都市伝説と呼ばれて

松虫大

文字の大きさ
176 / 205
第三章 カモフ攻防戦

閑話 出陣前夜

しおりを挟む
 この日の午後、トゥーレはリーディアの部屋を訪れていた。
 珍しく時間があるとの事で、午後のお茶の時間を馬場に面したテラスで一緒に過ごした後、そのまま彼女の部屋で夕食を共にした。
 このところ会談や会食の予定の入っていない時は、リーディアを見舞いに訪れる事が増えていた。それでも半日近くも予定が空くという事はなく、場合によっては顔を見てすぐに帰るという事もあった。
 彼が訪れる際には必ずと言っていいほどエステルが先に訪れているため、余り二人で過ごすという事態はなかった。
 だがこの日は珍しくお邪魔虫エステルはいなかったため、久しぶりに二人でゆったりとした時間を過ごしていた。
 リーディアも二人きりの時間とあって普段よりも笑顔を見せては、よく笑いまたよく喋っていた。
 その楽しい時間も終わりを迎えていた。

「明日から少しこの街サザンを離れる」

 食後のお茶の時間が過ぎ、『次は何時いつ来て下さいますか』とリーディアが次の予定を尋ねた時だ。
 少し迷う素振りを見せたトゥーレが、『暫く来られなくなる』と告げた後に続けた言葉がこれだった。

「サトルトですか? それともカントでしょうか? 何時頃お戻りになるのでしょうか?」

「一カ月になるか半年になるか、ちょっと次が何時になるかは約束できないな」

 最初はいつものお出掛けかと思い、気軽に帰還日を尋ねていたリーディアだったが、トゥーレは先程までと違って言葉少なに曖昧な返答しかしない。

「どういうことでしょうか? っまさか!?」

 トゥーレの返答を不思議そうに聞いていたリーディアだったが、不意にその意味を察し、目を見開いてトゥーレを見つめた。

「くくっ、流石リーディアだ。もうバレてしまったか」

 彼女の勘の良さに苦笑を浮かべたトゥーレだったが、誤魔化すような事はしなかった。

「まだ早いのではないですか?」

 ネアンがストール軍に占領されて一年近く経ち、サザンの街ではドーグラス本人の出陣時期が何時になるのかが商人たちの挨拶代わりとなっていた。
 しかし実際に動きがあれば大騒ぎとなるだろうが、現状ではどれも噂話レベルでしかない。当然ながら彼女もドーグラス出陣の噂を耳にしていたが、彼女が聞いた範囲でもあくまでも噂の域を出なかった筈だった。

「すまないが人払いを頼む」

 リーディアの問いに急に真顔になったトゥーレは人払いを頼んだ。
 未婚の男女を二人きりにする事に抵抗があったセネイたちだったが、婚約者という事とトゥーレの思い詰めた様子に、渋々だったが二人を残して部屋を出て行く。
 それまで笑みを湛えていたトゥーレだったが、二人になった途端に顔から笑顔が消えた。

「これはまだ誰にも言わないで欲しいんだが」

 そう前置きしてから語られた言葉に、リーディアは思わず言葉に詰まった。

「昨日、ストール公がトノイを発ったとの報告が届いたんだ」

「っ!? まさか・・・・」

 鉛を飲んだかのように腹の底に重い何かが沈んでいく感覚に襲われた。
 人払いしてまでトゥーレが嘘や冗談を言う人物ではない。こうして口にした以上は確実な情報なのだろう。だからリーディアは真偽を確認などはせず静かにその先を促した。

「もちろん行き先はここサザンだ。ご丁寧に盛大な観兵式かんぺいしきまでおこなったそうだから確実な情報だ。
 こうやって人払いしたところで恐らく数日の内には街中に伝わる事だろう。そうなれば街も色々と騒がしくなるからね。その前に俺はここを出ようと思うんだ」

 トゥーレが何年もかけて戦いの準備をおこなっている事はリーディアも知っていた。
 彼女自身は目の不調もあって動く事ができなかったが、サトルトの軍事拠点化やカントの要塞化などはトゥーレから直接聞いていたからだ。

「準備は終わっているのではなくて?」

「大体はね。だけどやれる事は全てやっておかないと後悔するからね」

 今から慌てて準備したとしても最短で十日、最長でも一ヵ月ほどしか時間が取れないだろう。現在準備中のものはともかく、今から新たに準備したところで戦いに間に合わせる事ができるとは思えない。それでもジッと待つよりも動く事を選んだ。トゥーレらしいといえばトゥーレらしい回答だといえた。
 だが見送るリーディアにしてみれば、これが最後の別れとなるかも知れないのだ。余りにも突然すぎて気持ちの整理が追いついていかなかった。

「もう・・・・、戻られないのですか?」

 震える声でリーディアが尋ねる。

「そうだな。戦いが終わるまで戻れないと思う」

 流石のトゥーレもこの時ばかりは苦渋の表情を浮かべた。
 二人とも言葉を濁しているが、戦況によってはこれが最後の逢瀬の機会と分かっているのだ。

「そう・・・・ですか。死なないでくださいね」

 リーディアは潤んだ瞳でトゥーレを見つめた。
 その視線を正面から受け止めるが、居たたまれなくなったトゥーレはすぐに視線を逸らしてしまう。

「もちろん最後までじたばたと足掻あがくつもりではいるけれど、相手はあのストール公だ。約束はできないな」

 できるだけ軽い口調を心がけて、トゥーレは冗談めかすように肩をすくめてみせる。
 長い時間をかけて戦いの準備を重ねてきたが、それでも大きく違う彼我ひがの国力差を覆す事など不可能だ。大勢力であるドーグラスとは何回、何十回と戦っても勝てる筋などないのかも知れない。
 リーディアの気休めとなるような大言を吐く事はできた。しかしそれでもトゥーレは安易に勝てるとは口にできなかったのだ。

「トゥーレ様っ!」

「リ、リーディア!?」

 我慢できなくなったようにリーディアがトゥーレの胸に飛び込んできた。
 驚いたトゥーレが戸惑った声を上げるが、彼女はトゥーレの胸に顔を埋めたまま肩を振るわせる。

「・・・・リーディア」

 震える彼女からトゥーレを案ずる気持ちが痛いほど伝わってきた。

「っ!」

 トゥーレは思わず天を見上げていた。
 天井を見ていなければ、溢れた涙で彼女を濡らしてしまいそうだったからだ。



 どれだけそうしていただろうか。
 トゥーレは優しくリーディアを抱きしめていた。

「・・・・死なないでください」

 顔を上げたリーディアは真っ赤な目で、静かに言葉をつむいだ。そして顎を軽く突き出すようにして瞳を閉じた。
 その意味するところをトゥーレはすぐに理解したが、彼はそれに応える事はできなかった。

「・・・・すまない」

 未練を断ち切るように謝罪の言葉を口にしたトゥーレは、リーディアの額に軽く唇を押し当てると、次の瞬間には静かにそして素早く部屋を出て行くのだった。

「トゥーレ様っ!」

 虚を突かれたリーディアが慌てて右手を伸ばすが、その手は虚しく空を切る。
 急速にトゥーレの体温が失われていく中、閉じられた扉の前で一人残された彼女は呆然と立ち尽くしていた。

「うっ・・・・トゥーレさまぁ・・・・」

 再び涙が止めどなく溢れ出し彼女の頬を濡らしていく。
 嗚咽おえつを抑えようと口元に手を当てるが、高ぶった感情はそんなものでは抑えることができない。
 トゥーレの名を口にすれば、トゥーレへの感情が更に込み上げてくる。
 やがて立っていられなくなり、その場に崩れ落ちるようにしていつまでも泣き続けるのだった。



 ドーグラス出陣の報が伝わり、街や領主邸が騒然となるのはその翌日の事だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...