Rabbit bride 2085 外伝 《ミッドガルド乱 2023》

まろうど

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殺生変化

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闇の中に硫黄臭が立ち込めている。

目を凝らすと、硫黄の臭いが見えるようだ。

腐った卵のような硫黄の匂いは、まるで周囲に無数の死体が転がっているような錯覚を覚える。

あながち、それは間違っていないのかもしれない。

江戸の昔、ここは戦場だった。

殺生石へと続く、賽の河原におれはいる。

月が雲に隠れた漆黒の闇の奥底に、紅い目が光る。

あいつが、おれを見据えている。

気高く、そして、憂いを含んだ気を感じる。

「やあ!
君に会いに来たんだ。

少し、話しができるかな?」

おれは、出来る限りの笑顔で声を掛けてみた。

彼女は、おれの言葉を無視する代わりに、強烈な殺気を叩きつけてきた。

身体中の毛穴から汗が噴き出す。

ぞわぞわと体毛が逆立っていく。

「....すごいな、これは」

ここで後ずさりはできない。

もう、狙われているからだ。

彼女の殺気が、扇状に九方へ伸びる。

伸びた殺気は、すべておれに向けられた。

手加減はないようだ。

闇の中で音もなく投げつけられる九本の槍の如く、彼女の殺気が時間差でおれを襲う。

最初の3本まではギリ避けた。

でも、もう回避行動は取れない。

彼女は、正確におれを追い詰めている。

火花を散らし、激しい金属音が闇に響く。

おれは、腰から引き抜いた短刀で、彼女の槍を打ち払った。

槍....正確には彼女の九本の尾だ。

雲の切れ間から月光が差し込む。

ほんの僅かな光でも、彼女の美しい白い身体は闇に浮かび上がる。

九尾の狐

玉藻の前

なんて呼べばいいのだろう?

そこには、大きく、気高く、美しいものがいた。

彼女は、美しく憎悪を孕んだ目で、おれを睨んだ。

しかし、美しい彼女の左頬には深い刀傷があった。

その昔、源の某に斬られた傷痕だ。

昔、和紙の里、烏山の城で玉藻の前と呼ばれ、楽しい日々を過ごしていた彼女。

しかしある日、その正体が妖狐であるとバレてしまった。

城を追われた玉藻の前は、逃げて逃げて那須の山まで来るが、そこで追っ手に斬り殺されてしまう。

それが、今に残る殺生石だ。

しかしながら、もののけには本来の意味の死はない。

時が経てば、また蘇る。

「また我を切りに来たのか?」

彼女の殺気が膨れ上がる。

「ちょっと待て!
これには刃が無い。

よく見ろ」

おれは手に持っている『香月青龍』(かげつせいりゅう)を彼女に見せた。

大きさは短刀であるが、その作りは刀には程遠い物だった。

細長い龍が、刃の無い刀身の背を抱き抱えている。

銀色に輝く、龍の彫り物のように見える。

「気を込めれば切ることも出来るが、おれは君を切るつもりはない」

彼女の殺気が憎悪に変わる。

やはり、おれの話は聞いていないようだ。

彼女の殺気のこもった尾の先が、岩を砕き山を削る。

次はおれがこうなるぞというデモンストレーションなのだろう。

力の無い者の話しを聞く必要はないか?

ならば、

『次元刀』

右手で柄を持ち、左手の二本指を刀身に添える。

体内を巡る気が、刀身を経由して巡り始める。

香月青龍には刃は必要ない。

刀身に溜め込んだ気で、大きな刃を作るからだ。

物ではないモノを切る刀。

それが香月青龍だ。

魂、悪意....

何を切るかは、おれが決める。

容赦なく振り下ろされる九本の尾。

強烈な連撃を弾いて凌ぐ。

おれに敵意のないことは分かっていると思うが、彼女の殺気が萎むことはない。

「こんな馬鹿デカイ攻撃を、いつまでも優しく受け流すと思うなよ」

風の気を、呼吸とともに取り込む。

取り込んだ気を、気道を通して掌にある風のチャクラに送る。

斬!

振り下ろされた香月青龍が彼女の尾を切り落とす。

切り捨てられた尾の先が、山を削って暴れている。

「ゴモラの尻尾と同じかよ」

彼女は尾を引いて防御の型になる。

殺気が膨れ上がる。

おれは間合いを開ける。

彼女が怒りに目が眩んでいる今がチャンス!

さらに風の気を取り込む。

さっきよりも強く気を練り上げる。

大上段に構える香月青龍を、おれは一気に振り下ろす。

『一刀万生』

斬撃が飛ぶ。

残りの八本の尾で防御するが、斬撃はすり抜けていく。

悲鳴を上げてうずくまる彼女を見て、おれは香月青龍を腰に戻す。

「今は少し痛いと思うけど、顔の傷とその痛みは消えると思う」

彼女の殺気が迷いに変わる。

「何をするか?」

怒りと戸惑いの混ざる目で、彼女はおれを見た。

「たとえ傷が消えるとも、人への恨みが消えることはない」

「構わないよ」

「.....なに?」

「どうせ、君が憎む人達はもういないし、世の中はすごく変わったんだよ」

彼女の傷が消えていく。

「そんなに人の世が変わるものか!」

彼女の心の傷は消えないだろうな。

おれはスマホを取り出した。

「ほら、こんなのが見られるんだぜ」

街の女の子のファッションが見られるサイトを開いた。

彼女の目がまん丸になった。

「な....なんだ、これは?」

やっぱり驚いている。

「君、玉藻の前っていう女の子になれるんだろう!

なってくれよ」

彼女はすうっと立ち上がり、美しい女性の姿に変わった。

いつの時代の着物であろうか。

派手さはないが、落ち着いて品のあるものだと分かる。

その手には、しっかりとスマホが握られている。

目は、スマホから離れない。

「他のも見られるんだぞ」

スクロールの仕方を教えてあげると、彼女は食い入るようにスマホを見続けた。

「なぁ、たまも。

しばらく、おれのところで、今の人の暮らしを知ってみないか?

分かった上で、人を憎むならしょうがない。

でも、無差別に憎むのはダメだよ」

彼女に言葉はない。

深く考えているようだ。

おれは、彼女の答えをゆっくりと待った。

しばらくすると、決心したように、彼女が顔を上げた。

綺麗な顔をしている。

赤い唇から、小さな声が漏れた。

「この服を着てみたい」

恥ずかしそうに差し出すスマホには、ワンピースを着た女性が写っていた。

「似合うと思うよ」

彼女は、少し笑ったようだ。

化け物退治を生業とするおれの家は、時折、優秀なもののけを助手として使うこともある。

しかし、彼女ほどの大妖では、どっちが主で、どっちが従かわからなくなりそうだ。

とりあえず、帰りにイオンに寄ってみよう。

玉藻が気にいるワンピースがあるといいな。
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