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イベントは避けられない

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 俺は予定通りロマン溢れる魔導図書館に来ている。学生証を見せると受付嬢は「はい、生徒さんですね……。……っ!え、Nクラス!!」と言い、若干の嫌悪を見せられた。声を聞くなり周囲の人々も陰口を叩き始める。
 ……何したんだよ。こんなの何かしないことにはこうはならないぞ。

「あのー学生証返してもらってもいいですか」
「え、ええ。どーぞどーぞ!……こんな物騒なもの持つだけ大損ですもの。でなくて、ご利用ありがとうございます」

 受付嬢はウフッと言いながらキラキラとした笑顔を作る。初めて知ったけど『笑う門には福来る』って事実だったんだな。嫌味な笑顔は伝染して仲間を作る。だったら『孤独門には福来たる』だろ。
 ……う~ん、ネーミングセンス!

「はぁ、ありがとうございます」
「ああ、ちょっと待ってください。これを持っていってください」

 入場しようとする俺は振り返ると受付嬢は片手の手袋を差し出していた。

「これは?」

 相手は誰であり仕事は全うするのか。感心しちゃう。

「これは高いところにある本に手をかざすと飛んでくる魔道具です。……ほんとはあまり貸したくはないのですが」

 また受付嬢はウフッと言っている。
 もうほんとこの人いい性格してる。この人は俺を傷つけずにはいられないの。まあ俺はこの世界の英雄ヒーローになれないのは分かっているけどコンチキショー……!!

「あ、ありがとうございます」
「それではお楽しみください」

 すでに扱い最悪だがな。「最も悪と書いて最悪だから最悪というのはやめましょう」とは言わせないくらいに。
 とはいっても、周りの目を気にしなければ図書館自体には顎が外れるくらい見惚れてしまった。もとより一人のやつは本を読むから、俺も本好きだ。俺の場合、一人は関係なく読んでいたから生粋の本好きといえる。であるから、この図書館は日本にあれば世界的な図書館になるに違いない、と断言できる。
 見かけでは少々大きな建物といった感じだが、東京ドーム一個分はあるのではないかという広さがある。魔法で拡張しているのだろう。
 そしてその広さの壁という壁には本が突き刺さっていて灯りはランプ。まさに中世の極み。
 ……そう。俺はこういうくつろぎの空間を求めていたんだよ。神様ありがとう……。

「ねぇ、君。やっぱり君だったか」
「何してんだよ、エリー。ああ、君か」

 片方はレイピアを腰にさした間違いようのない女騎士。もう片方は直剣を背中にかけている男騎士。女騎士はオンナキシと呼べばいいが、男騎士はなんで呼べばいいんだろう。
 俺の思ったことはもう一つある。図書館の中で、初対面の人の前でこんなことを言うのは不謹慎かもしれないが言わせて欲しい。
 ……ハイ!出ました美男美女剣士!キャラ集として見たときにそういえばまだ出てきていないな、と存在すら曖昧なのにいることにされるキャラ。そしてそいつらは毒舌、無神経キャラだったりする。

「えっと何でしょう」

 頬を吊り上げ、はにかんだ笑みで俺は受け応えた。

「君でしょう。総督が冒険者を学園に入れたっていう張本人」

 嫌味はない。第一印象は大丈夫。
 ……だが!この場合、相手を利用して自分にとって何かしらいい状況に持っていこうとするに違いない!
 偏見ではあるが、容姿が整った奴はろくな奴がいない。どこまでいっても偏見であって。全員だとは言っていない。そこのところよろしく。

「何のことでしょう。俺はどこにでもいる冒険者ですが」
「それで誤魔化しているつもり?あれだけの騒ぎを起こしておいて言い逃れは出来ないでしょう」

 エリーと呼ばれた女騎士はその豊かな胸を無駄に俺の腕に押し付けながら問いかけてきた。

「おぅ……」

 特盛。この弾力、もっとゆっくり味わいた……っと危ない。この純粋な笑み……でなくてあざとさ溢れる笑みに惑わされるわけにはいかない。

「エリー、彼が困っているよ。離してあげなよ」

 銀髪の男騎士は眠そうに本を読んでいたが、俺の方を見て何か気になるところがあったのか会話に加わってきた。

「おっとっと、悪かったね。いきなり抱きついて。でも君、面白そうだからつい抱きついちゃったよ」

 この女……!
 「すみません!てへ!」と口で言いつつ、舌をぺろっと出しているようなテンションで俺を見てくる。初対面の男にそんな行為をとれるのは美人か、御令嬢くらいなもんだ。こいつ男を手玉に取る方法が体に染み込んでやがる。

「アハハッ、大丈夫ですよ。問題ありません。ええ、たしかに言い逃れはできませんね。ところで何か用ですか?」
「いやいや、別にこれといった用があるというわけではないんだ。でも聞いたよ、十日後、現Nクラスのメンバーと模擬戦をするんだって。そんなのを聞いたら話しかけないわけないでしょ」
「はぁ……」

 既成事実を聞かれたところで、はいそうですねと言うしかない。上目遣いで尋ねられても「だからどうなんだ」という話だ。

「すまないね。ええと?」
「サイズです」
「サイズくん。俺たちは総督直属の騎士でね。簡単に言うと護衛のようなことをしている。総督が冒険者を自国の騎士育成所に入れたと言う話は前代未聞だったから俺たちは君に興味を持っている。そしてNクラスにいる者は捻くれた厄介者が多くてね。だから国民はあまり良い印象を持たないんだ。優秀な生徒たちなんだけどね」

 男騎士の説明は質問をいつでも受け付けてくれそうな緩さがあって聞きやすかった。その様子をエリーなる女騎士はふてくされた様子で眺めていた。

「護衛?ということはフロレスティーナ家とフェリスト家とは繋がりが?」
「ふぇぇぇ!何で分かったの!やるねーサイズくん。ところで、何でガルウェイはそんなイケメンなお兄さんキャラをやってくれちゃってんの?」

 銀髪騎士の名はガルウェイ・フェリストというらしい。それと、その皮肉は状況説明です。
 そんなことを考えているうちにエリーの密着度は度合いを超す。片パイでなく、谷間……!
 ……この人学ぶことを知らないの。そういうイベントはいいことがない。危険だこの人。そしてイケメン。
 「ふぇぇぇ」というのは図書館飲食していたからである。うん、間違いなくルール違反だろう。
 物事は対極的に捉えるべし、とは言うもののこれでは社会が崩壊するよ。

「い、いや、Nクラスに行った時の自己紹介で総督の護衛をする家系だって聞いていたから」
「なるほどねー。それでここには何をしに?」

 家柄の絡みはスルーですか。
 それにしても、フロレスティーナ家には見透かしたような声を出す秘術でもあるのだろうか。どうにもそんな感覚に陥らされる。

「……まあ模擬戦をすると言ったものの、それは彼らに納得させられる方法を提案しただけで。実際のところ勝てる作戦が思い当たらずのこのこ図書館に来たわけでして……」

 自分で言っていて情けなく思えてどんどん声が小さくなる。
 その様子を哀れに思ったか、それともやはり何やら目的を見つけたか、何やら含みのある表情でエリー騎士は問いかけてきた。

「ふーん、そっか。そういうことだったか。じゃあお姉さん協力しちゃお!」 
「協力?でも一応、あなたたち視線で言えばNクラスは味方でしょう。なのに何故よそ者を?」
「なぁに、君もよそ者とかそんなくだらない考えに賛同のたちなわけ」

 いいえ全然。だって俺“よそ者”だもん。
 だからこそ分からない。なんだかんだ言ってもNクラスは部下のようなもので、家族なのになぜ敵対する。
 『かわいい子には旅をさせよ』がかわいい子には苦労をさせよという意味だと理解しているからなのか。
 まさかな。この世界の人たちは考えも文明も、日本の世界で考えたら何百年も前のレベル。言語や哲学なんてもっともだ。
 ……これはやはり人を欺こうとする賊の考えか。

「そんなことはありませんけど。むしろその迫害対象ですから。そもそもそんなことは必要ないでしょう。そんなことをしても効率を落とすだけだ」
「分かっているじゃない。君は視野を広げるのが上手いのね。そこのところを総督は買ったのかな」

 エリーは顎に手を当てて、俺の瞳を探るように凝視した。今度はシャーロット同様のセミロングの髪に手を当て俺の全体を見る。

「あの……。どういうことでしょーー」

 俺は思わず口をつぐんだ。一瞬ではあるが、易々と立ち寄れない雰囲気を感じたのだ。それこそアリスに言うように氷の表情。苦笑いなんて許されない、体を硬直させる恐怖感。

「……ん?どうしたのかな?さぁさぁ、私が協力すると言ったらこんなところにいても意味がない。とにかく出ましょうか」
「……はい」

 俺は疑う心を忘れ、了承を示してしまった。
 悟ったように黙っていた。彼もこの緊張感は付き合い上知っているのだろう。前々に教えてくれないとは何気に薄情な人だな。
 俺たちは成り行きのままに図書館を出た。出る際、受付嬢の反応がどうであったかは言うまでもない。
 その時思った。腐ってもファンタジー。
 
 イベントは避けられぬ。

 
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