都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
16 / 205
第一章 都市伝説と呼ばれて

16 冬の訪れ

しおりを挟む
 街の一角に人だかりができていた。

「ウッキウッキ、ウッキッキー!」

 その人だかりの中心で新たにトゥーレの従者となったオレクが、猿の真似をして戯けていた。周りを囲む人だかりは、それを見た住民たちは腹を抱えるようにして笑う。
 笑顔が並ぶ中に一際目立つ白銀金髪プラチナブロンドを靡かせたトゥーレも、同じように屈託ない笑顔を見せていた。彼の傍ではユーリも腹を抱えて笑い転げている。
 場所は中央広場の果物を扱っている小さな露店の前だ。

「ンホッ! ッホッホ!」

 周りの者が次々と囃し立て、それに気をよくしたオレクがさらに剽げた仕草で笑いを誘う。
 ユーリたちはチュニックにショースかズボン、足元には長革靴という簡素だがこれまでの継ぎだらけの出で立ちではなくなっている。
 街の外はともかくサザンの街中、特に商人達の間ではこういった格好は現在は少数派だ。騎士や衛兵たちが、チュニックを中心としたシンプルな格好を好む一方で、商人たちの中にはトゥーレたちからすればいくつも『?』を浮かべるほど、独自の美意識の下で一種独特な格好を身に纏っていた。
 定期的に市を開催する影響で、商人の多くはアルテからやって来る商人の影響を受け、王都で流行っている格好を追い求めていたのだ。
 商人がよく着ていたプールポワンは、それまで詰め物などほとんどされていなかったが、秋の市でアルテの商人がそうしていたのを見て以降、詰め物をする者が一気に増えていた。
 彼らは、胸や肩、腹の部分に麻屑などを詰めて膨らませたプールポワンに身を包み、襟元には凝った刺繍を施したシュミーズの高い襟を覗かせることに夢中だった。下は膝丈のオー・ド・ショース。これにも詰め物をして緩く膨らませるのが現在の流行のようだ。膝下にはバ・ド・ショースに革靴というスタイルだ。今日のように肌寒い日は、短い腰丈のマントを羽織ることがお洒落らしい。
 女性は刺繍を施した詰め襟のシュミーズに、ほっそりしたシルエットの長袖のワンピース姿だ。成人女性のスカート丈は足首より少し上で、これにアルテの流行を反映してひだをたっぷりと取って丸みを持たせたり、コルセットやペチコートで丸く膨らませるのだ。上着はネックラインの低いガウンを羽織り、頭は頭巾やスカーフですっぽりと覆っていた。
 商人にとっては如何に早く流行を掴むかが売り上げに直結するらしく、トゥーレたちが思わず目を剥くような格好だとしても商人の間では競い合うようにして、流行と言われる奇妙な格好を取り入れていた。





 あの深夜の初陣から半年が経っていた。
 その戦いではストール軍を退けエン砦を奪取したものの、後日反撃にあって砦は奪還され、今ではカモフ領に食い込んだストール軍の前線基地と化していた。
 ザオラルは再奪取すべく幾度か出兵を繰り返していたが、ストール軍は防御に徹して砦から出てこないために戦いらしい戦いにならず、こちらにはそれを打ち破るための効果的な手段もないために戦況は膠着していた。エン砦からほど近いネアンの街では、気の早い住民が家族を避難させる者が出始めているという話も聞く。
 日々緊迫していくような状況にありながら、トゥーレは仲間を連れて頻繁に街の外へと外出を繰り返していた。
 その際には、今回のように住民に気軽に話し掛け、一緒に笑い、また飲み食いすることもあった。
 最初は恐れ多いことと、トゥーレを遠巻きにしていた住民たちも、屈託のない笑顔を浮かべ商人や老人、子供にも分け隔てなく気さくに声を掛けるトゥーレの姿に、かつてのテオドーラの姿を重ね合わせる者も多く、今ではトゥーレが姿を現すと周りには自然と人が集まるようになっていた。
 もちろんトゥーレの傍には不測の事態に備え、ユーリたちが護衛として目を光らせている。彼の周りにいる従者の顔ぶれも、この半年で随分変わっていた。
 正体を隠していた時に従っていた者は最近では姿を消し、ユーリを筆頭にその仲間だった者が付き従うことが多くなり、今ではユーリが従者の纏め役のようだった。

「トゥーレ様。今日は寒いでしょう? 温かいスープを作ったので暖まっていってくださいな!」

 そろそろ冬籠もりの季節が近づいてきていた。
 カモフの冬は雪こそ少ないものの、西に聳えたンガマト山脈から吹き下ろす風が谷に容赦なく吹き下ろしてくるのだ。それは防寒具に身体を包んでいても容赦なく体温を奪っていく。そのため冬の風が強い日は、数時間と外に出ていられなくなるほどだった。そのため住民は秋の市の頃から、薪や炭、食料を大量に買い込んで家に籠もる準備を始めなければならなかった。
 この日は、午前中は過ごしやすい気温だったが、午後になると気温が急激に下がり、真冬を思わせるような寒風がカモフの谷に吹き荒れ、気温も氷点下近くまで下がっていた。
 トゥーレらは城壁の外、無数にある中州のあばら屋が建ち並ぶ集落の中にいた。
 気っ風のいい女が、笑顔で彼らを手招きしていた。
 街の中に住むことができない彼女らは、街の周りにあばら屋を建てて商人の下請けや日雇い、あるいは酪農を生業として生計を立てていた。
 生活も貧しく、継ぎ接ぎのあるチュニックや長ズボンといった、街と違ってシンプルな格好が多い。女性も同様で、ワンピースやコットと呼ばれる丈の長いチュニックにスカートというスタイルが多く、着古して継ぎが入った服を大事に着るのだ。街の商人のように生地を贅沢に使って襞をたっぷり取るようなことはできない。
 生活は食べ物に困るほど貧しくはないが、仕事によっては坑夫よりも厳しい生活を送る者も多かった。
 呼び止めた女も継ぎやほつれの目立つコットの上に、毛羽だったショールを纏っていたが、決して卑屈になることはなく、明るい笑顔を見せて遠慮なくトゥーレ達をあばら屋に招き入れた。

「ほらほら、あんた達もそんなとこで突っ立ってないで、家の中で暖ったまっていきな! 震えてんじゃないか!?」

「いや、助かったぁ! 危うく遭難するとこだったぜ!」

 トゥーレの護衛と外部との連絡のため外に残った従者にも、女は有無を言わせずに招き入れていく。
 午前中はこの時期にしては穏やかで気温も比較的高かった。そのため外套を持たずに外に出た従者が、震えながらあばら屋に飛び込んできた。
 すでに芯から凍えてしまったようで、唇は紫色に変色し歯をガチガチと鳴らしていた。遭難するところだったというのも、あながち大袈裟な表現でもないようだ。
 当然ながらそれほど大きくはないあばら屋だ。十名も入れば身動きを取ることさえままならなくなった。

「おや、やっぱりちょっと狭かったねぇ。でも今日の寒さじゃこれくらい身を寄せ合った方が暖かいってもんさね!」

 女は不揃いの器に芋を煮込んだスープをよそい、全員に行き渡らせると豪快に笑い飛ばす。
 狭いあばら屋は立錐の余地もなく、スープに浮いた芋以上の密度で身動ぎするだけで隣に座った者にぶつかるほどだった。

「ふぅ、生き返るぜ!」

 ガタガタ震えていた従者が、ほっとした表情を浮かべ一息ついた。

「なんでお前は、こんな日にマントを持ってこねぇんだよ!」

「うるせぇよ。朝は暖かかったじゃねぇか! こんな寒くなるとは思わなかったんだよ!」

「ほらほら喧嘩するんなら外でやんな!」

 女は言い合いを始めた彼らに怒鳴りながらも、使い込まれて草臥くたびれた外套を『ほらよ』と差し出した。

「旦那のお古で申し訳ないけど、これでもないよりはましだろ?」

 あちこち継ぎ接ぎのある外套に照れ笑いを浮かべる。所々中綿が飛び出している使い古しの焦げ茶色のローブだ。

「あ、ありがてぇ! 助かるぜ!」

 従者は遠慮なく受け取ると早速ローブに袖を通すと、熱々のスープを両手で抱え『あったけぇ!』と蕩けそうな笑顔を見せる。

「すまない。助かるよ」

 トゥーレは女に感謝して頭を下げる。

「トゥーレ様! よ、よしてくれよ。こんなボロなんだからさ!」

 礼を言うトゥーレに恐縮した女は、照れ隠しのためかローブを羽織った者の背を思わずひっぱたいてしまった。

「うわっちぃぃぃぃぃぃぃ!」

 タイミングは最悪だった。
 丁度スープを口に運んでいた所だったため、叩かれた拍子にスープが顔にかかり、従者は器を部屋に盛大にぶちまけてしまったのだ。

「ちょ! お前なぁ!」

 運悪く巻き添えを喰らい、スープを頭から被った少年たちが、連鎖するように熱々のスープをぶちまけ、小さなあばら屋は大騒ぎとなってしまうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流@3/19書籍発売!
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

犬の散歩中に異世界召喚されました

おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。 何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。 カミサマの許可はもらいました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

処理中です...