ルー・ドミニオン

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潤ノ国東ノ村No.2

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『ついに化けの皮を剥がしやがった』

 村人は口を揃えてそう言った。
 百鬼冴仁は出来る限りの平静を保って小屋へと戻った。
 しかし、一人ではなかった。光の元で倒れていた謎多き少女を連れて帰ってきたのだ。服はびしょ濡れ、木製のオールで進む小舟。物騒な近頃、あのまま放っておくわけにはいくまい。
 冴仁は何となく少女を見る。小屋に戻りローブをとってみるとあまり人と接触しない冴仁でさえ、「あっ」と声を上げるほど整った顔立ちをしていた。艶やかな黒髪は肩にかかるくらいの長さをしていて、ちょうど良くきめ細かい肌をしている。
 滅多にみることのない自分以外の顔だからか、母以外に初めて接触する女性だったからか、冴仁の視線は自然と少女の瞳に引き寄せられる。比例して顔も近づいていきーー

「……はっ」

 少女の意識が覚醒した。真逆にボーッとしていた冴仁には、気持ちがいいくらいクリーンヒットしたアッパーがお見舞いされた。
 少しはだけたローブを引き寄せ、少女は壁に張り付きこちらを睨む。対して冴仁は打った後頭部を「イテテッ」と言いながらさすっていた。

「な、何なんですか……あなたは!?」

 少女は警戒心をあらわに言う。

「それはこっちのセリフだ。何なんだ……お前は」

 冴仁も警戒心を持ち直し、生真面目な瞳を睨み返した。
 少女は睥睨しつつ、手を掲げた。まるで、雲の上に広がる世界から何かを掴み取ろうかとするように。そして、

「結!」

 小屋の中に少女の澄んだ声が響き渡った。

「……何なんだよ、ほんとに」

 冴仁は落胆し、ため息を吐いた。吸血鬼の存在の尻尾を何か掴めると思っていたのに。冴仁はこの少女には関わるべきではないのかもしれない、そう思った。

「私たちの会話を立ち聞きしようとする者たちがいたので、その者たちとの干渉をシャットダウンしただけです」

 不機嫌そうに少女は言う。

「それは……どうもありがとう。ところでお前、名前は?」

 慇懃に質問する。

「御鳥川………………御鳥川弓紀」

 弓紀なる少女は警戒心を解くことなく答える。

「なら御鳥川、お前が吸血鬼なのか……?」
「……吸血鬼?」

 唐突に弓紀は小馬鹿にしたような口調で、首を傾げた。

「それをあなたが言うんですか。白夜ノ族、百鬼一族の生き残りのあなたが」

 冴仁の鼻の付け根に皺が寄った。助けてやった少女にまで、家系のことを弄られる。純白の前髪を掴み、憎たらしげに、その髪を睨みつけた。

「会ったそばから失礼なことを言ってくれる奴だな。だったら、何か文句があるのか?」

 冴仁は皮肉っぽい笑みを浮かべて、舐め回すような目で弓紀を見た。

「しらばくれるのも、いい加減にしてください。あなたは生粋の吸血鬼です。城下を騒ぎ立てているのもあなたでしょう?そして全てをひっくり返せる力で、一体、何をするつもりですか!?」
「えっと…………は?」

 弓紀は次から次へと冴仁の見覚えのない事実を突きつけてくる。それらを語るときの彼女の狂気的な勢いに、冴仁は一歩後ずさった。

「ち、ちょっと待ってくれ。吸血鬼?俺が?そんなわけないだろ。それに、もし俺が吸血鬼なら、こんな状況にはなってないだろ」

 手を広げ、周囲を見回す。冴仁はこれで納得してくれると考えていたのだが、弓紀はそうは考えなかったらしい。

「そうですか……。そう来ましたか……。しかし範囲内です。こちらもそう容易く、ことの顛末を赤裸々に語ってくれるとは思っていません」
「いや、だからさーー」
「黙っていてください。少し考えるので」

 弓紀は腕を組んで思案顔になった。それを見て、冴仁は頬を痙攣らせてはにかみ笑いを浮べる。濃いローブを羽織り、深くフードを被った謎の少女は、かなり自意識過剰な性格であるらしい。器は上物、性格難ありとはこのことだ。
 気を取り直して冴仁は立ち上がり、もう一度問うた。

「……それでお前は何者なんだ?」
「国王直属部隊“陰”に属する特殊部隊“魔”の者です。百鬼一族の生き残りは危険な存在であると命を受けています」

 弓紀は別人のような大人な目線と口調で話し出した。

「危険って……俺が?」
「百鬼一族に他に該当する人はいるんですか?」
「そりゃあ……いないけどよ」

 わけのわからない事態に頭が痛くなってきて、額に手を当てる。潤ノ国はこれまでも十分に白夜ノ族を邪険にしてきた。しかしどうやら、潤ノ国はついに白夜ノ族である百鬼一族を強制退去させる強行に出るつもりらしい。この状況の詳細を掴むため質問を続ける。

「で、そんな国王に関わるような奴が俺に何のようだ?今回の俺との接触はお前にとって予想外だったかもしれないが、どのみち俺とは接触するつもりだったんだろう?」
「頭が回るんですね。百鬼の生き残りは野生児だと聞いていたのですが」
「まあな……ってそれ褒めてんのか?」

 弓紀という少女は多少失礼な点を持ち合わせた人柄でもあるらしい。
 冗談はさておき、冴仁は頭をひねる。何の前触れもなく現れた使者。突如として現れた吸血鬼を名乗る者。偶然か、城下を騒がす吸血鬼の噂。これは何を意味しているのかーー。
 突然、冴仁の身体を鳥肌が駆け巡った。背筋が凍り、額から冷や汗が流れる。

「聞かされていた通り、本当に純白なんですねぇ。歴史書に載っている通りの特徴です。机の上の理論が事実とマッチすると気持ちいいですねぇ」

 今日はどういうわけか感情がころころと変化する。冴仁はこめかみの筋を伸ばし、天を仰ぎながら口を開いた。

「ほんとに……何なんだお前は!ドジっ子なのか、クールなのか、言っていることも謎だらけだが人間性も定まっていないのか!!」

 心の中で「スッキリしたぜ!」と叫ぶ。
 それでも結局、冴仁の心は曇り空になるのだった。弓紀は触れていた冴仁の髪から手を離し、胸元でその手を包み込むように逆の手でそれを覆う。
 冴仁は背後で生まれた力ない殺気を感じ、即座にナイフへ手を伸ばす。
 床から伝わる微かな振動を感じつつ、冴仁は彼女の動きを待った。
 




 

 
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