都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
27 / 205
第一章 都市伝説と呼ばれて

27 リーディアとの出逢い(1)

しおりを挟む
 六年前のフォレスに遡る。
 当時十歳を迎えたトゥーレは、見聞を広めることを名目にシルベストルのフォレス行きに同行していた。だが実際は、ギルドによる暗殺の危機が身近に迫ったため、緊急避難の意味合いが強かった。
 当時はまだ彼の存在自体が秘匿されていた時期で、シルベストルの縁戚筋の子供として偽名を使っての訪問だ。だがオリヤンなどストランド家にだけは、内々にトゥーレとして紹介し目通りを済ませていた。

『若様が消えた!』

 シルベストルが血相を変え騒ぎ始めたのはオリヤンに目通りした翌日、滞在三日目の午後のことだった。
 この日は午後からフォレス市街とアルテから来る商船の見物が予定されていた。
 彼の側勤めがトゥーレに宛がわれていた部屋に呼びに行ったときには、すでに部屋はもぬけの殻だった。トゥーレの側勤めたちも気付かないうちに姿を消していたようで、彼らは血の気の引いた蒼白な表情で、慌ててシルベストルに報告をおこなった。
 シルベストルを初めとしたカモフの関係者は、血眼になって辺りを隈無く捜索するが、トゥーレを見つけることが叶わなかった。
 そのため仕方なくオリヤンに事情を説明し、城兵の協力を経て捜索範囲を広げて探すことになった。



 城中が大騒ぎとなって探し回っている中、当のトゥーレはというと、前日のオリヤンへの目通り以外は、特にやることもなく暇を持て余していた。
 ヴィクトルと城内を探検して遊んだりしていたが、彼と一緒とはいえ機密の多い城を、外部の者に公開できる箇所は限られている。そのため自由に探索できるほぼ全ての箇所は、すでに探索し尽くしていたのだった。
 そのため彼は、ヴィクトルはもちろん護衛や側近の目を盗み、偶然見つけた城の抜け穴から城を抜け出したのだ。
 余談だが、これまでトゥーレが黙って勝手な行動に出た事実はなかった。
 人知れず抜け出すようになるのは、この事で味を占めてからだ。因みに彼の予想を超えて騒ぎが大きくなったことを反省したのか、姿を消す時には一言『出てくる』と書き置きを残すようになる。

「うわぁ! 綺麗な街だなぁ!」

 城を抜け出したトゥーレは、正門前に立って感嘆の声を上げていた。
 門前から真っ直ぐ伸びる大通りは、石畳で舗装された道が真っ直ぐ港まで延びている。緩やかに降っていく道の両側には石造りの街並みが広がり、その先の港には大型のキャラック船が停泊してるのが見える。さらに目を遠くに転じれば、豊かな田園風景や遠くに霞むンガマトの山脈が一望できた。
 サザンでは目にすることができない雄大な景色に、トゥーレは心が浮き立つのを感じる。
 臙脂色の仕立てのいいチュニックに紋章を外した黒い無地のローブを纏い、下は白いショースに長革靴という騎士の出で立ちだ。まだ騎士に任じられていないため、剣こそ佩刀していないものの護身用の短剣は懐に忍ばせていた。
 流石に目立つ白銀金髪の頭髪はフードの中に隠しているが、城門を守る衛兵は目の前の子供がまさか脱走中の王子様本人だとは露にも思わず、トゥーレに微笑ましい笑顔を浮かべて見送っていた。

「あれだな、シルベストルの言っていたアルテからの商船は」

 門前で飽きずに景色を眺めていたトゥーレは、左手を流れる大河を遡上してくる見たことのない大型の商船に目が釘付けとなった。
 この日は心地よい風が頬を撫でるように吹いていたが、巨大な船を川の流れに逆らって押し上げるまでの力はないのか、帆は畳まれ左右に針のように張り出された櫓を忙しなく動かしながら、ゆっくりと川を上ってきていた。
 入り江には大きな船が停泊しているが、その船はそれらに比べてもひとまわり以上は大きく、マストも四本備えたガレオン船だ。張り出されている艪も片側だけで三十丁以上は見える。

「やっぱり大きいや!」

 川岸に建つ家々よりも大きな偉容に興味を覚えたトゥーレは、目を輝かせながらゆっくりと大通りを下っていった。





はっはっはっ・・・・

 トゥーレが坂を下っていってほどなく、息を弾ませて城の中庭を赤髪の少女が駆けていた。
 まだまだ幼さを残す顔には楽しげな笑みを浮かべ、三つ編みにした赤毛が少女の走るのに合わせて頭の左右で踊っている。レースの刺繍があしらわれた若草色の膝丈のスカートを揺らしながら跳ねるように駆けていた。
 正門では先ほどトゥーレを見送っていた衛兵が、今度は若干困ったような表情を浮かべながら、それでも笑顔を浮かべて少女を見送る。

「姫様ぁ!」

 その少女を追って恰幅の良い侍女が追いかけていた。
 姫様と呼ばれる少女が駆け、それを侍女が追いかける。少女が城外に出ることが許される日には、いつものように繰り返される光景だった。

「姫様、お待ちくださいませ!」

「セネイ遅い。早く来い!」

 少女は追いかけてくる侍女を待ちきれない様子だ。城門を出たところで足を止めた彼女は、息を整えつつ振り返って街を見下ろした。
 通りの両端には屋敷が建ち並んでいるが、道幅が二十メートルあるため視界の邪魔をすることはなく、遠くまで見渡すことができる。四本あるメインストリートの中でも最も広いこの通りは、下っていくと天然の入り江を利用した港へと繋がっている。
 入り江はフェイル川がかつて反乱を繰り返していた時代の三日月湖の名残で、かつてはフォレスの丘をぐるりと回り込むように川が流れていたという。今ではその形状を活かして、交易港として利用していた。
 港の手前には大通りと交差するように街道が左右に伸びている。街道を左に進めばフェイル川に沿って下流へと向かい、右に進めば入り江に沿いながら内陸へと伸びている。街道沿いには田園風景の中にポツポツと集落が点在し、遠くには大きな森が深い緑色を湛えていた。
 少女はここから見る風景が大好きだった。
 道に沿って上ってくる風が、火照った身体に心地よかった。風に撫でられるまま目を細め、大好きな景色を飽きもせずに眺めていた。

「ひ・・・・姫さ、ぜぇぜぇ・・・・姫様」

「セネイ、遅い!」

 息を切らせながら追いついてきた侍女に、少女は口を尖らせる。
 五、六歳くらいの姫様と呼ぶ少女と、十五、六歳だろうか。まだあどけなさの残る顔は、少女といっても通用する年齢だが、人よりも恰幅の良い体型のせいで、活発な少女を追いかけるのは非常に辛そうだった。
 いつもであれば他の侍女が少女を追いかける役をするのだが、生憎今日はトゥーレ捜索に駆り出されてしまい、少女の侍女はセネイしか残っていなかったのだ。

「姫様が・・・・は、早すぎるの、でございま、す」

「そんなこと言ったって、わたくしは早く船を見たいもの」

「心配、しなくても、まだ到着しませんよ」

 いつも以上に待ちきれない様子の少女にセネイは、息を整えながら諭すように話す。
 川を見ると商船が近付いてきているが、風が弱いため帆走できずに自慢の四本のマストは帆が畳まれたままだ。櫓を漕いで遡上しているが、数日前の雨で川の流れが速く船足は恐ろしく遅くなっていた。

「ご覧ください姫様、今日は風が弱く帆を張っていないでしょう? 歩いて行っても、到着まで充分間に合います」

 今日は三ヶ月に一度、アルテより商船がやってくる日だった。
 船にはこの辺りでは珍しい品が満載され、荷揚げの様子を見ているだけでも、時が経つのを忘れさせてくれる。

「うぅぅぅ。でもわたくしは待ちきれません。やっぱり先に行って見てきます」

「姫様! おひとりでは危のうございます!」

 それでも待ちきれない様子の少女は、セネイが止めるのも聞かず駆け出していくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...