都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第二章 巨星堕つ

20 タステ山

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 カントを出て町の傍を流れるアーリンゲ川に掛かる橋を渡ってネアン方面へと進んでいく。
 街道は徐々にキンガ湖に沿うように近付いていき、湖岸沿いをそのまま北上していくと、しばらく進めば右手に林が見えてくるが、この林はかつて刺客を撃退したあの林だ。
 その林の奥の方に、行く手を阻む壁のように山がそそり立つタステ山が見える。
 湖に突き出るように聳えるその山は、標高はそれほど高くないが急斜面の山肌が壁のように行く手を阻んでいて、街道はこの山と湖の間の狭い隘路を縫うように続いていた。ネアン近くのコッカサと呼ばれる辺りまで続くこの隘路が、この街道の最大の難所でタステ狭道と呼ばれていた。
 狭道に入るとその名の通り、道幅も二人並ぶのがやっとというほど狭くなり、左手に湖、右手に山の岩肌がすぐそこまで迫り見通しの悪い隘路が続く。
 馬車や荷駄などはギリギリ通れる程しかなく、すれ違うためには所々に設けられた待避所で対向するしかない程の狭さだ。
 トゥーレたちはその狭道に入る手前で街道を外れて林道へと足を向ける。
 一行は林道を数十メートル進むと、道を外れて山に向かって進み始めた。
 しばらく進めば道は直ぐに急な登りとなる。街道側は壁のような切り立った岩肌を見せるタステ山だったが、反対側は木々が鬱蒼と生い茂っていた。樹齢を重ねたような大木は殆どないが、枯葉や蔦、木の蔓などがビッシリと山肌を覆っていて気を抜けば滑落の危険が伴う。

「うおっ!」

「気を付けろよ」

 足を滑らせながらも、木や蔓を手掛かりにして彼らは必死で登っていく。
 殆ど四つん這いになりながら、息を切らせ汗だくで急斜面を中腹まで登ると、急角度な傾斜がようやく緩んできた。そこで木の幹に身体を預けて少しの間休憩をとる。

「こんなところに本当にいるのか?」

「さぁな」

 ユーリたちが汗を拭いながら半信半疑の様子で囁き合う。
 少女から聞いた情報を元に、それを確認するためにこの急斜面を必死で登っているのだ。あの少女だけが知っていた情報があてになるとは思えなかったが、それでも気になる情報には違いない。子供の戯れ言と放置するのは簡単だが、そうしたために取り返しのつかない事態にならないとも限らないのだ。
 しばらく休憩した彼らは再び斜面と格闘しながら登っていく。

「・・・・」

 最初こそ悪態を吐きならが登っていた彼らも、疲れから山頂が近付く頃には全員無言で黙々と手足を動かし続ける。
 一時間ほど登ったであろうか。
 間もなく山頂という所でトゥーレが腕を上げて皆を停止させた。下から見上げても気付かなかったが、山頂には木々が途切れ少し開けた広場みたいな場所が広がっていた。

「山頂がこんなに開けてるなんて」

 驚いたように言葉を零す。

「あそこだ」

 広場を見渡していたトゥーレが指し示した先に、ユルトと呼ばれる天幕が三基設置されていた。そのユルトの間で五名の男が焚き火を囲み食事を摂っていた。
 ユルトとは行軍の際に野営で使う一般的な天幕だ。直径は三メートル程で円筒形に並べた木組みの外壁にドーム状の屋根を乗せ、外壁はフェルトで覆う簡易住居だ。行軍時には一基につき五名~八名が雑魚寝できる大きさがある。
 男達はカモフラージュのためか、農夫や狩人のような格好でそれぞれ寛いでいる。もちろんトゥーレたちには気付いていない様子で、時折笑い声が風に乗って流れてくる。

「まさか本当にいたとは」

 木立に隠れて様子を確認していた彼らは、にわかには信じられない様子で呟く。

『一緒に遊んでくれたお礼にいいことを教えてあげる』

 そう言ってカントでトゥーレと遊んでいた少女が、別れ際にトゥーレに教えてくれた情報だ。
 少女が言うには、ある日飼っていた山羊が逃げ出し、林の中へと入ってしまった。連れ戻すために父親たちと林に入ったところ、山羊は直ぐに捕まえる事ができたが、その際に山を登っていく男たちを見たのだそうだ。
 残念ながらその姿を確認したのは少女だけだったため、父親でさえ『見間違えだろう』と彼女の言うことを取り合ってくれなかったようである。

「だから俺は放棄していないと言っただろ?」

 トゥーレは登ってくる間に散々嫌みを言われた意趣返しにそう言うと、ほっとしたような笑顔を見せる。

「さて、このまま放っては置けんな」

「奴らの目的は何だろうか?」

「情報収集にしては不審すぎる。土地に紛れ込んでる訳でもないし、人数も思ったより多い。いざとなったら攪乱工作ぐらいはするかも知れんな」

 笑顔のトゥーレには目もくれず、ユーリたちが検証を進めていく。
 街道から見上げても山頂付近の様子は分からなかった。もしここに櫓などを建てて上手くカモフラージュされれば、こちらの行動が筒抜けになる恐れがある。

「おい! 無視するとはいい度胸だな?」

「女の子の話では十人くらいという事でしたよね?」

「あ、ああ」

「ユルトの数からすれば最大二十名ってところか?」

「そうだな。テントの中にいるのか、情報収集や工作中なのかは知らんが潰すなら揃っている所を見計らう方がいいだろう」

「そうだな。じゃあユーリ、頼んでいいか? 人選も任せる」

 トゥーレを無視したまま、彼らで次々に方針を決めていく。珍しく蚊帳の外に置かれたトゥーレはポカンとした表情を浮かべていた。

「ったく。お前も人使いの荒さがトゥーレ様に似てきたんじゃないのか?」

「それは心外だ。これでも相当気を遣っているのだが」

 そう言って巫山戯合う彼らに流石にトゥーレの表情が変わってくる。顔は笑っているがトゥーレの目は据わり声のトーンも低くなっていた。

「貴様らいい加減にしろよ!」

「やべっ! やり過ぎたか」

 調子に乗りすぎたことを悟った時には遅く、彼らはトゥーレから全員仲良く小突かれるのだった。
 しかし対応については彼らの案をそのままトゥーレが追認したため、監視のために三名をその場に残し一旦その場を後にして下山していった。



 サザン領主邸の馬場では、鬼気迫る表情で馬を駆るルーベルトの姿があった。
 サトルトの出入り禁止が言い渡された彼は、連日真面目に馬術訓練に明け暮れていた。訓練しているのは彼だけではなく、タカマで惨敗した十名近くの者が連日必死に手綱を握っていた。
 互いに切磋琢磨しているためか、彼らは短期間で目を見張るほどの上達を見せていた。特にルーベルトの成長は凄まじく、普通の襲歩はもちろん片手で鉄砲を構えながらでも安定した乗馬を熟せるまでになっていた。もちろん揺れる馬上からの射撃でも的への命中率はおよそ九割を誇るほどだ。
 タステ山から戻ったユーリは、馬場で特訓中のルーベルトたちを呼び集めた。

「お前たち、随分と上達したようだな?」

「今度はトゥーレ様にも恥をかかせる訳にはいかねぇし、情けない思いもしたくねぇからな」

「私は早く工房に行きたいので」

 皆がタカマでの悔しい思いを胸に真面目に取り組んでいる中、ルーベルトだけはやっぱり鉄砲の事しか頭にない様子だった。

「お前に聞いたのは間違いだった」

 ユーリはガックリと肩を落とし首を振る。

「それで、何です?」

「ああ、特務があってな、人員を選抜しているところだ。場合によっては特訓の短縮を具申してやるぞ」

「マジすか!?」

 今では騎士として遇され、トゥーレの最側近として認識されているユーリに気安い口を利いているのは、かつてユーリと徒党を組んでいた者たちだ。もちろん周りに彼らしかいないことを確認してから発言しているため、この場では誰もその口調を咎める者はいない。
 ユーリ自身もかつての仲間たちとの会話だ。口調も砕けた調子に変わっている。

「明日の早朝だ。時間がないからな。参加する者は今返事をくれ!」

「また急じゃねぇか。どんな任務なんだ?」

「それはここでは言えんが、出発は今夜遅くになる。今夜逢い引きの約束がある者は連れて行けん。残念だがそのまま期限まで特訓を続けてくれ」

 ユーリが冗談を言い、芝居がかった表情で肩を竦めて首を振る。

「ぶはっ! この場でそんな奴がいるとしたら許嫁のいるルーベルトぐらいじゃねぇか?」

「おい。それ言ってて虚しくないか?」

 全員二十歳前後の若者たちだ。許嫁のいるルーベルトを除いて誰も彼女がいない事実に、発言した本人も含めどんよりとした雰囲気になってしまった。
 十五歳を過ぎると大人と見做みなされる環境だ。十七、八歳で結婚する者が多く、二十歳を過ぎると遅いと言われる。
 ユーリも抗夫時代は幼馴染みの婚約者がいたが、ジャハの一件で家族と共に婚約者を失ってからは独り身だった。
 もっとも彼は元々整った顔立ちのために領主邸にも隠れファンは多かった。しかし過去に暴れていたことと額の傷痕によりそれ以上に進展することはなかった。その事実もあって彼は結婚を半分諦めている節のある言動が最近では目立ってきていた。

「私は参加で!」

 沈んだ雰囲気の中、ルーベルトが真っ先に手を挙げる。
 この中で唯一許嫁がいる彼だが、最近は鉄砲と魔砲の開発にかまけて結婚が延び延びになっているという噂だ。彼の相手は父であるクラウスの親友の娘で、ルーベルトより二歳下だ。彼とは幼馴染みであり、現在はエステルの側勤めを務める女性の一人だった。

「イロナ殿はいいのか?」

「今はイロナより出禁の短縮が欲しいので!」

 彼にとっては許嫁よりも鉄砲が何より大事なようで、『なぜそんなことを聞く』というような顔で参加を表明する。ユーリをはじめ他の面々は当然ながら呆れ顔を浮かべる中、最終的には馬場で特訓中の八名全員が参加することになった。
 その八名にユーリを含めて九名でその日の深夜、彼らは湖上をタステ山へ向けて出発していった。
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