54 / 56
欲深き死人の願い
Ⅳ
しおりを挟む次の日…
ジェイスとディページはホークビッツの首都アレン=ディーロに戻っていた。
国政局に立ち寄り、今回の依頼が完了したことを伝える。
国政局の役員はそれが当然であるかのように、冷たく言った。
「ごくろう…宰相には私から報告しておく…もう行っていい」
「…」
「なんだ…?報酬ならいつもの方法で国政局から直接支払われる…まだ何か用が?」
「頼みがある…」
「…?」
「…薬の知識がある宮廷魔術師か錬金術師を呼んでもらえるか…?薬草医でもいい…」
…
その日の夜。
ジェイスは首都からでて、1人で例の吸血鬼の家に向かっていた。
ジェイスの表情は暗く重い。
ハシゴを下りて、地下の部屋に入る。
そこには今回の旅で、最初に話した褐色の吸血鬼が薬臭い酒を飲んで本を読んでいた。
レイヴン・コルヴィナス・ハロ。
美しく儚さを感じる容姿と、底知れぬ精神力を持つ吸血鬼。
「よぉジェイス…帰ってきてたんだな…どうだったヨルデシンド領は?」
「…」
「…どうした?暗い顔して…」
ジェイスは何も言わず…
ポケットから小さいビンを出して、レイヴンに投げた。
レイヴンはそれをキャッチすると…
きょとんとした顔でジェイスを見る。
「お前からもらったその薬…宮廷魔術師になんなのか調べさせた…」
「…」
ジェイスが…
旅の初めにレイヴンから貰った薬。
…
「もし幽霊が暴れたり制御できなくなったら使うといい…幽霊の頭からぶっかけてやれば効く」
…
「これは…『グァレマデラ呪術の浄化薬』だと言われたよ」
「…」
レイヴンはそれを聞いて少し黙ったあと…
ビンを机の上に置き、ジェイスに笑顔を向けた。
「そうか…ホークビッツ宮廷の魔術師は相変わらず優秀だな…吸血鬼の呪術にも心得があるのか」
「グァレマデラ呪術はホークビッツでは禁じられている『死霊術』だ…強力に死者を呪う呪術だ…」
「あぁ…」
「その効果は様々だ…死体蘇生を行ったり…」
「…」
「幽霊を現世に縛りつけたりな」
「…」
「お前だったんだな?ゼオンを『死霊術』によって現世に縛り付けていたのは…」
レイヴンは酒を一気に飲み干す。
そして二コリとジェイスを見て立ち上がる。
薬草が漬けられた透明な酒の入った瓶を手に取ると、酒のおかわりを作りながら返答した。
「その通りだジェイス…上質な物語に必要なのは、お前のように心が強い主人公と意外な黒幕だろう?…今回のお前の旅は、よく出来た冒険小説のようだな」
「…」
レイヴンが、いつもの関係のない話で会話の装飾を始めると…
ジェイスは感情を、表情で隠すことができなくなってきていた。
「それだけじゃない…」
「…」
「最終的には俺の手でゼオンを葬り去ろうと…いや、消滅させようとしていた」
「…」
「この浄化薬を使えば、幽霊の魂は成仏せずに酷い苦痛を伴って消滅する…それは供養とはかけ離れた残酷な結末だ」
レイヴンは「ふふっ」と笑う。
酒をつくり終わると、小さな七輪に火をつけ、網の上で何かの臓物を焼き始めた。
どうやらツマミを作っているらしい。
レイヴンはジェイスの顔を見ずに質問をした。
「浄化薬を使わずにどうやって解決したんだ?」
「お前に話す必要はない…」
レイヴンはそれを聞くと…
二ヤリと笑いながら振り向き…ジェイスの目をじっとりと見る。
「…怒ってるのか?…ジェイス」
「当たり前だ」
「そうか…ふふ…」
レイヴンは、ジェイスが感情的になるのを抑えているところを見て…
必死に笑いをこらえていた。
ジェイスはそんなレイヴンに気づいていた。
そして、厳しく吸血鬼に問うた。
「なぜこんなことをした…?」
「…」
「答えろ…」
レイヴンは椅子に座りなおし、酒を飲みながら返答する。
「勘違いするなよジェイス…これはあの幽霊と俺の間で執り行われたちゃんとした取引だ…俺を責める権利はお前にはない」
「…」
「もう半年ほど前になるか…ヨルデシンドに行った時、偶然ゼオン・ヴェル・トゥーエの幽霊と出会ったんだ…偶然とはなんとも不思議で、なによりも魅力的だなジェイス…」
「余計なことはいい…簡潔に話せ」
「ふふ…奴は困っていたんだ…自分の体がシエルの地へ旅立とうとしていた…つまりはもう成仏しかけていたんだな…しかしヨルデシンド領には色々な問題があり、それが解決するまで成仏できないと言ってきた…」
「…」
「だから取引をしたんだ…ゼオンの記憶と引き換えに奴を現世に引き留めてやったのさ…吸血鬼御用達の死霊術、グァデマラの呪術を使ってな」
「…なぜゼオンの記憶を欲しがる…?…貴重なルーン石を使ってまで」
記憶を記録するルーン石は非常に希少なものだ。
数が少ない上に、天然モノはヴィンドールなどの一部地域でしか取ることができない。
普通は国の権力者や賢者が自らの記憶を貯蓄し、後世に自分の歩んできた道や歴史のプロセスを伝えるために使われる。
「知っているだろ?私は人間の研究家だ…多くの人間から信頼を得て、膨大な産業を支えるヴェル・トゥーエ家の元頭首ゼオンの記憶はとても貴重な研究材料なんだよ…」
「…」
「俺は人間の『理性』を手に入れた…残る『感情』と『肉体』を手に入れれば…俺は人間になることができる…だからゼオンと取引をした」
「俺がゼオンの事件を解決するとわかっていたのか?」
「いや…お前が今回の件を担当したのは本当に偶然だよ…さっき言ったじゃないか…偶然とはまさに不思議で魅力的だとな?…ルーン石は最終的には自分で回収しようと思っていたのさ」
「つまり、どちらにせよ浄化薬を使うつもりだったんだな…ゼオンが残酷な結末を迎えることを知ってて…」
ジェイスは怒っていた。
読んで字のごとく『死んだモノに鞭を打つようなひどい真似』をしようとしたレイヴンに対して…
そして何より、自分を利用してそんなことをさせようとしていた事に対して強い怒りを抱いていた。
しかし、取引を望んだのがゼオン本人であることにも…
ジェイスはゼオンとの会話で気づいていた。
…
「確かに…幽霊のままいるのは辛くて寂しいが…これは俺が選んだんだ…お前に、これ以上迷惑かけるわけにはいかねぇ…」
…
ゼオンが選んだ道。
だからこそゼオンは、ジェイスに助けを求めず…
取引をしたレイヴンの名も出さなかった。
…
「誰に呪いをかけられた?『死霊術』を使える魔術師なんて、限られている…」
「すまん…言えない」
…
これはレイヴンとゼオンの間で行われた取引。
どちらの目的も果たされ、ジェイスが口をはさむ余地はない。
すでに全ては終わっていた。
ゼオンは無事にシエルの地へ行った。
ヨルデシンドの問題も解決された。
約束のルーン石も回収した。
しかし、ジェイスの心を裏切ったレイヴンにとって、都合良く出来上がった結末に…
納得のいかない…気持ち悪さ、不快感を強く感じていた。
そして…
この状況において、最もジェイスが不幸だったのは…
レイヴン・コルヴィナス・ハロが、現状をほぼ正確に…なによりジェイス以上に理解しているということだった。
「ジェイス…俺はお前と言う人間をよく知っている…お前が俺のことをどう思っているかもな…」
「…」
「お前はいつも俺たち悪魔を『友人ではなく隣人である』と言ってはいるが…お前は心のそこで、悪魔と人間の友情を信じているのだろう?」
「…」
「そしてありがたいことに…お前は俺を友人だと思ってくれている…そしてその友人に裏切られたと感じ、それが深い悲しみ…そして怒りに変わってしまった」
ジェイスは甘い。
レイヴンは、これをよく知っていた。
ジェイスは依頼を受ける時、まず最初に報酬の話をして依頼人との距離を図る。
依頼者に感情移入しないためだ。
殺すのが嫌いなジェイスは怪物と戦う時も、できるだけ殺さない方法で解決策を探す。
悪魔や怪物であろうと、命あるものを尊敬しているからだ。
ジェイスの口癖である『俺は勇者でも英雄でもない』という言葉は…
殺すべき怪物を殺さないという決断をとった時…上手くいいわけできるためだ。
ジェイスは感情移入すると酷く脆い。優しすぎる。
無表情で心が読めないが、その実とても人間的な感性を持つ。
悪魔はこれを非情に利用する。
レイヴンは薬くさい酒を手に持って…
ゆっくりとジェイスに近づく。
「悪魔と人間は友人になれない…お前が連れている、あの白い馬でさえもな…なぜだかわかるか?」
ジェイスは…表情をできるだけ動かさないように。
ただ…レイヴンの話を聞く。
「互いを本当の意味で理解できないからだジェイス…人間は悪魔がわからず…悪魔は人間がわからないのだ…ビジネスパートナーとしてなら関係を築くことができるが友人にはなれない…事実、今お前が怒っていることはわかるが、その理由に俺が共感することはないし…お前の表情から気持ちを読むことができる悪魔なんて早々いないだろう…お前がいくらそれを望んでもな」
「…」
「しかしだからこそ互いを知りたいと思う…俺が人間を理解する研究をしたり、お前が悪魔と対話する機会を常にうかがっているのもそれが理由だろう?」
「…」
「今はとりあえず…お互い信頼できるビジネスパートナーでいようじゃないか…ふふ…ルーン石、持ってきてくれたんだろ?」
ジェイスはレイヴンに何も言い返すことが出来なかった。
レイヴンの言葉は的を射ていた。
何より、いつも自分が言い訳として使っている言葉を言われ…
言いようの無い敗北感で満たされた。
ジェイスは何も言わず…ポケットからゼオンのルーン石を取りだしレイヴンに差し出した。
「ふふ…」
しかしレイヴンがそれを受取ろうとすると、ジェイスは石を持った手を引いた。
「…?」
「渡す前に約束しろ…今後一切、死者を冒涜し、俺を利用するようなマネをしないとな」
「…」
レイヴンはまた「ふふっ」と笑う。
「…いいよ…『隣人』ジェイス…約束しよう」
「…」
「そのルーン石を手に入れれば、私は人間の『感情』をもっとよく理解できる…そのためならどんな約束だって後悔しないさ」
「…」
「さぁ…渡せ」
ジェイスはレイヴンの目を見たまま…
ルーン石を渡す。
「これだけは言っておく…レイヴン・コルヴィナス・ハロ」
「…」
「例えお前が人間の『理性』『感情』『肉体』全てを手に入れたとしても…お前は永遠に吸血鬼であり、悪魔だ」
「…どう言う意味かな?」
「人間は『理性』『感情』『肉体』だけで構成されてはいない…お前の研究の終着点に『人間』は存在しない」
「…」
「何が足りてないのかわからなければ…お前は永遠に人間を理解することなんてできないだろう」
「…」
「…」
「面白い見解だなジェイス…」
「…」
「お前は恐れているんだろう私を?…私が『人間』を理解することを…」
「…」
「なぜならお前ら『人間』は…我ら悪魔を絶対に理解することなんてできないのだからな…」
ジェイスは何も言わず…振り向く。
「…」
「また協力してほしいことがあれば、尋ねてこいよジェイス!」
「…」
バタン…
「ふふ…」
…
悪魔と人間の関係は、友人ではなく隣人。
そんなのはわかっていた。
ジェイスだけじゃない…
モンスタースレイヤーなら皆言う台詞だ。
しかし、人間には感情というのがある。
矛盾しているとわかっていても…
曲げることができない感情はある。
「なにやってる?」
「…!」
ジェイスが家に帰ってくると…
ディページがまさに、ジェイスの財布から金を抜き取ろうとしているところだった。
「い、い、いや、違うんです!これは決してお金を盗もうとしたわけではな… …?」
「…」
言いわけをしようとしたディぺ―ジだったが…
ジェイスの顔を見ると、こんなことを言ってきた。
「どしたの?ずいぶん暗い顔してるねぇ…?何怒ってるのよ…」
「うるさい…別になんでもな…」
「…?」
「…」
ジェイスは、レイヴンの言葉を思い出していた。
…
「お前の表情から心まで読むことができる悪魔なんて早々いない…お前がいくらそれを望んでもな」
…
「…」
「どしたの…?」
「お前…わかるのか?」
「え…?」
「…」
「…?」
「いや…なんでもない」
こうして、少々の気持ち悪さを残しつつ…
欲深き死人の願いをかなえると言う奇妙な旅が終わったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ゴミ捨て場領主のクラフト無双 ~最弱魔法【分解と合成】で領地を黄金郷に変えたら、俺を見下していた大貴族令嬢たちが掌を返してすり寄ってきた件~
namisan
ファンタジー
東西南北の大貴族から「毒の川」「凶暴な魔獣」「莫大な借金」を押し付けられ、王国の『ゴミ捨て場』と化したローゼンベルク領。
父と兄を謀殺され、その絶望の領地を押し付けられた無能貴族のアークは、領地の分割を企む高慢な令嬢たち(王女、公爵令嬢、姫将軍など)に嘲笑われていた。
だが、彼には現代の知識と、隠された最強チート能力があった!
触れたものを瞬時に素材に戻し、全く別のモノに作り変える神の御業――【分解と合成】。
「毒の川」を分解して『超高価な宝石と純水』へ!
「魔獣の死骸」と「瓦礫」を合成して『絶対に壊れない防壁』へ!
借金取りには新素材を高値で売りつけ、逆に敵の経済を支配していく。
圧倒的なクラフト能力で、瞬く間にゴミ捨て場を「無敵の黄金郷」へと作り変えていくアーク。
己の敗北を悟り、震え上がる悪徳貴族と高慢な令嬢たち。
さらに、アークの圧倒的な知略と底知れぬ実力は、気高い令嬢たちの本能に深く刻み込まれていく。
「どうか、私をあなたの手駒としてお使いください……っ!」
プライドを完全にへし折られた最高位の美少女たちは、いつしかアークの与える『恩恵』なしでは生きられないほど、彼に絶対の忠誠と依存を誓うようになっていく――。
最弱のゴミ捨て場から始まる、爽快クラフト内政&ざまぁファンタジー、堂々開幕!
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLの白瀬凛は、過労死した翌朝、異世界の侯爵令嬢アリア・ヴェルナーとして目を覚ました。
転生初日。
婚約者であるシュルツ公爵令息から、一方的に告げられる。
「君は無能だ。この婚約は破棄する」
行き場を失ったアリアが選んだのは、王城のメイドに志願すること。
前世でブラック企業に鍛えられた凛には、武器があった。
——人を動かす技術。業務を改善する知識。そして、折れない心。
雑用メイドからスタートした凛は、現代の知識を武器に王城を変えていく。
サボり魔、問題児、落ちこぼれ——誰もが見捨てたメイドたちが、次々と凛に懐いていく。
そして転生からわずか一年。
凛は王城に仕える500人のメイドを束ねる、史上最年少メイド長となっていた。
「——なぜ、君がここに」
国王主催の晩餐会。
青ざめた顔で立ち尽くす元婚約者の前で、500人のメイドたちが一斉に頭を下げる。
「アリア・ヴェルナー・メイド長。晩餐会の準備が整いました」
私を捨てたあの日、あなたの後悔も始まっていたのです。
——もう、遅いですけれど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる