都市伝説と呼ばれて

松虫大

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第四章 伝説のはじまり

7 陵墓

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「これがキミが見たがっていたカモフの谷だ」

 トゥーレは大仰にそう言うと、両手を広げて自慢気な笑顔を見せた。
 彼女の新しい乗馬となったミョウジョウの試乗を兼ねてのタステ山までのホーストレッキングだ。
 かつてストール軍の斥候が潜んでいた山頂は、戦いの後に整備され、今ではザオラルの陵墓りょうぼがひっそりとカモフの谷を見下ろしていた。
 墓の規模はそれほど大きくはなく、五十センチ程の土台の上に高さ二メートルに満たない控えめな石碑が立てられ、ザオラルの名が刻まれているだけのこぢんまりしたものだ。生前の実績を鑑みればもう少し立派なものでも良さそうな気もするが、質素な生活を好んだザオラルらしいと言えなくもなかった。
 陵墓を整備する際にカント側の森から山頂まで道が付けられていた。
 道は急斜面のため途中で何度も折り返す葛折つづらおりとなっているが、道幅もある程度取っていて一部は階段状に整備されていた。
 そのため山頂の広場までは乗馬のまま登ってくることができた。

「うわぁ! 凄い・・・・
 以前から聞いていましたけれど実際に目にすると想像以上に綺麗・・・・」

 山頂からの絶景にリーディアが感嘆の声を上げた。
 広場の端には展望台も整備されていて、そこから眼下を見下ろせばU字谷の様子が一望できる景色が広がっていた。
 翡翠ひすいのような水をたたえたキンガ湖が左右に広がり、その湖を挟むように前後に切り立った岩肌が文字通りU字に谷を形作っている。
 谷の稜線は黒い岩肌が急峻にそそり立ち、まるで眼前に迫ってくるような迫力を感じる。稜線から谷底に向かうにつれて、岩肌に緑が増えてきて一部は森が広がっている箇所もある。
 彼女が立つタステの山は、大小ふたつの氷河の合流地点にあって、その二本の氷河に削られて急峻な岩山として残った山だ。
 湖から見れば荒涼とした景色が広がっているように感じたが、思っていた以上に緑が広がっているように見える。その湖にはサザンへと向かっているのか商船らしき帆船がいくつもの航跡を描いていた。
 湖の左手谷の奥にある湖の畔にはいくつかの巨大な煙突が見え、傍にはドックらしき巨大な建屋が見える。あの辺りが噂に聞くサトルトの町で間違いないだろう。
 ここからでは見えないが、サトルトの近くには三年間暮らしたサザンの街もある筈だ。さらに谷の奥に目を移していけば、冬に容赦ない強風が吹き下ろす原因となっている万年雪を抱いたンビドーの山々が連なっている。
 そこから右に目を向けていくにつれて緑の比率が増していき、大きな川の傍に発展を続けているネアンの街並みを望むことができた。こちらは出口に近いこともあって谷の勾配も随分と緩やかになっている。そして何より谷の先には開けた緑の野が広がっていた。その先に見えているのは懐かしいウンダル領だ。
 こうしてみると辺境と言われているカモフの地の様子がよくわかった。美しい景色だが広がりはなく、ここから見える小さな範囲がカモフ領のほぼ全てなのだ。

「ふふふ、本当に想像していた以上の景色です。トゥーレ様が見せたいと何度も言われてたのも分かります」

 それでも山頂から望む谷は思わず息をする事も忘れる程、大地の力強さを感じるような風景だった。

「お褒めに与り光栄です姫様」

 トゥーレが馬上で大仰な仕草でおどけてみせる。
 だがすぐに砕けた調子に戻して苦笑を浮かべた。

「キミも知っての通り、見るのと暮らすのじゃ全然違うけどね」

 雄大な自然が広がるカモフだが、そこに生活する者にとっては自然が容赦なく牙を剥いてくるのは、この冬リーディアも経験した通りだ。
 豊富に水を湛えているように見える湖も塩分濃度が高いため飲用には適さず、魚も殆どいないため水の幸も与えてくれない。かつての氷河が削り出した谷も南北に広がっている影響で日照時間は短く、見た目の美しさに比べて野の幸や山の幸を出し渋る。何より冬の間止む事なく吹き下ろす強風のため、人々は冬篭もりしなければならなかった。
 そのため、長い間このカモフは忘れられたようなさびれた地で、注目を浴びるようになったのは岩塩が発見されてからの事だ。
 そんな谷の景色をリーディアは溜息を吐きながら、飽きもせずに眺めていた。

「確かにこの景色もいいけれど、俺はどちらかと言えばウンダルの何処までも広がるような景色の方が好きだ」

 稜線によって切り取られたカモフの谷よりも、広大な風景が続くウンダルの景色の方が好みだとトゥーレが呟く。

「わたくしはこちらの景色は大地や自然の力強さを感じて何だか力を貰えそうな気がします。もちろんフォレスの丘からの眺めは大好きでしたけれど・・・・」

 リーディアはそれまでは笑顔を浮かべて話していたが、最後にフォレスの事となると言い淀むように口を噤んだ。
 彼女が大好きだと言ったフォレスの景色は今はもう見る事はできない。街は先の戦いで炎上し、その後も再建されることなく打ち棄てられたままとなっていたからだ。
 その状況を何とかしたいと願い続けていたリーディアだったが、現状は実質的にウンダル全域はエリアスが実効支配していて、今の彼女にはその状況を覆す力はなかった。
 更に言えば亡命政府軍とはいえ、武力はトルスター軍に依存している状態だ。
 亡命政府を宣言して三年が経ち、ウンダル各地から反エリアス派が少しずつ集ってきてはいたが、それでも兵力は一〇〇〇名を少し越える程度でしかなかった。
 トゥーレの力を借りて反エリアスの軍を起こしたとしても、このままでは主力は亡命軍ではなくトルスター軍となってしまう。そうなればエリアスを簒奪者さんだつしゃとして糾弾する以前に、トゥーレに簒奪者の汚名を着せてしまうかも知れない。
 成り行きでリーディアが代表となってしまったが、それでも引き受けた以上トゥーレばかりに負担をかけるつもりはなく、戦いになれば自らも戦地に向かうつもりでいた。亡命政府軍の代表として戦場に立つためには、せめて三〇〇〇名は兵力を集めなければと考えていた。
 目に光を取り戻したリーディアは、冬の間も暇を見つけては鍛錬を怠らず、失った体力の回復に励んでいた。春になって外に出られるようになると、早速ミョウジョウに鞭を入れて鍛え始めている。そのお陰もあって彼女はフォレスにいた頃に近い所まで体力が回復していた。

「・・・・ィア、リーディア?」

 ついつい考え込んでいたらしい。
 気付けば心配そうなトゥーレの顔が彼女を覗き込んでいた。

「大丈夫かい?」

「ごめんなさい。少しフォレスの事を考えてしまいました」

 リーディアは憂い顔のまま笑顔を浮かべて北へと目を向けた。
 北はカモフの谷の出口にあたり、その先はウンダルへと繋がっている。
 ここからではフォレスは見えないが、ウンダル領の一部が薄らと見えている。
 ネアンの側を流れるセラーナ川はキンガ湖から唯一流れ出る川で、その先で大陸最長の川フェイルへと流れ込んでいく。そのフェイル川を下って三日も行けばかつてのフォレスへと辿り着く。
 たった三日の距離だったが、今のリーディアにとってはとてつもなく遠い距離だった。

「それにしても、お義父様とうさまの陵墓にしては随分と規模が小さく思えるのですけれど」

 ザオラルの陵墓に参拝した後、リーディアは素直な感想をこぼした。
 王国中に名声を轟かせたザオラルにしては、目の前のいしぶみは彼の実績を誇るような内容は一切なく、ただ彼の名と生没年が簡潔に記されているだけだった。
 使用されている石は最高級のものを使用しているが、碑は土台を含めてもトゥーレを少し越える程の高さしかない。整地された山頂の広さに比べて縄張りも小さく、墓陵と言うよりは石碑に近いように彼女には思えた。

「まあね」

 トゥーレにもリーディアが意図するところが伝わったのだろう。それに対する彼の返答はあっさりしたものだった。

「一応父上の墓陵なんだけど、ここに父上が眠っている訳ではないからね」

 当初、ザオラルの信奉者たちが立ち上げた計画では、生前のザオラルの名声に相応しい巨大な陵墓として計画されていたらしい。
 しかし計画を聞いたトゥーレが計画の変更を指示したのだ。
 オモロウの攻防戦でザオラルがたおれた際、トゥーレらは遺体の一部すら回収できずに撤退してきた。そのためザオラルの偉業を湛える墓を造っても、そこには空っぽの墓ができるだけだったからだ。

「体裁を整えるのは大事だとは思うけど、俺は父上を神格化するつもりはないよ。もしそんな事をすればヴァルハラで再会した時に父上から怒られてしまうからね」

 だから父の存在を忘れられないよう最低限度の規模で後世に伝えられればいい。トゥーレはそう言って肩を竦めた。
 このことはテオドーラやシルベストルも同意見らしく、トゥーレが出した計画変更案を二人とも全面的に支持をしたとの事だ。

「とてもお義父様らしいですね」

 天下に轟く名声がありながら決してそれをひけらかす事なく、またそれに驕ることなく自らを厳しく律してきたザオラルらしく感じたリーディアはにっこりと微笑んだ。

「トゥーレ様、わたくしからもお願いがあるのですが?」

 不意に思いつめたような表情に変わったリーディアが振り向くと、トゥーレをジッと見つめた。

「うん? どうした?」

 雰囲気の変わったリーディアを不審に思いながらも、トゥーレは優しげな表情を浮かべる。

「その、できなければ断って頂いてもよいのですけれど、ここに父様の碑も建てていただけませんか?」

「ここに!? いいのかい?」

「はい、代々ストランド家の墓所はお城の地下にありましたけれど、お城も街も燃えてしまったでしょう? 墓所も恐らく酷く荒らされていると思うのです。早く何とかしたいと思っていますが、今のままではフォレスを奪還できるのが何時になるか分かりません。もしかしたらわたくしの代では叶わない事かも知れません。あまりにもたもたしていれば父様の事が忘れ去られてしまいます。そうならないために父様の事を記しておきたいのです。
 もちろんカモフに父が来たのはわたくしが生まれるずっと前の一回きりだときいています。父とカモフのゆかりはそれほどではありません。なのでその、ご迷惑でなければでいいのです」

 最後は消え入りそうな小さな声だった。
 彼女が言うようにザオラルが領主を継いだ際に、オリヤンはそれを祝うために一度サザンを訪れていた。だがその後は機会に恵まれなかったため結局オリヤンが訪れたのはその一回きりだった。
 オリヤンの死後、ストランド家のごたごたによって父の名声が汚されてしまったとリーディアは感じていた。
 父が愛し居城としていたフォレスも炎上し、街は打ち棄てられたままとなっている。このままでは父の名が忘れ去られてしまうかも知れないとリーディアは恐れたのだった。

「分かった。君がそう望むなら俺としても反対する理由はない。ここに眠っている訳ではないとはいえ、父上もオリヤン様と一緒できて喜ぶと思うよ」

「ありがとう存じます」

 彼にとってもザオラル以上の名声を誇り、歴代最強とうたわれたオリヤンが正当に評価されないのは残念だと思っていた。そのためリーディアの願いをトゥーレはすぐに承認したのだった。



 山頂から戻ったトゥーレに、とある人物から訪問を告げる先触れが届いていた。

「げぇっ!」

 それを読んだトゥーレは人目をはばかる事なく、露骨に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるのだった。
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