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深夜のコンビニバイト八十一日目 エジソン来店

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チューリップちゃんは、流石コンビニに配布されたアンドロイドなだけあり、仕事もすぐ覚えて、業務もテキパキとこなし、レジも高速で使える。
見るからに有能。素晴らしい。
だが、俺達は彼女をアンドロイドではなく、血の通ってないロボットではなく、1人のバイトの仲間の1人としてコンビニに迎えた。
一週間も働けばチューリップちゃんも他のバイトの人達に慣れてきて店長だけでなく、俺が話しかけても受け答えをするようになっていた。
ゆかりさんは次のコミケにコスプレ売り子として連れて行くと言っていた。
副店長の張山さんは、チューリップちゃんを可愛がる店長を見てチューリップちゃんと張り合っていた。

「偉いね、チューリップちゃん。品出しができ...」

「俺だってできるぞ!!!!!!!!」

笑った。

美人で完璧なチューリップちゃんだが、一つだけ、たった一つだけチューリップちゃんには弱点があった。

「ニィ.....」

「店長怖いです」

口の両端を人差し指でつりあげ、微笑む店長。
正直獅子舞か、般若。人を食いそうな顔をしている。
いつも笑わない分、こう、無理やり笑うと怖いな...。

「にぃ」

チューリップちゃんも口の両端をつりあげてみせるが、全くもって目が笑ってないし、顔全体もまるで灰色。
無理やり口角を上げている表情。
笑顔には程遠かった。
チューリップちゃんは、笑顔が苦手だ。
いや、まぁ表情筋が付いていないからそれは仕方ない事なんだけどさ。

「チューリップちゃんは、笑顔が苦手なんだねぇ...前に笑顔がないって怒られてたから、お客様に向けて張り紙をして、無表情でも「あ、ロボットだからか」って思ってもらって何も言われなくなったけど、俺はロボットじゃなくて一店員としてお客様にチューリップちゃんを見て欲しいんだよねぇ...」

うーむと顎を触りながら考える店長。
確かに、チューリップちゃんはパッとみて絶対にロボットだなんて気がつかない。とびきり美人なコンビニ店員だ。
何回かお客様に連絡先を渡されていて、ゆかりさんが代わりに間に入って断っていたらしい。
レジも速いので重宝されているが、やはりずっと無表情の為、スーパーのセルフレジの人間版と接しているみたいだとゆかりさんはぼそっとお年寄りに言われたそうで、やはり"コンビニと接客"を同時に求めているお客様は、チューリップちゃんの前に並ばないそうだ。

「申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに」

「大丈夫だよ、チューリップちゃん。きっとすぐ笑えるようになるからね」

店長は、チューリップちゃんを安心させるように元気付けた。
いつか、チューリップちゃんが笑顔で接客できる日が来る事を俺達は信じた。

「はい、店長様、そして松村様。私、いつかお二人に喜んでいただけるような接客を、お客様に喜んでいただけるような接客をできるように誠心誠意尽くします。それが私の使命であり、生きる存在意義なんです」

胸に手を当てて答えるチューリップちゃんに、店長は首を振る。

「チューリップちゃんは、うちの大事なバイトさんだよ。一ヶ月後にはちゃんとお給料もあげるからね、無理せず楽しく働いてくれればいいからね」

「お、おきゅうりょう?それは、対価ということですか?」

「そうだよ、しっかり働いてくれたらそれに対する対価を払う、それは当然の事をだよ」

「そ、それはできません...」

「どうして?」

「私は、店長様方に、お店に奉仕する為に生まれ、ここに派遣されたロボットです。私は充電時間が長く、実働8時間しか働けない事さえ悔やまれています。もっとお役に立ちたいのに、対価を頂く、なんてそんな事は絶対にできません。申し訳ありません。奉仕をする事こそが、そもそも私達の存在意義で、それを与えてくださったこのお店の方々には感謝こそすれ、対価を頂くなんて事はできません」

はっきりと、きっぱりとそう言ったチューリップちゃんに、

「対価をもらうのも、奉仕の一環だよ」

「店長様はお優しいのでそう言ってくださるのでしょうが...」

「俺があげたいんだ。頑張ってくれた君にね。いらなければ捨ててもいいよ。ただこれは君が慕ってくれている俺からあげるものだからね」

チューリップちゃんは、困ったように俯いた。

「さぁ、頑張っておいで」

店長は、休憩室からチューリップちゃんを送り出した。

「村松君は、ちょっとだけ残ってくれる?」

重くなんだか言いずらそうな雰囲気で、店長は俯いた。
なんだろう?俺なんかミスしちゃったのかな?お客様からクレームが入ったとか?

「え、は、はい」

「実は──ね」


休憩室の扉の向こうから、ピロリロピロリロ、扉の開く音がして少ししてから、

「てんちょーさーん!てんちょーさん!」

若い男性の声がした。
店長はハッとして制服を着ながら飛び出していく。
妙な胸騒ぎがした。俺も後についてかけていく。

「はぁーい、こんばんはー」

金髪の長い髪を後ろでポニーテールにして、黒いゴーグルをしてそばかすのある若い男の子。雲子と同い年くらいか。
汚れた軍手に青いデニムのオーバーオールの男の子は、鼻をこすってハハッと陽気に微笑んだ。

「ソレ、引き取りに来た」

チューリップちゃんを指差す男の子は、無機質に彼女をソレと言った。

「.....引き取りにって」

俺の引きつった声に、店長は絞り出すように言った。

「待ってくれ」

「待てない。製作者側のボクに苦情が行くでしょ?ソレは不良品なの、バグがあるの」

「バグ.....?」

チューリップちゃんが、男の子を見る。

「そうだ、お前にはバグがある。ボクの事は覚えてないだろう?目を覚ます前に箱に詰めたからな。ボクがお前を作った博士だ」

博士、なんだか聞いた事があった。

「このコンビニに行ったボクのメイドが変な事吹き込まれてきたからってバグのあるモノを送ったわけじゃあないんだぜ?たまたま、たまたまソレにはバグがあっただけなんだぜ?」

「博士って、あぁ、もしかして!」

「そう、君かい?ボクのメイドに変な事を吹き込んだの。まぁ、いいけどさ?ボクは寛大だからね」

「変なネーミングセンスの甘いものが好きな博士!?」

「変なネーミングセンスは余計だね!心外だなぁ!?」

ごほん、と咳払いをして、

「今日はただコンビニスイーツを買いに来ただけじゃないんだ。バグのあるソレを引き取りにきたんだ」

いや、スイーツも買いに来たのかよ。それより、さっきから引き取りにきたって...。

「その、バグを直して返してくれるって事ですよね」

「いや?完全に脳のプログラムからいじらないといけないから回収して分解かなぁ。他にもそういうバグが出てきてるから、一回このコンビニアンドロイド配布は打ち切りにするつもりだよ」

「回収....して、分解」

店長は、絶望した声で、チューリップちゃんを見た。

「ま、待ってくれ...待って下さい」

「待てない、苦情が来てる。無表情のロボットが怖いって。セルフレジを人間がしてるみたいだって、もし誤作動で人間に牙を剥いたら怖いってせめて笑顔機能をつけてくれって」

男の子は、淡々と言いながらチューリップちゃんに近づいて行った。

「待ってくれ....待ってくれ...彼女はこのコンビニでやっと業務に慣れて来たんだ。今はちょっと笑顔が苦手なだけで、必ず俺が教えてあげるから...」

チューリップちゃんを守るように両手を広げて店長は前に立った。こんな感情的な店長は久しぶりだ。

「だーかーらー、バグってるから笑えないんだって」

店長は、俺達、コンビニの店員に優しい。家族みたいに大切にしてくれる。
最初は怖かったけど店長なりに緊張をほぐそうと不器用なりにも話しかけてくれたし、俺が失敗しても怒らずに教えてくれたし、俺が何かあったら駆けつけてくれた。助けてくれた。
こうしてチューリップちゃんの前に立つのも、店長が俺達コンビニのスタッフをとても大切にしてくれてるからなのだろう。
俺もチューリップちゃんの前に立って、店長と一緒に頭を下げた。

「俺からもお願いします。チューリップちゃんは、きっと俺達でお客様に満足していただけるようなバイトスタッフにしますから」

「や、やめて...下さい」

「お願いします..お願いします...」

「やめて...やめてください..!!お顔をあげて下さい!!」

チューリップちゃんは、スッと、頭を下げる俺達の前に出た。

「申し訳ございません。お二方頭を下げさせてしまって。お顔をあげて下さい」

ゆっくりと、顔を上げるとチューリップちゃんは無理やり口の両端を人差し指でつりあげて、これでもかとつりあげて目も笑おうと必死に閉じたり開いたりして、俺達を見て必死に微笑んでいた。

「ありがとう...ございました。今まで、本当に楽しかったです。バイトの方々は、ロボットの私に優しく話しかけて、業務を詳しく教えて下さいました。ゆかり様は、私が男性に話しかけられて対応に困っていた際、間に立って助けて下さいました、今度お友達と遊びに連れて行って下さると誘ってもくださいました。マリーさんは、私に、このお店の美味しいパンを教えて下さいました。張山様は、私の事が気に入らないと仰いながらも店長様が喜ぶ事を教えて下さったり、店長様の昔話を話してくださったり」

チューリップちゃんは、俺に目を合わせて、

「村松様は、同じくらいの見た目の人間の男性への接し方がわからない為、無愛想だった私に、沢山話しかけて、業務の事を教えて下さいました。その時は申し訳ございませんでした。村松様は、こんな私を沢山、沢山褒めて下さいました。すごいよって、流石だねって店長様と、私と、村松様でお話しした日々絶対に忘れはしません」

「そして店長様」

チューリップちゃんは、店長の手を取った。

「店長様のお陰で私はここのスタッフの方々と仲良くなれました。店長様が色々優しく教えて下さったから、私は業務を覚えることができました、もっと頑張ろうと思えました。もっとお役に立ちたいと思いました。お客様に笑顔がないってご指摘された際、頭を下げさせてしまって、申し訳ございませんでした。ご迷惑を私は沢山沢山おかけしたのに、いつも私なんかを...笑顔で毎日迎えて下さって、本当に、感謝してもしきれません」

「チューリップちゃん...」

店長は、涙を流した。たった一週間しかいないが、店長にとっては自分の娘のように可愛がっていたチューリップちゃん。名付け親であり、育て親だ。

「...ボクには理解できないね。ロボットはロボット。道具でしかないのに、そんな風に廃棄の際に涙してたらキリがないよ」

男の子は、チューリップちゃんに鋭い視線を向けた。

「ほら、行くぞ。アレを使え。プログラムされてるのはわかるだろ」

「.....」

チューリップちゃんは、固く目を閉じて店長の手を握ったままだった。

「チューリップちゃん、ずっとここにいよう。俺が君を必ず」

「おい、早くしろ」

「.....はい」

ビリっと音がして、店長が痙攣してどさりと倒れた。

「店長!?」

「記憶消去機能はついてあるからな。お前をデリートしたら、皆からお前の記憶は消えるわけだ」

「申し訳ございません...村松様」

後ずさる俺に、迫ってきた彼女の顔は、無表情だが、触れたら壊れてしまいそうだった。
ビリっと体に電撃が走り、痛くて動けなくなった。

「ボクはエジソン。大発明家のエジソンだよ。また改良していいものができたら持ってくるよ、不思議だけど奇妙だけど、自分の発明品をそんな風に大事にしてもらえるのは少なからず気分がいい」

倒れた俺の上で声がして、足音が遠ざかっていく。

「ハル!!!」

遠くから綾女さんの声が聞こえた気がしたけど、よく覚えてない。
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