明日の空

鍵山 カキコ

文字の大きさ
37 / 56
第三章

風船

しおりを挟む
 杏奈と会話しながら時の経過を待っていると、十数分程で教室がいつもの活気に包まれる。
 けれども、そこに戸山君の姿は無い。いつもならこのくらいの時間に来ているはずなのに。
(もしかしたら、今日は欠席なのかな)
 そんな考えが頭をよぎると、ホッとしたような感情と、焦ったような感情が同時に現れる。
 分かっているのに。戸山君が居ないことに安心するのは駄目だって、頭では理解しているのに。
 それでも心のどこかで、戸山君への拒絶反応を示す自分がいる。
 だがそれでは、事が悪化するだけ。自分がされたからといって相手まで拒絶してしまったら、その時こそ本当に私達の関係は倒壊してしまうのだから。
 付き合いたての頃は、私が嫌がろうがお構いなしに、戸山君は私と向き合おうとしてくれたではないか。
 そう、だからきっと、次は私の番なのだ。私が彼に心を開いていったように、彼だって──
「夕梨ー? 眠いの?」
「う、ううん。昨日しっかり寝たよ」
 しまった。
 戸山君のことを考えていると、どうしても他のことに気を配れない。それが杏奈との会話であっても同じこと。
「そう。じゃあボーッとしてるのは、海斗のことって訳ね」
「う、うん……」
 杏奈相手には、やはり本音が出てしまう。もう隠すほどの間柄ではないというのは勿論のことだけれど、杏奈の頼りがいのある雰囲気が余計にそうさせるのだ。
「やっぱり。じゃあ、今日来るか来ないかだけでも、卓也に確認してくるわね」
「え? あ、うん。あり、がとう」
 驚くべき行動力に、私はその場で愕然としているしかない。
(ああいう所が杏奈の長所であり、決して私が杏奈に届かない理由なんだろうな)
 見習いたい気持ちはあれど、杏奈や蘭以外の人には怖くて話しかけることができない私。
 憧れが『憧れ』の域を出る日が、いつか訪れるのだろうか。
「聞いてきたわよー」
「お、おかえり。早いね」
「そりゃ、卓也が相手だもの。無駄話のネタなんか無いわよ」
「そっか」
 私が言ったのは無駄話のことではなく、声を掛けるまでの躊躇う時間のことなのだけれど、まあそんな話はどうだって良いか。
「で、海斗なんだけど。やっぱり今日は休みらしいわよ。理由は卓也も知らないって」
「そうなんだ。心配だね」
「そうね。精神を病んでなきゃいいけど」
「……うん」
「彼に限ってそんな事ありえない」と言いたいけれど、以前狂ったような戸山君を見たせいでそうは言い切れない。
 彼の痛みや苦しみを、私は知らないのだ。
「と、とりあえず、海斗が居ないんだからこの話は終わりっ。もっと明るい話しないと」
「だね。そういえば、ずっと気になってたんだけど杏奈って──」
 杏奈が話の方向を変えてくれてよかった。私はあまり、そういったことが得意でないから。

     ○ ○ ○

「文化祭の準備を行うので、できない人はさっさと教室から出て下さーい!」
 学級委員である千秋さんの声が響くと、部活のある生徒ややる気のない生徒達が、蜘蛛の子を散らしたように去っていく。
「さて、じゃあ始めますか」
 今年の私は、一味違うぞ。なんとあの母から、文化祭とその準備に参加する権利を与えられたのだから!
 理由は何も説明してくれなかったが、私が「文化祭に参加したい」と頼む前に母はそれを承諾してくれた。「私、様子を見に行くからね」という台詞を添えて。
 まぁ母が来ることさえ把握しておけば、臨機応変に対応できることだろう。
「えっと、確かダンボールの用意は入江に頼んだんだっけ?」
「あぁ、バッチリ持ってきてるぞ」
「そう。で、風船が確か……夕梨ちゃんか」
「っ! ゆ、夕梨ちゃ……」
 木嶋さんと呼ばれる気持ちでいたために、千秋さんの言葉を繰り返してしまった。まさか急に名前にちゃん付けとは。
「あ、ごめん。迷惑だった?」
「う、ううん! ビックリしただけで」
「なら良かった。それで、風船だけど、ちゃんとある?」
「も、勿論っ。この袋の中に……」
 幼稚生の時以来ずっと部屋に飾ってあった母特製の手さげ袋に手を突っ込み、中をかき回す。しかし何周しても、そこは空っぽ。「あれ?」
「どうしたの夕梨ちゃん。もしかして、入ってないの?」
「うん。た、確かに朝入れたんだけど……」
「どこかで落としちゃったとか? でも、流石に気付くはずだよね。ただ、もしかしたら夕梨ちゃんの家かもしれないから、一応帰ったら確認しておいてね。今日は風船が無くても最悪大丈夫だし」
「わ、分かった」
 必要なものを持ってこられなかった私を咎めることなく、千秋さんは微笑む。彼女の周囲の人達も、こちらに嫌な顔を向けてこない。本当に心から、「気にしなくても大丈夫だよ」と私に言ってくれているのだ。
(皆、すごい優しいな……)
 私のクラスメイトはこんなにも暖かい。けれどその温もりは、所詮クラス内でしか保たれない。
 世界には悲しいことに、冷たい人間だって山程存在する。例えば──他人のものを盗み取るような人とか。
(私は朝、絶対にこの袋に風船を入れた。だから、きっと盗まれたんだ)
 盗まれた、というのが確定事項ではないものの、犯人の目星はついている。
 さて、いつ返してもらおうか……。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中ーー完結!!】 私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 二十年の裏切りの果て、その事実だけを抱え、離縁状を置いて家を出た。 そこで待っていたのは、凍てつく絶望――。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と縋られても、 死の淵を彷徨った私には、裏切ったあなたを許す力など残っていない。 「でも、子供たちの心だけは、 必ず取り戻す」 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔い、歪な愛でもいいと手を伸ばした彼女が辿り着いた先。 それは、「歪で、完全な幸福」か、それとも――。 これは、"石"に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

処理中です...