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第1部 メアリー・グレヴィル

第25話

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 そんなことを考えていたので、私が寝入ったのは、日が変わる頃になってしまった。
 とは言え、余り1人で考えていても仕方がない。
 私は、アンにまず会って、次にヘンリーに会って、この結婚話をどうするか、の意見を決めることにし、チャールズに了承してもらった。

「アン、本当にヘンリー大公と結婚したいの」
「ええ、姉さんの結婚式の際、ヘンリー大公に会って想ったの。私からすれば、かなり年上になるだけど、あのような方と結婚したいって」
 私の問いに、アンは笑顔を浮かべて答えた。
 だが、アンの眼が全く笑っておらず、私の見る限り、笑顔は仮面にしか見えなかった。

「そう、分かったわ。ヘンリー大公の意向を確認するわ」
 私もお返しとして、笑顔の仮面を被って、アンの下を去った。
 アンの横では、ソフィアがため息を吐きそうな顔をしている。
 ソフィアだけでも救わないといけないかもね。
 私は内心の覚悟をさらに固めることになった。

「ほう、貴方の妹アンが、私と結婚したいと。この年齢で、そんな若妻を娶る話が持ち上がるとは」
 ヘンリー大公は、私が原作で描いた通り、極めて善良そうな表情を浮かべながら言った。
 だが、これが仮面であることを私は知っている。
 そうでなければ、帝国大宰相という職務が務まるものか。

「確かグレヴィル公爵家の考えとして、アンと皇帝ジョンと結婚させたい、という噂を聞いたことがあるのですが」
 ヘンリー大公は、私に探りを入れてきた。

 これは、私や父が陰で流した偽情報、噂だ。
 アンが妊娠出産してしまった以上、そうそう気軽に上級貴族と結婚させる訳には行かない。
 それで、私と父は相談して、グレヴィル公爵家としては、アンと皇帝ジョンの結婚を考えている、という偽情報、噂を流した。
 ただ、皇帝ジョンは6歳年下なので、アンが乗り気にならず、アンの説得に、私と父が時間をかけている、という話にしたのだ。
 そして、私と父は、こんな噂がありますが、という聞き合わせに対しては、曖昧な態度を執っている。
 それで、アンへの結婚圧力を流してきたのだが。

 私は文字通り、腹を割って、ヘンリー大公に話をすることにした。
「いえ、実はアンは醜聞持ちでして」
「ほう。それは聞き捨てなりませんな。お相手は」
「私は口が割けても言えない相手ですわ。もっとも、その時はお互いに真実を知らなかったようですが」
「成程」
 ヘンリー大公は、私の話で、すぐに相手がチャールズであることを察してしまったようだ。
 それ以上の言葉を出さず、興味深げな表情を浮かべだした。

「ところで、何でそのことを」
「お家大事の侍女がおりまして」
 私は、ソフィアが秘密の情報源であるかのように話をした。
 というか、そういう事でもない限り、私が知る筈のない情報なのだ。
 原作者なので、知っています等、ヘンリー大公に私が言える訳が無い。

「何ともまあ。厄介なお話ですな。私とアンが結婚しては、大公家が帝室に喧嘩をうるようなものだ」
 しばらく沈黙した後、ヘンリー大公は、私に、分かっておられるのでしょうな、と暗に言って来た。

 そう、皇帝ジョンと結婚させたい、といっていたアンを、アンが希望しているから、とヘンリー大公と結婚させるとグレヴィル公爵家がいい出し、ヘンリー大公とアンが結婚しては。
 20歳以上年上で子持ちの男性、ヘンリー大公が、半ば帝室から婚約者を略奪する事態に近い。
 帝室、特に元皇帝ジェームズは、グレヴィル公爵家は皇族公爵家でありながら、何を考えている、と激怒する。
 更にその怒りの炎は、大公家に向けられるのは必至だ。

 ところが、アンは自分の行動でそんな事態が引き起こされるとは思ってもいないのだ。
 アンの気楽さに、私は頭が急に痛くなってきた。
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