都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第三章 カモフ攻防戦

38 開戦(2)

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 ドーグラスがネアンに入った翌日、早速ストール軍は行動を開始した。
 ストール軍最強と名高い隻眼せきがんのイグナーツが、デコ砦に攻撃を仕掛けてこれを陥落させた。続けてビオン砦もヒュダの猛攻により炎上した。
 トルスター軍は一日と経たずにふたつの砦を失うことになった。
 残りひとつとなったセラーナ川対岸に位置するウロ砦も陥落こそしなかったものの、ドーグラスの息子クスターに攻め立てられ陥落も時間の問題という状況となっていた。
 ネアンを囲む砦の殆どを無力化したことで、広間でドーグラスは機嫌良く報告を受けていた。

「うむ。ご苦労! 今日のは疲れはそれほどないだろうが、戦いはここからが本番だ。兵をよく休ませるがよい」

「金髪の小童こわっぱはこの状況にも関わらず、やはり援軍を寄越さなかったようです。今頃はウンダルの姫君の膝の上で震えておるかも知れませんな」

「全くだ。念願のカモフ攻めだというのにここまでは手応えがなさ過ぎる。もう少し抵抗してくれねば兵たちも手柄が立てられないではないか」

「その辺りにしておけ。トルスター公とて援軍を出したくても出せぬのだろう」

 使者を下がらせると、幕僚たちがここまでのトルスター軍の手応えの無さを口にし始めた。ドーグラスは口さがない彼らの言葉に苦笑を浮かべるが、止めさせるまではしない。

「それでイザイルよ」

「はい」

「例の報告を聞かせてくれ」

 ドーグラスは目の前に控えている初老の男に声を掛ける。
 痩せぎすで後ろにで付けた頭髪は白髪で真っ白に染まっている。戦場にあって平服で控える姿は場違いに思えるが、彼こそがストール軍の誇る軍師だ。
 先代までは期待の若手という評価でしかなかったが、代替わりを経てドーグラスがイザイルを抜擢したのことで、ここまで勢力を伸ばしてきたと言っても過言ではなかった。
 彼は胸まで伸ばした白い髭を揺らしながら顔を上げ、濃いグレーの瞳でしっかりとドーグラスを見据えた。

「街は思っていたよりも落ち着いています。ジアン様とヒュダ様の統治が行き届いていたのでしょう」

「ふむ、そうか」

 静かに街の状況を報告させたドーグラスだったが、特に興味のなさそうな様子を見せる。イザイルは軽く息を吐くと彼が聞きたがっているであろう情報を開示する。

「それから商業ギルドのベドジフとの会合では、ほぼ我らの要求を飲むとの言質げんちをいただいております。事前の情報通りネアンのギルドも、サザンほどではありませんがギルドへの締め付けが厳しく、トノイと比べると権限が大きく削がれている模様です」

「ふむ、それで?」

「かつての職務を取り戻していただけるなら他に要求はなく、戦後の閣下への協力も全面的に約束致しますとのことでございます」

「そうか。特に要求もないとはこの地のギルドは相当追い詰められていると見てよいな?」

「左様でございます。残念ながら失敗したようですが、ザオラルやトゥーレの暗殺という強引な手段を選ばざるを得ないほど追い詰められていたと言えましょう。ここは閣下の寛大かんだいな措置によって厄介なギルドを手懐てなずけることも容易たやすいかと存じます」

 イザイルの言葉にドーグラスはニヤリと笑みを浮かべる。

「ふはは、思うがままにならぬ事の多いギルドだが、この地に関して言えばザオラルに感謝せねばなるまい。岩塩に加えて扱いやすいギルドまで用意してくれるのだからな」

「左様ですな。ギルドなど下手に刺激なぞせずにただ利用すればよいものを。何故ギルドを敵に回してまで面倒な統治をしようとしたのか。私でも理解に苦しみます」

 ドーグラスの言葉にイザイルも目を細めて自慢の髭を揺らす。
 彼らはザオラルがおこなったギルドの解体が理解できなかった。彼らにとってのギルドとは利用するものであり、統治するために上手く手懐けてこそなのだ。

「ベドジフはこうも申しておりました。金髪の小童を必ずや討ち果たしてくだされと」

「ふははは、いいだろう。その望み叶えてやろうではないか」

 ドーグラスは愉快そうに腹を揺するといつまでも笑い続けるのだった。





「そうか・・・・、タイストとシーグルドはったか」

 前線のデコとビオンの両砦が、ストール軍の猛攻を受け陥落したという情報は、ある場所で息をひそめて戦況をうかがっていたトゥーレにももたらされていた。
 彼は報告を受けるとテーブルに突いた拳に力を込め、絞り出すように声を発した。
 今もまだウロで戦っているツチラトを含めて、彼らを捨て駒とする案はトゥーレが考えたものだった。
 トルスター軍の限りある兵力の都合上、そうせざるを得なかったというのが正しいのだが、それはもちろん苦渋の決断だった。
 四方を岩壁に囲まれた殺風景な部屋の中だ。
 窓はなく魔光石の頼りない明かりが部屋の四隅から照らしているのと、中央に置かれたテーブルの上に灯るランプが明かりの全てだった。
 ヘルベルトがテーブルに広げられたカモフの地図上のデコとビオンの二つの砦の箇所にバツ印を入れる。
 ネアンを囲んだ三つの砦にストール軍が攻撃を仕掛けてからまだ半日だ。たった半日で二つの砦が落ち、程なくウロの砦も落ちたという報告が入ることだろう。
 全軍合わせても一万に満たないトルスター軍と、十万と言われているストール軍の戦いだ。最初からまともに遣り合っていては勝負にならない。限りある兵力の選択と集中をおこなわなければ兵力が足りないのは目に見えていた。

「ご苦労だった! 引き続き情報収集に当たってくれ!」

 そう言って斥候せっこうを下がらせた。

「トゥーレ様」

「味方を見殺しにしかできないなんて、こんな無能な頭で申し訳ない」

「いえ、タイストもシーグルドも援軍がないことは理解しておりました。それでもトゥーレ様のためにとこの役目を引き受けました。ドーグラスを討つ事が彼らに報いる唯一の方法です」

感傷かんしょうひたるのは後にお願いします。ヘルベルトが申したように我らは我らの役目を果たしましょう!」

 この場にいるのはクラウスとヘルベルトの二人だ。
 彼らとてトゥーレと気持ちは同じだ。いやトゥーレよりも彼らとの付き合いが長かっただけに、断腸だんちょうの思いもより強い。固く握りしめられて白くなった拳がそれを語っていた。

「そうだな。戦いはまだ始まったばかりだ。ここで悲しんでいてもヴァルハラで彼らにどやされるだけだな」

 トゥーレは顔を上げると自嘲気味じちょうぎみに笑みを浮かべ、気持ちを切り替えるように大きく息を吐いた。

「よし、引き続きストール公の動静を報告してくれ! それとユーリの準備はどうなっている?」

「はっ! ユーリ様、ルーベルト様両名の準備は整っております。いつでも迎え撃てるようです」

 トゥーレはユーリが布陣予定の箇所に視線を落とす。
 この戦いでは彼らの働きに懸かっているといっても過言ではない。実際に彼らが抜かれてしまえば、敵の軍勢は何の障害もなくサザンへと到達してしまうのだ。

「できればもう少し戦力を与えてやりたかったが・・・・」

「それは言ってもせん無いことです。彼らに与えられるくらいならタイストらにも援軍を出せていたでしょう」

 クラウスが絞り出すように苦渋の声を上げ、ヘルベルトがすぐに否定する。限られた戦力を最大限に割り振っているため、どこの持ち場もギリギリの兵力だった。そう考えれば今回最大兵力を与えられているユーリらは配慮はいりょされた方なのだ。

「奴らには虎の子の魔砲も与えている。どのみち初めから無茶な作戦だ。後はどれだけ悪足掻わるあがきできるかだ」

 兵力だけでなく投入できる限りの火器兵器もユーリらの持ち場に投入していた。ここまでして駄目ならどう足掻こうと滅びる運命なのだろう。

「よし、すぐに戦いが始まる。今のうちに休める者は休ませるよう伝えてくれ!」

「はっ!」

 室内に木霊こだまする声を残して、伝令は部屋を飛び出していった。
 装飾品もない殺風景さっぷうけいな部屋のため、屋敷の広間のように大きな声を上げると想像以上にグワングワンと響くのだ。

「ちょっとこの音が響くのは考えないといけなかったな」

 苦笑を浮かべたトゥーレがそう言うと、クラウスらも同意するように頷く。

「全くです。できれば殺風景なのも何とかして欲しいものです」

 ヘルベルトが耳を押さえながらそう言うと、暗い部屋に静かな笑いが響くのだった。
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