灼眼勇者の反逆劇

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第1章

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 戦争参加の決意をした以上、伊織達は戦いの術を学ばなければならない。いくら規格外の力を潜在的に持っていると言っても、元は平和主義にどっぷりと浸かりきった日本の高校生だ。いきなり魔物や魔人と戦うなど不可能である。

 しかし、その辺の事情は当然予想していたらしく、アデルバード曰く、この聖人教会本山のある『天山』の麓の『クリスタ王国』にて受け入れ態勢が整っているらしい。

 王国は聖人教会と密接な関係にあり、聖人教会が信仰するーー守護神、創世神クワナの眷属であるクリス・ウォーカーなる人物が建国した最も伝統ある国ということだ。国の背後に教会があるのだからその繋がりの強さは明らかだろう。

 伊織達は聖人教会の正面門へとやってきた。下山しクリスタ王国へと行くためだ。

 聖人教会は『天山』の頂上にあるらしく、凱旋門もかくやという荘厳な門を潜るとそこには雲海が広がっていた。それはまるで、マシュマロの絨毯のようでどこまでも歩けるかのように思えるほどだった。

 高山特有の息苦しさなど感じていなかったので、高山にあるとは気が付かなかった。魔法で生活環境を整えているのだろうか?

 伊織達は、太陽の光を反射してキラキラと煌めくよう透き通る青空という壮大な景色に呆然と見蕩れた。

 どこか自慢げなアデルバードに促され先に進むと、透明でガラスのようなカーテンで囲まれた円形の大きな台座が見えてきた。大聖堂で見た素材と同じ素材でできた美しい回廊を進みながら促されるままその台座に乗る。

 台座には巨大な魔法陣が刻まれていた。カーテンの外は雲海なので大多数の生徒は中心に身を寄せる。それでも興味は湧くようでキョロキョロと辺りを見回していると、アデルバードが何やら唱え出した。

「汝、我の魔力を糧として天界を震わす天神の力を解放せよ。彼のものへと至る道、信仰とともに開かれん。出よ天道!」

 その途端、足元の魔法陣が燦然と輝き出した。そして、まるでロープウェイのように滑らかに台座が動き出し、地上に向かって斜めに下っていく。

 どうやら、さっきの影響で魔法陣が起動したようだ。この台座は正しくロープウェイなのだろう。ある意味、初めて見る『魔法』にキャッキャッと騒ぎ出す。雲海に突入する頃には大騒ぎだ。

 やがて、雲海を抜け地上が見えてきた。眼下には大きな街、否、国が見える。山肌からせり出すように建築された巨大な城と放射線状に広がる城下町。クリスタ王国の王都だ。台座は、王宮と空中回廊で繋がっている高い塔の屋上に続いているようだ。

 伊織は、皮肉げに素晴らしい演出だと思う。オリンピックを越えた演出だ。雲海を抜け天より降りたる『神の使徒』という構図そのままである。伊織達だけのことでなく、成人信者が教会関係者を神聖視するのも無理はない。

 伊織はなんとなしに戦前の日本を思い出した。政治と宗教が密接に絡み合っていた時代のことだ。それが様々な悲劇をもたらした。だが、この世界はもっと歪で危険なものかもしれない。なにせ、この世界には異世界に干渉できるほどの力を持った超常の存在が実在しており、文字通り『神の意志』を中心に世界は回っているからだ。

 自分達の帰還の可能性と同じく、世界の行く末は神の胸三寸なのである。徐々に鮮明になってきた王都を見下ろしながら、伊織は言い知れぬ不安が胸に渦巻くのを必死に押し殺した。そして、とにかくできることをやっておくしかないと拳を握り締め気合を入れ直すのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  王宮に着くと、伊織達は早々に玉座の間に案内された。

 教会に引けを取らないくらい煌びやかな内装の廊下を歩く。道中、騎士っぽい装備を身につけた人や文官らしき人、メイドなどの使用人とすれ違うのだが、皆期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた眼差しを向けてくる。伊織達が何者であるのか、ある程度知っているようだった。

 伊織は居心地悪そうに最後尾をこそこそ付いて行った。

 美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前に到着すると、その扉の両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士二人がアデルバードと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事を待たず扉を開け放った。

 アデルバードは、それが当然というように悠々と扉を潜る。光など一部の人間を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉を潜った。

 扉を潜った後には真っ直ぐと伸びるレッドカーペットと、その中央に豪奢な椅子……玉座があった。玉座の前で覇気と威厳を持った初老の男が立ち上がって待っている。

 その隣には王女なのか十五、六歳くらいの金髪灼眼の美少女が、さらにその隣には鎧姿の好青年、そして伊織達の左右には合計六十人にもなろう騎士団達が等間隔に並んで佇んでいる。

 玉座の手前に着くとアデルバードは伊織達をそこに止めておき自分は国王の隣へと進んだ。

 そこへおもむろに手を差し出すと恭しくその手を取り、軽く手に触れないくらいのキスをした。どうやら国王より教皇の方が立場は上のようだ。これで国を動かすのが『神』であることが確定したな、と伊織は内心でため息をつく。

 そこからはただの自己紹介だった。国王の名をアル・フィルデナイト・ブラウン・クリスタといい、王女をアリシアというらしい。鎧姿の好青年はヴァレンタインという。

 後は、騎士団長などの高い地位を持つ者の紹介がなされた。ちなみに、途中、好青年やら騎士団員達の目が茜に吸い寄せられるようにチラチラ見ていたことから茜の魅力は異世界でも通用するようだった。

 その後、晩餐会が開かれ異世界料理を堪能した。見た目は地球の洋食と何ら変わらなかった。たまに、青や虹色といった非常に食欲をそそらない色の料理が出てきたが、実際には非常に美味だった。

 ヴァレンタインがしきりに茜に話しかけている様子を、男子生徒達がヤキモキしながら見ているという状況もあった。

 伊織としては、もしや矛先が向くのではと、内心期待したりした。とはいっても、鎧姿の人間に反抗することはないだろうが……

 王宮では、伊織達の衣食住が保障されていることと、訓練における教員の紹介もなされた。教員達は現役の中でも特に優秀な人材を集めたらしかった。いずれの戦争に備えて信頼性を築いておけってことだろう。

 晩餐が終わると、各自に一部屋与えられた部屋に案内された。天蓋付きベッドに愕然としたのは伊織だけじゃないはずだ。伊織は家具に対して広すぎる部屋にイマイチ落ち着かない気持ちになりながら、それでも怒涛の一日に張り詰めていたものが溶けていくのを感じ、ベットにダイブするのとともにその意識を落とした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 翌日から早速訓練と座学が始まった。

 まず、集まった生徒達は視聴覚室のような階段上になった教室の中央通路に来た者から順に並ばされた。そして、その先には青く光り輝く金箔の支柱の上に乗った水晶玉のようなものが置かれている。不思議そうにそれを眺める生徒達に、騎士団長はラテファ・クラフトが直々に説明を始めた。

 騎士団長様が、よそ者に付きっきりでも大丈夫なのかと思った伊織だったが、対外的にも内面的にも『勇者一行』を半端なものに任せる訳にはいかないということらしい。

 ラテファ団長本人も「面倒な雑務を副団長に任せられて良かった!」と豪快に笑うくらいだから大丈夫なのだろう。もっとも、副団長様は大丈夫ではないのだろうが……

「よし、全員並び終わったな?この水晶は魔力判定機だ。文字通り、自分のステータスを客観的目線で数値化して示してくれるものだ。最も信頼できる身分証ともなる。絶対になくすなよ?」

 非常に気楽な話し方のラテファ。彼は実にオープンな性格で「これから戦友となるやつに他人行儀で話せるか!」と他の騎士団員にも普通に接するよう注意するくらいだ。

 伊織達もその方が気楽で良かった。遥か年上の人たちから厳格な話し方をされると居心地が悪くてしょうがないのだ。

「今は透明で何の変哲もない水晶だろう?そこの上に手を一人ずつ出していってみてくれ。それで登録が完了する。登録の後ならば、『ステータスオープン』と唱えると表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理なんて聞くなよ?そんなもん知らんからな。こいつは神の意匠を凝った創造物だ」

 もう神に創られた物と聞いても、誰もウンともスンとも言わなかった。この世界の常識として割り切ったのだ。

 そんなことを片目に俺たちは一人ずつ水晶の上に手をかざしていった。すると、透明無色だった水晶がエメラルドの光を放った。伊織も同じように手をかざし唱える。

「ステータスオープン」

 すると……

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瀬良伊織 17歳 男 レベル1

スキル:記憶
HP:100
CP:100
視覚:A
聴覚:A
触覚:A
嗅覚:B
味覚:B

固有スキル:超速暗記、速読

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 表示された。

 まるで、ゲームのキャラクターになったかのようだと感じながら、伊織は自分のステータスを眺める。他の生徒達もそれぞれのステータスを穴が開くほど凝視している。

 団長から説明がなされた。

「全員見れたか?説明を開始するぞ?まずはレベルがあるだろう?それは各ステータスとともに上昇する。上限は分かっていない。だが、今までに到達されたと残っている記録は82レベル。つまり、レベルはその人間の到達できる領域を示す数値だと思ってくれ。でもまあ、異世界人の君たちならば、それを越えられるかもしれないな!」

 どうやら、ゲームとは違ってレベルが上がるに従ってステータスが上昇する訳ではなく、ステータスが上昇するからレベルも上がるようだ。

「ステータスは当然日々の鍛錬で上昇するし、特殊効果を持つ魔法や魔法具でも上昇させることが出来る。また、魔力の高い者は、比例して様々な数値が高くなる。詳しい事は分かっていないが、魔力によって体が何らかの影響を受けているのではないか、と考えられている。それと、後でお前らには装備を選んでもらう。『勇者一行』だからな、好きな物を選び放題だぞ!」

 団長の言葉から察するに、強い魔物を倒したからといって、チート小説のように、一気に高レベルになりました!って訳にはいかないらしい。

「次に『スキル』ってのがあるだろう?それは、言うなれば『天賦の才』だ。末尾にある固有スキルと連動して、その能力の領分においては無類の才を発揮する。それによって戦闘系か非戦闘系で分類されるんだが、戦闘系に分類される人間は少ない。千人に一人居てもいいくらいだ。非戦闘系も数がいるのかと言われれば少ないのだが……百人に一人はいるし、物によっちゃ十人に一人はいる。だがしかし、お前らに与えられたスキルは戦闘系だろう?」

 伊織は自分のステータスを見る。確かに、間違いなく、スキル欄には『記憶』とある。そして固有スキルには『超速暗記』に『速読』ときた。どう見ても戦闘系とは思えない。

 伊織達は上位世界の人間であるから、ルースの人達よりハイスペックなのである事はアデルバードから聞かされていた事。そして、光や剛、神奈に茜、その他の表情を見てもその事実が事実であることを告げていた。

 嘘だろう?と心中震える伊織のことなど構うことなく放たれた団長の言葉に固まり、震えを諦めに変えさせられる。

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均数値はHP、CPが共に100くらいだな。後の感覚はBかCが平均だ。まぁ、お前達ならその数倍、高い奴なら十倍はあるだろうな。全く羨ましい限りだ!あ、そのステータス内容についてはこの講義後報告してくれ。今後の参考にしなきゃならないからな」

 この世界の平均レベルは100とB、Cらしい。伊織のステータスには三個Aがあるだけで他は平均だ。伊織は嫌な汗を拭いながら、内心首を捻った。

 (あれれ?どう見ても平均値なんですけれど!?どの角度から見ても変わらないんですけれど!?上位世界でチートなんじゃないの??でも……他の皆んなは……)

 伊織はあってないような儚い希望にすがり、周囲をキョロキョロと見渡す。皆、顔を輝かせ伊織のように冷や汗を流している者は見当たらない。

 団長の呼びかけに、早速、光がステータスの報告をしに前へ出た。そのステータスは……

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一ノ瀬光 17歳 男 レベル1

スキル:限界突破
HP:1000
CP:1000
視覚:A
聴覚:A
触覚:A
嗅覚:A
味覚:A

固有スキル:全魔力属性適正、全魔力耐性適正、物理耐性、魔法術式操作、剣術、体術、先読み、気配感知、魔力感知

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 まさにチートの権化だった……

「ほお~、さすが勇者様と言ったところか!レベル1ですでに四桁か…………固有スキルが無数…………規格外だな……だが、頼もしい限りだ!」
「いや~あはは……」

 団長の称賛にまんざらでも無い表情の光。ちなみに団長のレベルは56。ステータス平均は3000前後にAが三つにBが二つ。この世界ではトップレベルの強さらしい。しかし、光はレベル1にして足元には届いている。訓練の次第によってはあっさりと抜いてしまいそうだ。

 それと、『スキル=才』であるからして、スキルに関しては増減はしないらしい。

 光だけが特別かと思いきや他の連中も、十分チートだった。それも、どいつもこいつも戦闘系スキルばかりだった。

 伊織は自分のステータス欄にある『記憶』をもう一度見つめる。固有スキルの『超速暗記』『速読』に関しても、どう首を捻っても戦闘職へのイメージが湧かない。どちらのスキルも学生ならば誰もが欲する技能ではあるが……

 頭の中が真っ白になった伊織。順番が回ってきたため団長に表示を見せる。

 今まで規格外のステータスばかり確認してきた団長の表情はホクホクしている。多くの強力な戦友の登場に歓喜しているのだろう。

 その団長の表情が「うん?」と笑顔のまま固まり、ついで「見間違いか?」というように角度を変えて表示を見る。そして、ジッと凝視した後、物凄く微妙そうな顔でもういいよと帰るように手を振った。

「ああ、その、なんだ。『記憶』ってスキルは知らないが、どうも戦闘では使いどこがなさそうだ。とりあえず、この講義の後私と一緒に来なさい。教皇様のところへ行って神の御言葉を聞きに行く」

 歯切れ悪く、後の事を説明する団長。

 その様子に、伊織を目の敵にしている連中が食いつかないわけがない。団長の言う通り『記憶』は戦闘向きでは無いだろう。クラスメイト全員が戦闘系スキルを持ち、これから戦いが待っているとあれば、役立たずになる可能性が高い。

 鈴木貴斗が、ニヤニヤとしながら声を張り上げる。

「おいおい、瀬良。もしかしてお前、非戦闘系か?記憶力強化してどうやって戦うんだよ?日本だったら良かったのにな!」

 貴斗が実にウザい感じで伊織肩を組む。周りの生徒達もニヤニヤと笑っている。

「まあ、やってみないと分からないけどね」
「じゃあさ、スキルがしょぼい分魔力量とかヒットポイントは高かったりするんだよなぁ~?」

 団長の表情で大体理解しているだろうに執拗に質問してくる貴斗。本当に嫌な性格をしている。取り巻きの二人もはやし立てる。強い者には媚び、弱い者には強く出る典型的な小物の行動だ。本当に文字通りの鼠男だ。事実、不快げに神奈や茜は眉を潜めている。

 茜に惚れているくせに、なぜそんな簡単なことに気づかないのか。そんなことを考えながら、ステータスを表示させる。

 伊織のステータスを見て貴斗は爆笑した。そして、取り巻きの連中もそれを見るや爆笑し、失笑する。

「ぶっはははっ~、なんだこれ!完全に一般人の上に委員長なら立派型じゃねぇか!」
「ぎゃははは~、平均が100なんだから場合によっちゃ小学生にも勝てないぜ」
「ぷぷぷ、無理だよ無理!死ぬぞお前!逃げテク学んだ方がいいぜ!」

 次々と笑い出す生徒に茜が憤然と動き出す。しかし、その前に冷静にその場を抑える人がいた。静香先生だ。

「おいおい、貴斗。そんなに笑ってやるな。私まで心が痛くなるでは無いか。私も非戦闘系のスキルの上にほとんどが平均値だ」

 クールビューティーな静香ちゃんには弱いのか、貴斗は静かになった。
 そして、静香ちゃんはそう言って、ステータス表示を「ほらっ」と言って伊織に見せた。

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紫藤静香 27歳 女 レベル1

スキル:移動
HP:100
CP:1000
視覚:B
聴覚:B
触覚:B
嗅覚:B
味覚:B

固有スキル:魔術術式操作、空間転移

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 伊織は死んだ魚のように遠くを見出した。

「あれっ?どうした?瀬良」とポカンと伊織を見つめる静香ちゃん。

 確かに全体としてのステータスはそれほどでも無い、と言うよりは低いけれど……魔力だけなら光にも匹敵してる。そして何よりーーそれ使える!多分使い方じゃ、戦闘系として使える!空間転移って瞬間移動よ!!

 伊織のように使い所がいまいち分からないスキルとは訳が違うのだ。つまり、静香先生も十二分にチートだった。

 少しでも一人ぼっちでは無いと期待してしまった伊織のダメージは深い。

「あらら、静香ちゃんったら、とどめ刺しちゃったね……」
「せ、瀬良くん!だ、大丈夫!?」

 反応がなくなった伊織を見て神奈が苦笑いし、茜が心配そうに駆け寄る。静香ちゃんは「あれれ?」と首を傾げている。相変わらずの静香ちゃんにギャップ萌えをするクラスメイト達。

 伊織に対する嘲笑を止めるという目的は達成されはしたものの、精神的ダメージを与える気遣いと、これからの前途多難さに、伊織は八重歯を見せながら力なく笑うのだった。
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