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6 ordeal and reliance
6-7 鈍い煌めき
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しかしそれに首をかける勇気だけが湧いて来ず、麻縄を握っては離しベッドに座った。
「どうして、生きようとしているのだ、私は。」
そうして幾度も悶々とした後、スマホのディスプレイを見れば時刻は昼時前。早く、早くしなければ。
麻縄をグイ、と引っ張ったその時、麻縄を持っていた手首もグイと引っ張られた。
「何やってんだよ!」
「ッ……!」
そこには見たこともない剣幕な様子で私を見る葵がいた。私はそんな葵もお構いなしに突き放そうともがいた。
「は、なせッ……!」
「うわッ!?」
私に押された衝撃で葵はバランスを崩しそのまま尻もちをついた。その姿が、まるで昔の自分のようで眩暈がする。
「ッ……!」
よたよたと後ろに下がりその場にへたり込んだ。最期の最期になってまで私はこの悪夢と連れ添わなければいけないのかと、まるで蔦でも巻き付いたかのように身体が硬直した。
「アンタ、マジで何してんだよ……!」
「……見て分からないか。」
「俺が聞きたいのはそんなことじゃ」
「君に!私の何が分かる!『なんとなく』で家族を殺された、私の……何が分かる?」
以前言って葵が言い返せなかった言葉の羅列を私はもう一度放つ。こんな面倒な私を見て、身を引いてくれればそれで良かった。
葵は私の怒号に気圧され萎縮する。食糧が与えられない犬のようなその姿を見ればまるで私が飼い主で、コイツを残して逝くのか、という錯覚を覚える。そんなことを考える私もまた嫌で頭をぐしゃぐしゃと掻き乱した。髪の毛があちらこちらへと跳ね縺れる。
「私は……全てを捨ててきた。対人関係も、娯楽も、剰え自分の身も。それでも構わなかった。人から構われなくなろうが、自分の人生が楽しくなかろうが、自分の身にどんな烙印を残そうが、どうでもよかった。それで事件の真相が掴めるのなら。…………家族が夢でヒントを教えてくれた時はやっと真相に近づけると、嬉しくてたまらなかった。やっと、家族にきちんと顔を合わせられると思った。だが結局、飛渡跳自は法に裁かれる事なく、自ら命を絶った。自分の意思で自分を消した。賢明な判断だよ、全く。…………なあ葵。残された遺族の気持ちは、どうなる?法に生きてきた男が法で人を捌けず、追ってきたものは全て手の内から零れ落ち、目標を失った今、私に生きる価値が見出せるとでも?」
「……法で裁けなくしたのは、俺の責任。蓬本薫の弁護士補佐である、俺の。飛渡跳自を自殺するまでに追い込んだ、情報公開しようって言ったのは、俺だよ。」
「ゴーサインを出したのは私だ。私から許可を取らなければ、立場上私より下の君はそれに逆らえない。逆らってさえくれれば、君のせいだと擦りつけられたのだがな………。」
葵の擁護に、私は自嘲の意を存分に込めて喉を鳴らした。
「『なんとなく』で家族は殺された。それを私は救えなかった。……死んだ後私は家族にどんな顔を向ければいい?わた、しは……、俺は、僕は………っ!毎日のように見る夢すら曖昧で振り回され、まともな生活も送れない、なり損ないの、僕が……!」
気づいてしまった。
そうだ、死んだら家族に会えるとばかり思っていたが、そもそもこんな成り損ないに家族と会う権限などあるのか?死んでも行き場がないと思うともう訳がわからなくなり頭を抱えた。
生きることが苦しい。
死ぬことも辛い。
私という存在が分からない。
「薫さん!」
距離のあるところにいたはずの葵が私の肩をがっしりと掴み、強請る。首が座らなくなるほど軟弱になってしまった私はそんな衝撃にぐらぐらと揺れる。
しかし脳裏に一瞬だけ浮かび上がった『アレ』を思い出して私は再び葵を突き放した。
「いッ……!」
激しく揺さぶられたせいでふわふわする脳内をなんとか制御しながら、覚束ない足取りで机に向かう。引き出しの中から『アレ』をゆっくりと取り出した。
「ッ……。……!?か、薫さん!」
「来るなッ……!死にたいんだよ、『僕』は……っ!」
私の手には、ギラリと光る金属があった。言うまでもない、包丁だ。首吊り用に使う麻縄を切れるハサミがなく、手頃なものを探した時に台所から持ち出したものだ。
刃先を自分の方に向けてそれをキッと睨んだ。部屋が暗いせいかその切先はそう輝かない。
息を吸うと同時にそれを天高くに持ち上げる。見上げた先の鈍い光を見て息が止まる。あとは振り下ろせばいいだけ。それだけなのに。それだけが出来ない。
『俺を弟子にしてください!』
『お、マジで!?米だ米だ~!』
『あっはぁ!ごめんなさぁい!』
『さーてお家ですよ、薫さん。ご飯作るから元気出して!』
『とにかく惚れ直した!俺、薫さんの支えになりたい!』
『俺とペアリングにしませんか?』
『卒論が書きたいからとか、事件が知りたいからとか、そんなんじゃない。俺は貴方の支えになりたい。貴方が俺を救ってくれたようにはいかないかもしれない。でも、俺は貴方を救いたい。』
私は静かに、その手を下ろした。
「……ッ、ぐ……ぅ………うッ………!」
カラン、と金属と机が絡む音がする。その音が嫌と言うほど耳にこびりついて離れない。
「どうして…………っ!」
「か、薫、さん……。」
葵はその場にずっと立ち尽くしたままらしかった。ただ私を呼ぶ彼の声がひどく優しく、悔しい程に落ち着いた。手に握っていた包丁から、自然と手が離れる。
「………せいだ。」
「え……?」
「君のせいだ。」
覚束ない足でふらふらと後ろ向きに彷徨った後踵にベッドのサイドフレームが当たる。そんな小さな刺激に痛みを感じ取ってしまったのだから面白い。私はまたその場にへたり込んだ。
「どうして、生きようとしているのだ、私は。」
そうして幾度も悶々とした後、スマホのディスプレイを見れば時刻は昼時前。早く、早くしなければ。
麻縄をグイ、と引っ張ったその時、麻縄を持っていた手首もグイと引っ張られた。
「何やってんだよ!」
「ッ……!」
そこには見たこともない剣幕な様子で私を見る葵がいた。私はそんな葵もお構いなしに突き放そうともがいた。
「は、なせッ……!」
「うわッ!?」
私に押された衝撃で葵はバランスを崩しそのまま尻もちをついた。その姿が、まるで昔の自分のようで眩暈がする。
「ッ……!」
よたよたと後ろに下がりその場にへたり込んだ。最期の最期になってまで私はこの悪夢と連れ添わなければいけないのかと、まるで蔦でも巻き付いたかのように身体が硬直した。
「アンタ、マジで何してんだよ……!」
「……見て分からないか。」
「俺が聞きたいのはそんなことじゃ」
「君に!私の何が分かる!『なんとなく』で家族を殺された、私の……何が分かる?」
以前言って葵が言い返せなかった言葉の羅列を私はもう一度放つ。こんな面倒な私を見て、身を引いてくれればそれで良かった。
葵は私の怒号に気圧され萎縮する。食糧が与えられない犬のようなその姿を見ればまるで私が飼い主で、コイツを残して逝くのか、という錯覚を覚える。そんなことを考える私もまた嫌で頭をぐしゃぐしゃと掻き乱した。髪の毛があちらこちらへと跳ね縺れる。
「私は……全てを捨ててきた。対人関係も、娯楽も、剰え自分の身も。それでも構わなかった。人から構われなくなろうが、自分の人生が楽しくなかろうが、自分の身にどんな烙印を残そうが、どうでもよかった。それで事件の真相が掴めるのなら。…………家族が夢でヒントを教えてくれた時はやっと真相に近づけると、嬉しくてたまらなかった。やっと、家族にきちんと顔を合わせられると思った。だが結局、飛渡跳自は法に裁かれる事なく、自ら命を絶った。自分の意思で自分を消した。賢明な判断だよ、全く。…………なあ葵。残された遺族の気持ちは、どうなる?法に生きてきた男が法で人を捌けず、追ってきたものは全て手の内から零れ落ち、目標を失った今、私に生きる価値が見出せるとでも?」
「……法で裁けなくしたのは、俺の責任。蓬本薫の弁護士補佐である、俺の。飛渡跳自を自殺するまでに追い込んだ、情報公開しようって言ったのは、俺だよ。」
「ゴーサインを出したのは私だ。私から許可を取らなければ、立場上私より下の君はそれに逆らえない。逆らってさえくれれば、君のせいだと擦りつけられたのだがな………。」
葵の擁護に、私は自嘲の意を存分に込めて喉を鳴らした。
「『なんとなく』で家族は殺された。それを私は救えなかった。……死んだ後私は家族にどんな顔を向ければいい?わた、しは……、俺は、僕は………っ!毎日のように見る夢すら曖昧で振り回され、まともな生活も送れない、なり損ないの、僕が……!」
気づいてしまった。
そうだ、死んだら家族に会えるとばかり思っていたが、そもそもこんな成り損ないに家族と会う権限などあるのか?死んでも行き場がないと思うともう訳がわからなくなり頭を抱えた。
生きることが苦しい。
死ぬことも辛い。
私という存在が分からない。
「薫さん!」
距離のあるところにいたはずの葵が私の肩をがっしりと掴み、強請る。首が座らなくなるほど軟弱になってしまった私はそんな衝撃にぐらぐらと揺れる。
しかし脳裏に一瞬だけ浮かび上がった『アレ』を思い出して私は再び葵を突き放した。
「いッ……!」
激しく揺さぶられたせいでふわふわする脳内をなんとか制御しながら、覚束ない足取りで机に向かう。引き出しの中から『アレ』をゆっくりと取り出した。
「ッ……。……!?か、薫さん!」
「来るなッ……!死にたいんだよ、『僕』は……っ!」
私の手には、ギラリと光る金属があった。言うまでもない、包丁だ。首吊り用に使う麻縄を切れるハサミがなく、手頃なものを探した時に台所から持ち出したものだ。
刃先を自分の方に向けてそれをキッと睨んだ。部屋が暗いせいかその切先はそう輝かない。
息を吸うと同時にそれを天高くに持ち上げる。見上げた先の鈍い光を見て息が止まる。あとは振り下ろせばいいだけ。それだけなのに。それだけが出来ない。
『俺を弟子にしてください!』
『お、マジで!?米だ米だ~!』
『あっはぁ!ごめんなさぁい!』
『さーてお家ですよ、薫さん。ご飯作るから元気出して!』
『とにかく惚れ直した!俺、薫さんの支えになりたい!』
『俺とペアリングにしませんか?』
『卒論が書きたいからとか、事件が知りたいからとか、そんなんじゃない。俺は貴方の支えになりたい。貴方が俺を救ってくれたようにはいかないかもしれない。でも、俺は貴方を救いたい。』
私は静かに、その手を下ろした。
「……ッ、ぐ……ぅ………うッ………!」
カラン、と金属と机が絡む音がする。その音が嫌と言うほど耳にこびりついて離れない。
「どうして…………っ!」
「か、薫、さん……。」
葵はその場にずっと立ち尽くしたままらしかった。ただ私を呼ぶ彼の声がひどく優しく、悔しい程に落ち着いた。手に握っていた包丁から、自然と手が離れる。
「………せいだ。」
「え……?」
「君のせいだ。」
覚束ない足でふらふらと後ろ向きに彷徨った後踵にベッドのサイドフレームが当たる。そんな小さな刺激に痛みを感じ取ってしまったのだから面白い。私はまたその場にへたり込んだ。
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