異世界音楽成り上がり ーその世界の人は『一切の例外なく全員』、音楽を聴くだけで俺のことを好きになったー

大野原幸雄

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音楽にようこそ

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 王宮の門を開け階段を下りれば、そこは国内で最も広い王宮前広場。
 学者達の研究発表会はそこで行われる。

 広場の王宮側にはバカでかい特設ステージが設けられ……
 研究発表に参加する学者達はここに登壇し、自分たちの成果を国民に伝える。

 相当な広さの敷地にはたくさんの露店と人。隣にある市場も一杯だ。
 俺達はクラクラするほどの人だかりを見ながら、ステージ横の簡易テントで研究発表の準備をしていた。

 すでに何組かの研究班が発表を終えており、俺達の順番は次の次。

「ミナトさん……ゲンは平気そうですか?」
「うん、大丈夫そうだ」

 俺がハウザー2世に弦を張る姿を、レナは心配そうにずっと見ていた。

 一方、チャドはレナから説明を受け一応納得したものの、ずっと不服そうな顔をしていた。
 しかしグチグチと嫌味を言うことはなく、黙って俺がステージに上がるのを送り出そうとしている。

 不安だろうけど、なんだかんだレナを信頼しているのだろう。

「……ミナトさん、何をしているんです?」
「弦を伸ばしてるんだ……張りたての弦は演奏中に伸びてチューニングが狂うから……。こうしてあらかじめ弦を伸ばしておくんだよ」

 本来なら、1本弦が切れたら全て張り替えるのが普通。
 じゃないと弦の伸び方がバラバラになり、チューニングがズレた弦の音が余計に目立つ。

 しかも合成樹脂であるナイロンと違って、この弦は妙に柔らかい。
 それだけ切れにくいのだろうが、チューニングが狂いやすいということでもあった。

「よし……これで大丈夫」

 あらためてハウザー2世に張られた弦を見る。
 色の違う弦は少し違和感があるけれど、2人が俺のために一生懸命作ってくれた弦。
 少なくとも今の俺にとって、これ以上心強いものはない。

 弦の張られたハウザー2世は3割増しでカッコよかった。
 やっぱこの姿が一番似合う。

 俺の準備が整ったところで、何も言わず窓を眺めていたチャドが俺に言う。

「ミナト……俺、フロリアの南にある小さい村の出なんだ」
「……?」
「漁師だった父ちゃんが、終焉の冬霜(とうそう)で死んじまってさ。……病気の母ちゃん養うために、俺は王宮学者になったんだよ」
「……そうだったんだ」
「母ちゃん、凄い喜んでたんだ。俺バカだったからいっぱい勉強したんだ。……本当に頑張ったんだよ」

 チャドの震えた声にレナも気づいていたからこそ……
 慰める言葉を投げるのではなく、黙って今の気持ちを吐き出させることを選んだようにも思えた。

 そして俺の目を見て、彼は続ける。

「今日の研究成果によっては、俺たちの班は解散だ。もしかしたら、王宮を去ることになるかもしれない。……言ってる意味わかるよな」
「……あぁ」
「ミナト……突然の事でお前が一番混乱してるのはわかるよ……でも……わかるけど…」

 チャドはその不安な気持ちを全て飲み込み……
 すがるように、しかし決意をしっかり乗せて言葉を放つ。

「本当に……本当に頼む」

 出会って1週間程度の赤の他人。
 しかも別の世界で育った異世界人。

 そんな人に自分たちの運命を委ねる決断をすることはどれだけ恐ろしいことか。

 異世界で出会った人々はクエストをくれるNPCではなく……
 物語を盛り上げる、ただのオブジェクトでもなかった。

 レナ、チャド、リリーにヴァルムさん。
 この世界で出会った誰もが、ちゃんと人だった。

 世界を救う冒険者にはなれなかったけれど。
 助けてくれた彼らにくらい、恩返しをしたい。

 これから行う演奏は……そんな演奏でなくてはならない。
 そう思うと、数日前までただの自殺志願者だった俺の心に勇気が湧いてくる。

「わかってる。任せて」

 その時……テントに王宮の役人が入ってきて、俺にこう言う。

「2つ前の研究者が発表を終えました。『異世界研究班』の登壇者の方は、ステージの横に移動してください」
「わかりました」

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ステージ横に移動すると、見覚えのある人がそこにはいた。

「おや……貴方は……」

 『ヴァルム工房&材料店』で会った真っ白な女性騎士。
 確か騎士団の偉い人、拒絶のマリアさん……だったっけ。
 
 マリアさんは俺の顔と手に持ったハウザー2世を見ると……
 何やら納得したような表情をして、俺に話しかけてくる。

「なるほど……見慣れない顔立ちだったので、この国の者ではないと思っていましたが。……貴方が噂の異世界人でしたか」
「噂……?」
「えぇ……他の学者達の間で。『異世界研究班』が異世界人召喚に初めて成功したらしい……異世界人は我らにどんな知識を与えてくれるんだ……とね」
「そうなんですね……知りませんでした。」

 噂になってるのか。
 こっち来てからずっとレナの家にいたから知らなかった。

 俺はハウザー2世を壁に立てかけ、ステージ上を覗く。
 どうやら俺のひとつ前の研究班の発表が始まったようだ。

「我々の班は、魔法を使った種子の長期的な保管方法を長年探ってまいりました。終焉の冬霜(とうそう)で得た教訓は、主に農業で扱う魔法をさらに発展させ……」

 学者はステージ中央に置かれた木製のマイクスタンド……の、ような物に向かって話かけている。
 スタンドの先には手の平程の石板がくっついていて、魔法陣が描かれている。

(あれが音声を伝える魔法陣ってヤツか)

「あの通信魔法を使って、貴方の発表の音声も国中に届けられます……がんばってくださいね」

 不思議そうに魔法マイクを見る俺に、アリスさんが教えてくれる。
 励ましてくれたのだろうが、普通にプレッシャーかかります。それ。

「そうえば、ちゃんと自己紹介していませんね。私は王宮直属『蒼の騎士団』総長アリス・ヒルドル。ステージ上の護衛をしております」
「サクライミナトです。異世界人です」
「ふふ……変わった自己紹介ですね」

 アリスさんは壁に立てかけてあるハウザー2世が気になっているようだった。

 しかし、これから俺が発表することに関係してるのは明らかだったからか……
 それには触れずに話してくれる。

「広場には王はもちろん、領主や近隣国の宰相等も来ています。我らがしっかりお守りしますので、安心して発表をしてください」
「……はい、頑張ります」

 そこから10分程度で、前の研究者の発表は終わる。
 次はついに、俺の番。

「……以上で、第7魔法陣研究班の研究発表を終えたいと思います。ご清聴、感謝いたします」

 外から聞こえてくる溢れんばかりの拍手。
 その音は、そこに沢山の人がいることを改めて俺の鼓膜に教えてくれる。

 ステージ上で資料をまとめてこちらに歩いてくる学者を横目に……
 立てかけられたハウザー2世を俺が手に取ると……アリスさんが優しい笑顔で微笑んだ。

「成功を祈っていますよ、異世界人さん」
「はい……」

 そして俺は、ステージ横に繋がる階段を上る。

「続いては『異世界研究班』による研究発表になります。ご登壇お願いします」

 階段の一段目に片足を乗せ、俺はハウザー2世に語り掛ける。

(よし……頑張ろう。ハウザー2世)

 かかとからつま先へ、階段に身体の重心をかける。
 ステージがかすかに揺れているのがわかる。

 これから行う演奏は、人生の中で最高の演奏でなくてはならない。
 ありがとうという気持ちが伝わるほどの演奏でなくてはならない。

「ふぅ……」

 ステージ上は、横で見ているよりもずっと広く感じた。
 広場を見るとめまいがするほどの人がいる。

 俺の姿を見ると、沢山の拍手と注目が向けられるのをひしひしと感じた。
 音の大きさと人の多さに足がかすかに震えてる。

 緊張感というモノは、受け入れると不思議な心地よさに変わる。
 まるでフワフワ身体が浮き上がるような感覚。

 ステージの中央には木製と椅子と机……そして魔法のマイクが置かれてた。
 俺が椅子に腰かけてマイクの高さを調節すると、石板の魔法陣がふわっと青い光を放つ。

(……演奏始める前に、なんか言った方がいいのかな?)

 と、ふと思い立ち……マイクのテストも兼ねて軽い挨拶だけすることにした。

「は……はじめまして。異世界人の…サクライ・ミナトです」

 そういうと、ざわめいていた観客の声が少し収まる。

「……え…えっと」

 ここで何か気の利いた事でも言おうとしたが……

「ぎ…ギターを弾きます」

 そんな言葉のレパートリーは持ち合わせていなかった。

 ――ぱちぱちぱちぱち……――

「ぎたー……?あの木製細工のことか?」
「なんだろう……あれ?」
 
 満杯の広場から申し訳程度の拍手と、ハウザー2世への疑問が投げかけられる。
 軽く弦を弾いて音を確認すると、またざわめきが大きくなる。

「なんだありゃ……聞いたことのない音だな」
「……綺麗な音ねぇ」

 首都フロリアの人々は、ハウザー2世にかなり興味深々なご様子。
 ハウザー2世が主役だと考えると、緊張も少し和らぐ。

「すぅ……」

 よし……始めようか。
 ヘルマン・ハウザー2世。

 俺の深呼吸に、何かが始まるのを感じたのだろう。
 物凄くたくさんの人達が、ふっと無音になった。

 皆が演奏を聞こうと集中しているのが俺にも伝わる。

 曲の第一音を鳴らすと、俺の瞼は勝手に閉じて……
 演奏を始めた。


♪ ♪ ♪ ♪ ♪


『春を踏み、夏を駆け抜け、秋に溶け、冬にかたちづく』
 
 自分で考えたのか……誰かの受け売りか……
 楽器を弾くことをプロギタリストだった爺ちゃんはこう言っていた。

 練習によって得られる技術は、自信となり、それが自然と音に鳴る。と。

 目を閉じていても自由に動く左指を感じると……
 俺もその言葉の意味が少しだけわかるようになっていた。

 何も見えなければ、このステージも爺ちゃんの部屋と同じ。
 きっとどんな異世界に行っても、ハウザー2世の歌声は普遍的。

 今、左人差し指は5弦の1フレッド。スライドを加えた2拍(はく)3連(れん)。
 出したい音がなんの装飾もしないまま出てくる気持ち良さ。

 自分の奏でる音色に、自分で惚れ惚れさせてくれる。
 小さいころから何度も聞いた美しい歌声。

 いまだ慣れない2弦に指を取られ、少しテンポがもたつくも……
 そんな少しのミスさえ肯定してくれる、圧倒的な音楽の懐。

 まだ完璧に弾けない。
 練習をすればまだまだ上手くなれる。

 俺の手はもっと上手に歌うことができる。
 まだまだ……この遊びは終わらない。

 ……ハウザー2世が、そう言ってくれてるような。
 そんな感覚。

「……」

 レナとチャドには感謝してる。
 やっぱり俺は、ギターを弾くのがたまらなく好きなんだ。

 音を出せば目をつむってても、視界が鮮やかに染まる。
 俺にとってこの音色こそが何よりも異世界転移だったんだろう。

 逃げ出したい現実も、思い出したくもないあらゆる過去も。
 ここに来れば全部が洗い流される。

 6本の弦で奏でられる音楽は……
 『あなたはそのままでいい』って言ってくれてるようで。

 俺は、何の気負いも不安も感じずに……
 まっすぐな演奏ができるんだ。


 曲名は『初音(はつね)』。


 初めて自分で作った……ベタなコード進行と手癖になったアルペジオ。
 今は少し幼稚に感じる爺ちゃんの曲を真似して作った音楽。
 
 お願い『初音(はつね)』。
 この世界の恩人に、俺の想いを伝えておくれ。

 そして俺を、どうかこの世界の日常の一部にしてください。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 ――ポーン……――

「……」

 5分程度の『初音』は、気づいたらあっと言う間に終わる。
 気分が高揚して曲のテンポが少し早くなってしまった。もっとゆったり弾いた方が良かったな。

 演奏が終わると、得も言えぬ満足感が自分を満たしているのがわかる。
 とてもリラックスできた。途中でステージ上であることすら忘れてた。

 やっぱり音楽っていいな。

「……」

 少し冷静になると、自分が演奏中目をつむっていたことを思い出した。
 皆はどんな顔をして俺の演奏を聴いてくれていたのだろう。

「……」

(……ん?)

 その時だ。
 目を開こうと思った瞬間、俺はあることに気づいた。

(……あれ?)

 何の音も聴こえない。
 人の声や街の音、風や鳥の鳴き声。その全てが聴こえない。

 聴覚を失ってしまったのかと不安になるほどの『無音』。
 一瞬、まるで宇宙に放り出されたのではないかという感覚にすらなった。

 目をつむる前には確かにいた何百人という人々。

 誰ひとりそこから居なくなってしまったのではないか。
 俺の時間だけ置き去りにでもされてしまったのか。

 演奏中、満たされるような安心感の中にいたからか……
 突然襲われるその不安に、なんだか鼓動が早くなる。

(……ッ!?)

 しかし、次の瞬間。
 今度は、また違う不安が俺を襲うことになる。

 地震とか、何か強大な自然現象に巻き込まれる直前のような……耳の奥が揺れる独特の絶望感。

 何か人間では抗えない、圧倒的な力が迫ってくる。
 そんな危機感にも似た感覚が俺を襲う。


 ――ゴオオオオオォォォォッッッッ!!!!!!!!!――


 そして……
 無音の世界から俺の目を開かせたのは、巨大な地響きのような音だった。
 身体がびくっと震える。

 内臓に響く重低音。
 鼓動と共鳴するように、俺の不安を煽ってく。

 目を開けたのは、俺の防衛本能に過ぎない。
 だってまるで巨大な何かが襲って来たのかと思ったんだ。


 ――ゴオオオオオォォォォッッッッ!!!!!!!!!――


 それは俺が生まれて初めて聞く音だった。

「……え……?」
 
 その正体は……

 人の声。
 自分の耳の中に鼓膜があることを思い出させるほどの空気の揺れ。

 すなわち……
 アレンディル国内全土の大喝采であった。
 
 
 
 
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