都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第三章 カモフ攻防戦

24 オモロウへ(4)

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「くそっ! ピエタリ、船を岸に着けろ!」

 焦った声でトゥーレが叫ぶ。
 リーディアとの距離はもう三〇メートルもなかった。
 しかし、すぐそこに姿が見えているのに届かない。もどかしい距離にトゥーレは焦っていた。

―――ガゴッガガガガガ・・・・

 浅瀬に乗り上げながらジャンヌ・ダルクが左舷を突き出た岸に強引に接舷させる。接近していた敵兵が巻き起こった波に流される。

「出ます!」

 それと同時に百名の精兵を整えたクラウスが、舷側から飛び下りる勢いでリーディア救出のため出撃していく。
 反対に合流だけはさせまいとヴィクトル軍は、クラウスの前方を塞ぐように兵力を突っ込ませてくる。さらに一部はジャンヌ・ダルクへと取り付こうと近付いて来た。それをルーベルトら鉄砲隊がクラウスへの援護と船を守るため弾幕をはり敵を近づけさせない。
 お互いにここが正念場と理解しているため、お互いに持てる兵力を出し惜しみすることなく、各所で激戦が繰り広げられていた。

「俺も出るぞ!」

 暫く舷側から応戦していたトゥーレだったが、目論み通りにリーディアを救出することができない現状に、我慢できずにグレイブを手に船から飛び降りていく。

「トゥーレ様!? ちいっ、俺たちも行くぞ!」

 慌てたユーリが数十名の護衛を引き連れて後を追って船を飛び降りる。
 自分の身を顧みず真っ直ぐリーディアを目指すトゥーレは、気付けばクラウスと並んで先頭に立って敵に切り込んでいた。
 彼女までの距離は僅か十メートル程。しかしその十メートルが果てしなく遠く感じられた。
 三〇騎近くいたリーディアの主従は、わずか三名にまで減ってしまっている。その三名の姿はまだ馬上にあるが逆にそれが格好の目印となり、砂糖に群がる蟻のように兵が集まってきているかのようだった。

「くっ、届かん!」

 何人もの敵兵を葬っても厚い壁は崩れず、彼が合流してからも一歩もリーディアに近づけていない。
 熱くなっているトゥーレを尻目に、クラウスは冷静に戦況を分析していた。
 周りは敵兵のみという状況でリーディアを救出できたとしても、果たして無事に脱出できるかどうかだ。
 表面上では『何としても助け出す』と意気込んではいるが、状況次第では『トゥーレだけは命に代えても脱出させる』ことを考えていた。
 トゥーレは拒否するだろうが、そのときは担いででも脱出するつもりだった。
 それは彼を守るために飛び出したユーリはもちろん、船を守っているピエタリやルーベルトも思いは同じだった。
 もちろんリーディアを助け出すという気持ちは嘘ではないが、何よりも最優先にするものはトゥーレの生存だ。彼らにとってはリーディアを失っても痛くはないが、トゥーレを失えばカモフが滅ぶ。自ずと優先順位は違ってくるのだった。

「ベルナルト!?」

 追い詰められた彼らに更に追い打ちが入る。複数の槍を受けていたベルナルトの乗騎がついに崩れ落ちたのだ。
 馬から投げ出されたものの、ベルナルトはすぐに起き上がると武器を振るい敵を倒すが、すぐに敵兵に囲まれて姿が見えなくなった。これでリーディアを守る護衛が、遂にアレシュ一人となってしまった。
 じわりと包囲が狭まってくる。
 アレシュも必死で槍を振るっているが、一人ではとても守り切れるものではない。いつの間にかリーディアもみずから槍を振るい戦っていた。
 致命傷には至らずとも二人とも傷が目に見えて増えていく。

「ア、アレシュ!」

「姫様っ!」

 二人の間に強引に兵が割り込み、遂に二人が分断されてしまった。
 アレシュは一度は強引に割り込んでリーディアと合流できたものの、またすぐに引き離されてしまう。

「そこをどけぇ!」

 馬の体躯にものを言わせて押しのけるように合流しようとするものの、その馬も力尽きたように泡を吹いて膝を折った。
 倒れる前に飛び降りて難を逃れたアレシュは槍を左に持ち替え、空いた右手で剣を引き抜くと、地の底から響くような唸り声を上げ、分断している敵兵に突っ込んでいく。

「邪魔をするな! どけっ!」

 リーディアを挟んだ反対側でもベルナルトが奮戦していた。
 ただし落馬の際に得物の槍斧ハルバードを紛失し、さらには左鎖骨を骨折したため左腕が上がらなくなっていた。
 それでも残った右腕で剣を振るって鬼神のような強さを見せつけていたが、身体に刻まれる傷がみるみる増えていく。

「ぐっ!」

 今まさに相手の槍が太股ふとももを貫き、苦悶の表情を見せる。
 その敵兵は倒したものの、堪えきれずに遂に片膝を地面に付いてしまった。
 すかさず敵兵がベルナルトを蹴り飛ばす。
 仰向けにひっくり返った彼はすぐに身を起こそうとするが、それよりも早く敵兵が彼に馬乗りになるとダガーを引き抜いた。必死で身を捩らせ拘束を振り解こうと藻掻くが、兵はダガーを持った手で顔を何度も殴りつけベルナルトを大人しくさせる。
 ぐったりしたベルナルトに血走った目を向けた兵はダガーを振りかぶった。キラリと陽光を反射しキラリと冷たい光を放つ。
 しかしその凶刃が振り下ろされることはなかった。



 一人となってしまったリーディアは、必死で愛馬を操り包囲を抜けようと足掻あがいていた。
 怖気おぞけを覚える敵のぎらついた目は、明らかに彼女を得物だと認識した目だ。足を止めればそのまま死を意味する事の恐怖と戦いながら、足だけは止めないように馬を操り、時には兵をその手に掛けて戦っていた。
 彼女の護衛もひとり減りふたり減り、遂にはベルナルトが離れアレシュとも切り離されてしまった。今自分を守れる者は自分しかいない。
 少し離れた場所ではトゥーレも必死で戦っているのが見える。

 一瞬そのトゥーレと目が合った。

 絶望的な状況だが、彼の目は諦めていなかった。
 奇跡が起きない限りこの状況を覆すことは不可能に思えるが、トゥーレが諦めないのならば彼女に諦める理由はなかった。
 その気持ちが奇跡を呼び込んだのかも知れない。
 一人の騎士がどうしても破ることができなかった包囲を突破し、リーディアに迫っていた凶刃を防いだのだ。

「無事か? リーディア」

「ザ、ザオラル様!? どうして!?」

 リーディアを救ったのはフォレスで別れたザオラルだったのだ。
 ザオラルは何故か父の形見である白く輝く薙刀グレイブを手に、またひとり彼女に迫った兵を葬る。

「話は後だ! 其方は必ずトゥーレに届ける!」

「はいっ!」

 力強い義父の言葉に、これまでの疲れが吹き飛んだ気がした。
 ザオラルらの状態も万全の状態ではない。彼が率いる兵もすでにボロボロの状態だ。それでも彼の存在はリーディアに安心感を与えたのだった。
 ダニエルと別れたザオラルは、小休止を挟みつつ一路オモロウに直行した。途中でリーディアを追うコウチと戦闘になったものの、これを一蹴することに成功。
 オモロウ到着前にリーディアとの合流を目指したが、彼女らが追っ手と誤認したために合流がこのタイミングとなったのだった。
 ザオラルが一歩進めば、その威圧感に気圧けおされた兵が下がり、さらに進めば自然と道ができた。
 圧倒的な存在感がそこにはあった。

『すごい!』

 リーディアはザオラルの少し後ろを進みながら改めて彼の凄さを実感した。
 父であるオリヤンからもこれと似たような武勇伝を聞いたことがあったが、父が存命の間は一緒に戦場に立つことはなかったため、あくまで想像でしかなかったが、事実を目にすると想像を遙かに超える凄まじさだった。

「リーディア、よくも無事で!」

 割れた人垣の間をこじ開けるようにして、トゥーレがようやくリーディアの元に辿り着いた。

「トゥーレ様こそ」

 ほっとした表情で見上げるトゥーレと、疲れ切った表情で笑顔を見せるリーディア。
 長い逃避行の末に、ようやく彼女はトゥーレと再会を果たしたのだった。
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