都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
153 / 205
第三章 カモフ攻防戦

56 敵陣突入(1)

しおりを挟む
「よくやってくれた!」

 待ちに待った報告を持ち帰ったボリスをねぎらったトゥーレは晴れやかな表情で破顔し、クラウスとヘルベルトは拳を突き上げながら雄叫びを上げた。
 カントの開戦から四日目を迎えようとしていた。
 一時は危機に陥ったが、イザーク率いるウンダル亡命政府軍の突入により何とか持ち堪えることができていた。しかし切り札である予備兵力まで投入した彼らには、もう新たな手札は残されていない。このままでは遅かれ早かれ突破されるのは時間の問題という、まさにギリギリというタイミングでの情報だった。

「よし皆待たせたな! 出撃するぞ!」

「待ちくたびれましたよ!」

「いよいよですね。後は我々が結果を残す番です!」

 振り返ったトゥーレが出撃を命じ、ようやく巡ってきた出番に二人は喜び勇んで出陣の準備を始めるのだった。
 程なく準備が完了したトゥーレたちは、どこまで続くとも知れない暗く狭い通路を進んでいた。
 所々補強されているとはいえ、岩盤をくりぬいただけの通路は二人並べる程の広さはなく、案内のボリスを先頭にトゥーレ、クラウス、ヘルベルトと一列になって続く。
 口を開く者はなかったが重圧に押し潰されている訳ではなく、戦いへの緊張感と溢れ出てくる高揚感が混ざり合ったような不思議な感覚だ。
 一同は黙ったまま僅かな魔光石の明かりが照らす中、前を行く者の背中を見つめながら進んでいた。





 夜の闇ともやの白さが混ざった中に、篝火かがりびの炎がぼんやりとあかりをともしていた。
 その頼りない灯りの中に一際豪華なユルトがぼんやりと浮かび上がっていた。
 そのユルト内部も外観以上に装飾品が飾られ、壁際に惜しみなく点灯された魔光石の透明感のある冷たい光と、中央に吊されたランプの暖かな炎が、室内を明るく照らしていた。
 その室内にはイザイルを始めとする騎士や兵と共に、戦場に似つかわしくない煽情的せんじょうてきな姿をした多くの女中が、中央に座る男にかしずいていた。
 その男は脂ぎった顔で億劫おっくうそうにイザイルから戦況の報告を聞いていた。
 もちろんこの男こそが、カモフ侵略の指揮を執るドーグラス・ストールその人である。
 ドーグラスはぼってりと突き出た腹を揺すりながら、女中から注がれた酒をあおると残念そうな表情を浮かべた。

「今日もカントを抜けなんだか。イグナーツめ、腑抜ふぬけておるのではないか?」

「相変わらず敵の火力に苦戦し、人的被害が多く出ています。加えて敵は騎馬隊を投入し、こちらの攻勢を押し戻した模様」

「例の亡命政府軍とか言う残存兵力か」

「数は少ないものの、中心となっているのは噂通りウンダルの騎馬部隊のようで、なかなかに手強いと・・・・」

「もうよい!」

 ドーグラスは苛々したように、イザイルの報告を強い口調で打ち切ると、酒でよどんだ目を向け静かに口を開く。

「それで、ここをてるのはいつになるのだ」

「はっ、カントを落とすことができればすぐに・・・・」

「それがいつだと聞いているのだ!」

 癇癪かんしゃくを起こしたドーグラスはグラスを投げ、さらに女中からボトルを奪うとそれも投げ付けた。幸いイザイルに当たらなかったものの、ユルトに運び込まれていた調度品に当たって砕け、女中が悲鳴を上げて慌てて下がっていく。
 意気揚々とネアンを出立しこの地に陣を敷いて三日経つ。その間辺りはずっと靄に包まれたままだった。
 変わり映えのしない景色と進展しない戦況に業を煮やしたドーグラスは、すでに二日目から陣の移動を口にするようになっていた。
 それを必死でいさめていたイザイルだったが、彼自身もこれほど靄が晴れないとは思っていなかった。

『こんなことならジアンの言う通り、戦況が動くまでネアンに待機しておればよかったかも知れぬな』

 ドーグラスが怒りをぶちまけている中そんなことを考えていたが、もちろんおくびにも出さない。

「敵はここまで想定していた以上に健闘していますが、それももう限界でしょう。あと二日、いや明日一日あれば必ずやカントを落とすことができるでしょう」

「昨日も同じ事を言っていたではないか!?」

 イザイルの言葉もドーグラスを鎮めることができない。
 もっともな理由を口にしてはいるが、ドーグラスは動けないこの状況に飽きていたのだ。
 もちろんその気持ちはイザイルにもよく分かった。ネアンを発ってからずっと靄に覆われたままで、動こうにも前方が味方の軍勢で詰まっていて身動きが取れないのだ。
 諫めているイザイルですら内心では辟易へきえきとしていた。

「閣下のお気持ちはお察ししますが問題はこの靄です。これだけ見通しが悪い中動くのはかえって危険かと」

「むう、ならば靄が晴れれば移動できるのだな?」

「仮に晴れたとしても、前方にはクスター様、ヒュダ様の軍勢がひしめいておりますゆえ難しいかと存じます」

「ならば、晴れたとしても状況が変わらぬではないか!」

 冷静に返したイザイルの言葉は、ドーグラスの怒りに油を注いだだけだった。
 ドーグラスの性格では一旦ネアンへ引くことは考えられない。これ以上ここに留まることも難しく、最早進むことしか残されていない。となれば取れる策はひとつしかなかった。

「ひとつだけ方法がございます」

「あるのではないか。何だ? 申せ!」

 喜色を浮かべたドーグラスに対しイザイルは言葉に詰まった。
 何が起こるか分からない戦場で具申ぐしんするには躊躇ためらわわれるような作戦だったためだ。
 イザイル自身まともだと思えるような作戦ではなく、実行できたとしてもドーグラスを危険にさらす事になってしまう。しかしこれを口にすれば、ドーグラスは必ず実行に移すだろう。それが分かっているため軍師として信頼されている身としては、口にすることを躊躇ちゅうちょするのだった。

「勿体ぶるでないわ。早く申せ!」

 中々口を開かないイザイルに、苛々いらいらした様子でドーグラスは睨み付けた。
 軽く息を吐いたイザイルは覚悟を決めて顔を上げる。

「はっ、道は悪いですが間道を抜ければタステ狭道を避けることができます。実際、デモルバ様がカントへと到達されています」

「確か、かなり強引に突破したと言うあれか?」

「はい。ですが軍勢を通すため道を広げたと聞いてはいますが、元々間道のため行軍には向いていません」

「少数なら問題ないのだろう?」

「ですが・・・・」

「全軍で動く必要はない」

「まさか!?」

 ドーグラスの言葉に愕然がくぜんとした。
 本陣一五〇〇〇ではなく分割した僅か三〇〇名程の兵力でカントへ向かうつもりだと悟ったからだ。
 デモルバからの報告では、起伏が激しく何度もうようにして抜けたと聞いている。
 決して口にはできないが、今のドーグラスの体型ではとてもではないが突破できるとは思えない。
 分かっていた事だが、言わなければ良かったと今更ながらに後悔するイザイルだった。

「承知しました。ですが、間道はタステ狭道よりも道が狭く険しいと聞いております。今のように靄がかかっている状態では危険です」 

「そんなことは分かっておる。晴れてからでよい」

 流石に見通しの悪い中動くのが危険なことは、ドーグラスも把握していた。
 晴れればという条件を付けることで、夜が明けてすぐの移動だけは何とか阻止することができた。
 しかし夜が更けるとともに、コッカサに風が吹き始めていた。
 風はこの地にしつこく垂れ込めていた靄を少しずつ流していくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...