《アルディラの風》ep2 ヤマトノクニの日の巫女

まろうど

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2-5 お汁粉の宴 完結

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2-5  お汁粉の宴

「玉響(たまゆら)殿にお願いがあります」
ヤマトノクニの攻めの要である、48代目神武の藍染(あいぜん)が真剣な面持ちで頭を下げた。
「おれにできることなら何でも」
藍染の話によると、9名の部下が鬼の呪いで重症を負っているそうだ。
彼等に気を打ち込み呪いを解除して欲しいとの要望だった。
「私からもお願いします」
神武と対をなす、守りの要である12代目日の巫女の沙茶(さちゃ)も頭を下げた。
「やれるだけのことをする」
おれの言葉に二人は安堵の表情を浮かべた。
吉野のヘイズル討伐に藍染が赴き、京都の鬼討伐に9名の討伐隊が赴いたそうだ。
おれは二人に案内され、バルコニーから負傷した討伐隊が治療を受けている部屋に向かった。
そこは巨大樹の外側に面している部屋だった。
「なにこれ?
悪化している」
沙茶の手が震えている。
治療室の扉を開けることを躊躇するほどに、そこには呪詛が溢れていた。
重い扉を開くと、呪詛が粘り気を持って廊下に溢れてくる。
扉はもちろん、床や天井にまで呪詛が侵食している。
そこには鬼の呪詛が身体に侵食している討伐隊と、彼等を治療する人達がいた。
「魔法を使っている物があれば、至急停止してくれ」
おれの要望に対処するように二人が指示を出すと、いくつかの魔道具が治療室から運び出された。
「おれが部屋の中に入ったら、この部屋を囲むように結界を貼れるか?」
呪詛の飛散を防ぐ必要がある。
「もちろんです。
私も一緒に入ります」
意を決して治療室に入る。
ねっとりとした空気が、まるで水の中にいるようだ。
呼吸をするたびに肺の中にまで呪詛が入ってくる。
沙茶が素早く結界を張る。
治療をしていた者達も結界の中に入ってもらった。
「さっきの技では衝撃が強すぎると思うのですが....」
地下で見せた霊光弾のことだろう。
「人間用の技があるから大丈夫だ」
沙茶はコクリと頷き、結界の強度を高めた。
おれは両手を前に出し、手のひらを開く。
集めた気を放出する。

《破邪、霊光波》

光の波が治療室を満たす。
沙茶の結界に反射して、霊光波が増幅されている。
討伐隊の身体に食い込んでいた呪詛が分解されていく。
「もう少し続けるぞ」
「はい」
呪詛で蝕まれた細胞が、少しずつ活性化していく。
元通りに戻る保証はないが、それでも後遺症がでない程度に回復するだろう。
霊光波の光が次第に弱まっていく。
「さすがに限界だな」
おれの体内の気がなくなりそうだ。
沙茶も額に汗が流れている。
笑っているが、彼女も限界だったのだろう。
おれは窓を開けて、風を取り入れた。
気持ちのいい風が治療室を抜けていく。
意識が朦朧としていた討伐隊の者達が目覚めていく。
感動している沙茶に注意を促す。
「ちょっと離れてもらえるか?」
キョトンとした顔で、沙茶が2、3歩後ろに下がった。
おれは両手で印を結んで、手のひらのチャクラを解放した。
轟!
音を立てて風が手のひらのチャクラに吸い込まれていく。
強い風にバランスを崩した沙茶を藍染が支える。
手を閉じて風が止むと、拳から光が溢れていた。
「驚かせて申し訳ないが、もう一度だけびっくりしてくれ」
「何をするのですか?」
沙茶の問いに答える前に、おれは技を発動してしまった。

「気功、風爆」

右手の指先に集めた気を、治療室の床に撃つ。
......何も起こらない。
「この周囲を浄化する」
おれの説明に皆が首を傾げた瞬間、爆発的に風が巻き起こった。
それは、人の悪意に直接衝撃を与え、魑魅魍魎を吹き飛ばす威力がある浄化の気だった。
幸いなことに、ここには悪意を持った者はいないようだ。
ただ、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔が並んでいるだけだった。
「はふっ」
疲労と驚きで、沙茶の緊張が解けてしまったようだ。
おれは左手に残っている気を沙茶に送ると、彼女もすぐに元気になった。
「晩餐会では、旨いお汁粉を頼むよ」
沙茶は溢れるほどの笑顔で
「任せて!」
と答えた。

当初の予定では、ヘイズルを討伐した玉響と、その仲間であるクリムゾン傭兵団に対しての御礼の意味の小さな晩餐会のはずだった。
ところが、蓋を開けてみると玉響の放つ気の威力は凄まじく、鬼の腕の再封印と討伐隊にかけられた呪詛の解除にも貢献したのだった。
結局のところ、大きな会場で大宴会になってしまった。
主賓の玉響がヤマトノクニの人たちと同じ民族であることも、原因のひとつだろう。
呑めや歌えやの大騒ぎになっていた。
沙茶は最初の挨拶を済ませると何処かに消えていたのだが、どんぶりを持って玉響のいるテーブルにやって来た。
「遅くなってごめんね」
相変わらず気さくな日の巫女が持って来たのは、玉響が熱望したお汁粉だった。
「つき立ての餅かい?」
「そうだよ」
「いただきます」
まずはあずきを食べてみる。
現世のあずきと比べて小粒のようだが、風味はこちらの方が濃厚だった。
「旨い!」
「でしょう」
自信満々で沙茶が見ている。
次はお餅にかぶりつく。
粘り気があって、甘味もあって、最高の餅だ。
「餅の甘味がたまらないな」
「ふふん」
おれはあっという間にお汁粉を完食していた。
「玉響はお汁粉が好物だったんだね」
ルーコラが空になったどんぶりを片付けてくれた。
「おれのお汁粉好きは大魔王級なんだ」
意味のわからないおれの言葉に、みんなが笑っていた。
満足そうなおれの顔を見て、傭兵達もお汁粉に興味を持ってようだ。
「まだあるよ。
食べますか?」
沙茶の言葉に、おれはもう一杯追加した。
傭兵達もお汁粉を食べた。
沙茶の作ったお汁粉は、優しい甘さで包んでくれた。
シメがお汁粉という、ちょっと変わった宴会になった。
久しぶりに食べたお汁粉は、おれの人生で一番旨いお汁粉だった。
「旨かったよ。
ご馳走さん!」
どんなもんだと沙茶が胸を張ってみせた。

翌朝、目が覚めると外は明るくなっていた。
昨日のお汁粉を夢の中でも食べていた。
夢の中でお代わりしなかったことが悔やまれる。
窓から差し込む朝日は、木漏れ日のように柔らかだった。
いや、木漏れ日そのものだな。
巨大樹の中にいるのだから。
おれ達傭兵団のみんなは、王宮の貴賓室に案内されていた。
手の込んだ彫刻が刻まれた家具が並ぶ大きなリビングと、畳敷きの寝室が4部屋あった。
貴賓室から階段を降りると、昨日のバルコニーに出られる。
おれがバルコニーに行くと、そこには早起きしたガングルジオンとトリィががいた。
「見て、巨大樹から薄い緑色の粒子が降ってくるの」
おれに色はわからないけど、トリィの言ってる意味はわかった。
「それはきっと、巨大樹のフィトンチッドだね」
フィトンチッドは樹木から発生される物質で、昆虫の動きを抑制するが、動物には元気を与える特徴があった。
森の爽やかな空気がそれだ。
ちなみに朝しか放出されない。
「フィトンチッド?」
ガングルジオンとトリィが首を傾げるので、おれは簡単に説明した。
「なるほど!
だから巨大樹のフィトンチッドは濃厚なのね」
トリィなりに理解してくれたようだ。
おれ達が朝の森林浴を楽しんでいる時に、沙茶がやって来た。
「おはようございます。
二日酔いの人はいませんか?」
昨夜の大宴会ではしこたま呑んでいる奴がいた。
「多分、おれ達以外は二日酔いだと思う」
おれの答えに沙茶は笑っていた。
「じゃあその方たちを叩き起こして、朝ご飯を食べてくださいね」
叩いたくらいで起きるのだろうか?
「トリィはルーコラを起こしてくれればいいけれど、おれ達は誰を起こすか決めないとな」
絶対にバキバキは起きないだろう。
ならば手加減はない。
おれとガングルジオンの真剣勝負が始まった。

結局、じゃんけんで負けたおれがバキバキを起こした。
起きたと言う表現が正しいのかわからないが、バキバキは目を擦りながら食堂まで歩いてきた。
完全に目が覚めたのは、肉の匂いを嗅いだ時だと思う。
食事が終われば、おれ達は風の大陸にある傭兵団の本拠地『レオスアンドベガス』に向けて出発する。

「ヤマトノクニに残ってくれませんか?」
ハーキュリーズに乗り込むおれの袖を引いて、沙茶が小さな声でわがままを言った。
名残惜しいが、そうはいかない理由がある。
「残ることはできないけど、おれの子種は吉野において来た。
目を掛けてやってくれ」
目をまんまるに見開いて、沙茶がほっぺを膨らませた。
「それ、どういうことですか?」
「また来る」
返事の代わりに別れの挨拶をした。
「待ってます。
ありがとうございました」
深々と頭を下げる沙茶に、傭兵団のみんなが手を振った。
ハーキュリーズがゆっくり高度を上げる。
沙茶も笑顔で手を振っていた。

超巨大樹の枝の間を抜けて、ハーキュリーズが更に高度を上げる。
見下ろせば、美しい森の中に神秘的な都市が見える。
海沿いの低地には水田が広がっている。
きっと、旨い米が獲れるのだろう。
ハーキュリーズは気流を捕まえて、風の大陸を目指した。

エピソード2  完




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