運んでいた所だったため、叩かれた拍子にスープが顔にかかり、従者は器を部屋に盛大にぶちまけてしまったのだ。

「ちょ! お前なぁ!」

 運悪く巻き添えを喰らい、スープを頭から被った少年たちが、連鎖するように熱々のスープをぶちまけ、小さなあばら屋は大騒ぎとなってしまうのだった。
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