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序章No.2
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真夏のリゾート島。
目の前の海は恐ろしく静まりかえり、月が道のようにくっきりと海面を照らしている。摘み上げると指の間からこぼれ落ちていきそうなこの切なさを感じるのは紺碧のオーラを放つ潤ノ国中ノ村のせいだろう。
ここには騒がしいものはない。さまざまな果実が実る森。
騒がしい村人や獣の姿はここにはない。
少女は無言で、浜辺に立つ高床式草葺きの正面に立っている。
まだ幼気だが、端正な顔立ちの娘である。
小柄で華奢だが、弱々しさは感じられない。むしろ幾度の戦を通り抜けてきたような、強靭な印象を持たされる少女だ。そんなふうに思うのはキュッと引き締めた唇と、決して心を覗かれることを許さない瞳のせいかもしれないが。
彼女が身を包んでいるものは、頭まですっぽりと覆うぶかぶかのローブ。
漆黒のローブが潤ノ国・国王直属部隊“陰”の魔術師のものであると知る者は多くない。
小屋の中には五人の先客がいる。
月明かりが唯一の明かりのため姿を確認することはできない。しかし彼らの正体は言われずとも少女は知っていた。
“五統”と呼ばれる、五つの村それぞれでより力を持つ者の集う評議会である。
いずれも最高位の個性的能力の使い手か、はたまた並外れた頭脳の持ち主でありながら、彼らを取り巻く雰囲気は平静そのもので、自分がその場にいることに違和感を感じない。そのことが逆に恐ろしい。
彼女はローブの袖の中で無意識に杖を握りしめる。そしてーー
「ここに五統評議会を開く。名乗れ」
蚊帳の向こう側から声が聞こえた。口調は厳かだが、冷たさは感じない。威厳と落ち着きを加えた声だった。しかしどこかユーモアも感じる男の声だ。
「御鳥川です。御鳥川弓紀」
一瞬遅れて、少女は答えた。緊張のためか、かすかにしわがれた声になっていた。だが、蚊帳の向こう側に座る男は、構わずに質問を続けてくる。
「歳は?」
「十六です」
「そうか……御鳥川弓紀。国王直属部隊への配備の命を受けたのはつい半月前。十六の誕生日とともに……。あの大しけの“新春の大災厄”の最中に、その場で部隊員に拾われて一人で組織へと連れられていった……。その日のことをどう思う?」
蚊帳の向こう側の男が、突然、独り言のような口調で聞いてきた。弓紀の背筋が凍る。あらかじめ調べていたわけではなさそうだ。だとすると、弓紀の記憶を覗いたのだ。五統の中には秀でた開心術師がいるようだ。
「いえ……特には。怒涛の出来事だったので曖昧な記憶しかありません」
弓紀は小さく首を振った。その言葉は事実ではなかったし、当然、相手もそれに気づいたはずだ。しかし男は何も言わなかった。代わりに彼は命についての話を始める。
「任務についた経験は一度だけと言う認識で間違いなかったかな?」
「はい。潤ノ国西ノ村において二次災害防止の任務を受けました」
「あの自然災害はこれまでのものと比べ物にならない規模の被害を出した。人も草木も、あるいは獣も住処を追い出された。あの災害から君は何を得た?」
「恐怖と憎しみ、そして力を求める心を」
「ほう、力とは?君の言う力とは何を指す」
「理を読み解き、守るべきものを守れるもの。それを力だと思います」
「現時点でどれほどの力を持つ?」
「吸血鬼を討ち取れるほどには」
吸血鬼とは強気な姿勢を示す表現である。
「武術は学んだのか?」
「使えます。経験上」
「そうか?だったらいいがな」
蚊帳の向こうで、意地の悪い含みのある笑みが浮かんだような気配がした。
「ーー!?」
その瞬間、爆発的に上昇する異様な殺気はどこから向けられたものなのかを察知しようと、弓紀は目を閉じた。
穏やかに白波をたてる水の音。
足裏から伝わってくる地の振動。
何者かに揺すぶられる空気の揺らぎ。
弓紀は砂の浜辺を蹴り付けて、そのまま一回転して着地した。頭で考えての行動ではない。脊髄反射だけの行動だ。
砂の大地をえぐるように地面から突き出てきた刃は、直前まで弓紀が立っていた場所を貫いた。
弓紀の動きが少しでも遅れていたら、確実に命を落としていた。真剣による本気の一突きだ。
一人の小柄な女が、地の中から溶け出すように現れる。黒髪、黒装束ではっきりと言えたわけではないが整った顔立ち。口元をスカーフのような布切れで隠した人物。
女はアサシンだろう。国王及び五統に命じられた通りに行動する暗殺者だ。常にはアサシンであることを隠すため村人の格好をしていると聞く。
したがって、これはおそらく蚊帳の向こう側にいる誰かの企みなのだろう。しかしそれを理解する前に弓紀は反撃の手を打っていた。
「爆!」
杖を引き抜き、狙いを定め、その先の座標に魔力を集中。その溜まった魔力をアサシンの足元で起爆させる。
黒装束の女は微動だにせず、ナイフを構えたまま爆風の中を立っていた。
もう一度目を瞑り、周囲の空気を確かめる。
空気はやはり揺らいでいた。アサシンのかけた呪術なのかもしれないし、囲まれているのかもしれないし、何にしろ勝ち目はない。たとえ五統の仕業でなかったとしても、これだけの力量を持つ者なら私を殺すことなど容易いことだっただろう。しかし生きているということは殺すつもりではなかった。そう判断し、利き手を下ろした。
「これは……どういうわけですか?」
軽く息を乱し、ローブの中で足を震わせながらも、弓紀は力強く蚊帳の方へと顔を向けた。
すると、まるで決を採る際の賛成の拍手のように、蚊帳のなかからはまばらな拍手が聞こえた。
「うむ。冷静な判断力は持ち合わせているようじゃな。御鳥川弓紀とやらでオーケーなのではないのかの」
満足気にうなずく長老の姿は容易に想像がつく。そんな深く威厳のある声が聞こえた。
続けて優しそうな女性の声で、
「戦闘能力もそれなりで、危機回避能力は高い。そして何より流されるしかない恐怖を身をもって味わったことのある人材。配属期間半月という異例の事態ですが、私はこの件に肯定の意を示します」
「肯定の意……?」
蚊帳の方から聞こえてくる話に弓紀は眉間にシワを寄せた。身に覚えのない話題で自分が中心になっている。
「そうだ。お主が就任するには重い役職となろう任務だ。本来ならお前ではなく直属部隊のベテラン隊員または大尉ほどの地位の者が担う任務だが、状況が変わったーー上がりなさい、御鳥川弓紀」
最初の男の声が言った。その声に流されるまま渋々と従って、蚊帳の中に入った。深呼吸をして、正座する。
目の前の海は恐ろしく静まりかえり、月が道のようにくっきりと海面を照らしている。摘み上げると指の間からこぼれ落ちていきそうなこの切なさを感じるのは紺碧のオーラを放つ潤ノ国中ノ村のせいだろう。
ここには騒がしいものはない。さまざまな果実が実る森。
騒がしい村人や獣の姿はここにはない。
少女は無言で、浜辺に立つ高床式草葺きの正面に立っている。
まだ幼気だが、端正な顔立ちの娘である。
小柄で華奢だが、弱々しさは感じられない。むしろ幾度の戦を通り抜けてきたような、強靭な印象を持たされる少女だ。そんなふうに思うのはキュッと引き締めた唇と、決して心を覗かれることを許さない瞳のせいかもしれないが。
彼女が身を包んでいるものは、頭まですっぽりと覆うぶかぶかのローブ。
漆黒のローブが潤ノ国・国王直属部隊“陰”の魔術師のものであると知る者は多くない。
小屋の中には五人の先客がいる。
月明かりが唯一の明かりのため姿を確認することはできない。しかし彼らの正体は言われずとも少女は知っていた。
“五統”と呼ばれる、五つの村それぞれでより力を持つ者の集う評議会である。
いずれも最高位の個性的能力の使い手か、はたまた並外れた頭脳の持ち主でありながら、彼らを取り巻く雰囲気は平静そのもので、自分がその場にいることに違和感を感じない。そのことが逆に恐ろしい。
彼女はローブの袖の中で無意識に杖を握りしめる。そしてーー
「ここに五統評議会を開く。名乗れ」
蚊帳の向こう側から声が聞こえた。口調は厳かだが、冷たさは感じない。威厳と落ち着きを加えた声だった。しかしどこかユーモアも感じる男の声だ。
「御鳥川です。御鳥川弓紀」
一瞬遅れて、少女は答えた。緊張のためか、かすかにしわがれた声になっていた。だが、蚊帳の向こう側に座る男は、構わずに質問を続けてくる。
「歳は?」
「十六です」
「そうか……御鳥川弓紀。国王直属部隊への配備の命を受けたのはつい半月前。十六の誕生日とともに……。あの大しけの“新春の大災厄”の最中に、その場で部隊員に拾われて一人で組織へと連れられていった……。その日のことをどう思う?」
蚊帳の向こう側の男が、突然、独り言のような口調で聞いてきた。弓紀の背筋が凍る。あらかじめ調べていたわけではなさそうだ。だとすると、弓紀の記憶を覗いたのだ。五統の中には秀でた開心術師がいるようだ。
「いえ……特には。怒涛の出来事だったので曖昧な記憶しかありません」
弓紀は小さく首を振った。その言葉は事実ではなかったし、当然、相手もそれに気づいたはずだ。しかし男は何も言わなかった。代わりに彼は命についての話を始める。
「任務についた経験は一度だけと言う認識で間違いなかったかな?」
「はい。潤ノ国西ノ村において二次災害防止の任務を受けました」
「あの自然災害はこれまでのものと比べ物にならない規模の被害を出した。人も草木も、あるいは獣も住処を追い出された。あの災害から君は何を得た?」
「恐怖と憎しみ、そして力を求める心を」
「ほう、力とは?君の言う力とは何を指す」
「理を読み解き、守るべきものを守れるもの。それを力だと思います」
「現時点でどれほどの力を持つ?」
「吸血鬼を討ち取れるほどには」
吸血鬼とは強気な姿勢を示す表現である。
「武術は学んだのか?」
「使えます。経験上」
「そうか?だったらいいがな」
蚊帳の向こうで、意地の悪い含みのある笑みが浮かんだような気配がした。
「ーー!?」
その瞬間、爆発的に上昇する異様な殺気はどこから向けられたものなのかを察知しようと、弓紀は目を閉じた。
穏やかに白波をたてる水の音。
足裏から伝わってくる地の振動。
何者かに揺すぶられる空気の揺らぎ。
弓紀は砂の浜辺を蹴り付けて、そのまま一回転して着地した。頭で考えての行動ではない。脊髄反射だけの行動だ。
砂の大地をえぐるように地面から突き出てきた刃は、直前まで弓紀が立っていた場所を貫いた。
弓紀の動きが少しでも遅れていたら、確実に命を落としていた。真剣による本気の一突きだ。
一人の小柄な女が、地の中から溶け出すように現れる。黒髪、黒装束ではっきりと言えたわけではないが整った顔立ち。口元をスカーフのような布切れで隠した人物。
女はアサシンだろう。国王及び五統に命じられた通りに行動する暗殺者だ。常にはアサシンであることを隠すため村人の格好をしていると聞く。
したがって、これはおそらく蚊帳の向こう側にいる誰かの企みなのだろう。しかしそれを理解する前に弓紀は反撃の手を打っていた。
「爆!」
杖を引き抜き、狙いを定め、その先の座標に魔力を集中。その溜まった魔力をアサシンの足元で起爆させる。
黒装束の女は微動だにせず、ナイフを構えたまま爆風の中を立っていた。
もう一度目を瞑り、周囲の空気を確かめる。
空気はやはり揺らいでいた。アサシンのかけた呪術なのかもしれないし、囲まれているのかもしれないし、何にしろ勝ち目はない。たとえ五統の仕業でなかったとしても、これだけの力量を持つ者なら私を殺すことなど容易いことだっただろう。しかし生きているということは殺すつもりではなかった。そう判断し、利き手を下ろした。
「これは……どういうわけですか?」
軽く息を乱し、ローブの中で足を震わせながらも、弓紀は力強く蚊帳の方へと顔を向けた。
すると、まるで決を採る際の賛成の拍手のように、蚊帳のなかからはまばらな拍手が聞こえた。
「うむ。冷静な判断力は持ち合わせているようじゃな。御鳥川弓紀とやらでオーケーなのではないのかの」
満足気にうなずく長老の姿は容易に想像がつく。そんな深く威厳のある声が聞こえた。
続けて優しそうな女性の声で、
「戦闘能力もそれなりで、危機回避能力は高い。そして何より流されるしかない恐怖を身をもって味わったことのある人材。配属期間半月という異例の事態ですが、私はこの件に肯定の意を示します」
「肯定の意……?」
蚊帳の方から聞こえてくる話に弓紀は眉間にシワを寄せた。身に覚えのない話題で自分が中心になっている。
「そうだ。お主が就任するには重い役職となろう任務だ。本来ならお前ではなく直属部隊のベテラン隊員または大尉ほどの地位の者が担う任務だが、状況が変わったーー上がりなさい、御鳥川弓紀」
最初の男の声が言った。その声に流されるまま渋々と従って、蚊帳の中に入った。深呼吸をして、正座する。
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