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行き交う人が流れる通りは、病魔のはびこりを感じさせなかった。あたかも暗い死の影は家の内に閉じ込め、せっせと取り組む職人たちは精を出していた。控えた戦争もあってか、真面目に働く彼らは生産せねばならなかった。ちょうど舞台が役者にとっては欠かせないものと同様、軍人にとっての晴れ舞台が戦だとすれば、製造こそが職人たちにとっては花であり、生活を左右する商売は、決して絶やしてはいけないものだった。そう、それは全く秤であり、その上に載った分銅によって、暮らしは傾きもすれば上向きもした。あるいは都市に住まう者の命題として、こうした買い物なくしては、どうにもこうにも必需品を得られなかった上、数少ない娯楽の一つを兼ねていた。欲しかったものを手に入れるはいわんや、目移りするのもまた楽しみで、安く買えたり、いい買い物をしたりした時の喜びはひとしおだ。パノプティコンに縁もゆかりもない旅人にとっては、見たこともないような珍しいものに出会える、ワクワクした思いがけなさを味わうことができた。たとえ手が届かなくとも、お金を貯めて、いつの日か自分のものにする目標を持てば、生活に生き生きとした張りが生まれる。つまり客になる一瞬は愉快だったから、大勢の人間を招くショッピングは活気に満ち、その明るい賑わいは、味気ない毎日に潤いをもたらし、延々と循環する真円を描いた。
織工はカシャカシャと小気味よく布を織り、はさみを手にした仕立て屋は、街はずれで染めた織物を裁ち、糸と針で縫い合わせていった。巻き尺を手にした店員が客を採寸し、次から次へと書き留めていく。「裏地はお付けになりますか?」「ええそうね、欲しいわ」「どのようなものを?」「これから寒くなるから毛皮がいいわね。奮発するわ」「かしこまりました。毛皮売りが隣におります」ああ、可哀そうな生き物たち!蛇やセミの抜け殻らしく、毛皮だけになった彼らはずらりと陳列され、美しい毛並みと見事な色合いが人目を惹いた。野ウサギ、キツネ、黒白テン、オオヤマネコ、アナグマ、リス、モグラ・・・。鋭い爪や危険な牙を有さない動物たちがこぞって狙われた。トントンカンカン、木づちが釘を叩く音に相まって、かんなで削る音や、やすりがけがリズミカルに響いた。細かな木くずを散らした家具職人がのこぎりで材を切り、のみで地道に彫った。椅子、机、たんす、寝台、書棚、櫃と、注文が入れば何でも作った。
砧で革を柔らかくしてから、足型に沿って貼り合わせる靴屋では、ひもで縛るショートブーツ、クラコウが吊るされ、膝まで届いたブーツは床に整列していた。手ぬぐい、食器、カトラリー、鍋、水差し、ほうき、砂時計、樽、盆、桶、瓶、燭台(ろうそく職人が横で店を構えていた)、かご、櫛、塩や油、甜菜糖の調味料、寝具など、生活に欠かせない、ありとあらゆる物資を取り揃えた雑貨屋に対し、装飾品を主とした小間物屋は、手袋、頭巾、財布、帯、羽根飾りの付いた帽子、マントを留めるブローチ、座布団、靴下、リボン、ポーチ、ボタン、髪飾り、レースを売っていた。近くの粉屋から小麦粉を買ったパン職人は生地をこね、窯で焼き上げると、香ばしい香りが鼻をくすぐった。食通はチーズを専門店から買い、特製のパンを頼んだ。ぶどう酒とビール、水売りは声を威勢よくかけた。肉(豚、ガチョウ、去勢鶏、カモ、シギ、ヒバリ、ハト)の焼ける音とにおいが、煙と共に風に運ばれて、食欲をそそった。
リサイクルを載せた犬は、うまそうな匂いを嗅ぎつけ、尻尾を振って立ち止まるので、小遣いで買った魔物は焼き肉を与えた。肉食だった彼は、熱々の肉へ豪快に齧り付き、ろくに咀嚼もしないで、あっという間に飲み込んでしまった。空腹を覚えたダリルも焼き肉とエールを買い、下品に貪りついた。そんな一人と一匹へくれなかった小鬼のずれた黒目は、通行人の中に紛れ込んでいるかもしれなかった主人へ、光らせていた。とことこと歩きながら(厳密には歩いていなかった)、あっちこっちを見回し、それらしい人物を順に選っていった。人の流れが止むことはなかったものの、これはなかなか骨の折れる作業だった。したがって、だからこそ、雑種犬の嗅覚が頼りだった彼は、野良へしゃがれ声で話しかけた。
「いいか、ファイドー。アッシュしゃまをしゃがしゅんだ」
ファイドーと名付けられた犬は振り向き、愛嬌たっぷりの笑顔を浮かべたように、出したピンク色の舌を見せた。それからまたしても、頭を下げた彼は鼻づらを石畳へくっつけると、クンクン嗅いで歩みを始めた。おお、忌まわしい人垣よ!折悪しくも、何と視界を阻むそれがかえって仇となり、実際にすれ違ったアッシュに気が付くことは、露ほどもなかった。逃げられないよう、嫌がるジルコニアの手首を掴んだ魔人もまた、何を隠そう同じ目抜き通りを進んでいた。そしてつい先ほどまで、何度となく解放を求めたジルコニアだったが、枷のように硬い握りを振りほどくことなど、皆目不可能だったために、成すすべなかった今は、連れられるままだった。ああ神様!あなたはどうして、彼女をこのような状況へ落とし込んだのだろうか!全知全能であられた、偉大なあなたを背くような大それたことは、一切していないどころか、敬虔な彼女は、尊いあなたを実直で誠実な真心をもって、一途に信じていたのに!主よ、正直に打ち明けるだろうジルコニアは、高尚なあなたが望んでおられなかったものを、心や頭のどこかで期待していた事実は、恥ずかしくも認めるだろう。だがしかし、女でなかったあなたはおそらく、あなたでさえも理解できないかもしれない。身分の上下拘わらず、女は生まれつきそうではなく、得体の知れない「女」が憑依したために、彼女たちは女らしさの奴隷だった。微妙なそれはささやかであり、真ん中で高熱を微かに帯びてはいたが、そっくり包み込むのは、ほとんど冷たい何かであり、当惑する彼女たちをうろたえさせた。未知は恐怖の芽生えであり、太い蔓に締め付けられたか弱い女たちは、がんじがらめとなった。けれどもこの恐怖は!身を刺すような不安は、ジルコニアから様々なものを奪い、声も思考も失われてしまった。まるで精巧な蝋人形にでもなってしまったかのように、哀れな令嬢の中身は、まるまる固まってしまった。何かと物騒な世の中、人さらい自体はそこまで稀ではなかったものの、いざ攫われるとなると話は別だった。おお、一体全体彼女はどうなってしまうのだろうか!まさか本当に、このような事態が起こりうるとは!恐ろしい疫病より先に、こんな災いが突拍子もなく降りかかろうとは!かのエウロペも、度肝を抜いた彼女と、定めし同じ感情を味わったのだろうか!
困惑に次ぐ動揺、混乱、恐慌に苛まれるジルコニアをよそに、大胆不敵な男は、我関せずといった面持ちと、緩やかな足取りで行き、適当な店を見つけようと、冷ややかな灰色の双眸を、目ざとい鷹のように配っていた。その後、表に出ていた色とりどりの布地を、たまたま目に入れたアッシュは止まり、手を差し伸べながら独り言ちた。
「ふうん。こんなものか」
「はい、いらっしゃい。何をお探しで?」
ベテランの仕立て人でもあった店主が、やや気だるげに話しかけた。
「ドレスが一枚要るんだ。とっておきのだ。ここにあるものじゃない」
と、見下さんばかりに長身だった客の横柄に、鼻白んだ初老の男は、半ばぼうっとした眼を何とはなしに移すと、その思いがけなさにびっくりしたようだった。
「おや、これは!ジルコニア様ではありませんか!何でしょう、ここまで来なくとも、わしがお屋敷へ足を運びましたのに」
と、感じのいい愛想と驚きが半分ずつの表情を浮かべた、馴染みの仕立て屋に会い、怯えた貴婦人は何とか言おうと考えたが、言葉が口から出るより早く、アッシュが遮るように喋った。
「気晴らしにお嬢様は外の空気を吸いに来た。とびきりの生地を見せてほしいそうだ」
「お安い御用です。確か新しいドレスでしたな?どうぞこちらへ」
高品質で値段も張った反物は、毛羽が光り輝く濃紺のシルクベルベット、浮かび上がった図柄が華やかな、スキムホワイトのシルクダマスクであり、当然のことながら、きちんと仕舞っておいた店主は、これらを取り出してきた。よって一目見るなり、目の色をすぐに変えたアッシュは、思い描いた想像を形にしようと決めた。誠にいたわしいことに、淑女は喉を傷めていると説明して、まことしやかな魔人は、デザインに至る細部まで口出しした。
「ダマスクはドレスにしてくれ。そうだ。ベルベットはマントがいい。ああ。レッグ・オブ・マトン?論外だ、そんな厳ついの。パフにしてくれ。・・・まあ、スクエアネックで問題ない。もちろんハイウエストだ」
と、彼は時折、傍らで立ったジルコニアへ、銀色の目をやりつつ受け答えをするので、さながら彼女のために作っているような錯覚を、感じないではいられなかった箱入り娘の中で、恐怖が不思議に中和されていった。何故だかお洒落な服装にうるさかった男は、困惑した彼女を通して他の誰かを見ていた。ほんのちょっとの妥協もなしに、完璧な理想の形を求めるのに腐心するほど、悪い盗人だった彼は、出来上がったドレスを着るだろう人間へ、生半可でない強さで思い入れていた。それは多分彼女ですら、ここまで注文が多くなかっただろう。何なのだろう、この悪漢は?人買いへ容赦なく売り飛ばし、あるいは凌辱するために、彼女を連れ去ったのではなかろうか?いつの間にか、ふと気が付いたら、引き留めていた手は離れていたが、怖さの薄らいだ令嬢の足は、努めて逃げようとはしなかった。ひび割れていた理性が段々と戻り、魅力の滲んだ微笑みを捉えるまでに達した貴婦人は、警戒を少しずつ解いていった。
やがて促されるまま、連れ立ったジルコニアは店を後にした。強引に彼女を連れておいて、あっけらかんとした男を探るような眼差しだった。つかみどころのない悪党だった。憎むべき害しかもたらさない無法者のくせに、こそこそと人目を憚らない、堂々としたこの男はどうだろう?真実悪に縁遠かった淑女は、程度の差をつけることができず、どれがとんでもない悪者で、どれが小悪党かを見分けられなかった。
「来い、ジルコニア。次は靴だ」
と、名も知らぬ無頼漢に呼び捨てにされた淑女は、今一度声を取り戻し、はっきりと言った。
「やましい窃盗人に呼ばれる筋合いはないわ。あなたは自分の立場が分かっていないようね」
「ふん。人間は立場とやらが好きだな」
「? 何を言っているの?」
「いいか。お前がしたいのであればいくらでもして構わないが、俺をむさくるしい牢屋へぶち込むことはできない。捕まえることはなおさらだ」
「? 絶対に捕まらないとでも言いたいの?よくもそんな大きな口が叩けることね」
「そう言うお前こそ。この俺には力があるが、領主の娘という肩書以外にお前は何を持っている?ただのお前に何の力がある?」
「私をどうするつもり」
「いいから肩の力を抜けよ。噛みつきやしない」
と、逞しい双肩をひょいと持ち上げ、呆れた調子で言ったアッシュの顔つきは、のんびりとしていた。
「言ったはずだ。お前をどうこうするつもりはない。用足しに都合がよかっただけだ」
「信用できないわ。どうして買い物に付き合うだけで、初対面の女性を誘拐するような非常識な人間の言うことを、真に受けなければいけないのかしら」
「全く、いちいち人間はつまらないことにこだわる。今を受け止めろよ。なくてはならない特上の贈り物を手に入れるため、ただ単にお前はあそこから連れてこられたんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
今まで生きてきた中で、最も自分勝手で自己中心的だった男が、下手に尽くすような人物が存在した現実が、あり得ないと思ったジルコニアは、簡単には信じられなかった。その上、意中の人間へは、惜しみない思いやりを働かしたのに比べ、何故貴族の自分にはさっぱりなのだろう!身分が高かった彼女こそが、手厚く接するべきなのに!これがもし上流階級の紳士だったら、進んで下げた膝を汚し、頭を恭しく垂れ、優しい唇と丁重な言葉をもって、相応しい彼女に対する忠誠を必ずや誓ったはずだ。ああどうして神は、このように許されざる無礼者を、この世にのさばらしておいでなのだろうか!傷ついた自尊と共に、淑女は憎しみに似た気持ちを初めて心に抱いたものの、育ちがよかったために、感情の特定には至らなかった。
「ほら、お前を知っている靴屋へ案内してくれ」
男を知っているようで知らなかった箱入り娘は、それにもかかわらず、彼らを真正面からとらえようとしなかった現実が、どこからともなくやってきて、落ち着かなかった。形式や忖度、立場なしでは済まされなかった身の上、父親や腹心の部下たち、若い騎士などとの関わりが、必ずしも自然でなく、ゆえに何だか物足りなさを覚えていたらしい点が、ゆっくりと現れてきた。最初それはぼんやりとしており、彼女が望もうが望まなかろうが、次第にくっきりしていったので、上品なジルコニアは悔やんだ。確実に深窓の令嬢だった彼女は、彼女の慎み深さや淑やかさを保護する名目で、厳重に閉ざされた、限られた世界で生きてきた。そしてまずこれからもそうだろうが、周りを数少ない男に囲まれて、暮らしていくだろう。万が一子供を宿せなかった身体であり、あるいはなってしまった不運を除き、結婚は避けて通れない。近い将来、夫を持つことは何ら当たり前の行為であり、彼女が今までしてきたように、間違いなく彼もまた、同様に斜から見るだろう。横顔が彼の面立ちであり、全てだった。例えば愛がそこに映し出されれば、それはそういうものだし、逆に映らなければ、それもそういうものだった。未熟な生き物は、率先して感情を律する重要性を、主は説かれているのだから、やれ好きだとか嫌いだとか、悲しいだとか嬉しいだとか、情熱だとか冷淡だとかを、男女の間に持ち込んではいけないではないか。
だがしかしながら、とはいえども、アッシュと一緒に歩き回るジルコニアの内で、ある興味深い化学反応が起こったらしく、名前も知らなかった尊大な男と自らの間に、うっすらとした何かが橋を架けようとしていた。傲慢で横暴な態度ではあったが、朗らかな彼は良くも悪くも、取り繕う事をちっともしなかった。顔色を窺う必要性すら持ち合わせず、言動に付き物の責任も怪しく、機嫌を取ろうなどという試みは皆無だった。他者との付き合い方に、和睦の文字しか知らなかった貴婦人にとっては、新鮮かつ刺激的な関係だった。厚かましいまでに大胆だった男は、平気で悪を悪とも思わないような、図太い無神経さの持ち主であり、それを理解していながらも、いけしゃあしゃあとしていた。これはほとんどの女に漏れず、咎めるような良心や、細やかな遠慮があったジルコニアにとって、いっそ清々しい爽快があった。不確かな外界からの守護という大義名分による、著しい封印が誤った羨望を生み、思ってもみなかった一面を発見した箱入り娘は、迷宮も等しかった王墓へ踏み入ろうとした。そうだ、彼女自身も黄砂に埋もれた古代窟であり、一見穏やかな忘却に就いてはいるが、その実目もくらまんばかりの財宝を、内に蓄えていたのだ。フラフラと漂う魂だった「女」が、復活の時を待っていた肉体を探していた。豪華な棺に安置されたそれは、焦がれてやまなかった恋を求めて動き出す――。
センスの良かった目利きも不遜を弱める効果があり、魔人との買い物は、まずまずといったところだった。とうとう恐怖は好奇心に取って代わり、彼女の目の前で次々と取り上げられる心の具象は、割いたひと時を共有している彼女へ贈るためだと、つい勘違いしてみたくなるほど素晴らしかった。誠に綺麗で美しいものは、感じやすい女心を是が非でも弾ませるものだったし、仮にその手に取ったならば、快かった気分は自然と喜んだ。それにしても、アッシュはどうしてここまで、女の気に入りそうなものを、微少の狂いなく、的確に見出していくのだろうか!おお、男にしてはやけに詳しいものだ!それこそ花一つとっても、想いを遂げられない口惜しさに、歯がゆい思いをしている男たちが、山といたのにだ!しきりと飾り立てるものを求めておきながら、飾り気がなかった彼はさっぱりしていた。どちらかというと彼は気安い方であり、偉くなればなるだけ、気難しくなっていくところがなく、気遣いは無用だった。育ちの悪かった彼は礼儀を知らないし、はたまた学ぼうともしないだろうが、ジルコニアは大目に見ることができた。結局それさえも、狭く堅苦しい、しきたりの世界で住む彼女からすれば新しく、夢にも見なかった対等を感じさせる、心地よい風だった。何故だか不意に、世界が異なって見えた気がした。パノプティコンで生まれ育った令嬢は、この街ほどよく見知っていた場所はなかったはずなのに、家から無理やり連れ出され、日ごろの読書から得た空想ではなかった、正真正銘の本物の男と触れ合ったら、セピアだった都市が急に色づいたようだった。よそよそしかった隔たりが縮み、生々しい親しみが持てた。どれだけの年月が経って生身が崩れようとも、全然錆びなかった「女」は、このにぎやかな通りらしく明るい生気に満ち、刺激的な冒険や探検をいとわなかった。謳歌すべき青春が、暗い海中で泳ぎまわっていた魚のように、突如として日の目をきらりと浴びた。
変化はむしろ反応とか反射みたいなものであり、彼女の思惑でどうこうなる類の代物ではなかった。さっきまで襲い掛かっていた恐怖と絶望、落胆、驚愕の激しさは大分和らぎ、徐々に順応と関心が占めるようになっていった。箱入り娘は悪に疎かった。悪を滅する正義についても、十分な知覚が足りなかった。ただ遠くからずっと眺めていただけで、触れたり嗅いだり、味見すらもしたことのなかった特殊な気泡に、無我夢中だった淑女は、名前を付けるだけで手いっぱいだった。若かったジルコニアはそれを愉快だと考えた。ああ、このような高揚が人生にあったことを、どうして誰も教えてくれなかったのだろうか?清水のように滾々と湧き出た自然と不思議が、貴婦人の内側で干上がっていた泉を、静かに潤していった。
「ねえ。私を盗んだことは誰にも言わないから、あなたの正体を教えて頂戴。人さらいでも泥棒でもないなら何?」
「人さらいでも泥棒でもいいんだが。何だと思う?」
「・・・そうね・・・。豚飼いじゃないことは確かだけど、貴公子でもなさそうね・・・。剣を持ち歩いているから、兵士くずれの傭兵ってところかしら?」
「惜しい。百姓だ」
「まさか!嘘でしょう!」
「ばれたか。だが似たようなものだ。剣は牽制と護身のためだ」
「・・・ふうん・・・。あら、大道芸だわ!」
と、差し掛かったT字路で披露していた見世物が、ジルコニアの目にいきなり飛び込んできたら、足はひとりでに止まり、他の観客ともども、二人は催しを楽しんだ。道化に扮した派手な衣装を着た大道芸人が、ハチャメチャな歌を歌い、でたらめな手振り身振りと共に、客を寄せ付けていた。赤ら顔が滑稽さを引き立て、幾本かのナイフを手にした男は、ジャグリングを始めた。ヒヤヒヤしながらも、興味津々と見守る観衆の中、器用に取っ手を掴んでは、再び宙へ放り投げる素早い技を、集中した彼は十数回か繰り返した。じきに拍手や称賛の声が上がり、うまくいった道化師は、自負と安心の笑みを浮かべた。ジルコニアもパチパチと手を叩き、歓声を送った。それから次に輪っかを持ち出した男は、種も仕掛けもないことを強調するかのように見せつけてから、その中へと潜った。腰に当てた輪を勢いをつけて回し、ぐるぐると回した腰で回転を保ち続けた。そしてまたしても、ナイフが空中に舞うのだった。好ましい驚きの最中、遂に仰いだ芸人は一番の見せ場へ達し、口笛を吹いて合図した。すると唐突に、背後から一匹の犬が飛び出した。飼い主の足元で控えた動物は、二つの芸を同時進行している彼が、一歩を踏み出すと、足と足の間をさっと通り、また一歩が行くと、機敏に通り抜けた。何とも微笑ましかった上、難しく高度を要した技術に感服する人々の心は、完全に掴まれた。最終的に、たった一度の失敗もなく出し物は終わり、熟練した大道芸人の懐に、大量の実入りが集まった。満足げな男は、ほくほくとした笑顔で対価を回収した。
その時だった。どこかでワンワンと吠える声が聴こえたら、次の瞬間には、大道芸人の犬目がけて、別の犬がまっしぐらに駆け付けた。面食らった道化師の側で、尻尾を振った生き物たちは親し気にじゃれ合い、心行くまで出会いを喜んだ。
「こらファイドー、待つんだ!」
と、喉が潰れたような醜い声音が辺りに響き渡ると、精一杯のちょこちょこ歩きで、せかせかと追いかける、年老いた小鬼が登場した。小さな背中をさすった彼は、僅かにばつの悪そうだった雑種犬を窘めた。
「全く、ちゅうに走り出したと思えば・・・、アッシュしゃま?アッシュしゃまではありましぇんか!しゃがしましたぞ!」
と、ようやく探し当てたゴブリンが言い終えた端から、後から来たダリルもその場に到着した。
「おっ、アッシュの旦那。別嬪さんを連れてさすがだね!」
と、冷やかす小男が、どうにもいけ好かない感じだったので、微妙な顔つきをしたジルコニアは、ちょこっと後ずさりした。いやらしい品定めのような目つきで、小太りの男は彼女をじろじろと見た。彼らはアッシュとどういう関係なのだろう!
「あっ、この野郎!ベスに何しやがる!」
と、一瞬で沸いた憤りに叫んだ大道芸人が注意を背けると、一同は白日の下における繁殖行動を目の当たりにした。むき出しの本能のまにまに、芸達者な雌犬へ乗っかった雑種犬の腰が、盛んに揺れていた。気まずさゆえに目を逸らす者もあれば、面白そうにからかう人もいた。しっしっと、不届きな邪魔者を退かそうとする飼い主の干渉もあってか、やがてファイドーはベスから離れた。せっかくの儲けにけちがついたと、機嫌を損なった道化師はベスを連れて、街角へ消えてしまった。元気だった尻尾がどんどんと死に絶えていき、後ろ姿を見送ったファイドーには、しょんぼりとした哀愁が漂った。
「この犬はどうしたんだ、リサイクル?」
と、アッシュは尋ねた。
「あなたしゃまをしゃがし出しゅために、しもべに付けた野良でしゅが、もう用はありましぇん」
と、相も変わらず、焦点のずれた薄気味悪かった黒目で見返したリサイクルは、感謝の念もなしに淡々と答えた。
「アッシュしゃまこしょ、しょ奴は誰でしゅ」
と、何だかへんてこなドワーフに問われたジルコニアは、少々たじろぎを見せたものの、臆病を悟られてはいけないと、貴婦人らしい威厳を示す姿勢を保った。
「何、頭が高いぞ。こちらはパノプティコンが誇る、由緒正しい血筋のご婦人だ。実に奥ゆかしくも、俺の手伝いを買って出てくださったんだ」
噓ばっかり!隣で聴いていたジルコニアは呆れたが、まあこうまですらすらと並べ立てられるものだと、感心した。そして、そんな彼女を意図的に見つめていたダリルは、打って変わって改まり、淑女へ恭しく近づいた。
「へへ、お嬢さん。どうもご機嫌麗しゅうごぜぇますか。お目にかかれて光栄でさあ・・・。恵み深き神様ありがとうごぜえます、だ!」
居心地が悪そうな目を向けたジルコニアは困った。あふれんばかりの胡散臭さを、何と濃厚に纏っていることだろう、この男は!まだ擦り切れていないだけましな古着を身に付けた彼は、手入れしていない無精ひげを伸ばしたまま。気品の欠片も見えなかった顔の輪郭はぶよぶよとたるみ、おまけに濁った垂れ目はまるで腐った魚のよう!でっぷりと突き出た太鼓腹が不摂生を雄弁に物語り、短い四肢には優雅さとか俊敏性がちっともなかった。はあと気のない返事をした令嬢は、アッシュへすり寄った。
「ジルコニア、もうお前は自由だ。屋敷へ帰るなり何なり好きにしていい」
と、アッシュがつれなく言えば、箱からいったん出てしまった箱入り娘は、食い下がった。
「戻ってもいいけれど、あなたは自分を明かさなければいけないわ。頼んだお土産が出来上がるまで、二、三日家に通ってもらうわ。父と母にも会ってちょうだい。紹介するわ」
夕食の席でうまく伝えると言ったジルコニアは、また明日訪問するよう指示した。今度は狡い手口を使わずに、誠実な客人として来てくれとも言った。よって図らずも、領主のドモンド氏と直々に言葉を交わす約束が、一方的に取り付けられたものの、特に断る理由も見当たらなかった。とはいえ下等な人間どもと関わることは、極力避けたかったリサイクルだったが、そのような者たちにもてなされると聴いては話は別であり、彼はお座りしたファイドーに、気前よく骨付き肉を約束した。それから、真実人目さえなければ、歓喜に跳び上がったろうダリルは、願ってもない招待に心躍った。ヤッホー、底辺から天上へ一足飛び!なんてツイているんだろう、彼は!全く罪な色男は憎いね、幸運の女神が付いて離れないのだから!おこぼれか何かにあやかれるかもしれない!ああ、滅多になかったかった好機と来たもんだ!
明るい髪色をした女が、アッシュの傍らを通り過ぎた。淡い色に惹きつけられた彼は、ネルを思い浮かべた。すると、あの黄金の月に輝いた優美な絹糸へ、もう一度指を絡めたい欲望が、腹の底から瞬時に沸き起こり、節操をわきまえなかった胸が暴れた。急がば回れと先人は助言したが、一秒でも早く、聖女の心を自分のものにしたかった魔人は、欲の強さを操縦しようと躍起になった。一体その時、青緑色の瞳は何を映すのだろうか。バラ色に染まった頬は、何を仄めかすのだろうか。薄桃色の唇は何を告げるのだろうか。華奢な肩はどう揺れ動き、繊細な指先は、果たして彼を触れるのだろうか・・・。弧を描いたまつ毛が微かに震えたら、目蓋は口づけのために閉じるのだろうか。なだらかにくびれた腰は、彼の強健な両腕に支えられる時を、今かと待っていたのだろうか。
答えを知るために、たとえすべてをなげうったとしても、惜しくはなかった。何故ならば、それはかき集めた宝物より、はるかに貴重だったからだ。そう、確かな愛こそが、戦争狂な軍人との面会より何よりも、アッシュが欲してやまないものだった。
織工はカシャカシャと小気味よく布を織り、はさみを手にした仕立て屋は、街はずれで染めた織物を裁ち、糸と針で縫い合わせていった。巻き尺を手にした店員が客を採寸し、次から次へと書き留めていく。「裏地はお付けになりますか?」「ええそうね、欲しいわ」「どのようなものを?」「これから寒くなるから毛皮がいいわね。奮発するわ」「かしこまりました。毛皮売りが隣におります」ああ、可哀そうな生き物たち!蛇やセミの抜け殻らしく、毛皮だけになった彼らはずらりと陳列され、美しい毛並みと見事な色合いが人目を惹いた。野ウサギ、キツネ、黒白テン、オオヤマネコ、アナグマ、リス、モグラ・・・。鋭い爪や危険な牙を有さない動物たちがこぞって狙われた。トントンカンカン、木づちが釘を叩く音に相まって、かんなで削る音や、やすりがけがリズミカルに響いた。細かな木くずを散らした家具職人がのこぎりで材を切り、のみで地道に彫った。椅子、机、たんす、寝台、書棚、櫃と、注文が入れば何でも作った。
砧で革を柔らかくしてから、足型に沿って貼り合わせる靴屋では、ひもで縛るショートブーツ、クラコウが吊るされ、膝まで届いたブーツは床に整列していた。手ぬぐい、食器、カトラリー、鍋、水差し、ほうき、砂時計、樽、盆、桶、瓶、燭台(ろうそく職人が横で店を構えていた)、かご、櫛、塩や油、甜菜糖の調味料、寝具など、生活に欠かせない、ありとあらゆる物資を取り揃えた雑貨屋に対し、装飾品を主とした小間物屋は、手袋、頭巾、財布、帯、羽根飾りの付いた帽子、マントを留めるブローチ、座布団、靴下、リボン、ポーチ、ボタン、髪飾り、レースを売っていた。近くの粉屋から小麦粉を買ったパン職人は生地をこね、窯で焼き上げると、香ばしい香りが鼻をくすぐった。食通はチーズを専門店から買い、特製のパンを頼んだ。ぶどう酒とビール、水売りは声を威勢よくかけた。肉(豚、ガチョウ、去勢鶏、カモ、シギ、ヒバリ、ハト)の焼ける音とにおいが、煙と共に風に運ばれて、食欲をそそった。
リサイクルを載せた犬は、うまそうな匂いを嗅ぎつけ、尻尾を振って立ち止まるので、小遣いで買った魔物は焼き肉を与えた。肉食だった彼は、熱々の肉へ豪快に齧り付き、ろくに咀嚼もしないで、あっという間に飲み込んでしまった。空腹を覚えたダリルも焼き肉とエールを買い、下品に貪りついた。そんな一人と一匹へくれなかった小鬼のずれた黒目は、通行人の中に紛れ込んでいるかもしれなかった主人へ、光らせていた。とことこと歩きながら(厳密には歩いていなかった)、あっちこっちを見回し、それらしい人物を順に選っていった。人の流れが止むことはなかったものの、これはなかなか骨の折れる作業だった。したがって、だからこそ、雑種犬の嗅覚が頼りだった彼は、野良へしゃがれ声で話しかけた。
「いいか、ファイドー。アッシュしゃまをしゃがしゅんだ」
ファイドーと名付けられた犬は振り向き、愛嬌たっぷりの笑顔を浮かべたように、出したピンク色の舌を見せた。それからまたしても、頭を下げた彼は鼻づらを石畳へくっつけると、クンクン嗅いで歩みを始めた。おお、忌まわしい人垣よ!折悪しくも、何と視界を阻むそれがかえって仇となり、実際にすれ違ったアッシュに気が付くことは、露ほどもなかった。逃げられないよう、嫌がるジルコニアの手首を掴んだ魔人もまた、何を隠そう同じ目抜き通りを進んでいた。そしてつい先ほどまで、何度となく解放を求めたジルコニアだったが、枷のように硬い握りを振りほどくことなど、皆目不可能だったために、成すすべなかった今は、連れられるままだった。ああ神様!あなたはどうして、彼女をこのような状況へ落とし込んだのだろうか!全知全能であられた、偉大なあなたを背くような大それたことは、一切していないどころか、敬虔な彼女は、尊いあなたを実直で誠実な真心をもって、一途に信じていたのに!主よ、正直に打ち明けるだろうジルコニアは、高尚なあなたが望んでおられなかったものを、心や頭のどこかで期待していた事実は、恥ずかしくも認めるだろう。だがしかし、女でなかったあなたはおそらく、あなたでさえも理解できないかもしれない。身分の上下拘わらず、女は生まれつきそうではなく、得体の知れない「女」が憑依したために、彼女たちは女らしさの奴隷だった。微妙なそれはささやかであり、真ん中で高熱を微かに帯びてはいたが、そっくり包み込むのは、ほとんど冷たい何かであり、当惑する彼女たちをうろたえさせた。未知は恐怖の芽生えであり、太い蔓に締め付けられたか弱い女たちは、がんじがらめとなった。けれどもこの恐怖は!身を刺すような不安は、ジルコニアから様々なものを奪い、声も思考も失われてしまった。まるで精巧な蝋人形にでもなってしまったかのように、哀れな令嬢の中身は、まるまる固まってしまった。何かと物騒な世の中、人さらい自体はそこまで稀ではなかったものの、いざ攫われるとなると話は別だった。おお、一体全体彼女はどうなってしまうのだろうか!まさか本当に、このような事態が起こりうるとは!恐ろしい疫病より先に、こんな災いが突拍子もなく降りかかろうとは!かのエウロペも、度肝を抜いた彼女と、定めし同じ感情を味わったのだろうか!
困惑に次ぐ動揺、混乱、恐慌に苛まれるジルコニアをよそに、大胆不敵な男は、我関せずといった面持ちと、緩やかな足取りで行き、適当な店を見つけようと、冷ややかな灰色の双眸を、目ざとい鷹のように配っていた。その後、表に出ていた色とりどりの布地を、たまたま目に入れたアッシュは止まり、手を差し伸べながら独り言ちた。
「ふうん。こんなものか」
「はい、いらっしゃい。何をお探しで?」
ベテランの仕立て人でもあった店主が、やや気だるげに話しかけた。
「ドレスが一枚要るんだ。とっておきのだ。ここにあるものじゃない」
と、見下さんばかりに長身だった客の横柄に、鼻白んだ初老の男は、半ばぼうっとした眼を何とはなしに移すと、その思いがけなさにびっくりしたようだった。
「おや、これは!ジルコニア様ではありませんか!何でしょう、ここまで来なくとも、わしがお屋敷へ足を運びましたのに」
と、感じのいい愛想と驚きが半分ずつの表情を浮かべた、馴染みの仕立て屋に会い、怯えた貴婦人は何とか言おうと考えたが、言葉が口から出るより早く、アッシュが遮るように喋った。
「気晴らしにお嬢様は外の空気を吸いに来た。とびきりの生地を見せてほしいそうだ」
「お安い御用です。確か新しいドレスでしたな?どうぞこちらへ」
高品質で値段も張った反物は、毛羽が光り輝く濃紺のシルクベルベット、浮かび上がった図柄が華やかな、スキムホワイトのシルクダマスクであり、当然のことながら、きちんと仕舞っておいた店主は、これらを取り出してきた。よって一目見るなり、目の色をすぐに変えたアッシュは、思い描いた想像を形にしようと決めた。誠にいたわしいことに、淑女は喉を傷めていると説明して、まことしやかな魔人は、デザインに至る細部まで口出しした。
「ダマスクはドレスにしてくれ。そうだ。ベルベットはマントがいい。ああ。レッグ・オブ・マトン?論外だ、そんな厳ついの。パフにしてくれ。・・・まあ、スクエアネックで問題ない。もちろんハイウエストだ」
と、彼は時折、傍らで立ったジルコニアへ、銀色の目をやりつつ受け答えをするので、さながら彼女のために作っているような錯覚を、感じないではいられなかった箱入り娘の中で、恐怖が不思議に中和されていった。何故だかお洒落な服装にうるさかった男は、困惑した彼女を通して他の誰かを見ていた。ほんのちょっとの妥協もなしに、完璧な理想の形を求めるのに腐心するほど、悪い盗人だった彼は、出来上がったドレスを着るだろう人間へ、生半可でない強さで思い入れていた。それは多分彼女ですら、ここまで注文が多くなかっただろう。何なのだろう、この悪漢は?人買いへ容赦なく売り飛ばし、あるいは凌辱するために、彼女を連れ去ったのではなかろうか?いつの間にか、ふと気が付いたら、引き留めていた手は離れていたが、怖さの薄らいだ令嬢の足は、努めて逃げようとはしなかった。ひび割れていた理性が段々と戻り、魅力の滲んだ微笑みを捉えるまでに達した貴婦人は、警戒を少しずつ解いていった。
やがて促されるまま、連れ立ったジルコニアは店を後にした。強引に彼女を連れておいて、あっけらかんとした男を探るような眼差しだった。つかみどころのない悪党だった。憎むべき害しかもたらさない無法者のくせに、こそこそと人目を憚らない、堂々としたこの男はどうだろう?真実悪に縁遠かった淑女は、程度の差をつけることができず、どれがとんでもない悪者で、どれが小悪党かを見分けられなかった。
「来い、ジルコニア。次は靴だ」
と、名も知らぬ無頼漢に呼び捨てにされた淑女は、今一度声を取り戻し、はっきりと言った。
「やましい窃盗人に呼ばれる筋合いはないわ。あなたは自分の立場が分かっていないようね」
「ふん。人間は立場とやらが好きだな」
「? 何を言っているの?」
「いいか。お前がしたいのであればいくらでもして構わないが、俺をむさくるしい牢屋へぶち込むことはできない。捕まえることはなおさらだ」
「? 絶対に捕まらないとでも言いたいの?よくもそんな大きな口が叩けることね」
「そう言うお前こそ。この俺には力があるが、領主の娘という肩書以外にお前は何を持っている?ただのお前に何の力がある?」
「私をどうするつもり」
「いいから肩の力を抜けよ。噛みつきやしない」
と、逞しい双肩をひょいと持ち上げ、呆れた調子で言ったアッシュの顔つきは、のんびりとしていた。
「言ったはずだ。お前をどうこうするつもりはない。用足しに都合がよかっただけだ」
「信用できないわ。どうして買い物に付き合うだけで、初対面の女性を誘拐するような非常識な人間の言うことを、真に受けなければいけないのかしら」
「全く、いちいち人間はつまらないことにこだわる。今を受け止めろよ。なくてはならない特上の贈り物を手に入れるため、ただ単にお前はあそこから連れてこられたんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
今まで生きてきた中で、最も自分勝手で自己中心的だった男が、下手に尽くすような人物が存在した現実が、あり得ないと思ったジルコニアは、簡単には信じられなかった。その上、意中の人間へは、惜しみない思いやりを働かしたのに比べ、何故貴族の自分にはさっぱりなのだろう!身分が高かった彼女こそが、手厚く接するべきなのに!これがもし上流階級の紳士だったら、進んで下げた膝を汚し、頭を恭しく垂れ、優しい唇と丁重な言葉をもって、相応しい彼女に対する忠誠を必ずや誓ったはずだ。ああどうして神は、このように許されざる無礼者を、この世にのさばらしておいでなのだろうか!傷ついた自尊と共に、淑女は憎しみに似た気持ちを初めて心に抱いたものの、育ちがよかったために、感情の特定には至らなかった。
「ほら、お前を知っている靴屋へ案内してくれ」
男を知っているようで知らなかった箱入り娘は、それにもかかわらず、彼らを真正面からとらえようとしなかった現実が、どこからともなくやってきて、落ち着かなかった。形式や忖度、立場なしでは済まされなかった身の上、父親や腹心の部下たち、若い騎士などとの関わりが、必ずしも自然でなく、ゆえに何だか物足りなさを覚えていたらしい点が、ゆっくりと現れてきた。最初それはぼんやりとしており、彼女が望もうが望まなかろうが、次第にくっきりしていったので、上品なジルコニアは悔やんだ。確実に深窓の令嬢だった彼女は、彼女の慎み深さや淑やかさを保護する名目で、厳重に閉ざされた、限られた世界で生きてきた。そしてまずこれからもそうだろうが、周りを数少ない男に囲まれて、暮らしていくだろう。万が一子供を宿せなかった身体であり、あるいはなってしまった不運を除き、結婚は避けて通れない。近い将来、夫を持つことは何ら当たり前の行為であり、彼女が今までしてきたように、間違いなく彼もまた、同様に斜から見るだろう。横顔が彼の面立ちであり、全てだった。例えば愛がそこに映し出されれば、それはそういうものだし、逆に映らなければ、それもそういうものだった。未熟な生き物は、率先して感情を律する重要性を、主は説かれているのだから、やれ好きだとか嫌いだとか、悲しいだとか嬉しいだとか、情熱だとか冷淡だとかを、男女の間に持ち込んではいけないではないか。
だがしかしながら、とはいえども、アッシュと一緒に歩き回るジルコニアの内で、ある興味深い化学反応が起こったらしく、名前も知らなかった尊大な男と自らの間に、うっすらとした何かが橋を架けようとしていた。傲慢で横暴な態度ではあったが、朗らかな彼は良くも悪くも、取り繕う事をちっともしなかった。顔色を窺う必要性すら持ち合わせず、言動に付き物の責任も怪しく、機嫌を取ろうなどという試みは皆無だった。他者との付き合い方に、和睦の文字しか知らなかった貴婦人にとっては、新鮮かつ刺激的な関係だった。厚かましいまでに大胆だった男は、平気で悪を悪とも思わないような、図太い無神経さの持ち主であり、それを理解していながらも、いけしゃあしゃあとしていた。これはほとんどの女に漏れず、咎めるような良心や、細やかな遠慮があったジルコニアにとって、いっそ清々しい爽快があった。不確かな外界からの守護という大義名分による、著しい封印が誤った羨望を生み、思ってもみなかった一面を発見した箱入り娘は、迷宮も等しかった王墓へ踏み入ろうとした。そうだ、彼女自身も黄砂に埋もれた古代窟であり、一見穏やかな忘却に就いてはいるが、その実目もくらまんばかりの財宝を、内に蓄えていたのだ。フラフラと漂う魂だった「女」が、復活の時を待っていた肉体を探していた。豪華な棺に安置されたそれは、焦がれてやまなかった恋を求めて動き出す――。
センスの良かった目利きも不遜を弱める効果があり、魔人との買い物は、まずまずといったところだった。とうとう恐怖は好奇心に取って代わり、彼女の目の前で次々と取り上げられる心の具象は、割いたひと時を共有している彼女へ贈るためだと、つい勘違いしてみたくなるほど素晴らしかった。誠に綺麗で美しいものは、感じやすい女心を是が非でも弾ませるものだったし、仮にその手に取ったならば、快かった気分は自然と喜んだ。それにしても、アッシュはどうしてここまで、女の気に入りそうなものを、微少の狂いなく、的確に見出していくのだろうか!おお、男にしてはやけに詳しいものだ!それこそ花一つとっても、想いを遂げられない口惜しさに、歯がゆい思いをしている男たちが、山といたのにだ!しきりと飾り立てるものを求めておきながら、飾り気がなかった彼はさっぱりしていた。どちらかというと彼は気安い方であり、偉くなればなるだけ、気難しくなっていくところがなく、気遣いは無用だった。育ちの悪かった彼は礼儀を知らないし、はたまた学ぼうともしないだろうが、ジルコニアは大目に見ることができた。結局それさえも、狭く堅苦しい、しきたりの世界で住む彼女からすれば新しく、夢にも見なかった対等を感じさせる、心地よい風だった。何故だか不意に、世界が異なって見えた気がした。パノプティコンで生まれ育った令嬢は、この街ほどよく見知っていた場所はなかったはずなのに、家から無理やり連れ出され、日ごろの読書から得た空想ではなかった、正真正銘の本物の男と触れ合ったら、セピアだった都市が急に色づいたようだった。よそよそしかった隔たりが縮み、生々しい親しみが持てた。どれだけの年月が経って生身が崩れようとも、全然錆びなかった「女」は、このにぎやかな通りらしく明るい生気に満ち、刺激的な冒険や探検をいとわなかった。謳歌すべき青春が、暗い海中で泳ぎまわっていた魚のように、突如として日の目をきらりと浴びた。
変化はむしろ反応とか反射みたいなものであり、彼女の思惑でどうこうなる類の代物ではなかった。さっきまで襲い掛かっていた恐怖と絶望、落胆、驚愕の激しさは大分和らぎ、徐々に順応と関心が占めるようになっていった。箱入り娘は悪に疎かった。悪を滅する正義についても、十分な知覚が足りなかった。ただ遠くからずっと眺めていただけで、触れたり嗅いだり、味見すらもしたことのなかった特殊な気泡に、無我夢中だった淑女は、名前を付けるだけで手いっぱいだった。若かったジルコニアはそれを愉快だと考えた。ああ、このような高揚が人生にあったことを、どうして誰も教えてくれなかったのだろうか?清水のように滾々と湧き出た自然と不思議が、貴婦人の内側で干上がっていた泉を、静かに潤していった。
「ねえ。私を盗んだことは誰にも言わないから、あなたの正体を教えて頂戴。人さらいでも泥棒でもないなら何?」
「人さらいでも泥棒でもいいんだが。何だと思う?」
「・・・そうね・・・。豚飼いじゃないことは確かだけど、貴公子でもなさそうね・・・。剣を持ち歩いているから、兵士くずれの傭兵ってところかしら?」
「惜しい。百姓だ」
「まさか!嘘でしょう!」
「ばれたか。だが似たようなものだ。剣は牽制と護身のためだ」
「・・・ふうん・・・。あら、大道芸だわ!」
と、差し掛かったT字路で披露していた見世物が、ジルコニアの目にいきなり飛び込んできたら、足はひとりでに止まり、他の観客ともども、二人は催しを楽しんだ。道化に扮した派手な衣装を着た大道芸人が、ハチャメチャな歌を歌い、でたらめな手振り身振りと共に、客を寄せ付けていた。赤ら顔が滑稽さを引き立て、幾本かのナイフを手にした男は、ジャグリングを始めた。ヒヤヒヤしながらも、興味津々と見守る観衆の中、器用に取っ手を掴んでは、再び宙へ放り投げる素早い技を、集中した彼は十数回か繰り返した。じきに拍手や称賛の声が上がり、うまくいった道化師は、自負と安心の笑みを浮かべた。ジルコニアもパチパチと手を叩き、歓声を送った。それから次に輪っかを持ち出した男は、種も仕掛けもないことを強調するかのように見せつけてから、その中へと潜った。腰に当てた輪を勢いをつけて回し、ぐるぐると回した腰で回転を保ち続けた。そしてまたしても、ナイフが空中に舞うのだった。好ましい驚きの最中、遂に仰いだ芸人は一番の見せ場へ達し、口笛を吹いて合図した。すると唐突に、背後から一匹の犬が飛び出した。飼い主の足元で控えた動物は、二つの芸を同時進行している彼が、一歩を踏み出すと、足と足の間をさっと通り、また一歩が行くと、機敏に通り抜けた。何とも微笑ましかった上、難しく高度を要した技術に感服する人々の心は、完全に掴まれた。最終的に、たった一度の失敗もなく出し物は終わり、熟練した大道芸人の懐に、大量の実入りが集まった。満足げな男は、ほくほくとした笑顔で対価を回収した。
その時だった。どこかでワンワンと吠える声が聴こえたら、次の瞬間には、大道芸人の犬目がけて、別の犬がまっしぐらに駆け付けた。面食らった道化師の側で、尻尾を振った生き物たちは親し気にじゃれ合い、心行くまで出会いを喜んだ。
「こらファイドー、待つんだ!」
と、喉が潰れたような醜い声音が辺りに響き渡ると、精一杯のちょこちょこ歩きで、せかせかと追いかける、年老いた小鬼が登場した。小さな背中をさすった彼は、僅かにばつの悪そうだった雑種犬を窘めた。
「全く、ちゅうに走り出したと思えば・・・、アッシュしゃま?アッシュしゃまではありましぇんか!しゃがしましたぞ!」
と、ようやく探し当てたゴブリンが言い終えた端から、後から来たダリルもその場に到着した。
「おっ、アッシュの旦那。別嬪さんを連れてさすがだね!」
と、冷やかす小男が、どうにもいけ好かない感じだったので、微妙な顔つきをしたジルコニアは、ちょこっと後ずさりした。いやらしい品定めのような目つきで、小太りの男は彼女をじろじろと見た。彼らはアッシュとどういう関係なのだろう!
「あっ、この野郎!ベスに何しやがる!」
と、一瞬で沸いた憤りに叫んだ大道芸人が注意を背けると、一同は白日の下における繁殖行動を目の当たりにした。むき出しの本能のまにまに、芸達者な雌犬へ乗っかった雑種犬の腰が、盛んに揺れていた。気まずさゆえに目を逸らす者もあれば、面白そうにからかう人もいた。しっしっと、不届きな邪魔者を退かそうとする飼い主の干渉もあってか、やがてファイドーはベスから離れた。せっかくの儲けにけちがついたと、機嫌を損なった道化師はベスを連れて、街角へ消えてしまった。元気だった尻尾がどんどんと死に絶えていき、後ろ姿を見送ったファイドーには、しょんぼりとした哀愁が漂った。
「この犬はどうしたんだ、リサイクル?」
と、アッシュは尋ねた。
「あなたしゃまをしゃがし出しゅために、しもべに付けた野良でしゅが、もう用はありましぇん」
と、相も変わらず、焦点のずれた薄気味悪かった黒目で見返したリサイクルは、感謝の念もなしに淡々と答えた。
「アッシュしゃまこしょ、しょ奴は誰でしゅ」
と、何だかへんてこなドワーフに問われたジルコニアは、少々たじろぎを見せたものの、臆病を悟られてはいけないと、貴婦人らしい威厳を示す姿勢を保った。
「何、頭が高いぞ。こちらはパノプティコンが誇る、由緒正しい血筋のご婦人だ。実に奥ゆかしくも、俺の手伝いを買って出てくださったんだ」
噓ばっかり!隣で聴いていたジルコニアは呆れたが、まあこうまですらすらと並べ立てられるものだと、感心した。そして、そんな彼女を意図的に見つめていたダリルは、打って変わって改まり、淑女へ恭しく近づいた。
「へへ、お嬢さん。どうもご機嫌麗しゅうごぜぇますか。お目にかかれて光栄でさあ・・・。恵み深き神様ありがとうごぜえます、だ!」
居心地が悪そうな目を向けたジルコニアは困った。あふれんばかりの胡散臭さを、何と濃厚に纏っていることだろう、この男は!まだ擦り切れていないだけましな古着を身に付けた彼は、手入れしていない無精ひげを伸ばしたまま。気品の欠片も見えなかった顔の輪郭はぶよぶよとたるみ、おまけに濁った垂れ目はまるで腐った魚のよう!でっぷりと突き出た太鼓腹が不摂生を雄弁に物語り、短い四肢には優雅さとか俊敏性がちっともなかった。はあと気のない返事をした令嬢は、アッシュへすり寄った。
「ジルコニア、もうお前は自由だ。屋敷へ帰るなり何なり好きにしていい」
と、アッシュがつれなく言えば、箱からいったん出てしまった箱入り娘は、食い下がった。
「戻ってもいいけれど、あなたは自分を明かさなければいけないわ。頼んだお土産が出来上がるまで、二、三日家に通ってもらうわ。父と母にも会ってちょうだい。紹介するわ」
夕食の席でうまく伝えると言ったジルコニアは、また明日訪問するよう指示した。今度は狡い手口を使わずに、誠実な客人として来てくれとも言った。よって図らずも、領主のドモンド氏と直々に言葉を交わす約束が、一方的に取り付けられたものの、特に断る理由も見当たらなかった。とはいえ下等な人間どもと関わることは、極力避けたかったリサイクルだったが、そのような者たちにもてなされると聴いては話は別であり、彼はお座りしたファイドーに、気前よく骨付き肉を約束した。それから、真実人目さえなければ、歓喜に跳び上がったろうダリルは、願ってもない招待に心躍った。ヤッホー、底辺から天上へ一足飛び!なんてツイているんだろう、彼は!全く罪な色男は憎いね、幸運の女神が付いて離れないのだから!おこぼれか何かにあやかれるかもしれない!ああ、滅多になかったかった好機と来たもんだ!
明るい髪色をした女が、アッシュの傍らを通り過ぎた。淡い色に惹きつけられた彼は、ネルを思い浮かべた。すると、あの黄金の月に輝いた優美な絹糸へ、もう一度指を絡めたい欲望が、腹の底から瞬時に沸き起こり、節操をわきまえなかった胸が暴れた。急がば回れと先人は助言したが、一秒でも早く、聖女の心を自分のものにしたかった魔人は、欲の強さを操縦しようと躍起になった。一体その時、青緑色の瞳は何を映すのだろうか。バラ色に染まった頬は、何を仄めかすのだろうか。薄桃色の唇は何を告げるのだろうか。華奢な肩はどう揺れ動き、繊細な指先は、果たして彼を触れるのだろうか・・・。弧を描いたまつ毛が微かに震えたら、目蓋は口づけのために閉じるのだろうか。なだらかにくびれた腰は、彼の強健な両腕に支えられる時を、今かと待っていたのだろうか。
答えを知るために、たとえすべてをなげうったとしても、惜しくはなかった。何故ならば、それはかき集めた宝物より、はるかに貴重だったからだ。そう、確かな愛こそが、戦争狂な軍人との面会より何よりも、アッシュが欲してやまないものだった。
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