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3 共に歩むもの
3-2 運動
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「薫さん、指輪は?」
「……昨日も言ったろう。君の前で『アレ』をつける意味はもうあまりない。」
葵は食事をしている私の左手薬指をジロジロ見ながら率直に聞いてくる。
「それで、どこに行きたい?」
話を逸らすために話題を変えた。指輪のことは今これ以上言う必要はあまりない。
仕事や学校の時は外出時の服を着てのご飯だが、今日はどちらもまだ就寝着のままだ。私は上下スウェットなのだが、葵は『ザ・パジャマ』の形の就寝着を着ている。やはりコイツが私より頭がいいとは思えない。人は見かけによらぬものと言うが見かけによらなさすぎる。
「うーん、最近ずっと勉強詰めだったから久しぶりに身体動かしたい!」
「うっ……。」
私のこの反応をみても分かる通り、私は運動が大の苦手だ。弓道部は体を動かすためでは無く、精神力を鍛えるために入ったからだ。もちろん体力づくりは必要だが、弓は骨で引く、という言葉の通りに練習し、余計な所作をなるべくなくした。なので私の場合は運動を抑え精神力で賄った。まあ、普通の人はそんな練習はしないだろうし、あまり真似するべきものではない。下手をすれば弓道をしている人間に怒られるやり方かもしれない。
「分かった。何のスポーツだ?」
先程のことを思い出し今日はなるべく葵に従順であることを誓い渋々ながらも了承する。
「そりゃあもちろんバドミントンよ!」
葵は人差し指をぴんと立てて威張るようなポーズをとる。
「……もちろん?」
「あれ、昨日言ってなかったかな。俺中高でバド部だったんだ。」
「あぁ……。」
私の脳内は「コイツに今日ボコボコにされるんだな」と悟った。これは明日動けなくなるのを覚悟したほうが良さそうだ。連休であることは幸いだろう。
「あ、運動できないからって心配してる?大丈夫大丈夫、ちゃんと手加減するから。」
「そうしてくれ……。」
不本意だが、ここは葵の言葉に甘えないと無理だな……。
あまり私服がないのでなんとなく買ったシャツを着ようとすると葵が運動をするんだから!とやたら本格的なインナーとTシャツを渡された。運動もできないのにそんなしっかりしたものは着られないとTシャツだけ受け取る。ここにきて首の詰まった服ばかり持っていることが凶と出たか。身長は大体変わらないとはいえ服を借りるのは申し訳なかった。結局落ち着かず、上からファスナータイプのフードが盛り上がっていない薄手のパーカーを羽織った。髪型はいつもよりもラフにセットした。どうせセットしたところで激しく運動してしまうし、オンオフの切り替えはつけたい。
愛車を走らせ大きな運動公園に行く。シャトルとラケットは葵が現役時代に使っていたらしいものを一本拝借し使わせてもらうことになった。
(意外としっかりしているな……。)
太めのグリップにガットの張りはそれなりにある。昔体育の授業で持ったラケットよりも軽い印象を受けた。それなりにカスタムされたラケットを持って部活にもきちんと精を出していたのだな、と感心する。もちろん部活動をする以上『マイラケット』という類を持つのは当たり前だろうが二本以上持っているあたり、打ちやすいものに改良していったことが窺える。
私は家を出る際に付けてきた指輪を再度外して少し乱暴にポケットに入れた。すぐ隣で準備をしていた葵はその行動をまた不思議そうに見つめた。
「え、また外すの……?」
「運動中は邪魔になるだろ。」
「そう……?」
私は葵の言葉を無視して泰然と準備を進めた。
「ぉ゛えぇ゛………。」
「いやまさか薫さんがここまで運動出来ないとは予想外だったよ!」
「デカい声でハツラツと言うな……。」
公園に設置されているベンチに沈み込み吐きかけている私を葵はあっけらかんと見ていた。すぐに私の隣に腰を下ろす。
「ごめんね、付き合わせちゃって。」
私は運動後の乾いた喉をなんとか鳴らして返事をする。葵は持ってきていた水筒を渡した。ありがとう、と一つ返事をする。
「……いや、構わない。言い出したのは私だからな。」
私はバドミントンの才能がとことん無いらしく来る羽根を打ち返しても全部自陣地の地面に落ちる。葵曰く「ここまで下手な人、体育でも見たことない。」……らしい。正直、返す言葉がない。
「……まあ、君が楽しいならそれで構わんが……。私なんかとやっても楽しくないだろう。」
何故なら打った羽根が返ってくることなんて稀なのだから。これなら打ちっぱなしで練習する方が余程有意義だろう。
「ん?楽しいよ?薫さん見てるの。」
「…………」
ナ メ ら れ て い る ?
完全に舐められている気がするのだが。確実に私の運動音痴であれやこれやと動いている姿を笑っているに違いない。ものすごくキレたい。
「薫さん、なんか勘違いしてない……?!」
葵を見る私の顔が余程疑念に満ちた目だったのか、葵は必死に弁明する。
「薫さんってなんでもできちゃうじゃないですか。芯も強いししっかりと自分の意見は主張できる。英語もめちゃくちゃ堪能だし。なんかこう、完璧な人ってイメージが強い。でもこうやって出来ないものを見るとああ、薫さんも人間なんだな、って思って。なんか身近な感じがして嬉しくって。」
「……褒めても何も出んぞ?」
ここまで人を上げて、何かして欲しいことがあるのかと思う。別にそれは構わないのだが。
「ホントだって~!薫さん、猜疑心が強いというか、素直に認めないよね。」
「……ヒトの口から出た事なんて、どれが本当か分からないからな。」
「まあ、確かに。」
葵は雲の多い青空を見上げてゆるゆると返事をする。
私は左手薬指を見つめ、さすさすと擦り目だけを葵の方に動かしては伏せる。
「…………葵」
「さ、薫さん。もう一回やりましょ!」
遮るように葵はぴょんと軽々しく椅子から離れて向かい合ってニコリと笑いこちらを見る。恐らく、私の声は聞こえていなかった。
「……あぁ。」
私は重たい腰を上げて、ベンチに立てかけていた葵のラケットを握った。
「し、死ぬかと思った……。」
「アハハ!死なないよ運動じゃあ。逆に健康になれるよ。……でもありがと。苦手なのに付き合ってくれて。お陰で楽しかった。」
車に乗り込みハンドルの上部分に手を乗せその上に更に自分の額を乗せる。一年分の運動をした気がする。そんな私を葵は申し訳なさそうに見つめた。
「元々付き合うと言ったのは私の方だ。君の気にすることではない。それより、もう昼時だ。何か食べたいものはあるか?」
朝から激しい運動をしたせいで正直体力は無く、午後の予定が心配だが、とにかく今は昼食のことを考えよう。
「うーん……。特別食べたいものはないけど……。あっ!あそこがある!」
「あそこ……?」
「この辺にちょっと前に出来たカフェがあるんだ。そこで前食べたホットドッグが美味しくて!ランチもあるからガッツリも食べられるしちょうど良いかも!」
「なるほど。」
カフェか。大抵のものはデリで頼んでしまうし、そもそもあまり外の店にデリ以外で直接行く主義では無いのだがたまにはこうしてドライビングするのも悪くないのかもしれない。……と思うが自分にそんな趣味は無いので一人では楽しくないのだろうなとすぐに考え直す。そうしてすぐに『二人でいること』に慣れてしまっているのだと再度認識した。
(話さないと、いけないのだろうな。)
『メアリ』から少しでも解放されるという嬉しさと、絆されているという事実が入り混じり混沌と化している。
「薫さーん?」
葵の声でハッとする。考え込みすぎたようだ。今は目の前のことに集中せねば。
「あ、ああ、すまない。道案内は出来るかね?」
「多分出来るよ!」
葵の言葉を信じて私は両手でハンドルを握った。
「……昨日も言ったろう。君の前で『アレ』をつける意味はもうあまりない。」
葵は食事をしている私の左手薬指をジロジロ見ながら率直に聞いてくる。
「それで、どこに行きたい?」
話を逸らすために話題を変えた。指輪のことは今これ以上言う必要はあまりない。
仕事や学校の時は外出時の服を着てのご飯だが、今日はどちらもまだ就寝着のままだ。私は上下スウェットなのだが、葵は『ザ・パジャマ』の形の就寝着を着ている。やはりコイツが私より頭がいいとは思えない。人は見かけによらぬものと言うが見かけによらなさすぎる。
「うーん、最近ずっと勉強詰めだったから久しぶりに身体動かしたい!」
「うっ……。」
私のこの反応をみても分かる通り、私は運動が大の苦手だ。弓道部は体を動かすためでは無く、精神力を鍛えるために入ったからだ。もちろん体力づくりは必要だが、弓は骨で引く、という言葉の通りに練習し、余計な所作をなるべくなくした。なので私の場合は運動を抑え精神力で賄った。まあ、普通の人はそんな練習はしないだろうし、あまり真似するべきものではない。下手をすれば弓道をしている人間に怒られるやり方かもしれない。
「分かった。何のスポーツだ?」
先程のことを思い出し今日はなるべく葵に従順であることを誓い渋々ながらも了承する。
「そりゃあもちろんバドミントンよ!」
葵は人差し指をぴんと立てて威張るようなポーズをとる。
「……もちろん?」
「あれ、昨日言ってなかったかな。俺中高でバド部だったんだ。」
「あぁ……。」
私の脳内は「コイツに今日ボコボコにされるんだな」と悟った。これは明日動けなくなるのを覚悟したほうが良さそうだ。連休であることは幸いだろう。
「あ、運動できないからって心配してる?大丈夫大丈夫、ちゃんと手加減するから。」
「そうしてくれ……。」
不本意だが、ここは葵の言葉に甘えないと無理だな……。
あまり私服がないのでなんとなく買ったシャツを着ようとすると葵が運動をするんだから!とやたら本格的なインナーとTシャツを渡された。運動もできないのにそんなしっかりしたものは着られないとTシャツだけ受け取る。ここにきて首の詰まった服ばかり持っていることが凶と出たか。身長は大体変わらないとはいえ服を借りるのは申し訳なかった。結局落ち着かず、上からファスナータイプのフードが盛り上がっていない薄手のパーカーを羽織った。髪型はいつもよりもラフにセットした。どうせセットしたところで激しく運動してしまうし、オンオフの切り替えはつけたい。
愛車を走らせ大きな運動公園に行く。シャトルとラケットは葵が現役時代に使っていたらしいものを一本拝借し使わせてもらうことになった。
(意外としっかりしているな……。)
太めのグリップにガットの張りはそれなりにある。昔体育の授業で持ったラケットよりも軽い印象を受けた。それなりにカスタムされたラケットを持って部活にもきちんと精を出していたのだな、と感心する。もちろん部活動をする以上『マイラケット』という類を持つのは当たり前だろうが二本以上持っているあたり、打ちやすいものに改良していったことが窺える。
私は家を出る際に付けてきた指輪を再度外して少し乱暴にポケットに入れた。すぐ隣で準備をしていた葵はその行動をまた不思議そうに見つめた。
「え、また外すの……?」
「運動中は邪魔になるだろ。」
「そう……?」
私は葵の言葉を無視して泰然と準備を進めた。
「ぉ゛えぇ゛………。」
「いやまさか薫さんがここまで運動出来ないとは予想外だったよ!」
「デカい声でハツラツと言うな……。」
公園に設置されているベンチに沈み込み吐きかけている私を葵はあっけらかんと見ていた。すぐに私の隣に腰を下ろす。
「ごめんね、付き合わせちゃって。」
私は運動後の乾いた喉をなんとか鳴らして返事をする。葵は持ってきていた水筒を渡した。ありがとう、と一つ返事をする。
「……いや、構わない。言い出したのは私だからな。」
私はバドミントンの才能がとことん無いらしく来る羽根を打ち返しても全部自陣地の地面に落ちる。葵曰く「ここまで下手な人、体育でも見たことない。」……らしい。正直、返す言葉がない。
「……まあ、君が楽しいならそれで構わんが……。私なんかとやっても楽しくないだろう。」
何故なら打った羽根が返ってくることなんて稀なのだから。これなら打ちっぱなしで練習する方が余程有意義だろう。
「ん?楽しいよ?薫さん見てるの。」
「…………」
ナ メ ら れ て い る ?
完全に舐められている気がするのだが。確実に私の運動音痴であれやこれやと動いている姿を笑っているに違いない。ものすごくキレたい。
「薫さん、なんか勘違いしてない……?!」
葵を見る私の顔が余程疑念に満ちた目だったのか、葵は必死に弁明する。
「薫さんってなんでもできちゃうじゃないですか。芯も強いししっかりと自分の意見は主張できる。英語もめちゃくちゃ堪能だし。なんかこう、完璧な人ってイメージが強い。でもこうやって出来ないものを見るとああ、薫さんも人間なんだな、って思って。なんか身近な感じがして嬉しくって。」
「……褒めても何も出んぞ?」
ここまで人を上げて、何かして欲しいことがあるのかと思う。別にそれは構わないのだが。
「ホントだって~!薫さん、猜疑心が強いというか、素直に認めないよね。」
「……ヒトの口から出た事なんて、どれが本当か分からないからな。」
「まあ、確かに。」
葵は雲の多い青空を見上げてゆるゆると返事をする。
私は左手薬指を見つめ、さすさすと擦り目だけを葵の方に動かしては伏せる。
「…………葵」
「さ、薫さん。もう一回やりましょ!」
遮るように葵はぴょんと軽々しく椅子から離れて向かい合ってニコリと笑いこちらを見る。恐らく、私の声は聞こえていなかった。
「……あぁ。」
私は重たい腰を上げて、ベンチに立てかけていた葵のラケットを握った。
「し、死ぬかと思った……。」
「アハハ!死なないよ運動じゃあ。逆に健康になれるよ。……でもありがと。苦手なのに付き合ってくれて。お陰で楽しかった。」
車に乗り込みハンドルの上部分に手を乗せその上に更に自分の額を乗せる。一年分の運動をした気がする。そんな私を葵は申し訳なさそうに見つめた。
「元々付き合うと言ったのは私の方だ。君の気にすることではない。それより、もう昼時だ。何か食べたいものはあるか?」
朝から激しい運動をしたせいで正直体力は無く、午後の予定が心配だが、とにかく今は昼食のことを考えよう。
「うーん……。特別食べたいものはないけど……。あっ!あそこがある!」
「あそこ……?」
「この辺にちょっと前に出来たカフェがあるんだ。そこで前食べたホットドッグが美味しくて!ランチもあるからガッツリも食べられるしちょうど良いかも!」
「なるほど。」
カフェか。大抵のものはデリで頼んでしまうし、そもそもあまり外の店にデリ以外で直接行く主義では無いのだがたまにはこうしてドライビングするのも悪くないのかもしれない。……と思うが自分にそんな趣味は無いので一人では楽しくないのだろうなとすぐに考え直す。そうしてすぐに『二人でいること』に慣れてしまっているのだと再度認識した。
(話さないと、いけないのだろうな。)
『メアリ』から少しでも解放されるという嬉しさと、絆されているという事実が入り混じり混沌と化している。
「薫さーん?」
葵の声でハッとする。考え込みすぎたようだ。今は目の前のことに集中せねば。
「あ、ああ、すまない。道案内は出来るかね?」
「多分出来るよ!」
葵の言葉を信じて私は両手でハンドルを握った。
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