深夜のコンビニバイト始めたけど魔王とか河童とか変な人来すぎて正直続けていける自信がない

ガイア

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深夜のコンビニバイト五十六日目 織姫と彦星来店

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深夜のコンビニバイト六十日目。

いつものようにゴミ出しをしていたら、突然ザァッと雨が降ってきた。
走って店内に駆け込む俺の頭にふと、2人のお客さんの顔が浮かぶ。
そう、あの日は七月七日。七夕の日。
突然降り出した雨に打たれながら来店してきた2人をついこの間の事のように思い出しながら俺は店内に戻った。

七月七日。
七夕といえば、織姫と彦星が一年に一回会える唯一の日という。
店長の粋な計らいで、コンビニの前には笹が飾られ、店内の休憩スペースには短冊が用意され、お客様に短冊にお願い事を書いてもらえるようになっていた。

出勤時にどんな事が書いてあるだろうと笹を見てみると、

『推しカプがこれからも末永く二人でイチャイチャ健康に過ごせますように』

『ゆかりと来年もコミケに行けますように』

『愛する人と夜景の見えるレストランでシャンパンを乾杯しながら愛を語りたい』

『日本がもっと綺麗になりますように。上司の恋が上手くいきますように』

『友達とずっと楽しく仲良く過ごせますように。かぐや』
『ハニエルと結婚できますように』
『皆が幸せに暮らせますように。あと不幸体質が治りますように』
『変わったお友達とこれからも楽しく過ごせますように』

『こーら まさる』

『おーたんとの愛の結晶が元気に生まれてきますように♡』
『ぽむぽむきっちょむとの愛の結晶が元気に生まれてきますように♡ぽむぽむきっちょむが何事もなく無事に出産できますように』

『店長大好きよぉ♡』
『妾もお主を愛しておるぞ』

『普通の女子高生になれますように』

『好きな人の願いが叶いますように。もっと童貞らしくなれますように』

ざっと見ると、願い事っぽくないものもあるが深夜に来たお客さんもひっそりとお願い事してて面白い。
くすりと笑いながら、空を見上げた。
深夜、七月七日になったばかりだが点々と光る星を見ながら俺は皆の願いが叶いますように、なんて心の中で呟いた。

だが、しばらくするとザァッという音と共に雨が降って来た。
かなり強い雨だ。店内に大きな雨音が聞こえる程に。
更に大きな雷も鳴り始めた。どうした突然。さっきまで星空が綺麗だったのに。
店長も怯えてるんだろうな。

ピロリロピロリロ。

「いらっしゃいませ?」

駆け込むように来店して来た手を繋いだ男女。
中国の漢服のような星の装飾がされた桃色のドレスの頭に黒く長い髪を頭の上で二つの輪っかのようにまとめ冠をつけた美しい女性と、同じく女性より装飾の少ない青くシンプルなズボンの漢服をきた男性が雨に酷く濡れながら来店してきた。

「ふぅ、織姫大丈夫ですか!?」
「平気よ彦星」

大きな声で女性に詰め寄る男性と無表情にぼそりと話す女性。
対照的な二人は、俺の気のせいだろうか。日本人なら誰でも一度は聞いたことのある有名人の名前を口にした。

「お父様が、ごめんなさい」
「いいんだよ織姫!!俺は織姫がいればそれで幸せさ!!この世界で誰が何を言おうとも!!俺は織姫とずっと一緒にいるから!!!」

悲観に顔を歪ませる女性と、キリッとした顔で力強く女性の手を握る男性。
そんな男性に安心するように顔がほころぶ女性を見て、俺は何となく今回のお客様二人がとんでもない人物達なのだと確信する。

「あの、よかったら使ってください」

とりあえずびしょ濡れの二人に俺は休憩室の自分のロッカーからハンカチを持ってきて手渡す。

「一枚しかないのであれなんですが」

二人は目を見開いて俺をじっと見つめた。

「な、何でしょう」

「変わった格好をしているのね」
「そんな布の少ない服で。牛飼いの俺より簡素な生活をしているのでしょうね。貴重な資源の布、ありがとうございます」
「私は織物が得意ですから。布を織りお返しします。売ってお金の足しにしてください」

やめろ。二人で俺を憐れみの目で見るんじゃない。

男性が、俺のハンカチで女性の顔や濡れたところを拭いてあげ、お互いで拭き合った後俺に向き直った。

「ここはあなたのお城ですか」
「見る限りそこまで高い身分には思えない。貴方は主人の城を守る従者か何かですよね?」

「従者です」

はいそうです俺は店長という王の城を深夜だけ守る従者の村松です。
天然なのか思った事を口に出してしまうのか彦星物凄く失礼だな!!こいつ絶対空の上で友達いなかっただろ!!

「少しの間だけこのお城にいさせていただいていいでしょうか?」
「いや織姫そこは王にお話をつけたほうがいいのではないだろうか?」

「大丈夫ですよ。王は寛大なので許可取らずに是非ここで休んで行ってくださいっていうはずですよ」

「それはありがたいですね。今度一番いい糸で織った布をお礼に差し上げます」
「俺も牛飼いだから一番いい乳をお礼に持ってきますね」

「きっと王もお喜びになられます」

すごい事だ。
あの織姫の織った布と、彦星の育てた牛の乳をいただけるという話になった。
サインもつけてもらったほうがいいだろうか。

「ところでどうしてお二人はこんな所に」

「えぇ、実は私達かけおちしたんです」

「かけおち!?」

「えぇ、私は織物を織るしか取り柄のない只の女。彦星は真面目な牛飼い。私のお父様が、ずっと織物ばっかり織り続けて遊びも化粧も恋もせず生きてきた私を不憫に思って、ある日、私の元に彦星を連れてきたの」

「清く正しく美しくこの通り可愛い織姫に俺は一目惚れしてしまった!それは彼女も同じだった。これは必然、運命...七月七日、俺は彼女にプロポーズし、その日のうちに結婚する事になったんだ!」

「でもね、そんな幸せも長くは続かなかった。私達は、自分達の仕事を疎かに自分達のデートを優先していた。それに怒ったお父様が、私と彦星を引き離した。前のようにしっかりと働くのなら七月七日、一年に一度だけ会わせてやると」

「仕方がなかったんだ!俺は彼女の事を考えると牛の世話が手に付かなかった!俺は織姫と出会ったから自身の恋人のように思っていた牛の相手を高速で済ませ織姫の元へ通った」

「私も適当に織物を織ってデートに行ってた。毎日のように会っていた私達に突如言い渡された会うのは一年に一回という言葉。私達はそんなの考えられないと二人で天の川を泳いでここまでかけおちしてきたの」

天の川を泳いできた!?
成る程、小さい頃に聞いた事のある織姫彦星伝説と大体同じだな。

だが、まぁ深夜のコンビニにかけおちして現れるという事は全くの予想外なんだけどさ。

「あの、とりあえず俺が思ったのは雨が止んだら空の上に戻った方がいいと思いますよ」

俺は、今までの話を全て聞いて自分の思った事を冷静に伝えた。

「どうして?」
「なんでそんな事を言うのですか!?」

「既に就職先があるんでしょう。二十一歳で訳あって深夜のコンビニでバイトしてる俺から言わせてもらうと自分に向いている就職先があるのに無職になってこんなわけわかんない所にくるよりちゃんと自分の持ち場でしっかり正社員として働きながら空の上で一年に一回会った方がいいと思いますよ」

「だから!一年に一回だけ会うなんて、俺達には耐えられないと!」

「だからって毎日会ってこっちで過ごしたとしましょう。ちゃんと働くんですか?ちゃんと空の上で正社員で働いてた時でさえデートばっかりして働かなかったくせにこっちにきてちゃんと働けるんですか?毎日毎日働かずデートばっかりしてりゃあそりゃあお父様も怒りますよ。いい大人なんだからそんな甘えてないでしっかり働いた方がいいですよ。こんな深夜のコンビニバイトの俺に言われるのもどうかと思いますけどね」

俺は従者だけど、意見は言わせてもらう。
見ず知らずの二人、というわけではないからな。なんか、織姫様と彦星様って昔から馴染みがあるし。

「真面目に働けば一年に一回会わせてもらえるんでしょう。じゃあ真面目に働いて一年に一回会えばいいじゃないですか。二人でいたいからこっちに来た。本当に理由はそれだけですか?仕事をなあなあに終わらせデートに明け暮れる生活が楽しすぎて仕事から、空の上の世間の目からお父さんから逃げてこっちに来てもどうせ俺は同じだと思いますよ」

はぁ、と息を一つ吐いて何も言えずまさに絶句している二人を見て俺は最後にいった。

「空の上で真面目に働いて織った布と牛の乳を今度このコンビニに持ってきてください」

俺は、コンビニの入り口を指差した。

「ほら、いつのまにか雨も止みましたよ」

にっこり口元だけ微笑んだ。
織姫と彦星は顔を見合わせて、

「.....空の上に帰ります。真面目に働いて必ず素晴らしい布を織りお返しするわ」
「.....なんというか、冷水を頭にぶっかけられた気分だよ。見かけよりずっと君は素晴らしい従者だね。俺の牛の乳は空の上では一級品だと言われてる。楽しみにしていてくれ」

二人は、手を繋いで俺に背を向けた。
繋いでいない方で俺ににっこり笑って手を振った。

「苦しい壁を乗り越えて深める愛の方がより燃えるかもしれないわね」
「織姫がそんな事を言うなんて!!あぁ!七月七日!今日は素晴らしい日だな。真面目に働いて君のお父様に必ず認めてもらえる男になるからさ!!愛しているよ織姫」
「えぇ、私もよ彦星」

コンビニから出て行った二人を店内で見送り外に出るとサァッと涼しげな風が体を突き抜けた。
笹が隣でカサカサと揺れ、二人はいなくなっていた。

織姫と彦星が幸せに過ごせますように。
いつも願いを叶えてくれる二人の幸せを願いながら、店内に戻った。
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