石橋を叩いて渡れ、冒険者人生

tosa

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殺戮の刃は生贄を欲し、生贄達は全身全霊で抗う

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 王都から派遣され、増員の為に西の砦に向かう三百名の騎士団は街の外で小休止していた。冷酷な上司キメル中佐が街の中に赴いたので、緊張から解放され兵士達はのんびりと過ごしていた。

 一等兵のパスルは芝生に寝転がり、口笛を吹きながら秋晴れの空を眺めていた。まだ十代のパスルは実戦を経験した事が無かった。
 
 これから向かう砦に着任したら、隣国との戦闘が起こるだろうか。

 そんな不安な気持ちを抱いていると、上官であるコード大尉が馬で戻ってきた。コード大尉の後ろにはもう一人騎乗していた。

 大柄な青年だ。紅茶色の髪をしている。腰には見事に装飾されたの剣を身に着けていた。直ちに三百名の兵士達が集められ、魔物達の襲来とキメル中佐の負傷が伝えられた。

 兵士達が皆動揺する。この緊急事態に指示する上官も不在で、我々は一体どうすればいいのかと。

「私は冒険者ウェンデルだ。皆に頼みがある。私と一緒に魔物達と戦って欲しい」

 一等兵パスルはウェンデルの名を聞いて驚いた。元騎士団少佐。その誠実な人柄で、多くの部下達に慕われていた。

 騎士団を辞めた後は冒険者になり、貧しい人々を救う話は王都にも伝わっている。

 パスルも吟遊詩人が歌うウェンデルの武勇伝を聴いた事があった。その歌は、特に平民に人気があった。

 また騎士団に呼び戻したらという声もあるが、軍の上層部にとってはあり得ない事だった。

 自国の宝である勇者の剣を魔族に渡す。そんな任務を与え、更に命まで奪おうとしたウェンデルをまた召し抱える事など出来る筈も無かった。

 ウェンデルは続ける。これは任務外の行為であり下手をすれば処罰の対象になる事。魔物を撃退しても何も恩賞が出ない事。魔物達には銀貨級、金貨級の魔物もいる事。

 兵士達は不安げな言葉を次々と口にする。全く割に合わない行為ではないかと。我々に何の益があるのかと一人の兵士がウェンデルに向かって叫ぶ。

「益は無い。ただ諸君達に聞きたい。騎士団は何の為に存在する? 国というあやふやな物を守る為か? それとも目の前の無力な民を守る為か? どちらだ」

 ウェンデルの問いかけに兵士達が一様に黙り込む。兵士達一人一人が己の良心の呵責と戦っているように一等兵パスルには感じられた。

「しょ、勝算はあるんですか!?」

 パスルは勇気を出し紅茶色の髪の青年に問い正す。ウェンデルがパスルの目を真っ直ぐに見つめる。それは、パスルの人生において今まで見た事の無いような強く、そして清新な瞳だった。

「勝算はある。この街には練達の頂きに到達した魔法使いがいる。そして私の手には伝説の皇帝の剣がある!」

 ウェンデルは腰の剣を抜き放ち天に掲げた。黄金色の剣は陽光に反射し、どこか現実離れしたような光景が目の前に映し出される。

「こ、この戦いで我々が得るものは一体なんだと言うんだ!」

 一人の兵士が叫ぶ。それは、三百人の兵士達の心を代弁しているかのような問いだった。

「己を誇る事が出来る。自分は死ぬまでの間に、多くの民衆の命を救ったと」

 その声は穏やかな口調だった。一等兵パスルはウェンデルが微笑んでいるのを見た。黄金の剣を掲げ兵士達を叱咤激励するその姿は、まるでどこかの王の姿にパスルには見えた。


 

 ······練達の頂きに到達した三十代半ばの魔法使いは行列に並んでいた。王都から振舞われた上等な酒を飲む為だ。タクボは美酒を味わう算段をしていた。

『この機会だ。一杯飲んだらまた列に並び、もう一杯飲もう。いや、酒の味が良ければ更にもう一度並んでもいい』

 タクボは酒樽から臭う上品な香りに、三度は並ぼうと決めた。いよいよ次はタクボの番だった。

 緩んだ表情を浮かべるタクボの肩を誰かが掴んだ。振り向くと、汗を浮かべるエルドが居た。

 午後になり人々の往来も増えてきた。精霊祭も益々賑わいを増してきた。その人混みをかき分け、タクボとエルドは走っていく。

「エルド。なんで私の居場所が分かった?」

「タダで飲める上等な酒。タクボが無視する筈がないでしょ」

 意地汚い人間扱いをされ、せっかく並んだのに酒も飲めずタクボは不機嫌になった。

「師匠! 食後の運動ですか?」

 気づくと後ろからチロルも追走してきた。両手にはこれから食べるであろう、焼きトウモロコシを握っている。
  
 チロルの横に元魔王のヒマルヤ少年が慌ててついて来る。少年が手に持った焼き栗も、いずれチロルの胃袋に収まるとタクボは推察した。

 タクボ達は壁の階段を登り、慌てふためいている警備隊を横目に西の方角を見る。魔物の群れは望遠鏡が必要ない程の距離まで近づいて来ていた。

「タクボ! なんとかなりそう?」

 既に壁の上に居たマルタナとサウザンドが寄ってきた。

「いや、なんとかも何も私が聞きたいぐらいだ」

 タクボは心からそう呟く。

「サウザンド。最初に聞いておく。お前、手を貸す気があるか?」

 タクボは死神に質問した。相手は魔物達だ。魔族の彼にはこの街を救う義理も無い。それでもタクボは彼我の戦力を確定しておきたかった。そうしなければ戦術も決められないからだ。

「アルバなる賢人に聞いた話だ。先の戦いのあの黒いローブの四人はバタフシャーン一族の血縁であり一族から支援されていると」

 サウザンドが静かに話し始めた。あの隊列を組んだ魔物の群れ。あんな真似が出来るのは魔物を造り出すバタフシャーン一族の意思である事は明白だった。

 サウザンドにとって居城から勇者の剣を強奪した黒いローブの四兄弟は敵だ。その敵を支援するバタフシャーンも間接的には敵だ。

 だが一つ問題があった。バダフシャーン一族に剣を向けると言う事は、今後一族から魔物を買えなくる恐れがあった。

 サウザンドは無言で主君のヒマルヤを見る。元魔王の少年は臣下の目を見つめ頷いた。

「国の事は気にするな。サウザンド。元より二等国に格下げされて以降、バタフシャーン一族から魔物を買う際法外な値を請求されておる。今更奴らの心証を気にするな必要はない」

 ヒマルヤの淀みない物言いに、サウザンドは敬礼した

『······この少年は、確かに人の上に立つ資質があるのかもしれない』

 タクボがヒマルヤに対してそう感心している時、空から何かが落ちて来た。それは、先程キメル中佐を負傷させたの大きさの岩石だった。

 耳を塞ぎたくなるような破壊音が響く。岩石は壁の頂上部に直撃し、壁の一部を破壊した。

   カヒラ警備隊長は唾を飛ばしまただと絶叫している。タクボは魔物の群れをもう一度見た。

 群れの前列六十体が銅貨級魔物。中列三十体が銀貨級。そして後列十体は金貨級。その情報をサウザンドがタクボに教える。群れの最後尾に黒い巨体がいた。

 遠目にも巨体だと分かるその姿は異様だった。全身黒い毛に覆われ、顔はサイクロプスとオークを足して割ったように見える。

 太い右腕で巨大な岩石を抱えている。この岩石を投げたのはあの巨体か。

 両足も更に太い。タクボは黒い巨体の左腕が異常に長い事に気づく。あれは何か。蛇のようにうねる動きを見せるその長い左腕を凝視する。

 それは蛇では無くドラゴンだった。あの黒い巨体の左腕にドラゴンが生えていた。

 隣に立つ死神も眉をしかめる。あんな魔物は見た事が無いという様子だ。その時、群れの中列から無数の火炎の塊が飛来して来た。壁の至るところで爆発が起きる。

 火炎の呪文を唱えたのは銀貨級魔物「迷い森の魔道士」だった。中列三十体の全てが魔道士。作戦も何も決められないまま、タクボ達は戦闘に否応無く引きずり込まれて行く。

 街を囲む壁と魔物の群れの中間地点に、タクボは一つの火球を投じた。

「あの火球が燃える位置が最終防衛線だ」

 タクボは三十人程の警備隊の弓矢に攻撃力が増す呪文をかけていく。弓矢隊の指揮はエルドに任せた。エルドは頷き、武器庫から自分に合った弓を選ぶ。

「マルタナ。アルバとロシアドに伝えてくれ。四兄弟から救われた借りを私達に返す好機だとな」

「分かったわ。任せて!」

 タクボの伝言にマルタナは答え、急いで階段を降りて行く。

「私達も下に降りるぞ。サウザンド」

 タクボの言葉に死神は頷く。チロルがタクボの腕に掴まる。

「ま、待てチロル。年端も行かぬそなたも戦うのか?」

 ヒマルヤが慌ててチロルを静止する。銀髪の少女は不思議そうに元魔王の少年を見返す。

「はい。この街には、私の好きな人達がいます。だから戦います」

 ヒマルヤが尚も戸惑っていたが時間が無かった。タクボはチロルと一緒に壁の上から飛び降りた。微力な風の呪文を使い地面に着地する。

「では我が君。私も行って参ります」

 サウザンドはヒマルヤに敬礼した。

「サウザンド。チロルはなぜ迷う事なく戦えるのだ?」

 ヒマルヤ少年は、チロルの戦う理由が理解出来なかった。好きな人達がいるとは言え、命をかける必要があるのかと。

「恐れながら申し上げます。戦う理由は各々
異なります。好いてる者を守る為。国を守る為。いずれも己の心次第です」

 サウザンドは主君に微笑むと、壁の下に消えて行った。タクボが最終防衛線と決めた火球を、二人の人間と一人の魔族が超えて行く。

「タクボ。そのなた指揮官の才、見せてもらおうか」

 勇魔の剣を抜き、死神は人の悪い笑み浮かべる。

『各国に顔が売れてるサウザンドが指揮してくれたほうが楽なんだかな』

 タクボはそんな事を考えていた。しかし、手助けしてもらう立場でそう厚かましい顔も出来ない。

「さてタクボ。勝算はあるのか?」

 死神がのんびりとした口調でタクボに聞いてくる。

「勝てないと判断したら私はチロルと逃げるさ。誰に非難されようともな」

 タクボがそう断言している時、チロルが鞘から剣を抜く。エルドが武器庫から弓矢を選んでいる時、ちゃっかり自分も剣を拝借していた。

 今日は祭りのせいか、チロルは珍しくスカート姿だった。動きにくいのかスカートの裾を縛っている。

 チロルの細い足が出すぎて少々はしたない気もするが、緊急事態なので致し方ない。タクボはそう柔軟に考える。

「なる程な。タクボ、此度はなんの為に戦うのだ? この街を守る為にか?」

  前列の六十体がタクボ達に気づき、行軍速度を速める。銅貨級魔物「砦の尖兵」一つ目で口が異常に大きい。褐色の肌に革の鎧をまとい、右手に剣、左に盾を構えタクボ達に殺到してくる。

「守るなんてご大層なつもりはないさ。ただ一応、この街には二十年住んでいる。まあ、なんと言うかその」

  タクボはサウザンドの質問に言葉を濁らせる。

「義理を果たすと言う奴か?」

 死神のその以外な一言に、タクボは目を見開いた。

「サウザンド。お前、人間の事が解ってきたじゃないか」

「良い教師が傍にいるのでな」

 タクボと死神は短く笑みを交わした。先ずは前列の魔物達を片付ける。タクボは愛用の杖が無いため、手をかざし爆裂の呪文を唱えようとした。

「師匠。上から何か来ます」

   チロルが空を見上げながら報告する。タクボ達三人に影がかかる。また黒い巨体が放った岩石か。そう影の主を確認すると、それは岩石では無かった

「······黒い塊?」

 タクボが小さく呟いた時、地面が揺れる程の質量が風の音と共に落下してきた。黒い塊が着地した地面が陥没する。

 タクボ達の目の前に降り立ったのは、左手にドラゴンを生やした黒い巨体だった。

「アガァォォオオッ!!」

 黒い巨体はタクボの心胆を握り潰すような大きく鋭い咆哮を上げた。四メートルはあると思われる身長。

 この巨体がどんな方法で飛んできたのか。風の呪文しか考えられなかった。この黒い巨体は魔法も使えると思われた。

「師匠。この魔物は危険です」

 言うが早いか、チロルは地を蹴り黒い巨体に飛びかかる。左手で火炎の呪文を唱え、大きな火球が黒い巨体の顔に直撃する。

 巨体の頭部が激しく炎上する。チロルは続けざまに、拝借した剣に光の剣を発動させ、巨体の首に斬りかかる。

 だが、チロルの光の剣は届かなかった。巨体の左腕に生えているドラゴンが意思があるかのように胴体をくねらせチロルに噛み付いたからだ。

「チ、チロル!!」

 タクボは絶叫した。チロルの腰から下の半身はドラゴンの口の中に収まっていた。

 タクボが駆け出すと同時に、サウザンドがドラゴンの胴体を切断しようと剣を振り上げた。

 死神の剣が届く前に、またしても巨体の攻撃が一瞬早かった。巨体の右手に握られていた大き過ぎるこん棒が死神を横殴りにした。頭部が燃えていてもお構いなしと言う様子だ。
 
 間一髪、サウザンドはそれを、勇魔の剣で防ぐが、打撃の衝撃でサウザンドは地面に叩きつけられた。

 そのこん棒が、次はタクボに向けられようとした時、ドラゴンの口元が炎上し大きな口が開いた。チロルがドラゴンの口の中で火炎の呪文を唱えたのだ。

 ドラゴンの口から滑り落ちるチロルを、タクボは受け止めた。すぐさま物理攻撃の障壁を張り後退する。

 チロルは意識はあったが、出血を伴う酷い怪我を負っていた。ドラゴンの太く鋭い牙が胴体を深く傷つけている。

  ドラゴンの口の中で火炎の呪文を唱えたので自身も右腕に火傷も負っていた。

 チロルをすぐに手当をしなければならなかった。タクボは撤退を即断した。死神に話した通り、タクボ全てを見捨ててもこの娘を守るつもりだった。

 何かがタクボの腕の服を掴んだ。チロルの震える小さい手だ。

「······師匠。駄目です。この街を守らないと誰か平穏。安寧。質素に餌をやるんですか?」

『自分が重症を負った時に、猫達の心配などしてる場合か!』

 タクボは心の中で叫んだ。だが、チロルが毎朝猫達に餌をあげている時の少女の瞳をタクボは思いだす。

 チロルは帰る場所の無い野良猫達に、自分を重ね合わせているのかもしれないと。

「······小娘。私の口の中をよくも焼いてくれたな」

 突然、黒い巨体が言葉を発した。否。喋ったのは巨体では無かった。巨体の左腕に生えているドラゴンだった。

「このデカ物に言葉を話す知能など皆無だ。許さんぞ小娘。指一本残さずその身体を貪ってくれる!」

 ドラゴンはそう叫ぶと口から炎を吐いた。それと同時に黒い巨体のこん棒も振り降ろされる。

 タクボの物理障壁でこん棒は凌いだが、ドラコンの炎は障壁をすり抜けタクボとチロルに襲いかかる。タクボはチロルに覆いかぶさった。



「······まったく。あの魔物は文字通り化物だな」

 魔物の群れの最後尾で、バダフシャーン一族を統べる頭目の孫べロットは馬上から望遠鏡で戦況を眺めていた。

 我が一族ながらとんでもない魔物を造り出したとべロットはそう嘆息した。あの壁の門が破られるのも時間の問題と思われた。

「殺し合いを高みの見物か。君達バタフシャーン一族らしい行為だな」

 べロットの後ろから男の声がした。慌てて振り向くと、そこには白いローブを纏った真紅の髪の男が立っていた。


 

 ······タクボはチロルを庇いながら、ドラゴンの炎によって身体が焼けていない事に気づいた。不審に感じたタクボは閉じていた目を開く。

 タクボとチロルの目の前に誰かが立っていた。その小さい背中はまだ少年の年齢と思われた。白く高価そうな生地の服を着た少年の右手には、焼き栗が入った袋が握られていた。


 


 








 
 
 

 
 












 

 








 
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