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真の親友
しおりを挟む信秀こと織田信秀の嫡男三郎は尾張の大うつけと異名をとっていた。
尾張のそれは、幼少期のころからの異名。
髪を無造作に束ねて、着物を着崩し、腰には瓢箪を二つ下げている。
誰が見ても、おかしい姿。
しかも、十歳そこそこの元服前の若君がしているわけである。
信秀の家臣は元より、城下の者たちまでもが、若様はおかしい。嫡男がこれで大丈夫なのだろうか?織田家は嫡男ではなく次男が継いだほうがいいと口にするものまでいたのだ。
そんなことは、信秀の耳には勿論、当の本人三郎にも入っていた。
しかし、三郎にはそんなことはおかまいなし。
三郎には考えがある。そう、それは父の家臣を見て、そういう考えに至ったこと。
父の側に来るものはみんな立派な容姿、きちんとした身なりで来る。しかも口がうまい
この中に、本当に誠心誠意つくし仕えてるものがどのくらいいるのであろうか?実は口先だけの者のほうが多いのではないだろうか?
また、父が本当に心底信じている者が何人いるのであろうか?
その考えが、三郎のこの容姿につながる。
人は見た目ではない。物や者の本質は見た目で判断してはいけない。その本質を見れてる者こそ、本当に信用出来る者なのではないか?と。幼いころに思いそれを実行。
十歳そこそこになった今でも、それは続けている。何年もその姿でいるということは三郎の質を見抜ける大人がいないということ。
つまり、父の周囲や城下の者は見た目を重視する者達の集まりだということがわかる。それでも、その容姿を続けるのは、いつか、それを見抜くものが出てくるかもしれぬという淡い期待があったからだ。
毎日、その姿で、父の馬に乗り城下は元より城下から出て出かけることもあった。
ここには、自分の本質を見抜く者がおらぬ、そして、心休まる場所すらない。
この日も、三郎は勝手に信秀の馬に乗り出かけてしまったため、家臣は怒られるのは目に見えていたが、信秀に報告しなければいけないと思い耳に入れた。
信秀は顔を真っ赤にして
「あの、うつけが・・・。探せ!そして早く城に連れ戻せ!!城下にまで恥をさらしおって!!」
と、怒鳴り散らす。
「はっ!!」
家臣達は、城下に出ていく。
三郎を探すために。
一方美濃。時同じくして美濃の蝮、斎藤道三のもとに、じゃじゃ馬と異名をとる姫がいた。
道三の娘、帰蝶である。
帰蝶は、女のすべきことをやらず、男の容姿をとり、薙刀、剣術、弓、など武術をこなし、また中国の書物を読みふけっていた。武術は道三の家臣より強く、また頭も切れる。
はっきり言ってしまえば軍師の才能までもあった。
十歳そこそこの女子がである。
しかも、馬まできちんと乗りこなす。道三は時に、女ではなく男であればとさえ思ったほどであった。
しかし、どうしたって帰蝶は女であり、いずれどこかの武将に輿入れという名の交渉の切り札にする予定でもある。ゆえに、女としての教養をきちんとさせるつもりだったのだ。
それなのに、帰蝶は男のなりをし、武術や書物を好む。時には道三の馬に乗って城下に行ってしまう。城下だけではすまないこともあり、野山に行ってしまうこともある。
帰蝶の考えはこうだ。
女だからとか、男だからとか固定観念にとらわれてはいけない。人は見た目で判断してはいけない。それなのに道三はもちろん、家臣や帰蝶の乳母でさえ、男のなりをしている帰蝶に、
「女子なのに」
とか、
「そんななりをして・・・」
と言う。そのたびに帰蝶は
「見た目で人を判断するのでございますか??」
と返す。家臣、乳母、道三ですらその言葉に返事を返せずにいた。
そんな帰蝶ではあったが、やはり父の居城には自分の居場所はないと感じていた。自分のしたいことをすると、小うるさく怒られるから。
この日、帰蝶も道三の馬に乗り城を出て出かけた。
道三が馬で遠乗りに出かけようと、馬小屋に行くと馬がないことに気が付く。からの馬小屋を見てふつふつと怒りがこみ上げる。
「帰蝶か!あのじゃじゃ馬!!」
道三は顔を赤くしながら叫ぶ。
そして、家臣を集めて帰蝶を探すように通達をした。
道三の家臣たちは、いつものことなれど大きくため息をつきながら、城下へと出て行った。
美濃と尾張の境。
廃寺を修繕し、美濃と尾張を見張っている者がいた。後に、二代目百地三太夫、全忍びを統治した忍びの長の二代目。百地三太夫。年は道三とあまり変わらない。寺にいるときは、怪しまれないように寺の管理者らしく?庵と名乗っていた。(以下庵と表記)なぜ、庵が美濃と尾張にいるのかというと織田と斎藤の動きが気になっているからというのが一つ。そして、美濃のじゃじゃ馬姫と尾張の大うつけにも興味があった。特に、美濃のじゃじゃ馬・・自分の娘椿に重なることがあった。
庵の一人娘椿は文武両道、次期三太夫を名乗るには申し分はなかった。椿も出かけるときは男のなりをしていたからだ。動きやすさと身の安全をも考えてしているから。
だから、帰蝶もそうなのであろうと思っていた。
勿論、織田家の嫡男三郎も、何度か城下で見かけているが、あのようななりはわざとしているに違いないと思って見ていた。ほかの者には見た目だけで判断しているのであろうが、庵の目には、強い意志を持ってやっているように見えたしそう感じられたのだ。幼いながらに、この二人は周囲の大人よりきちんとしていると思っていた。
そんな三太夫こと庵がいる寺に、どういう因果かこの二人が足を運んできたのである。ひょっとしたら、これは三人を結び付ける何かが働いたのかもしれぬと、三人が後に抱くことになる。
尾張の三郎は、父の馬に乗り美濃との境まで来ていた。
本来であれば、美濃との境。見張りがいても不思議ではない。
しかし、運が良かったのか?見張りはいなかった。
馬に乗り山に入っただけの感覚である。
もし、見張りがどちらにもいたなら、織田方であれば連れ戻され斎藤方であれば身を拘束されたかもしれない。
静かな山の中の空気をゆっくり吸い込むと、馬から降りて手綱を引きながら歩く。
もやもやとしていた胸の中が少しだけ癒された気がした。
ゆっくりと歩いていると、前方に建物がある。
その建物に近づくと、門から中を覗き込む。
寺のようだった。
「廃寺か?」
門を入り、門のそばに馬をつなぐと建物に近づき一応声をかけた
「すまぬ、だれかおらぬか?」
と。
声をかけたが返答がない。
それでも、もう一度大きな声で、
「すまぬ!だれかおらぬか??」
と声をかけた。やはり、廃寺なのだろうか?中を見ると外とは違い、中はきちんと整頓されておりたくさんの書物が置いてあった。三郎はその書物の量に目を奪われていた。
このような静かなところで、ゆっくりと書物を誰の気兼ねなく読んでみたい。いつもは父の信秀の家臣に読む書物を決められゆっくり読むことなど無縁であった。もっとゆっくり読めたらと思っていた。三郎は決して勉学が苦手ではない。むしろ好きだった。ただ、父の家臣。見た目容姿を気にする本質を見てくれないものに教わることはうわべだけしか教えてくれぬものと考えていた。
たくさんの書物に見とれていると、ふと、真後ろに人の気配がし慌てて振り返る。
「何か御用かな?」
そう言って、三郎の真後ろから声をかけた者は、父より少し年上の僧侶の姿をした男であった。
しばらくその者の姿をまじまじと見つめる。
僧侶の姿をしているが、体つきは僧侶とは思えないほどがっしりしている。
この者、本当に僧侶か??疑問を抱きながら見つめている。
声をかけた庵は突然の客の姿を見て驚いた。尾張の信秀の嫡男三郎に。
しかし、平静をよそって庵は
「何か御用かな??」
と声をかけたのだ。
「ああ、すまぬ。何度か声をかけたのだが。ここのご住職か??」
住職という言葉に、僧侶の容姿をした庵は、ふっと笑みを浮かべて
「そうだが?」
と返す。
「しばし、休ませてもらえぬだろうか?自分と馬を」
「かまわぬが・・・」
普通に返事を返してくる、この僧侶に三郎は疑問を抱いた。
普通に話しかけて返事を返すものなどあまりいない。この容姿をとると大抵は、珍しいものや腫れ物に触るような眼をする。僧侶だから普通に返すのだろうか?それとも、僧侶の容姿をしている別の者か?
「自分を見て、何とも思わないのか?」
と思わず口にしていた。
「ふーむ。人は見た目では判断できぬ。そんな容姿をしているとはいえ、人の本質は判断できぬと思うのだが??」
と庵が返す。
三郎は驚いた。一度もそんな風に見られたことはない。そう口にする者などいなかったからだ。
「それに、その目。何か強い意志がある。そうではないか?」
三郎は目を伏せて、ゆっくりとうなずいた。
きちんと自分の本質を見抜く者がいたことを少しだけうれしく感じていた。
「で、休まれたいといわれたな。どうぞ・・。馬にも水を・・」
庵が馬に水を用意しようとしていた時である。
美濃のじゃじゃ馬、帰蝶が同じようにこの寺を訪れた。乗っていた馬から降りて手綱を引きながら寺の門をくぐる。
前方で話をしている、庵と三郎に声をかけた。
「あの・・すみません。少し休ませていただいても?」
と。庵は来た帰蝶の姿を見て、またもや驚いた。同日に尾張の若君と美濃の姫君がこの場所に来るなど・・・。これは、何かしらの運命か縁なのかもしれないと思った。そう、自分がこの地に来たのも
二人は入ってきた帰蝶を見つめた。
「今日はよく人がくる日だなあ・・」
思わず庵が口にする。
「駄目、でございますか?」
「駄目ではないが・・・。馬をつないで中にどうぞ・・」
「はい、ありがとうございます。」
帰蝶は馬をつなぐ。
庵は馬に水を汲んでから二人が乗ってきた馬の前に置く。
「ああ、ありがとう。」
「すまぬ・・」
「いえ、では、お二方どうぞお入りください」
帰蝶は三郎とともに庵の後について寺の中に入っていった。
二人はお互いをまじまじと見つめる。三郎は帰蝶を男のなりをしているが育ちのいい、女子に違いないと思った。おそらく年は自分と変わらぬ。
帰蝶もまた、三郎の姿に訳があってこのようなふざけた姿をしているように見えていた。自分と同じなのではないかと。
それに、庵もただ者ではないのではないかとさえ思っていた。
ふと、二人同時に
「わざと、そのようななりをしているのでしょう??」
「わざと、そのようななりをしているのだろう?」
と言っていた。
同じように感じた問いを、まさに同時に言い一瞬黙ってから噴き出して笑っていた。
三太夫も笑みを浮かべる。
「それに、あなたも普通の僧侶ではないのでは?」
「それに、そなたも普通の僧侶ではないのであろう?」
この同時に出た問いに庵も噴出した。十歳そこそこなのに、この二人は見る目があると思っていた。しかし、自分の正体を話すつもりはない。話したら警戒心を抱かせるだけなのは目に見えているからだ。
「さすがですな…。尾張の大うつけと異名をとる織田の嫡男三郎様と美濃のじゃじゃ馬姫帰蝶様」
「どうしてそれを!」
「なぜそれを!」
三郎と帰蝶は三太夫をにらみつける。三太夫は笑みを浮かべながら
「そのように怖い顔をしなくても大丈夫でございますよ。自分は庵という。まあ、僧侶というより修験道でした」
と言った。その方が誤魔化せると瞬時に思った。僧侶ではないことを見抜いた二人には驚く。それでとっさに僧侶ではなく修験道と言ったのだ。修験道や山伏であれば多少筋肉がついても不思議ではないからだ。
「修験道、山伏ということか?」
「だから、体が鍛えたみたいになっているのか」
「戦がひどくなると修験道が修行する霊山に向かう際の道が戦の通り道になったり、ただ通っただけであらぬ誤解を受け殺されるものもいる。だから、せめて戦が減るまでは廃寺になった寺を修復して生活をしておこうと思ったのだ。で、数年前からこの寺におる。城下に出かけたときにどちらのうわさも耳にしている。お二人のことは知っているというか・・・・」
と、庵はさもそれらしい理由を述べた
「なるほど」
「そうか・・」
「戦になれば、民や弱い者達は一番に被害を被る。そんなものを見たくはないのだが、幸いにしてここは国境。人里からもかなり離れておるし、人があまりこぬからと思ったのだが・・」
そう言って二人に笑みを向ける。
「そうか、なんかどういっていいかわからぬが・・すまない・・・」
「三郎様が悪いわけでは・・・今はそういう世なのでございますよ、戦もいつかは終わります」
「・・・そうであるといいな・・・」
三郎と帰蝶はすまなさそうに庵を見た。
「お二方、何もないが座ってくだされ、いま白湯でもお持ちしましょうな・・・」
帰蝶と三郎は腰を下ろした。
二人は相手をしばらく見つめていた。道三と信秀の関係は隣国と言っても良いわけでも、悪いわけでもない。
そんな二人を茶碗を出しながら庵は様子を見ていた。
「白湯を持ってきました、どうぞ。」
そう言って二人の前に茶碗を乗せた盆を置く。
「ああ、ありがとう」
「すまぬな・・・」
「庵・・殿、この寺は廃寺と言っていたな?修復は一人でされたのか?」
三郎がようやっと口を開いた。
「庵で構いませぬ、はい、時間はたくさんありますからな」
「それと、そこの書物は・・・」
三郎が書物の棚を指さしそう言いかけた時、帰蝶の目は書物を見て輝いた。
「私のです。。少しずつ集め読んでいます」
「見させていただいても??」
「かまいませねぬが・・・・」
二人は立ち上がって書物を手に取って、中を見はじめる
「庵、ここの時々書物を読みに来てもかまわぬか?」
「庵、ここに時々書物を読みに来てもいいか?」
二人が再び声をそろえて同時に言った
二人はまた顔を見合わせて、今度は声をたてて笑う。
「帰蝶殿は、本がすきなのか??」
「三郎殿もか?」
三郎は大きくうなずくと
「三郎でいい。ああ、自分は、父の臣下の者がいろいろと師になってくれているのだが、読めるものと読めないものがある。自由に自分の意志で読める書物などない・・。帰蝶殿は?」
「帰蝶でかまわない。私は女子に書物は不必要と・・」
「なるほど、三郎様の父君は必要な知識以外は不要とみなし教えさせないようにして、帰蝶様の父君は女子には無用な知識であるとしておるということか・・・。私の本は多くはないが、二人が読みたいと思うなら読んでくれてかまわない」
「本当か?」
「本当に??」
おそらく信秀は三郎には無駄な知識を入れないように必要な知識だけを入れ自分の思う武将にしたかったのであろう。帰蝶に至っても同じように無駄なことを教えないようにしたかったのであろう。人が無駄だと思ってもその知識は別の者からしたら必要なものかもしれない。固定観念がそうさせているのであろうが、この二人はその固定観念を変えていこうと動いてる。
この二人の成長をしばらく見ているのもいいかもしれぬ。もしかて、今までの武将達とは違ったものが見れるかもしれぬ。
ここに、三人の不思議な関係、友情が生まれた。
帰蝶と三郎は、ほぼ毎日この地に赴き庵と語り、時には二人が書物に没頭する。また、自分の考えや今の現状、戦の戦況についても語った。
三郎は、帰蝶の知識の深さに驚いた。軍師になったほうがいいのではというほどの見極め方をする。もし、今の美濃が道三ではなく帰蝶が動かしていたら、間違いなく父信秀は敗れるかもしれないと思ったのだ。
帰蝶も、三郎の知識に驚いた。武将というより商人の才があるのではと思うほどでもあった。それだけ、物価のこと、国の産物、流通に対して詳しい。それに加えて、人の心理や洞察力もあり武将になったとしても戦に赴いたとしても、おそらく兵糧に困ることもないであろう。
いや、むしろ今、三郎が信秀と変わっていたら、美濃はその流通をも遮断されてしまうのではと思うのだった。
庵も、もしこの二人が仮に一緒におり一つの国を動かしたら、最強の国になりそうなそんな思いを抱いた。
二人が思い描く未来は、戦のない太平の世。そして、それは人を見た眼で判断せぬ、固定観念がない世の中。
戦乱の世と思えないほど、ここにいる時間は帰蝶、三郎にとって心休まるときであり唯一自分の思いを話せる場所であった。
三人で過ごすのが当たり前になり、二年過ぎた頃、そんな平穏な日々は終を告げることになる。
帰蝶がいつものように男のなりをして出かけようと部屋を出た時だった。目の前に父道三が立ってた。
「父上・・・」
「また、出かけるのか?」
「はい」
「それも今日で最後だな」
「それは?どういう?」
「お前の輿入れが決まった、明日から数日外出は許さぬ」
「どちらに??」
「土岐家だ」
「土岐・・・」
土岐家に行くとなると、もう三郎と庵とは会うことはかなわない。帰蝶の思考は一瞬にして真っ白になる
「今日は自由にしろ、明日からは出さぬ」
そう言って道三は去っていく
父の後姿を見てから帰蝶は一度部屋に入った。部屋の隅にある小箱から二つ短刀を出す。鞘には蝶の絵が描かれている。いつか、庵と三郎にあげようと思って作っておいたものだ。それをこんな時に渡すことになるとは・・・
この時に渡す、それはまるで自分を殺してくれと言っているようなものになる。本当は友のあかしとして、自分が腰にさしている短刀に模して作ったのだが・・・・
しかし、父の言う言葉に今回ばかりは逆らえそうにはなかった。帰蝶は覚悟をきめた。もし、親友で、同志である三郎の、織田の敵となったらその時は三郎の手で殺めてもらおうと・・・もし、三郎が断ったら庵の手で殺してもらおう、そう、覚悟を決めた。
ここを出てしまったら、輿入れしてしまったら二度と三郎と庵には会えない。
土岐に輿入れということは、いつか織田ともめる要因になるかもしれぬと思ったのだ。再び部屋を出る。
庵と三郎に話さなくてはいけない。馬にまたがり、急いで馬を走らせる
庵の寺の入り口に三郎がいつも乗ってる馬の姿を見て少しほっとする。馬をつないで寺に入ると、いつもと雰囲気が違う帰蝶に気が付き庵が、
「どうされた?帰蝶様?」
と、声をかけた
その声で、書物を読んでいた三郎も書物を閉じ顔を上げる
「帰蝶、何かあったのか??」
「お二人に・・・お話が・・」
そう言ってから、帰蝶は腰を下ろす。
帰蝶のただならぬ態度に、二人は側に腰を下ろした。
「私・・・輿入れすることになり・・・。今日でここに来るのは最後になります」
「輿入れ?!帰蝶は俺と年が変わらないではないか!それに・・急すぎる」
「ここに来る前、父にそう告げられた」
「・・・・」
三郎は肩を落として帰蝶を見る
戦乱の世の運命・・・
「そこで・・・」
帰蝶は布にくるんだ短刀を二人に渡した
「これは?」
短刀を受け取ると、三郎と庵は顔を見合わせる
「もともと、私の腰に差してる短刀を模して作ってお二人に差し上げようと思っていたのですが。これを渡すときにこんなお願いをすることになるとは思いもしませんでしたが、そういうために作ったみたいになってしまって。もし・・・織田の敵となったら、お二人のどちらかの手で私を・・・」
私を殺してほしい・・・そう願ったのだ。まるで、その短刀で殺めてくれと懇願しているようになってしまう。
三郎とは共に過ごしていたが、恋ではなく本当に友。
大切な親友であった。
「できぬ・・」
「いえ、三郎!ほかの手にかかるぐらいなら三郎の手にかかったほうが良いのです。三郎ができぬというなら、庵、あなたに殺めてほしい。僧侶の身であれば国境など関係ないでしょう??」
「・・・・・・・・」
帰蝶の言葉に、三郎と庵は顔を見合わせた。
それだけの覚悟をし帰蝶が来た。それならば、今まで黙っていたことを自分もいう必要があると思った。
今まで修験道と名乗っていた庵だったが、帰蝶の行動に心打たれていた。
忍には感情は禁物である。常に非情でなければならない
しかし、そのことを打ち消すぐらい、庵は衝撃を受けた
「二人に私も話すことがある・・」
「庵??」
「私は本当は百地三太夫という、聞き覚えはありますか?」
「百地三太夫?」
三郎と帰蝶ははっとなる。そう、聞き覚えはある。
百地三太夫といえば、全忍を統括した忍長である。噂は耳にしている。だが、目の前にいるこの『庵』が、『百地三太夫』なれば、情報を渡していたことにもなる。
「庵は私たちを見張っていたのか?」
「庵は俺たちを見張っていたのか?」
帰蝶と三郎の問いに、庵は首を振った
「ちがいます。まあ、確かに最初は美濃と尾張の動きを見ておりましたが・・。この三太夫、楽しかったのでございますよ。年甲斐もなく・・・・・お二人といる時間が楽しかったのでございますよ。私にも娘がおりますお二人よりやや年上の・・・」
庵こと、三太夫はそう言って笑みを浮かべた。しかし・・二人はまだ少し警戒をしている。無理もない。そんな庵こと三太夫に帰蝶は
「では、庵。もし、私が正式な依頼としてお願いするとして、織田方の敵となり、三郎が私を殺められずにいたら、庵の手で殺めてほしいとお願いしたら・・・・やってもらえますか??その依頼料として、この短刀ではたりませぬか??」
「これを、依頼料としてこの三太夫にお渡しになるのですか??」
庵こと三太夫は、短刀の鞘の美しい模様、そして、鞘から抜いた時の見事な刃を見て驚く。帰蝶が元々贈り物として用意してくれただけあって、それは見事なものであった。もし、『百地三太夫』としての自分を雇うのなら、それはあまりにももらいすぎる依頼料である。
「依頼料にしては、いただきすぎるかと・・・」
「それでは、私が土岐に行ってから三郎とのつなぎをしてもらえますか?僧侶の身であれば・・たやすく城下に入れるのでしょう??」
「もし、やり取りが見つかれば、ただではすまぬぞ。帰蝶??」
三郎はがそう言う。
土岐家に嫁いでいながら織田の嫡男とのやり取り。見つかればどうなるかわからない。良くて美濃に戻される、悪ければ・・・・
「確かに、危うい橋ですな・・」
「それを何とかするのが、忍びなのではありませぬか・・?」
帰蝶の言葉に庵こと三太夫はゆっくりとうなずいて
「・・・・わかりました。何とかいたしましょう・・」
この日、三人は遅くまで文のやり取りの方法や、今後のことについて話をしていた。
数日後、帰蝶は土岐氏に輿入れをした。
三郎は庵のもとで帰蝶の文を受け取り、返事を書き庵が届けるという文のやり取りが始まった。
ばれることなく、それも数年続いた
三郎も元服し、名を三郎信長と改めたある日、帰蝶の文に
「数年たっても懐妊しなかったので、美濃に戻されることになり、また土岐氏と父親道三との関係もあまりよくないと・・・書いてある。三太夫・・・どう思う?」
そして、三郎が庵を三太夫と呼ぶようになってもいた。
「そうですなあ、おそらく・・土岐氏と斎藤氏の関係があまりよくないのは事実のようですし、それは斎藤氏と三郎様のお父上との関係も背景にあるかと・・・」
「さすが、三太夫だな・・・。で、これは俺の推測だが、斎藤家は父に和睦を持ってくるはずだ。それも、帰蝶を俺に嫁がせるという名目で・・・」
「なるほど・・・で、三郎様はもしそのようなことになったら?」
「帰蝶を守る、友として、同志として。俺のもとにいれば道具にならずに済む。そして、好きなだけ書物が読める・・・ここにも来れる。道三の目を気にすることなく・・」
「同志ですか。三郎様には大切な女子がおりますからの・・・」
三太夫は笑みを浮かべ、三郎を見つめた。
このころ、三郎には大切な女子がいた。ここにきてそのあと彼女の家に泊まっていくのが日課になっていた。もちろん、三太夫には言葉で、帰蝶には文で伝えていた。
帰蝶もそれを承知しており、三郎と彼女のややを見てみたいとまで言ってきたほどである。
帰蝶が、美濃に戻ってしばらくたったころ、尾張の織田家に帰蝶との縁談が持ち上がった。三郎が、考えた通りになったのである。
三太夫のところに息を切らして、三郎がやってきた。。
「三太夫!思った通りだ!」
思わず叫びながら入ってくる三郎に、三太夫は驚いて見つめた
「自分が言ったとおりになった!帰蝶との縁談が来た!!」
と
「それはそれは・・・」
「もちろん受けるぞ!!で、三太夫にも協力してもらいたいことがある!帰蝶を驚かせようと思う」
そう言ってから小声で帰蝶を驚かせる作戦?を話す。
「・・・・と、しようと思ってな・・。後、三太夫、書物を譲ってほしい・・いくらでも出す」
三太夫はゆっくりと笑みを三郎に向け
「それならば、お祝いという形で差し上げます」
「それは、だめだ」
「いいえ、お祝いですから」
三郎は三太夫の書物を譲り受け、帰蝶が来るまでの婚儀の日までゆっくりといろいろ進めていた。
尾張の三郎と美濃の帰蝶。二人が組めばその治めた地は最強になるであろうと以前思ったが、それが現実になるかもしれぬと・・・
美濃に帰蝶を迎えに行った三郎。
道三を間に挟みお互いが久しぶりに顔を合わせた。
少しお互いに大人になり、帰蝶は美しくなっていた。もともときれいな上品な顔立ちをしていたが、一層きれいに見えるのは女子の着物を着ているからであろう。三郎も気合を入れそれなりの着物を着てきちんとしていた。
拍子抜けしたのは道三である。尾張の大うつけと言われたものがどのような姿で来るかと思っていたのであったから。
帰蝶を連れ尾張に戻った三郎は帰蝶のために用意した部屋に通した。表向きの花嫁道具を置いた部屋に、もう一つ後ろに部屋があった
「帰蝶、後ろの部屋を開けてみろ」
三郎に促され、ふすまを開けるとたくさんの書物が置いてあった。
「これは??」
「庵、いや、三太夫のところにあった書物だ、譲ってもらった」
「三郎!!庵まで・・いいのか?こんなに・・」
「ああ、庵がお祝いだと言ってくれた。金銭を払うといったのだがいらぬと・・あとは、馬小屋に馬も用意したし、動きやすいように男物の服も用意してある・・薙刀と弓の稽古もしたいであろうと思って・・それはまたの日に見せるが・・」
三郎は照れながら帰蝶に言った。
「なんて言ったらいいか・・・三郎ありがとう・・」
「帰蝶は大事な友だ・・自分にとっては。これからは、斎藤家や父のことは気にしなくていい。たとえ、これからどうなろうと帰蝶は俺が守る!」
「三郎・・・」
うっすらと帰蝶の目に涙が浮かべ、三郎の手を握り締めた。
二人は時折、初めて出会った庵こと三太夫のいる寺を訪れ、お茶を飲みながら話に花を咲かせた
帰蝶、三郎はともに美濃、尾張のあり方を変えていく。それは小さな一歩であり、太平の世に導く礎を作ることになる。そして、その礎を百地三太夫が力を貸し、後に三太夫の孫が二人に仕えることになり、織田最強忍軍の誕生につながる。
その話はまたいずれ
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