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第二章 巨星堕つ
28 青天の霹靂
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お茶会が終わったと報告を受け、オレクやルーベルトと共にトゥーレを出迎えたユーリは怪訝な顔を浮かべた。
トゥーレと目が合った途端、面白がるような笑みをトゥーレが浮かべたからだ。
「何かあったんですか?」
「とりあえず、部屋に戻ってからだ」
ユーリの問いには答えずにそう告げると、一瞬部屋の中を覗くように振り返ったトゥーレは、ユーリの背中を押すようにして足早に自室へと引き上げていくのだった。
「さてと・・・・」
トゥーレは部屋に戻ると、テーブルを囲んで席に着く。
側勤めの入れたお茶で喉を潤し、ユーリたち以外を退室させると勿体振ったような思案顔で話し始めた。
「ユーリ、前にも尋ねたが其方は今、将来を約束した相手はいないんだったな?」
「前にも言ったでしょう? 誰が好き好んで額に醜い傷のある男を選ぶんです?」
これまで何度も投げられた質問に、ユーリはうんざりした様子を隠そうともせずぶっきらぼうに答える。
先年にトゥーレがリーディアと婚約し、先日オレクもコンチャと結ばれた。鉄砲のことしか考えていないようなルーベルトでさえ許嫁がいるのだ。
トゥーレの主な側近の中で、未だに相手すらいないのはユーリぐらいだった。
本人は多くを語りたがらず本心を見せることは少ないが、一度酔った勢いで語った所では、坑夫時代に将来の約束を交わした幼馴染みがいたという。だがその彼女も残念ながらジャハの暴発の際に奪われてしまった。
現在のユーリは騎士に叙せられ、末席ではあるが貴族に名を連ねている。額の傷がなければ容貌魁偉な彼は、女性から引く手数多だったろう。
「実は其方に婚姻の話が出ている」
そうトゥーレが告げると、オレクとルーベルトの二人が冷やかすような目をユーリに向けた。そんな視線を気にすることなく、特に照れた様子も見せずに彼は肩を竦める。
「物好きもいるもんですね。で、誰なんですか?」
「誰だと思う?」
ユーリの質問を質問で返すトゥーレ。彼は眉根を寄せると多少興味を惹かれた様子を見せた。
「何で勿体振るんです? もしかして私の知ってる方ですか?」
「エステルだ」
「!? ・・・・はい?」
トゥーレがエステルの名を告げたが、ユーリはその名が一瞬理解できず固まってしまった。いや彼だけでは無い。ユーリを冷やかしていたオレクとルーベルトの二人も同様に口をポカンと開けて固まっていた。
「続けていいか?」
「・・・・っ! す、すみません。ど、どうぞ続けてください」
やれやれと肩を竦めたトゥーレが尋ねると、ユーリは目を瞬いて慌てたように先を促した。
「エステルが貴様を欲しいと言っている」
「は!?」
さらに突っ込んだトゥーレの言葉に、ユーリは口をあんぐりと開け再びフリーズしてしまう。
トゥーレは軽く溜息を吐くと、ゆっくりとお茶を口に運ぶ。たっぷりと時間を掛けてお茶の香りと味を楽しんだトゥーレは、優雅な仕草でテーブルにカップを戻すと、ユーリの目の前に手を翳して軽く左右に振った。
「ま、マジですか!?」
目を瞬くと現実にようやく戻ってきたユーリが、大きく息をしてそれだけを言った。
普段は騒ぐ仲間たちから一歩引いたように全体に気を配っている彼が、これほど動揺を見せるのも珍しい。それだけ衝撃が大きかったのだろう。
もちろんユーリだけではない。オレクとルーベルトの二人もまだ衝撃から立ち直っていなかった。
「もう二人は放っておいて続けるぞ。お茶会でエステルの婚約の話が出たんだ。色々話し合われた中で出て候補をエステルが拒否をしたんだ。そのため最終的にエステルの希望を聞いたところ、貴様の名が出たという訳だ」
「姫様が望んだんですか!?」
「そう言った筈だが?」
「トゥーレ様の事ですから、我々を驚かせるためにそう言ったのかと」
「経緯は話せぬが、最終的にエステルの望みを叶えてやろうという話になったのだ」
ようやく立ち直ったオレクとルーベルトが顔を見合わせている。二人も思っても見なかった話にいまだに信じられないという表情だ。
エステルが希望を口にし、トゥーレがユーリに打診をしているという事は、余程のことがない限りほぼ決定事項だろう。表面上は平静を装っていたユーリだったが、あずかり知らぬ所で進んでいた自身とエステルの結婚の話に、彼の頭の中はいまだ混乱が収まっていなかった。
彼はエステルに初めて会った日のことを思い出していた。
出会った頃のエステルは、まだ少女というよりは幼女の面影を色濃く残す女の子だった。
彼女はぎこちなく跪いて挨拶をおこなうユーリに、怯えた表情を見せながらトゥーレの後ろに隠れたのだ。幼い彼女にとっては跪いていてもなおユーリは聳えるような大男だった。おまけに額には生々しい傷跡が残っている。それからもしばらくは怯えたように目を合わせてくれない日々が続いた。
怖がられる事には慣れていたユーリは、亡くした妹と同い年のエステルを重ね合わせ、本当の妹のような気持ちで根気よく接し続けた。
怖がって自分から近づくことがなかったエステルも、常にトゥーレの傍で一緒に行動するユーリに接するうちに徐々に慣れ、いつの間にか彼女の眼差しに怯えの色が無くなっていた。
転機が訪れたのは、去年トゥーレのプレゼントを買うために街に出た時だ。あの直後からエステルのユーリを見る目が変わり、好意以上のものを感じるようになっていた。
最初は気のせいだと考えていたユーリも、兄よりもまず自分を探すような視線を受けていれば流石にその気持ちに気が付かない訳はない。成長期に入ったエステルは、幼さがなくなり少女へと成長し、日に日にテオドーラに似て顔立ちは美しくなり、少しウェーブのかかったオレンジ色の髪は艶が増していく。
妹に接しているつもりで世話を焼いていた筈が、彼自身気付けばエステルの姿を追っていることもあった。
いつの間にかそれ以上の気持ちがユーリ自身にも芽生えているのを自覚していたのだ。
「貴様に懸想しているとも言っていたな」
ユーリがふと意識を現実に戻せば、とんでもないことをトゥーレが口にしていた。
「ちょ、ちょっと待ってください。いくら私に懸想していると言ったって、私は知っての通り元坑夫ですよ。エステル様とは釣り合いなど取れないでしょう?」
エステルの気持ちは正直嬉しいと思ったが、彼女との間には身分差が大きく横たわっている。現実的にとてもそれを埋められるとは思えなかった。
そう告げたユーリだったが、トゥーレは不思議そうな表情を浮かべる。
「どうも身分差を気にしているように思えるのだが?」
「それはそうでしょう? 今はこんな私も騎士の端くれですが、中身はしがない坑夫ですよ。どう考えてもエステル様には釣り合わないでしょう?」
「なるほど。意外とユーリはヘタレだというのは分かった」
トゥーレは呆れたように軽く息を吐き、オレクやルーベルトも同様に肩を竦めていた。
「はい!?」
彼らの態度の意味が分らず、ユーリの言葉に若干怒気が混ざる。その様子を見たトゥーレはやれやれと首を振る。
「九歳も年下の、それも成人前の女に懸想しているとまで言わせながら、なお煮え切らない態度を取るとは見損なったぞ」
「トゥーレ様は私を煽ってどうしようって言うんです? 大事な妹姫様でしょう? 私なんかと一緒になっていいんですか?」
「貴様こそ、エステルでは不満なのか?」
「姫様に不満なんてある訳ないでしょう? 私だって姫様のことを大切に思っていますよ。どうして私がヘタレという話になるんですか? 私と姫様とじゃ釣り合いが取れないって話をしているんです!」
煽るようなトゥーレの言葉に徐々にヒートアップしてきたユーリはついに本音を口にしていた。トゥーレは彼の言葉に満足したのかにやりと笑みを浮かべる。
「其方は身分云々と言うが、我が父上も元々平民だぞ。もっと言えば前領主タイト様の奥方様、俺のお祖母様も商人の娘だ。さらに遡れば我が一族はしがない運び屋に過ぎなかったのだ。今更我が一族に身分差を理由にどうこう言う者がいると思うか?」
今でこそアルテミラ中に名を知られているザオラルも、元は平民でサザンの門を守る衛兵のひとりに過ぎなかったというのは有名な話だ。さらにトルスター家を紐解けば、元は平民の運送業から成り上がった家系だ。そのため彼らに身分に対する忌避感は薄いのだ。
「それで、この話はどうなるんですか?」
ユーリは諦めたように肩を落とし溜息を吐いた。
「母上が乗り気なのだ。少女のようなキラキラした笑顔を浮かべていたからな。このままエステルの希望通りに其方と婚約する事になるだろう」
「ザオラル様は何と?」
今後の展望を述べたトゥーレに疑問を口にする。エステルの意思とテオドーラの様子は分かったが、ザオラルがどう考えているのかは伝わってこない。
「ああ・・・・。父上は終始呆然としていたからな。どのようにお考えなのかは分らん」
「はい!?」
「エステルのくせに、父上をあそこまで追い詰めるとは。我が妹ながらなかなかやる」
先ほどの様子を思い出しながらトゥーレは面白そうにくくっと笑う。反対にそれを聞いてユーリは顔を真っ青にして慌てた。
「ちょ、ちょっと大丈夫なんですか?」
ここまで話をしておきながら、ザオラルの意向が不明なことに愕然となる。もしこれでザオラルが首を縦に振らなければ、膨れ上がった期待の分落胆が大き過ぎる。
そんな焦りを浮かべるユーリに対して、トゥーレは気にした様子は見せない。
「父上が賛成するか反対するかは分らんが、母上が乗り気だと言っただろう? 父上はああ見えて母上には弱いのだ。仮に反対したとしても最終的に母上に翻意させられる筈だ」
そう言って苦笑いを浮かべた。しかしザオラルのプライベートの姿を知らない彼らには、どうしてもその様子が想像できず、お互いに顔を見合わせるだけだった。
「それで、本当にエステルでいいのか? 其方がエステルに振り回される姿しか思い浮かばんのだが」
ザオラルのことを気にするユーリに対し、トゥーレの興味は既にユーリに移ったようで身を乗り出して冷やかすように彼に尋ねた。
普段は物静かで聞き分けがあって大人しいが、興奮すると人が変わったように周りが見えなくなる性格だ。慎重に事を運ぶユーリでは振り回される姿しか想像できないのだ。
「まぁそれについては否定しませんがね。エステル様は私には勿体ないお方です。否やなどある訳がないでしょう。それより本当に私でよろしいのでしょうか? こう言っちゃ何ですが、傷者の不良物件ですよ」
振り回される事についてはユーリにも自覚はあるようで素直に認め、苦笑しながら肩を竦める。それよりも額に醜い傷のある自分で本当にいいのだろうかという疑問が勝った。
「そこまで卑屈になる必要はないさ。エステルがそう望んだ事だ。希望は叶えてやりたいじゃないか。そんな事よりも俺は、貴様と義兄弟になるのは勘弁してほしいのだがな」
「私だって嫌ですよ。何の因果でトゥーレ様の義弟にならないといけないんですか?」
嫌そうに顔を歪めるトゥーレに対して、ようやく吹っ切れたように軽口を叩く。
「ほう! 俺にそんな口を聞いていいのか? エステルと離縁させてやろうか?」
「まさか!? 我が義兄様はそんな裁量の狭い方ではないでしょう?」
冗談めかしたトゥーレの脅しにも、軽く冗談で返すのだった。
「トゥーレ様。実はこういう展開になって面白がっていませんか?」
「当たり前じゃないか。俺の時には散々皆に弄られたんだからな。折角の機会だ。目いっぱい楽しませて貰うさ」
オレクの指摘に、トゥーレが口角を上げ黒い笑顔を浮かべるのだった。
トゥーレと目が合った途端、面白がるような笑みをトゥーレが浮かべたからだ。
「何かあったんですか?」
「とりあえず、部屋に戻ってからだ」
ユーリの問いには答えずにそう告げると、一瞬部屋の中を覗くように振り返ったトゥーレは、ユーリの背中を押すようにして足早に自室へと引き上げていくのだった。
「さてと・・・・」
トゥーレは部屋に戻ると、テーブルを囲んで席に着く。
側勤めの入れたお茶で喉を潤し、ユーリたち以外を退室させると勿体振ったような思案顔で話し始めた。
「ユーリ、前にも尋ねたが其方は今、将来を約束した相手はいないんだったな?」
「前にも言ったでしょう? 誰が好き好んで額に醜い傷のある男を選ぶんです?」
これまで何度も投げられた質問に、ユーリはうんざりした様子を隠そうともせずぶっきらぼうに答える。
先年にトゥーレがリーディアと婚約し、先日オレクもコンチャと結ばれた。鉄砲のことしか考えていないようなルーベルトでさえ許嫁がいるのだ。
トゥーレの主な側近の中で、未だに相手すらいないのはユーリぐらいだった。
本人は多くを語りたがらず本心を見せることは少ないが、一度酔った勢いで語った所では、坑夫時代に将来の約束を交わした幼馴染みがいたという。だがその彼女も残念ながらジャハの暴発の際に奪われてしまった。
現在のユーリは騎士に叙せられ、末席ではあるが貴族に名を連ねている。額の傷がなければ容貌魁偉な彼は、女性から引く手数多だったろう。
「実は其方に婚姻の話が出ている」
そうトゥーレが告げると、オレクとルーベルトの二人が冷やかすような目をユーリに向けた。そんな視線を気にすることなく、特に照れた様子も見せずに彼は肩を竦める。
「物好きもいるもんですね。で、誰なんですか?」
「誰だと思う?」
ユーリの質問を質問で返すトゥーレ。彼は眉根を寄せると多少興味を惹かれた様子を見せた。
「何で勿体振るんです? もしかして私の知ってる方ですか?」
「エステルだ」
「!? ・・・・はい?」
トゥーレがエステルの名を告げたが、ユーリはその名が一瞬理解できず固まってしまった。いや彼だけでは無い。ユーリを冷やかしていたオレクとルーベルトの二人も同様に口をポカンと開けて固まっていた。
「続けていいか?」
「・・・・っ! す、すみません。ど、どうぞ続けてください」
やれやれと肩を竦めたトゥーレが尋ねると、ユーリは目を瞬いて慌てたように先を促した。
「エステルが貴様を欲しいと言っている」
「は!?」
さらに突っ込んだトゥーレの言葉に、ユーリは口をあんぐりと開け再びフリーズしてしまう。
トゥーレは軽く溜息を吐くと、ゆっくりとお茶を口に運ぶ。たっぷりと時間を掛けてお茶の香りと味を楽しんだトゥーレは、優雅な仕草でテーブルにカップを戻すと、ユーリの目の前に手を翳して軽く左右に振った。
「ま、マジですか!?」
目を瞬くと現実にようやく戻ってきたユーリが、大きく息をしてそれだけを言った。
普段は騒ぐ仲間たちから一歩引いたように全体に気を配っている彼が、これほど動揺を見せるのも珍しい。それだけ衝撃が大きかったのだろう。
もちろんユーリだけではない。オレクとルーベルトの二人もまだ衝撃から立ち直っていなかった。
「もう二人は放っておいて続けるぞ。お茶会でエステルの婚約の話が出たんだ。色々話し合われた中で出て候補をエステルが拒否をしたんだ。そのため最終的にエステルの希望を聞いたところ、貴様の名が出たという訳だ」
「姫様が望んだんですか!?」
「そう言った筈だが?」
「トゥーレ様の事ですから、我々を驚かせるためにそう言ったのかと」
「経緯は話せぬが、最終的にエステルの望みを叶えてやろうという話になったのだ」
ようやく立ち直ったオレクとルーベルトが顔を見合わせている。二人も思っても見なかった話にいまだに信じられないという表情だ。
エステルが希望を口にし、トゥーレがユーリに打診をしているという事は、余程のことがない限りほぼ決定事項だろう。表面上は平静を装っていたユーリだったが、あずかり知らぬ所で進んでいた自身とエステルの結婚の話に、彼の頭の中はいまだ混乱が収まっていなかった。
彼はエステルに初めて会った日のことを思い出していた。
出会った頃のエステルは、まだ少女というよりは幼女の面影を色濃く残す女の子だった。
彼女はぎこちなく跪いて挨拶をおこなうユーリに、怯えた表情を見せながらトゥーレの後ろに隠れたのだ。幼い彼女にとっては跪いていてもなおユーリは聳えるような大男だった。おまけに額には生々しい傷跡が残っている。それからもしばらくは怯えたように目を合わせてくれない日々が続いた。
怖がられる事には慣れていたユーリは、亡くした妹と同い年のエステルを重ね合わせ、本当の妹のような気持ちで根気よく接し続けた。
怖がって自分から近づくことがなかったエステルも、常にトゥーレの傍で一緒に行動するユーリに接するうちに徐々に慣れ、いつの間にか彼女の眼差しに怯えの色が無くなっていた。
転機が訪れたのは、去年トゥーレのプレゼントを買うために街に出た時だ。あの直後からエステルのユーリを見る目が変わり、好意以上のものを感じるようになっていた。
最初は気のせいだと考えていたユーリも、兄よりもまず自分を探すような視線を受けていれば流石にその気持ちに気が付かない訳はない。成長期に入ったエステルは、幼さがなくなり少女へと成長し、日に日にテオドーラに似て顔立ちは美しくなり、少しウェーブのかかったオレンジ色の髪は艶が増していく。
妹に接しているつもりで世話を焼いていた筈が、彼自身気付けばエステルの姿を追っていることもあった。
いつの間にかそれ以上の気持ちがユーリ自身にも芽生えているのを自覚していたのだ。
「貴様に懸想しているとも言っていたな」
ユーリがふと意識を現実に戻せば、とんでもないことをトゥーレが口にしていた。
「ちょ、ちょっと待ってください。いくら私に懸想していると言ったって、私は知っての通り元坑夫ですよ。エステル様とは釣り合いなど取れないでしょう?」
エステルの気持ちは正直嬉しいと思ったが、彼女との間には身分差が大きく横たわっている。現実的にとてもそれを埋められるとは思えなかった。
そう告げたユーリだったが、トゥーレは不思議そうな表情を浮かべる。
「どうも身分差を気にしているように思えるのだが?」
「それはそうでしょう? 今はこんな私も騎士の端くれですが、中身はしがない坑夫ですよ。どう考えてもエステル様には釣り合わないでしょう?」
「なるほど。意外とユーリはヘタレだというのは分かった」
トゥーレは呆れたように軽く息を吐き、オレクやルーベルトも同様に肩を竦めていた。
「はい!?」
彼らの態度の意味が分らず、ユーリの言葉に若干怒気が混ざる。その様子を見たトゥーレはやれやれと首を振る。
「九歳も年下の、それも成人前の女に懸想しているとまで言わせながら、なお煮え切らない態度を取るとは見損なったぞ」
「トゥーレ様は私を煽ってどうしようって言うんです? 大事な妹姫様でしょう? 私なんかと一緒になっていいんですか?」
「貴様こそ、エステルでは不満なのか?」
「姫様に不満なんてある訳ないでしょう? 私だって姫様のことを大切に思っていますよ。どうして私がヘタレという話になるんですか? 私と姫様とじゃ釣り合いが取れないって話をしているんです!」
煽るようなトゥーレの言葉に徐々にヒートアップしてきたユーリはついに本音を口にしていた。トゥーレは彼の言葉に満足したのかにやりと笑みを浮かべる。
「其方は身分云々と言うが、我が父上も元々平民だぞ。もっと言えば前領主タイト様の奥方様、俺のお祖母様も商人の娘だ。さらに遡れば我が一族はしがない運び屋に過ぎなかったのだ。今更我が一族に身分差を理由にどうこう言う者がいると思うか?」
今でこそアルテミラ中に名を知られているザオラルも、元は平民でサザンの門を守る衛兵のひとりに過ぎなかったというのは有名な話だ。さらにトルスター家を紐解けば、元は平民の運送業から成り上がった家系だ。そのため彼らに身分に対する忌避感は薄いのだ。
「それで、この話はどうなるんですか?」
ユーリは諦めたように肩を落とし溜息を吐いた。
「母上が乗り気なのだ。少女のようなキラキラした笑顔を浮かべていたからな。このままエステルの希望通りに其方と婚約する事になるだろう」
「ザオラル様は何と?」
今後の展望を述べたトゥーレに疑問を口にする。エステルの意思とテオドーラの様子は分かったが、ザオラルがどう考えているのかは伝わってこない。
「ああ・・・・。父上は終始呆然としていたからな。どのようにお考えなのかは分らん」
「はい!?」
「エステルのくせに、父上をあそこまで追い詰めるとは。我が妹ながらなかなかやる」
先ほどの様子を思い出しながらトゥーレは面白そうにくくっと笑う。反対にそれを聞いてユーリは顔を真っ青にして慌てた。
「ちょ、ちょっと大丈夫なんですか?」
ここまで話をしておきながら、ザオラルの意向が不明なことに愕然となる。もしこれでザオラルが首を縦に振らなければ、膨れ上がった期待の分落胆が大き過ぎる。
そんな焦りを浮かべるユーリに対して、トゥーレは気にした様子は見せない。
「父上が賛成するか反対するかは分らんが、母上が乗り気だと言っただろう? 父上はああ見えて母上には弱いのだ。仮に反対したとしても最終的に母上に翻意させられる筈だ」
そう言って苦笑いを浮かべた。しかしザオラルのプライベートの姿を知らない彼らには、どうしてもその様子が想像できず、お互いに顔を見合わせるだけだった。
「それで、本当にエステルでいいのか? 其方がエステルに振り回される姿しか思い浮かばんのだが」
ザオラルのことを気にするユーリに対し、トゥーレの興味は既にユーリに移ったようで身を乗り出して冷やかすように彼に尋ねた。
普段は物静かで聞き分けがあって大人しいが、興奮すると人が変わったように周りが見えなくなる性格だ。慎重に事を運ぶユーリでは振り回される姿しか想像できないのだ。
「まぁそれについては否定しませんがね。エステル様は私には勿体ないお方です。否やなどある訳がないでしょう。それより本当に私でよろしいのでしょうか? こう言っちゃ何ですが、傷者の不良物件ですよ」
振り回される事についてはユーリにも自覚はあるようで素直に認め、苦笑しながら肩を竦める。それよりも額に醜い傷のある自分で本当にいいのだろうかという疑問が勝った。
「そこまで卑屈になる必要はないさ。エステルがそう望んだ事だ。希望は叶えてやりたいじゃないか。そんな事よりも俺は、貴様と義兄弟になるのは勘弁してほしいのだがな」
「私だって嫌ですよ。何の因果でトゥーレ様の義弟にならないといけないんですか?」
嫌そうに顔を歪めるトゥーレに対して、ようやく吹っ切れたように軽口を叩く。
「ほう! 俺にそんな口を聞いていいのか? エステルと離縁させてやろうか?」
「まさか!? 我が義兄様はそんな裁量の狭い方ではないでしょう?」
冗談めかしたトゥーレの脅しにも、軽く冗談で返すのだった。
「トゥーレ様。実はこういう展開になって面白がっていませんか?」
「当たり前じゃないか。俺の時には散々皆に弄られたんだからな。折角の機会だ。目いっぱい楽しませて貰うさ」
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