聖女の加護

LUKA

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雰囲気を盛り上げるBGMなしには、伏魔殿としての趣はいささか欠けていたものの、憎むべき悪敵の居城へ、ついに踏み込んだキミカの緊張は高まった。隠れていたマントの内側から現れたエフィとケットの妖精姉弟は、中空に浮かびながら、辺りを慎重に窺った。未知ゆえの恐怖と心細さから、キミカの心臓は大きく鳴り響いていたが、引き返すことはできなかった。ここまで来てしまっては、あとはもう運を天に任せるのみであり、極力目立たないように、一行はそろそろと城を進んだ。
 いつどこで魔人やモンスターどもと遭遇するのか、はたまた囚われている聖女ネルはどこにいるのだろうか?靄がかった不安がキミカの思考にかかった。今更ながら無謀だったと悔やんでも時すでに遅し。そんな今の彼女にできたことは、最悪を想像しないくらいのものだった。願わくは、魔人が偶然留守にしていたらいい。それから実際いたとしても、ネルと会うまで目をかいくぐれたらいい。とにかく見つからないように、この城に溶け込んでしまうことが重要だ。忍者のように隠密と、影の一部となった彼らは、かけがえのない友を探し当てるのだ。
 しかしながら、とはいえども、三者がばったり魔物と鉢合わせてしまったのは、そんな矢先のことだった。階段を上がってきた魔物は一体。宙の妖精たちと目線が並ぶほど大きい図体は頑丈で、一つしかなかった目がぎょろりと剝いた。そして飛び出た牙は恐ろしく鋭い。南無三!
 だがしかし、息をのんだキミカ達の土壇場にも拘わらず、サイクロプスのサニーはよく分からなかった。もともと顔を覚えるのが苦手だった彼にとって、たった今出会ったばかりの年寄りは、多分知らないはずだ。何故ならば、老いのために醜い面立ちをしているのは、リサイクルただ一人であり、背格好があまりにもかけ離れている。それでは、そんなお婆さんの頭上で佇んでいるものはどうだろうか。ちょうど火の玉のようにぼうっと輝くそれらは、蝶々らしく負った薄翅で飛んでいる。不思議な生き物だなあと、見つめるサニーはぼんやりと思った。白みがかったピンクと緑色をした何かが、ふわふわと目の前に浮かんでいる・・・。何とはなしに、気が向いた彼の大きな手が掴もうとしたら、神秘的な物体はすいと避け、サイクロプスの浅薄な注意は瞬く間に取られた。
 不運なケットからしてみれば、このじゃれつきはたまったものじゃなかった。避けても避けても次から次へと追手が続き、捕まらないようにするだけで、彼は精一杯になった。そして次第にらちが明かなくなると、この気の毒な妖精は焦りと苛立ちを感じ始めた。ああもう、愚鈍なサニーのしつこさといったら!何とかしてくれ!やけになった彼は熱心に願ったものの、どうしようもなかった。
 「ネ、ネエチャン!キミカ!~~~~~!!クソ~~~~~ッ!!」
 結果、とうとうしびれを切らしたケットが逃げ切ろうと飛んでいくと、その薄青い一つ目を決して離さなかったサニーも、その後を追っていってしまった。呆然と見送るほかなかったエフィとキミカは若干の後ろ髪を引かれつつも、最終的には逃げられるだろうと考えた。ケットにはすまないが、魔人や他のモンスターに気づかれる前に、彼女たちは一刻も早く聖女を見つけ出さねばならない。幸運と神の慈悲を素早く祈った一匹と一人は、こっそりとした捜索を再開した。
 奇妙な魔物をかたどった像が至る所に置かれていたものの、城内から実体が現れる素振りはまるでなかった。あたかも主を失ったかのようにしんと静まり返っていたのでは、かえって不気味さが増すというもの。絶えず周りに神経を配りながら、自然と動くキミカの目はきょろきょろと泳いだ。巨大なシャンデリア、名画かもしれなかった凄まじい絵へ向けた後、アーチ窓をちらっと見た。眼下の先で、屋外に出ている数体の小鬼を認めた彼女は、縮む思いがした。扉のモンスターが言った通り、やはりゴブリンたちがいたのだ。真実見つかれば、哀れなケットのように追い回された挙句、彼らを統べる魔人のもとに、彼女たちを差し出すに違いないだろう。もしかしたら、そこで初めてネルに会えるのかもしれないが、同時に最後の再会となるかもしれない。やり抜けるだろうか?いいや、やるしか道はない。
 古めかしい城は広く、どの部屋もネルの手がかりとなる痕跡は見られなかった。ありがたいことに、魔人としもべはうろついていなかったといえども、先の例があったから気は抜けない。部屋から部屋へ、廊下から廊下へ、階段から階段へと、妖精を連れた醜い魔女は、内心びくびくしながら聖女を求めた。城の維持管理はずさんもいいところだったから、ちょっとした物音がしただけで、魔法のリンゴ売りは跳び上がらんばかりに驚いた。時だけがじりじりと過ぎていくと、ハラハラと不安に拍車がかかった。そして打開すべき状況が望まれたにもかかわらず、それはキミカたちを追い込んだ。
 今まで閑静を保っていた城内に突如として、甲高い鳴き声が響き渡った。もちろんびっくりしたエフィと老女が振り向いたら、どういう訳か一匹の雄鶏がホールを進んでいた。真っ赤なとさかを頂いた頭を小さく突くたび、赤い肉髯にくぜんが黄色いくちばしの下で揺れていた。すると彼なりの早歩きをしたゴブリンが、よちよちと後を追うようにやって来たとたん、誤って入り込んでしまった家禽は肢を速め、彼女らがいる方向目がけて逃走を図った。本当に、はた目に何でもないように見えたものの、潜入しているキミカ達からすれば、この雄鶏は無邪気な顔をしてえげつない限りを尽くしていた。皆まで言わずとも、慌てふためいたお婆さんと妖精は、その場を追い立てられることを余儀なくされた。
 「ああもう、こら!」
 と、耳に障るしゃがれた言葉を発した小鬼は、じれったい苛立ちを露わにした。本能的に生命の危機を感じ取ったのだろうか、まだら模様の雄鶏はスタスタスタと、一意専心と競歩に勤しんだ。降りかかった災難に苛まれたキミカ達は、とにかく逃れようと小走りで行った。やがて廊下は突き当り、余裕のなかった妖精と老婆は、それとは知らずに左右へと別れてしまった。
 コケコッコー!遠ざかった鳴き声を背中で受けたキミカは、てっきりまだ後ろにいるものと思い込んだくらい、平常心を欠いていたから、ただの一度も振り返らず逃亡を続けた。先は狭く入り組み、暗かった。駆り立てる恐慌のただなかで、彼女が唯一覚えていたことは、せっかちな鼓動くらいのものだった。



咲いていた花の彩りは安らぎを、微風にしなる茎や枝葉の緑は癒しを、ひとまず役目を終えた安堵と共に、一息ついた聖女へもたらした。静かな落ち着きが徐々に染み込んでいくのを感じながら、噴水を抱いた中庭がまるでオアシスのようだと、ネルには思えてならなかった。どのみち喜ばしい客でもなかった彼女は、このような昔話に出てくるような城と、さっぱり馴染みがなかった。豪華で立派な調度品もあれど、広々とした空間にぽつんと立つだけで、不穏な胸騒ぎを覚えるなんて。城のあれこれに宿る重厚が、確かな年月の重みを加えて、不確かな彼女を圧迫しにかかっているみたいだった。間借り人でもなかったネルは、助けを待つ囚われ人の自分が嫌だった。過去に脱出を試みたものの、それは火を見るよりも明らかな無理だった。もはや勇者などという人物は音沙汰もなく、何が正しいかもはっきりしないまま、「悪」に捕らえられた彼女は日々を過ごしている。聖女を閉じ込める城は、押しつけがましくそこに居ろと、命じていなくもなかった。
 眺め渡す庭園は、回廊を支える柱と柱の間に佇んだネルを引き止めもせず、あるがままの自然があった。成り行きの産物がありとあらゆる訪問者を招き、しかもお互いが持ちつ持たれつの関係にあった。花芯へ潜り込む虫は糧を得ると同時に受粉を助け、そうして作られた種は小鳥たちが食べることで、遠くへ運ばれていく。生きるため、降り注ぐ恵みを取り込んだ植物はひとりでに成長していく。絶好の隠れ家でもあった茂みは陰を生み出し、地表や地中に住まう生き物らにとって大いに役立つ。結んだ実は命を長らえもすれば、ひょっとしたら奪いもする。これから彼女が手折ったとしても、美しい花は必ず咲き誇る。枯れ果てるまで、鮮やかな色彩と清々しい香りは終生彼女の味方であり、なだめられた聖女の心をまた豊かにするだろう。
 そうだ、花を生けよう。良い考えを思いついたネルの足は向いた。ライラック、ユリ、カモミール、なでしこ、ラッパズイセンが慎ましく、控えめな乙女のように可憐に並んでいた。ほとばしる水の音を横に聴きながら、屈んだ聖女が手を差し伸べたその瞬間、人の姿をした人間がやって来た。
 「ネル!」
 彼女を一目見るなり、現れた女は呼んだが、ネルは若い女を知らなかった。黄緑色の外套を纏った女はおかっぱ頭で、小ぶりな鼻の上にかけた眼鏡の奥で、希少なオッドアイが見開いていた。
 やっと会えた聖女の困惑した表情を見て取ったキミカは、魔法で変えられてしまった自分だからと思ったものの、大変な喜びの前では、些細な事柄としてかすんでしまった。
 「ああネル、無事だった!会えてよかった・・・!」
 友の元へ駆け付けたキミカが、心底安心できたらしく言っても尚、一体誰なのか、ネルにはちんぷんかんぷんだった。だがしかし、とはいえども、どうやら女の方は彼女を知っているようだったし、おまけに安否を心配していた。
 「わ、わたしを知っているんですか?」
 動揺するネルが尋ねるので、キミカはいきさつを説明した。
 「キミカだよ、ネル。だけど今の私じゃあ分からないよね。迷いの森でこんな魔女に変えられちゃったの。でもそのおかげで、ここまで来れたんだよ!」
 「わたしのために?どうして?わたしは一体誰なんですか?」
 「何言ってるの、ネルはネルじゃない・・・!本当に間に合ってよかった・・・!」
 台詞の端々からにじみ出る歓喜は言わずもがな、キミカと名乗った女は誠に嬉しそうだった。その上、彼女は聖女のものとそっくり、否、同じ意匠のワンピースを着ていた。
 「お願いします、ここはどこで、何のためにわたしは居るのか教えてください・・・!」
 懸命になったネルは訴えたが、キミカは取り合わなかった。
 「どうしたの、ネル?らしくないよ。ううん、それはいいから早く逃げよう。勇者を待つだけ時間の無駄だから!」
 「わたしを助けに来てくれたんですか?」
 「当たり前じゃない!私たち友達でしょう?せっかく漫画の続きができたんだから、ネルに一番に見せようと思ったら・・・。また読んでくれる?」
 仲の良い友人がいたらしい事実は素直に好ましかった。心地よかった草花の存在と同様に、寂しかった聖女は目の前の女をありがたく感じた。最初から一人ぼっちではなかったのだ。憂き目に遭っている時も、自分を思いやる誰かがいたのだ。
 「『魔人』は今いませんが、あの人は何者なんでしょうか」
 励まされたネルは言った。
 「何者って、ネル!あいつのあくどい目的を知らないはずないでしょう!いないんだったらここから早く出ようよ!」
 「やっぱりあの人は悪い人なんでしょうか。何故わたしを攫ったのか教えてくれないんです」
 「とんでもない世界征服を企んでいるんだもの、悪い奴に決まっているでしょう!」
 「一人の男の人が世界を支配するなんてことができるんですか!」
 「一体どうしちゃったのよ、ネル。何でそんなふうに変わってしまったの?とにかく、魔人が戻ってくる前に聖域サンクチュアリへ帰ろ――」
 回廊をよちよちとやって来たゴブリンを認めたキミカの言葉がハッと途切れたら、斜め後ろをパッと見やったネルは状況をすぐさま学んだ。
 「こっちへ」
 すかさず手首を取ると、邪魔を恐れた聖女はキミカを庭から連れ出した。

図書室へ移った女たちは二人きりとなったが、念のため閂をかけた。これで人心地が付けるというものだ。
 「あのね。本来なら、魔人を打ち負かした勇者が聖女のあなたを助け出すのだけれど、居ても立っても居られなかったの」
 キミカは言うと、言葉を続けた。
 「どうして魔人はそこまで強くなれたのかしら。こんなことは初めてだったから、みんな途方に暮れていたんだよ。ジイも、リグとラグも」
 「その、確かに憎らしいところもありますが、彼はそんなに悪い人間じゃないと思います」
 ネルが思った事を口にしたら、仰天したキミカは耳を疑った。許されざるアッシュの肩を持つような発言を、よりにもよって聖女の口から聞くとは!一体全体どういう風の吹き回しだろうか!
 「魔人が悪くなかったら、あなたは連れ去られていなかったんだよ、ネル」
 「だけど、基本的に彼は良い人だと思います。何を考えているのかさっぱり分からないけれど、その・・・、色々と優しくしてくれたから」
 「色々」を思い浮かべたネルの頬が、恥じらいにほんのりと染まった。さて、これはどうしたことだろう!信じられなかったキミカは正面の女をまじまじと見た。というのも、今の聖女は、彼女が親しくしてきた聖女とどこか違っていたからだった。柔らかな口調は相変わらずだったものの、あろうことか平和な世界を貶める男について、厳しい非難の一つや二つを述べたとしても不思議ではなかったはずだ。悪を嫌い、善を尊ぶ聖人族として、偉大な女神より賜った生を全うすることこそが、聖女たる彼女の誇りではなかったか?下界という危険を冒してまで、迎えに来た友に対する感動と悦び、それから感謝に震えた彼女は、解き放たれたのではなかろうか。はるばる旅してきた結果がこれでは割に合わないではないか。
 「魔人を許すなんてネルだからできるんだよ。私は『聖女』にはなれない。そんなキャラクター、異世界でもいないよ」
 キミカは半分呆れながら、矛盾していることにはたと気が付いた。幾らファンタジーゲームの実世界だろうと、全くもって心の広い、正真正銘の高潔な「聖女」が生きている現実はどこか乖離的で、実際にはあり得ないだろうと頭の片隅で信じ込んでいた。本質的にネルは何も変わっていなかったし、たった一つの真理も不変だ。結局どんな世界に生きようと、絶対にそれは思い通りになったためしがなかった。
 「異世界」
 と、繰り返したネルは呟いた。何だかタイムスリップしたような彼女からしてみれば、まさしくこの世界こそが見知らぬそれだった。
 「ねえ覚えてる?この世界以外に別の世界があることを私が話した時、何でありもしないものを想像できるのかって、あの時のネルは訊いたよね。そして口ではうまく説明できなかったから、私は漫画を描いたんだよね。すっごく不思議そうに読むネルが可笑しかったなあ!その後で、続きが読みたいって言ってくれた時、何となく嬉しかったなあ」
 聖女からの相槌あいづちはなかった。
 「あなたはかけがえのない友達であり、読者でもあるの。だから魔人なんかに渡さないんだから」
 以上のように言ったキミカから創り出された作品は、紛れもない彼女の一部だった。自信ほど縁遠かったものはなかったにもかかわらず、無意識ながらもキミカはその点を自負していた。
それでは読んでもいいのではなかろうか?ネルは「友達」の確かな言葉に惹かれた。
 「『わたし』はあなたのために――、あなたの役に立っていたんですね」
 鮮明な過去を記憶として持っていない自分自身に対する肯定的な希望も兼ねて、聖女はやや確かに問いかけた。
 「みんなはあなたが帰ってくるのを待っているよ。聖域サンクチュアリはネルが好きだもの」
 キミカの口ぶりは、むろんネル当人もよく知っていることを意味した。待望されている自分を理解した聖女はアッシュもといこの古城から、何のためらいや戸惑いもなく直ちに離れるべきだろう。未練はおろか、せいせいしたはずの彼女は喜々としてもよかった。そうだ、異世界へ迷い込んだといえども、適当な居場所があるのだ。しかし、はっきりした自分を取り戻したかったネルはそれでも、しっくりくる本当の世界へ帰らなければいけない気がした。ここではないどこか――恐ろしいモンスターに、おかしな魔法使いがあり得ないところへ・・・。
 不意にアッシュが心に思い浮かんだら、もう少しでまとまりそうだった考えがまたしてもばらけてしまった。それはつまり場所を思い出そうとなかろうと、彼のもとを永久に去ることになるだろう。もう二度と相まみえることもない。そこは魔法などと言う、甚くへんちくりんな代物を受け入れるには、いささか真面目過ぎるようだった。そして彼は妖術を用いもすれば、真実魔法のような男だった。あるいはでたらめな男と言っていいのかもしれない。決まった型を持たなかったアッシュは変幻自在だった。その都度意趣を変えた彼は万華鏡だった。快かった刺激は楽しかった。しかも水でもあった彼は潤いを与えてくれた。生命と精神は花開き、天上の神をその目に見ることが出来た。芽生えた種々が絡み合い、うっそうと茂った森と化した。うっとうしかったが、どうしてもそれを忌み嫌えなかった。
 「彼はどうしてわたしを攫わなければならなかったんでしょうか」
 思考の果て、あらぬ一点を見つめるネルはぽつりと言った。もっとまともな出会いだったら――。
 「この世界を掌握するためよ。魔族以外の種族を落ちぶらせて奴隷にするの。魔神を召喚する儀式をすればそれが可能なの。あなたも分かっているでしょう、ネル。・・・聖女のあなたを生贄にしてね・・・」
 抑揚を押し殺したキミカの答えは、冗談にしては気兼ねがあまりにも滲んでいた。
 「・・・いけ、にえ・・・」
 予想だにしなかった単語は全く絶望かつ衝撃的で、急に頭の中が真っ白になってしまったネルは、きちんと飲み込めたかどうかも分からなかった。それからだんだんと理解が下りてくるとともに、迫りくる凄まじい恐怖のために、顔色を失った聖女は立っていることもやっととなった。・・・そんな、お願いだから誰か嘘だと言って・・・。ひどい不幸のせいで、くらくらしてきた彼女は今にも崩れ落ちそうだった。おお神様!あれ程までに甘い愛を囁いたアッシュは、彼女の命を密かに狙っていたのだ!参らんばかりに激しかった情熱の裏で彼女を殺めようと、氷のように冷たい血が心に流れ込んでいたのだ!あのときめくような台詞の裏で!慈しむような愛撫の裏で!揺るぎない抱擁の裏で!あの輝くような眼差しの裏で!素敵な微笑みの裏で!とろけてしまいそうな口づけの裏で!
 むごたらしい悲しみはネルから感覚を取り上げたらしく、痛みを感じないほど鈍くなったのかと思われたが、その実奪ったのは彼女の意識だった。
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