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お昼のコンビニバイト三十八日目 勇者バイトを始める

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「村松君、一つお願いがあるんだけど」

唐突に昨日の帰り際、店長に呼び止められた。
店長からのお願い?なんだろうこんな事初めてだ。

「何でしょう」

何でもどんなことでも聞く所存です。

「明後日のシフト、いつも深夜だけど始めて昼の時間帯に入ってくれないかな?」

「昼に!?」

いつも深夜で変な人達の接客をしている俺に、始めてまともな人間と接客をする機会が唐突に現れた。

「別に全然構わないんですけど、どうして突然?」

「あぁ、実はその日に新しくバイトの子が入るんだけど、その子の教員係をしてほしいんだ。まぁ、その子が君の知り合いというか、友達らしくて。最初は採用しようか迷ったんだけど、君の友達ならまぁ安心かなって」

「えっ...友達?」

俺の友達で、コンビニバイト始めるような人いるか?
誰だ。全く思いつかない。
そもそも面接に来る前に俺に相談とか、コンビニバイトどんな感じ?とか聞いて来るものじゃないか?
なんだ、誰だ本当に。

「外人の綺麗な顔した男の子だよ。終始緊張して震えながら面接してたけど、君の話をし始めた途端、すっごくいい笑顔になってね。前の動画投稿の話はちゃんと頭を下げて謝ってくれたし、いい子だと思うんだ」

俺、外人の知り合いなんていないんだけど、心当たりがありすぎて怖い。
緊張じゃなくて、普通に店長に怯えてたんだな。

「その日昼に人が少なくてね。彼についてあげられる人がいないんだ。申し訳ないんだけど、村松君、お願いできるかな」

「は、はい...」

いつも深夜に店長と二人しか入らない俺は、昼のコンビニバイトがどういうものか全く想像できなかった。
初めて普通の人を接客する事になるのか。
なんて思いながら、少しわくわくした。

そして、お昼のコンビニバイト初出勤。
着替えるため休憩室に入ると、

「おー!ムラオ!ムラオ!」

村松よっすよっすという感じのハイテンションで俺の近くに寄ってきた勇者。
やっぱりこいつか...。

「なんでまたコンビニバイトなんてしようと思ったんですか」

「今回の動画は、コンビニバイト始めてみた!って動画にしようと思ってさ!そしたら、ムラオと共通の話題ができるし、本当は深夜がよかったんだけど、人が足りてるって言われてさ」

コンビニの制服に、黒いズボンの勇者は、にこにこしながら髪をかきあげた。
金髪に青い目の外国人のような容姿で本当にさまになっている。
こいつ、顔だけはいいもんな。

「俺イケメンすぎて多分このコンビニの名物になっちゃうと思うから、サングラス持ってきたんだけどどう?」

「どうもなにも、接客中に絶対かけるなよ」

「コンビニの制服きたらSNSにあげるから一緒に写真撮ろうよ。あっでも二人で撮ると引き立て役みたいになっちゃうかな?いや、今のは悪意で言ったわけじゃなくて素直に口に出てしまったんだけど」

「ちょっと静かにしろ」

よく喋るなこいつ...。

「ムラオ、ちゃんと食べてる?あんまり筋肉とかついてないよね。俺はほら、モンスター退治とかで自然と筋力鍛えられて、筋力Aなんだけどさ、今度一緒にジムとか行く?女子って結構男のそういうところ見てるよ?」

制服をはだけて自分の筋肉を見せながら話す勇者に、俺は仕事を始める前から既にげんなりしていた。
なんでこいつと話すとこんなに疲れるんだ...なんとなく勇者に友達がいない理由がわかった気がする。

売り場には既に店長がいて、

「ありがとう村松君。俺は事務の仕事があるから後お願いね。何か困ったらすぐ呼んで」

俺の肩をポンと叩いて休憩室の方へ。
 出勤時間は朝の9時。
混む時間帯の昼に備えて勇者を教育しないとな。
コンビニバイトのメンツは俺と、出勤初めての勇者と、若いメガネで三つ編みの俺と同い年くらいの女性のみ。
 初の昼の出勤だし挨拶しないとな。

品出しをしている女の子の元に向かう。

「はじめまして、いつも深夜のシフトで働いてます村松晴です。今日はお昼のコンビニバイトよろしくお願いします」

「は、はい、ご丁寧にどうもありがとうございます。私は安藤ゆかりです。よろしくお願いします」

にっこり笑顔で返してくれる。あぁ、この人いい人だ。

「こっちは今日初出勤の...」

「マックです。あなたのような可愛い人と働けて俺は幸せです。よろしくお願いします」

さりげなく彼女を褒めながら手をそっと握るマック。

「ひ、ひゃって、手を...」

「重いものとか、届かないものとかあればいつでも呼んでください。182センチと筋力Aの俺があなたを助けにっていだーー!!」

俺は頭をスパンと叩き、

「すいません!ほんっとすいません!」

俺は頭を下げてマックを引っ張ってレジまで引きずっていった。

「すきあらば女性と仲良くなろうとしない。人様に迷惑をかけない。イキらない。コンビニバイトをする上で大事な事だ。メモしておくといいぞ」

「俺はイキってるんじゃないんだよ。勇者補正ついてて俺完璧なんだもん」

そんな勇者に、一通り接客の仕方や、レジのうち方を教える。
勇者はなんだかんだ言って吸収が早く、一時間ほど教えたらスラスラと接客も覚えてしまった。

「他に覚える事は?」

「そうだな...」

ピロリロピロリロ。

「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませー!」

年配のおばあちゃんが来店してきた。
勇者は、コンビニ中に響くような大きな声で挨拶。
おばあちゃんは、一本栄養ドリンクをレジに持ってきた。

「俺ちょっとレジやってみたい」

「え?ちょ、ちょっと!」

勇者は、まだ口で教えただけなのに俺の前に立って接客を始めた。

「いらっしゃいませー!」

「元気な子だねぇ、新しく入ったのかい?」

「そうだよ、おばあちゃん。おばあちゃんもこれ飲んでいっぱい長生きしてね。はい、150円です」

「あらあら、嬉しい事言ってくれるねぇ、あんたみたいな格好いい子に言われたら若返りそうだよ」

「何言ってんのー!まだ十分若くて綺麗じゃない。はい、ありがとう丁度いただきますね。暑いから熱中症にならないようにちゃんと水分とってね」

「ありがとう。いい子だねぇ、孫に欲しいくらいだよ。また来るね」

「ありがとうおばあちゃん。転ばないように気をつけて帰ってね。ありがとうございましたー!」

おばあちゃんに笑顔で手を振り、見えなくなったところでグリンと俺を振り向いた。

「どう?」

コミュ障おばけかお前は。

「俺はすごい良かったと思うけど、人によっては話しかけて欲しくない人もいるから、気をつけてね」

「え?俺みたいなイケメンに話しかけられて嬉しくない女性とかいるの?」

「そういう事は絶対口に出すなよ」

ピロリロピロリロ。

「いらっしゃいませー」

次は若い男性客だった。

「あっ男だ。変わってムラオ」

「え?」

接客が終わって、奴を振り向いた。

「お前、まさかとは思うけど女性しか接客しないとか言うんじゃないだろうな」

「え?そうだよ。男はムラオ担当で、女性は俺が担当って事にしようよ」

にっこり笑って何言ってんだこいつ。

「何言ったんだ!コンビニバイトやる気あるのか」

「だって男は苦手なんだもん」

「ワガママを言うんじゃない!」

こちとら男女関係なく毎日人外を相手にしてんだよ!逃げようとしたってそうはいかないからな。
まだ昼時ではない為、お客様が少なく俺や、勇者も接客をしやすかったみたいだ。
ただ、勇者の明らかに男に対しての態度と女性を接客する態度のやる気が違うので、常にヒヤヒヤしっぱなしなんだけど。

「レジ午前中はずっとやってくださってありがとうございます。その他の業務は私でやっておきましたので。お昼の混む時間帯に向けて頑張りましょう」

お昼の11時。
俺が勇者を教えている間に、安藤さんがコンビニのレジ以外の仕事もろもろをやってくれていた。

「ありがとうございます安藤さん、安藤さんのお陰で勇...マック君につきっきりでレジを教える事が出来ました」

「いいんですよ。店長にもそうするように言われてましたし。ところでお二人はお友達ですか?」

「大親友です」

割って入ってくんな、割って入ってくんな。

「そ、そうなんですか...お昼に二人でこれから入って下さるんですか?」

「いや...多分今日だけじゃないかと思います。もうマック君は大体接客できますし」

「そ、そうですか...残念です」

この人も勇者の毒牙にかかってしまったか。

「大丈夫ですよ。マック君は昼にシフト入って俺は深夜なので。マック君は昼に来ますよ」

「あっ...いえ、そうではなく。あ、いえやはりなんでもないです。昼から頑張りましょうね」

意味深な言葉と目をそらしながら、安藤さんはもう一つのレジを開けた。
店長にマックの様子を報告にいったが、やはりまだマックが初日ということで今日一日はマックのレジにつく事になった。

ピロリロピロリロ。

そして、昼の11時半頃。

人が流れ込むように入ってきた。
ここから俺の地獄が始まる。


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