1 / 1
殺生変化
しおりを挟む
闇の中に硫黄臭が立ち込めている。
目を凝らすと、硫黄の臭いが見えるようだ。
腐った卵のような硫黄の匂いは、まるで周囲に無数の死体が転がっているような錯覚を覚える。
あながち、それは間違っていないのかもしれない。
江戸の昔、ここは戦場だった。
殺生石へと続く、賽の河原におれはいる。
月が雲に隠れた漆黒の闇の奥底に、紅い目が光る。
あいつが、おれを見据えている。
気高く、そして、憂いを含んだ気を感じる。
「やあ!
君に会いに来たんだ。
少し、話しができるかな?」
おれは、出来る限りの笑顔で声を掛けてみた。
彼女は、おれの言葉を無視する代わりに、強烈な殺気を叩きつけてきた。
身体中の毛穴から汗が噴き出す。
ぞわぞわと体毛が逆立っていく。
「....すごいな、これは」
ここで後ずさりはできない。
もう、狙われているからだ。
彼女の殺気が、扇状に九方へ伸びる。
伸びた殺気は、すべておれに向けられた。
手加減はないようだ。
闇の中で音もなく投げつけられる九本の槍の如く、彼女の殺気が時間差でおれを襲う。
最初の3本まではギリ避けた。
でも、もう回避行動は取れない。
彼女は、正確におれを追い詰めている。
火花を散らし、激しい金属音が闇に響く。
おれは、腰から引き抜いた短刀で、彼女の槍を打ち払った。
槍....正確には彼女の九本の尾だ。
雲の切れ間から月光が差し込む。
ほんの僅かな光でも、彼女の美しい白い身体は闇に浮かび上がる。
九尾の狐
玉藻の前
なんて呼べばいいのだろう?
そこには、大きく、気高く、美しいものがいた。
彼女は、美しく憎悪を孕んだ目で、おれを睨んだ。
しかし、美しい彼女の左頬には深い刀傷があった。
その昔、源の某に斬られた傷痕だ。
昔、和紙の里、烏山の城で玉藻の前と呼ばれ、楽しい日々を過ごしていた彼女。
しかしある日、その正体が妖狐であるとバレてしまった。
城を追われた玉藻の前は、逃げて逃げて那須の山まで来るが、そこで追っ手に斬り殺されてしまう。
それが、今に残る殺生石だ。
しかしながら、もののけには本来の意味の死はない。
時が経てば、また蘇る。
「また我を切りに来たのか?」
彼女の殺気が膨れ上がる。
「ちょっと待て!
これには刃が無い。
よく見ろ」
おれは手に持っている『香月青龍』(かげつせいりゅう)を彼女に見せた。
大きさは短刀であるが、その作りは刀には程遠い物だった。
細長い龍が、刃の無い刀身の背を抱き抱えている。
銀色に輝く、龍の彫り物のように見える。
「気を込めれば切ることも出来るが、おれは君を切るつもりはない」
彼女の殺気が憎悪に変わる。
やはり、おれの話は聞いていないようだ。
彼女の殺気のこもった尾の先が、岩を砕き山を削る。
次はおれがこうなるぞというデモンストレーションなのだろう。
力の無い者の話しを聞く必要はないか?
ならば、
『次元刀』
右手で柄を持ち、左手の二本指を刀身に添える。
体内を巡る気が、刀身を経由して巡り始める。
香月青龍には刃は必要ない。
刀身に溜め込んだ気で、大きな刃を作るからだ。
物ではないモノを切る刀。
それが香月青龍だ。
魂、悪意....
何を切るかは、おれが決める。
容赦なく振り下ろされる九本の尾。
強烈な連撃を弾いて凌ぐ。
おれに敵意のないことは分かっていると思うが、彼女の殺気が萎むことはない。
「こんな馬鹿デカイ攻撃を、いつまでも優しく受け流すと思うなよ」
風の気を、呼吸とともに取り込む。
取り込んだ気を、気道を通して掌にある風のチャクラに送る。
斬!
振り下ろされた香月青龍が彼女の尾を切り落とす。
切り捨てられた尾の先が、山を削って暴れている。
「ゴモラの尻尾と同じかよ」
彼女は尾を引いて防御の型になる。
殺気が膨れ上がる。
おれは間合いを開ける。
彼女が怒りに目が眩んでいる今がチャンス!
さらに風の気を取り込む。
さっきよりも強く気を練り上げる。
大上段に構える香月青龍を、おれは一気に振り下ろす。
『一刀万生』
斬撃が飛ぶ。
残りの八本の尾で防御するが、斬撃はすり抜けていく。
悲鳴を上げてうずくまる彼女を見て、おれは香月青龍を腰に戻す。
「今は少し痛いと思うけど、顔の傷とその痛みは消えると思う」
彼女の殺気が迷いに変わる。
「何をするか?」
怒りと戸惑いの混ざる目で、彼女はおれを見た。
「たとえ傷が消えるとも、人への恨みが消えることはない」
「構わないよ」
「.....なに?」
「どうせ、君が憎む人達はもういないし、世の中はすごく変わったんだよ」
彼女の傷が消えていく。
「そんなに人の世が変わるものか!」
彼女の心の傷は消えないだろうな。
おれはスマホを取り出した。
「ほら、こんなのが見られるんだぜ」
街の女の子のファッションが見られるサイトを開いた。
彼女の目がまん丸になった。
「な....なんだ、これは?」
やっぱり驚いている。
「君、玉藻の前っていう女の子になれるんだろう!
なってくれよ」
彼女はすうっと立ち上がり、美しい女性の姿に変わった。
いつの時代の着物であろうか。
派手さはないが、落ち着いて品のあるものだと分かる。
その手には、しっかりとスマホが握られている。
目は、スマホから離れない。
「他のも見られるんだぞ」
スクロールの仕方を教えてあげると、彼女は食い入るようにスマホを見続けた。
「なぁ、たまも。
しばらく、おれのところで、今の人の暮らしを知ってみないか?
分かった上で、人を憎むならしょうがない。
でも、無差別に憎むのはダメだよ」
彼女に言葉はない。
深く考えているようだ。
おれは、彼女の答えをゆっくりと待った。
しばらくすると、決心したように、彼女が顔を上げた。
綺麗な顔をしている。
赤い唇から、小さな声が漏れた。
「この服を着てみたい」
恥ずかしそうに差し出すスマホには、ワンピースを着た女性が写っていた。
「似合うと思うよ」
彼女は、少し笑ったようだ。
化け物退治を生業とするおれの家は、時折、優秀なもののけを助手として使うこともある。
しかし、彼女ほどの大妖では、どっちが主で、どっちが従かわからなくなりそうだ。
とりあえず、帰りにイオンに寄ってみよう。
玉藻が気にいるワンピースがあるといいな。
目を凝らすと、硫黄の臭いが見えるようだ。
腐った卵のような硫黄の匂いは、まるで周囲に無数の死体が転がっているような錯覚を覚える。
あながち、それは間違っていないのかもしれない。
江戸の昔、ここは戦場だった。
殺生石へと続く、賽の河原におれはいる。
月が雲に隠れた漆黒の闇の奥底に、紅い目が光る。
あいつが、おれを見据えている。
気高く、そして、憂いを含んだ気を感じる。
「やあ!
君に会いに来たんだ。
少し、話しができるかな?」
おれは、出来る限りの笑顔で声を掛けてみた。
彼女は、おれの言葉を無視する代わりに、強烈な殺気を叩きつけてきた。
身体中の毛穴から汗が噴き出す。
ぞわぞわと体毛が逆立っていく。
「....すごいな、これは」
ここで後ずさりはできない。
もう、狙われているからだ。
彼女の殺気が、扇状に九方へ伸びる。
伸びた殺気は、すべておれに向けられた。
手加減はないようだ。
闇の中で音もなく投げつけられる九本の槍の如く、彼女の殺気が時間差でおれを襲う。
最初の3本まではギリ避けた。
でも、もう回避行動は取れない。
彼女は、正確におれを追い詰めている。
火花を散らし、激しい金属音が闇に響く。
おれは、腰から引き抜いた短刀で、彼女の槍を打ち払った。
槍....正確には彼女の九本の尾だ。
雲の切れ間から月光が差し込む。
ほんの僅かな光でも、彼女の美しい白い身体は闇に浮かび上がる。
九尾の狐
玉藻の前
なんて呼べばいいのだろう?
そこには、大きく、気高く、美しいものがいた。
彼女は、美しく憎悪を孕んだ目で、おれを睨んだ。
しかし、美しい彼女の左頬には深い刀傷があった。
その昔、源の某に斬られた傷痕だ。
昔、和紙の里、烏山の城で玉藻の前と呼ばれ、楽しい日々を過ごしていた彼女。
しかしある日、その正体が妖狐であるとバレてしまった。
城を追われた玉藻の前は、逃げて逃げて那須の山まで来るが、そこで追っ手に斬り殺されてしまう。
それが、今に残る殺生石だ。
しかしながら、もののけには本来の意味の死はない。
時が経てば、また蘇る。
「また我を切りに来たのか?」
彼女の殺気が膨れ上がる。
「ちょっと待て!
これには刃が無い。
よく見ろ」
おれは手に持っている『香月青龍』(かげつせいりゅう)を彼女に見せた。
大きさは短刀であるが、その作りは刀には程遠い物だった。
細長い龍が、刃の無い刀身の背を抱き抱えている。
銀色に輝く、龍の彫り物のように見える。
「気を込めれば切ることも出来るが、おれは君を切るつもりはない」
彼女の殺気が憎悪に変わる。
やはり、おれの話は聞いていないようだ。
彼女の殺気のこもった尾の先が、岩を砕き山を削る。
次はおれがこうなるぞというデモンストレーションなのだろう。
力の無い者の話しを聞く必要はないか?
ならば、
『次元刀』
右手で柄を持ち、左手の二本指を刀身に添える。
体内を巡る気が、刀身を経由して巡り始める。
香月青龍には刃は必要ない。
刀身に溜め込んだ気で、大きな刃を作るからだ。
物ではないモノを切る刀。
それが香月青龍だ。
魂、悪意....
何を切るかは、おれが決める。
容赦なく振り下ろされる九本の尾。
強烈な連撃を弾いて凌ぐ。
おれに敵意のないことは分かっていると思うが、彼女の殺気が萎むことはない。
「こんな馬鹿デカイ攻撃を、いつまでも優しく受け流すと思うなよ」
風の気を、呼吸とともに取り込む。
取り込んだ気を、気道を通して掌にある風のチャクラに送る。
斬!
振り下ろされた香月青龍が彼女の尾を切り落とす。
切り捨てられた尾の先が、山を削って暴れている。
「ゴモラの尻尾と同じかよ」
彼女は尾を引いて防御の型になる。
殺気が膨れ上がる。
おれは間合いを開ける。
彼女が怒りに目が眩んでいる今がチャンス!
さらに風の気を取り込む。
さっきよりも強く気を練り上げる。
大上段に構える香月青龍を、おれは一気に振り下ろす。
『一刀万生』
斬撃が飛ぶ。
残りの八本の尾で防御するが、斬撃はすり抜けていく。
悲鳴を上げてうずくまる彼女を見て、おれは香月青龍を腰に戻す。
「今は少し痛いと思うけど、顔の傷とその痛みは消えると思う」
彼女の殺気が迷いに変わる。
「何をするか?」
怒りと戸惑いの混ざる目で、彼女はおれを見た。
「たとえ傷が消えるとも、人への恨みが消えることはない」
「構わないよ」
「.....なに?」
「どうせ、君が憎む人達はもういないし、世の中はすごく変わったんだよ」
彼女の傷が消えていく。
「そんなに人の世が変わるものか!」
彼女の心の傷は消えないだろうな。
おれはスマホを取り出した。
「ほら、こんなのが見られるんだぜ」
街の女の子のファッションが見られるサイトを開いた。
彼女の目がまん丸になった。
「な....なんだ、これは?」
やっぱり驚いている。
「君、玉藻の前っていう女の子になれるんだろう!
なってくれよ」
彼女はすうっと立ち上がり、美しい女性の姿に変わった。
いつの時代の着物であろうか。
派手さはないが、落ち着いて品のあるものだと分かる。
その手には、しっかりとスマホが握られている。
目は、スマホから離れない。
「他のも見られるんだぞ」
スクロールの仕方を教えてあげると、彼女は食い入るようにスマホを見続けた。
「なぁ、たまも。
しばらく、おれのところで、今の人の暮らしを知ってみないか?
分かった上で、人を憎むならしょうがない。
でも、無差別に憎むのはダメだよ」
彼女に言葉はない。
深く考えているようだ。
おれは、彼女の答えをゆっくりと待った。
しばらくすると、決心したように、彼女が顔を上げた。
綺麗な顔をしている。
赤い唇から、小さな声が漏れた。
「この服を着てみたい」
恥ずかしそうに差し出すスマホには、ワンピースを着た女性が写っていた。
「似合うと思うよ」
彼女は、少し笑ったようだ。
化け物退治を生業とするおれの家は、時折、優秀なもののけを助手として使うこともある。
しかし、彼女ほどの大妖では、どっちが主で、どっちが従かわからなくなりそうだ。
とりあえず、帰りにイオンに寄ってみよう。
玉藻が気にいるワンピースがあるといいな。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる