38 / 120
第1部 メアリー・グレヴィル
幕間(チャールズー4)
しおりを挟む
密やかに通用口を叩く音がする。
僕は、その叩く音が、事前に手紙でやり取りした通り、2回鳴らした後、暫く間を置いて1回鳴らす、そして、また同じ鳴らし方を繰り返す、というやり方なのを確認して、通用口を開けた。
すると、フードを被ることで、少し変装した彼女、アンが通用口から入ってきた。
彼女は、僕にすぐに抱き着きながら、ささやいた。
「また、二人きりで逢って下さるとは思いませんでした」
だが、そのささやき声の中に、秘められた彼女の悪意、甘い蜜にくるまれた猛毒は、僕を怯えさせた。
僕は、彼女をこんな存在に変えてしまったことを、心から後悔した。
本当に僕は何てことをしてしまったのだろう。
僕は彼女を、通用口近くの小部屋に誘った。
本来からすれば、通用口を看守する下男が寝泊まりするための部屋だが、現在は誰も使っていない。
だが、ベッドが据え付けられたままで、男女の営みには充分な広さがある。
また、僕の指示により、この近くには誰もいない筈で、その意味でも人に知られる心配がなく安全だった。
僕は、彼女を刺激しないためにも、この小部屋に誘った。
最初から拒絶すべきなのだが、それをやると彼女、アンを刺激し過ぎる。
彼女は、今後のことを期待しているようで、僕に従順に附いてきた。
小部屋で彼女と二人きりになった後、僕はあらためて彼女に切り出した。
「ここで引き返そう。アン。そうするのが、お互いのためだ」
そう、今なら、僕と彼女は再度の関係をまだ持っておらず、言い訳がきく段階なのだ。
だが。
彼女、アンは頭を振った後、言った。
「私をこんな身体にしておいて、そんなことを言われるのですか。それなら」
彼女は、それ以上は口をつぐんだが、その後に続く言葉はお互いに自明だった。
彼女は、僕と関係を持って、キャロラインが産まれたことを暴露するというのだ。
彼女が経産婦なのは、少し経験のある産科医、産婆ならすぐに判明する。
そうなると、彼女の言葉が真実だ、と誰もが思うだろう。
実際、それが真実なのだから、どうにも誤魔化しようがない。
そして、僕、更に大公家は大醜聞に塗れることになる。
僕はため息を吐きながら言った。
「君のためにも言っているんだ。僕の子を身籠って、僕の叔父、ヘンリー大公の下に嫁ぐ気かい」
「その通りですわ」
アンは即答した。
僕は、アンの言葉、対応に更に慄然とした。
僕の対応を無視しながら、彼女は猛毒を秘めた甘い言葉を転がした。
「あなたの隠し子なら、あなたは私の産んだ子をあなたの次の大公世子にされるでしょう。そうすれば、あのメアリは、自分の子を大公世子にできないではありませんか」
彼女は、実の姉にして僕の妻のメアリを、あの呼ばわりした。
僕は更に背中が冷たくなる思いがした。
そんな僕の想いを無視するかのように。
彼女は僕にしなだれかかり、身体を密着させながら、ささやいた。
「身体が熱くて堪りませんの。私を抱いて下さらない」
彼女は魔女になってしまった。
僕は、そう想った。
彼女を抱くべきではない。
だが、そう決意した内心とは裏腹に、僕の身体は。
そう考えている僕の心の中に、メアリの言葉が流れてきた。
「彼女を説得できなかったら、取りあえずは彼女の思い通りにしてください。後は私に任せて」
そう、彼女、アンと密会することが、メアリに分かった際に、メアリはそう言った。
メアリは、ここまでの事態になることが予測出来ていたのだろうか?
僕は、メアリの言葉を、自分の内心、良心に対する贖宥状代わりとすることにした。
実際、アンの誘惑は、魔女の誘惑としか言いようが無いもので僕には耐えられなかった。
僕は、アンとそれこそ夜が明けるまで身体の関係を持ち続け、罪悪感に駆られた。
僕は、その叩く音が、事前に手紙でやり取りした通り、2回鳴らした後、暫く間を置いて1回鳴らす、そして、また同じ鳴らし方を繰り返す、というやり方なのを確認して、通用口を開けた。
すると、フードを被ることで、少し変装した彼女、アンが通用口から入ってきた。
彼女は、僕にすぐに抱き着きながら、ささやいた。
「また、二人きりで逢って下さるとは思いませんでした」
だが、そのささやき声の中に、秘められた彼女の悪意、甘い蜜にくるまれた猛毒は、僕を怯えさせた。
僕は、彼女をこんな存在に変えてしまったことを、心から後悔した。
本当に僕は何てことをしてしまったのだろう。
僕は彼女を、通用口近くの小部屋に誘った。
本来からすれば、通用口を看守する下男が寝泊まりするための部屋だが、現在は誰も使っていない。
だが、ベッドが据え付けられたままで、男女の営みには充分な広さがある。
また、僕の指示により、この近くには誰もいない筈で、その意味でも人に知られる心配がなく安全だった。
僕は、彼女を刺激しないためにも、この小部屋に誘った。
最初から拒絶すべきなのだが、それをやると彼女、アンを刺激し過ぎる。
彼女は、今後のことを期待しているようで、僕に従順に附いてきた。
小部屋で彼女と二人きりになった後、僕はあらためて彼女に切り出した。
「ここで引き返そう。アン。そうするのが、お互いのためだ」
そう、今なら、僕と彼女は再度の関係をまだ持っておらず、言い訳がきく段階なのだ。
だが。
彼女、アンは頭を振った後、言った。
「私をこんな身体にしておいて、そんなことを言われるのですか。それなら」
彼女は、それ以上は口をつぐんだが、その後に続く言葉はお互いに自明だった。
彼女は、僕と関係を持って、キャロラインが産まれたことを暴露するというのだ。
彼女が経産婦なのは、少し経験のある産科医、産婆ならすぐに判明する。
そうなると、彼女の言葉が真実だ、と誰もが思うだろう。
実際、それが真実なのだから、どうにも誤魔化しようがない。
そして、僕、更に大公家は大醜聞に塗れることになる。
僕はため息を吐きながら言った。
「君のためにも言っているんだ。僕の子を身籠って、僕の叔父、ヘンリー大公の下に嫁ぐ気かい」
「その通りですわ」
アンは即答した。
僕は、アンの言葉、対応に更に慄然とした。
僕の対応を無視しながら、彼女は猛毒を秘めた甘い言葉を転がした。
「あなたの隠し子なら、あなたは私の産んだ子をあなたの次の大公世子にされるでしょう。そうすれば、あのメアリは、自分の子を大公世子にできないではありませんか」
彼女は、実の姉にして僕の妻のメアリを、あの呼ばわりした。
僕は更に背中が冷たくなる思いがした。
そんな僕の想いを無視するかのように。
彼女は僕にしなだれかかり、身体を密着させながら、ささやいた。
「身体が熱くて堪りませんの。私を抱いて下さらない」
彼女は魔女になってしまった。
僕は、そう想った。
彼女を抱くべきではない。
だが、そう決意した内心とは裏腹に、僕の身体は。
そう考えている僕の心の中に、メアリの言葉が流れてきた。
「彼女を説得できなかったら、取りあえずは彼女の思い通りにしてください。後は私に任せて」
そう、彼女、アンと密会することが、メアリに分かった際に、メアリはそう言った。
メアリは、ここまでの事態になることが予測出来ていたのだろうか?
僕は、メアリの言葉を、自分の内心、良心に対する贖宥状代わりとすることにした。
実際、アンの誘惑は、魔女の誘惑としか言いようが無いもので僕には耐えられなかった。
僕は、アンとそれこそ夜が明けるまで身体の関係を持ち続け、罪悪感に駆られた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
44
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる