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第二章 巨星堕つ
7 長い夜(1)
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日没を迎えた街道は急速に夜の帳が降りてきていた。
月が出ているとはいえ薄暗い中を駆けるのは危険だ。トゥーレたちは馬の脚を緩め、静かにフォレスに向かって歩を進めていた。
先ほどから誰も口を開かなかった。
気になるのは残してきた仲間のことだ。本当ならば今すぐにでも助けに戻りたかったが、彼らが必死で切り開いた血路を無駄にしないためにも、今はフォレスにたどり着くのが先だった。
「申し訳ございません。私がもっと早くに襲撃の件をお伝えしていれば・・・・」
脱出直後から下を向き、思いつめた表情を浮かべていたアレシュが悔恨の念を吐露する。
「アレシュ、話してくださいますか?」
馬をアレシュの横に付けたリーディアが、何も言わず優しく話しかける。
「責めないのですか? 私はこの襲撃を知っていたのですよ!」
自分を以前と変わらずに信じ続ける彼女らの意図が解らず、アレシュは顔を上げると声を思わず荒らげた。
明らかに今回の襲撃計画をギリギリまで黙っていたアレシュだったが、告白してから誰からも責めるようなことは言われていなかった。それどころかユーリから、トゥーレとリーディア二人の護衛を任されることになっていたのだ。
「・・・・事情があるのでしょう?」
「っ!?」
リーディアはそんなアレシュにそう言うと、愁いを含んだ微笑みを浮かべた。
「知って、・・・・おられたのですか?」
「いえ、トゥーレ様が『何か気になることがあるようだ』と仰られていたので」
そう言って前方を警戒しながら進むトゥーレに視線を移す。
「話してくれませんか?」
「姫様!?」
「これは命令ではなくお願いです。話せなくても別に構いません。ですが、このままではわたくしの優秀な護衛騎士を罪に問わねばなりません」
アレシュがリーディアを裏切って刺客を招き入れた。
このままだとアレシュは無事フォレスに辿り着いたとしても、この罪状からは逃れることができないだろう。彼女の護衛騎士としてはもちろんウンダル軍でも一目置かれている彼が、このような短絡的な行動に出た理由。
アレシュはリーディアの筆頭側勤めであるセネイの弟であり、幼いころより彼女に引き合わされた彼は、早くから彼女の護衛となる決意をしていた。そんな彼が主人を危険に晒す真似をする理由はたったひとつしかなかった。
彼はエリアスの娘のひとりを妻に娶っていた。
敵対する派閥で、よりによってエリアスの娘との結婚は本来許されるものではなく、そもそも縁談を薦めることすらしないものだ。
だがアレシュはその娘、ユディタとは大恋愛の末結ばれたのである。
アレシュが裏切る可能性としては、その一点しか考えられなかったのだ。
「ですが、アレシュがもし事前に打ち明けたなら、何であれその罪は問わずにこれまで通り信頼するとトゥーレ様と決めていたのです」
「まさかっ!?」
目を見開いてリーディアを見つめる。彼女はゆっくりと頷くとにこりと微笑みを浮かべた。
「アレシュはこれからもわたくしの護衛騎士です」
「ありがとう・・・・、存じます」
「話していただけますか?」
言葉に詰まるアレシュに彼の主人が優しく語りかけた。
「・・・・これを」
アレシュはしばらくすると、懐から手紙を取り出してリーディアに手渡した。
「これは?」
「ユディタからです。妻は今エリアス様に呼ばれレボルトにいます。トゥーレ様が来られる前にエリアス様から呼び出されて・・・・。その後、リーズス様というエリアス様の部下の方が私の元を訪れ、ユディタが戻るかどうかは私次第だと言われ、協力するよう要請されました。私はユディタの無事が確認できなければ協力はできないと突っぱねましたが、結局は協力を承諾しました。ですがトレッキングに出発する前日に、その手紙がユディタから届いたのです」
リーディアは手元の手紙に目を落とした。美しい文字でアレシュの名が宛書された羊皮紙だ。
「手紙には『もし父が事を起こそうとした際には、わたくしの事は気にせず護衛騎士としてリーディア姫様のために働いてください』と書かれています」
「そうだったのですね」
「姫様、申し訳ございません。こういうことは十分予想できることでした。ですが私はユディタと結ばれることを選び、今回も姫様とユディタを天秤に掛けて姫様を危険に巻き込んでしまいました」
「気にする必要はない。先にも言ったが、襲撃は俺にはよくあることだ。それ以上に奥方殿が心配だ!」
「トゥーレ様!?」
気が付けばトゥーレがすぐ右側に移動してきていた。
「これは是が非でもフォレスにたどり着かねばならんな?」
「そうですわね」
「何故? 何で平気なんですか!? 私はお二人を裏切ろうとしたんですよ?」
アレシュは二人の態度が理解できずに思わず声を荒らげた。
だがトゥーレは何でもないことのように言う。
「奥方を人質にされたんだ。仕方ないだろう? それに例え貴殿が断っていたとしても、今度は別の人間が裏切っていたかも知れない」
「それは屁理屈です。私の決断が早ければ今回のように危険は無かった筈です!」
「そう思うならば今後も従前と変わらず、姫の護衛として姫を護って欲しい。罰を願うのなら、それが貴殿への罰となるだろう」
「トゥーレ様・・・・」
「ふふふ、決して楽はさせませんよ」
リーディアは悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべる。
「姫様、・・・・わかりました。このアレシュ身命にかけて今後とも姫様のお傍に控えさせていただきます」
アレシュは俯いて涙を流し、今まで以上にリーディアの護衛騎士を務めることを誓ったのだった。
ターーーン
乾いた銃声が響き、先頭を警戒していた騎士が言葉を発する間もなく落馬する。落ちた騎士をアレシュが助け起こそうとするが既に絶命していた。
「くっ!」
「探しましたぞアレシュ殿!」
闇の中からアレシュを呼ぶ声が聞こえた。どこか人を食ったような不快さを漂わせた声だ。
「リーズス殿か!?」
前方の闇の先から五つの人影がゆっくりと現れた。
その影の中央に馬に跨がった猫背の小柄な男がゆっくりと歩を進めてくる。
「流石ですな。しっかりと獲物を確保しておられたか」
「獲物だと!? 獲物とは俺たちの事か?」
「くくくっ! さすが『姫様を助けた英雄』は面白いことを言いますな」
リーズスと呼ばれた小柄な男は、神経質そうな甲高い声でトゥーレを馬鹿にしたような言葉を発した。
「面白いことを言った覚えはないのだが?」
トゥーレはいつもの調子で肩を竦めて見せる。
「ふはははは・・・・。まだご自分のお立場を理解しておられぬご様子ですな」
リーズスがそう言って右手を上げると後ろに控えた四人が左右に開いて鉄砲を構えた。
「アレシュ殿、二人の捕縛を!」
アレシュに二人の捕縛を命じるが、彼はリーズスを睨んだまま動こうとしない。
「アレシュ殿、奥方がどうなってもよいのか!」
一切の反応を示さないアレシュに、リーズスは苛立ったように声を荒らげた。
リーズスの苛立った様子にトゥーレが不敵に笑みを浮かべてアレシュに振り向く。
「ふっ、アレシュ殿、教えてやれ」
「リーズス殿、残念ですが私は主を裏切ることはできません」
トゥーレがアレシュに声を掛けると、彼ははっきりした口調でそう告げるのだった。
月が出ているとはいえ薄暗い中を駆けるのは危険だ。トゥーレたちは馬の脚を緩め、静かにフォレスに向かって歩を進めていた。
先ほどから誰も口を開かなかった。
気になるのは残してきた仲間のことだ。本当ならば今すぐにでも助けに戻りたかったが、彼らが必死で切り開いた血路を無駄にしないためにも、今はフォレスにたどり着くのが先だった。
「申し訳ございません。私がもっと早くに襲撃の件をお伝えしていれば・・・・」
脱出直後から下を向き、思いつめた表情を浮かべていたアレシュが悔恨の念を吐露する。
「アレシュ、話してくださいますか?」
馬をアレシュの横に付けたリーディアが、何も言わず優しく話しかける。
「責めないのですか? 私はこの襲撃を知っていたのですよ!」
自分を以前と変わらずに信じ続ける彼女らの意図が解らず、アレシュは顔を上げると声を思わず荒らげた。
明らかに今回の襲撃計画をギリギリまで黙っていたアレシュだったが、告白してから誰からも責めるようなことは言われていなかった。それどころかユーリから、トゥーレとリーディア二人の護衛を任されることになっていたのだ。
「・・・・事情があるのでしょう?」
「っ!?」
リーディアはそんなアレシュにそう言うと、愁いを含んだ微笑みを浮かべた。
「知って、・・・・おられたのですか?」
「いえ、トゥーレ様が『何か気になることがあるようだ』と仰られていたので」
そう言って前方を警戒しながら進むトゥーレに視線を移す。
「話してくれませんか?」
「姫様!?」
「これは命令ではなくお願いです。話せなくても別に構いません。ですが、このままではわたくしの優秀な護衛騎士を罪に問わねばなりません」
アレシュがリーディアを裏切って刺客を招き入れた。
このままだとアレシュは無事フォレスに辿り着いたとしても、この罪状からは逃れることができないだろう。彼女の護衛騎士としてはもちろんウンダル軍でも一目置かれている彼が、このような短絡的な行動に出た理由。
アレシュはリーディアの筆頭側勤めであるセネイの弟であり、幼いころより彼女に引き合わされた彼は、早くから彼女の護衛となる決意をしていた。そんな彼が主人を危険に晒す真似をする理由はたったひとつしかなかった。
彼はエリアスの娘のひとりを妻に娶っていた。
敵対する派閥で、よりによってエリアスの娘との結婚は本来許されるものではなく、そもそも縁談を薦めることすらしないものだ。
だがアレシュはその娘、ユディタとは大恋愛の末結ばれたのである。
アレシュが裏切る可能性としては、その一点しか考えられなかったのだ。
「ですが、アレシュがもし事前に打ち明けたなら、何であれその罪は問わずにこれまで通り信頼するとトゥーレ様と決めていたのです」
「まさかっ!?」
目を見開いてリーディアを見つめる。彼女はゆっくりと頷くとにこりと微笑みを浮かべた。
「アレシュはこれからもわたくしの護衛騎士です」
「ありがとう・・・・、存じます」
「話していただけますか?」
言葉に詰まるアレシュに彼の主人が優しく語りかけた。
「・・・・これを」
アレシュはしばらくすると、懐から手紙を取り出してリーディアに手渡した。
「これは?」
「ユディタからです。妻は今エリアス様に呼ばれレボルトにいます。トゥーレ様が来られる前にエリアス様から呼び出されて・・・・。その後、リーズス様というエリアス様の部下の方が私の元を訪れ、ユディタが戻るかどうかは私次第だと言われ、協力するよう要請されました。私はユディタの無事が確認できなければ協力はできないと突っぱねましたが、結局は協力を承諾しました。ですがトレッキングに出発する前日に、その手紙がユディタから届いたのです」
リーディアは手元の手紙に目を落とした。美しい文字でアレシュの名が宛書された羊皮紙だ。
「手紙には『もし父が事を起こそうとした際には、わたくしの事は気にせず護衛騎士としてリーディア姫様のために働いてください』と書かれています」
「そうだったのですね」
「姫様、申し訳ございません。こういうことは十分予想できることでした。ですが私はユディタと結ばれることを選び、今回も姫様とユディタを天秤に掛けて姫様を危険に巻き込んでしまいました」
「気にする必要はない。先にも言ったが、襲撃は俺にはよくあることだ。それ以上に奥方殿が心配だ!」
「トゥーレ様!?」
気が付けばトゥーレがすぐ右側に移動してきていた。
「これは是が非でもフォレスにたどり着かねばならんな?」
「そうですわね」
「何故? 何で平気なんですか!? 私はお二人を裏切ろうとしたんですよ?」
アレシュは二人の態度が理解できずに思わず声を荒らげた。
だがトゥーレは何でもないことのように言う。
「奥方を人質にされたんだ。仕方ないだろう? それに例え貴殿が断っていたとしても、今度は別の人間が裏切っていたかも知れない」
「それは屁理屈です。私の決断が早ければ今回のように危険は無かった筈です!」
「そう思うならば今後も従前と変わらず、姫の護衛として姫を護って欲しい。罰を願うのなら、それが貴殿への罰となるだろう」
「トゥーレ様・・・・」
「ふふふ、決して楽はさせませんよ」
リーディアは悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべる。
「姫様、・・・・わかりました。このアレシュ身命にかけて今後とも姫様のお傍に控えさせていただきます」
アレシュは俯いて涙を流し、今まで以上にリーディアの護衛騎士を務めることを誓ったのだった。
ターーーン
乾いた銃声が響き、先頭を警戒していた騎士が言葉を発する間もなく落馬する。落ちた騎士をアレシュが助け起こそうとするが既に絶命していた。
「くっ!」
「探しましたぞアレシュ殿!」
闇の中からアレシュを呼ぶ声が聞こえた。どこか人を食ったような不快さを漂わせた声だ。
「リーズス殿か!?」
前方の闇の先から五つの人影がゆっくりと現れた。
その影の中央に馬に跨がった猫背の小柄な男がゆっくりと歩を進めてくる。
「流石ですな。しっかりと獲物を確保しておられたか」
「獲物だと!? 獲物とは俺たちの事か?」
「くくくっ! さすが『姫様を助けた英雄』は面白いことを言いますな」
リーズスと呼ばれた小柄な男は、神経質そうな甲高い声でトゥーレを馬鹿にしたような言葉を発した。
「面白いことを言った覚えはないのだが?」
トゥーレはいつもの調子で肩を竦めて見せる。
「ふはははは・・・・。まだご自分のお立場を理解しておられぬご様子ですな」
リーズスがそう言って右手を上げると後ろに控えた四人が左右に開いて鉄砲を構えた。
「アレシュ殿、二人の捕縛を!」
アレシュに二人の捕縛を命じるが、彼はリーズスを睨んだまま動こうとしない。
「アレシュ殿、奥方がどうなってもよいのか!」
一切の反応を示さないアレシュに、リーズスは苛立ったように声を荒らげた。
リーズスの苛立った様子にトゥーレが不敵に笑みを浮かべてアレシュに振り向く。
「ふっ、アレシュ殿、教えてやれ」
「リーズス殿、残念ですが私は主を裏切ることはできません」
トゥーレがアレシュに声を掛けると、彼ははっきりした口調でそう告げるのだった。
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