君の手は心も癒す 〜マザコン騎士は天使に傅く〜

嘉多山瑞菜

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35 思惑

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 王宮舞踏会はさすが目眩がするほどの豪華絢爛さだ。国王陛下と王妃陛下に挨拶するだけでも、国内外から恐ろしいほどの貴族や要人達が集まっている。
ウィテカー公爵家の夜会もすごいと思ったサブリナだったが、これは桁違いだと目を見張ってしまう。

 王族に綺礼をするというプレッシャーで落ち着かない母とサブリナに対し、父とエディはなぜかゆったりと構えている。

「良く落ち着いていられるわね」
 
 挨拶の列に並びながら、サブリナはエディにひっそりと声をかけると彼は肩をすくめた。

「ほら、男ってご婦人ほど礼儀とかマナーとか関係ないからね。直立して90度に頭を下げれば良いだけだから簡単なものさ。それにうちなんて末端だしね」

 緊張なんてしないよ、とカラカラ笑うからサブリナも毒気を抜かれてしまった。留学中の4年でずいぶん大人になったと感じるが、おおらかで良くいえば前向き、悪くいえば能天気なところは相変わらずどころか、拍車がかかっている。
この前向きさは母親譲りだが、その母ですら社交界が絡むと、途端に落ち着かなくなる。
綺礼でドレスの裾を踏むかもしれないからと、何をとち狂ったかドレスの裾を切り落とそうとしたくらいだ。
双子なのに、社交界の捉え方はずいぶん違うな、と感心してしまった。

 その間にも挨拶は進んでいく。

 セント・グローリア・アラゴン王国では一番最初に東西南北を統べる4大貴族と辺境伯が挨拶を行う。挨拶を終えると、そのまま国王陛下をはじめとする王族の両側に控えて、一緒に来賓達の挨拶を受けるのが慣例だ。

 この国は4大貴族と防壁を担う辺境伯が、確固たる繋がりで王家を守っているということを誇示する狙いがあるのだ。

 視線を国王陛下に向けると、当然ウィテカー宰相と夫人のディアラがいる。夫人の顔色が良く表情が明るいことにサブリナはホッとした。
彼女は輝くような笑みを零しながら挨拶を優雅に受けている。

 オーランドは王太子殿下の側に、静かな表情で控えていた。久しぶりに見る彼の顔にサブリナはじいっと見入ってしまう。
少し痩せたような気がするのは気のせいか。近衛騎士団の職務と宰相の手伝いと、ここ1ヶ月、ほとんど屋敷に戻ってこない。
忙しいから食事もままならないのだろう、頬骨から顎にかけての輪郭にシャープさが増したような気がした。

 じっと見つめ過ぎたせいだろうか、オーランドがふっと視線をこちらに向けた。

「ぁ・・・」

 目があい、視線が絡んだ気がしてサブリナは慌てて俯いた。胸がドキドキする。こんな遠くでしかも人波に埋もれているのだから彼が自分を見つけるはずがない。
 
「どうしたの?ブリー?」

 傍らのエディが訝しげな顔をする。慌ててサブリナは話の矛先を変えた。

「ガードナー辺境伯閣下を懐かしく感じてしまって」

 サブリナの返答にエディも前にいた父も振り返ると頷いた。

「そうだな、久しくお会いしていなかったからな」

 ガードナー辺境伯は父の旧知の中であると同時にサブリナの恩人だ。彼がいなければ自分は奴隷商人から助けてもらえず娼婦に身を落とすか自害していただろう。

「ご挨拶出来れば良いのだけど・・・」

 思わず願いが口に出てしまうと、エディがどうだかねー、とのほほんと答えた。

「さすがにこれだけの貴族が揃うと、僕たち下位は無理じゃない」

 あけすけに言うエディに、同じく能天気な母親がふふふと笑う。父親は咎めもせずに、わずかに苦笑するだけだ。周りの貴族達がギョッとしたようにこちらを見るのに気づくと、サブリナは苦笑した。

 モントクレイユが変わり者と言われる所以はこんなところにもあるのだ。





 

 貴族院に属する貴族と、諸外国や属国から招かれた来賓達の挨拶が進んでいく。
上位貴族や来賓達は、いちいち国王陛下が挨拶を受けて何かしらの言葉をかけて行く。

 貴族院に属さない中位から下位の貴族については、順番が来ると王宮侍従長が家名を読み上げた後、国王陛下の前で礼をして下がるのが慣例だ。

「続いて、モントクレイユ男爵家にございます」

 恭しく呼ばれて、国王陛下の前に進み出る。男爵と嫡男が一歩前に出て頭を下げるのに習って、サブリナは母親と一緒に綺礼をしたその時だった。

「モントクレイユ男爵か」

 国王陛下が口を開いたのだ。ざわりと周囲の貴族達がどよめいた。突然のことにサブリナは頭を上げそうになったが許されることではない。脹脛に力を込めて腰を落としたまま、ブワリと冷や汗が出るのを感じた。

「面をあげよ」
「はっ!」

 静かに家族揃って顔を上げると、うむと頷きながら国王陛下が言葉を続けた。

「モントクレイユの医術とそれにまつわる叡智は我の耳にも届いている。これからの我が国は高度な福祉を目指す時期に入った。そなた達の力に期待しておる」

 様々な感情が広間に波紋のように広がって行く。サブリナは夢でも見ているのではないかと身体がガタガタ震え始めていた。

 身体を震わせたまま腰を落とし頭を下げたサブリナのそばで、父の声はいつもと変わらず静かに、だが朗々と響く。

「ありがたきお言葉、身に余る光栄にございます。陛下のお言葉を胸に、王家への忠誠の元、医術の普及に務めて参ります」

 その言葉に満足したのだろう、国王陛下が頷くとやっと面前から下がることを許された。
周囲の貴族達の視線を避け、広間の隅っこに陣取ると家族でヒソヒソ話す。

「いったいどうゆうこと?!」
「大変なことになったわねぇ」

 こんな下位貴族に国王陛下からじきじきに言葉を賜るなんて異例中の異例だ。
慌てふためくサブリナに「落ち着きなさい」と男爵は言うと、妻の呑気な言葉にうっすら笑みを浮かべた。

「やれやれ、これもブリーの公爵家での貢献のおかげ?」

 エディの軽口にサブリナは目を剥くと「まさかっ!?」と否定した。いくら宰相と夫人が看護に感謝したとしても、陛下じきじきに言葉を賜るなんてありえない。

「まぁ、ありがたいことではある」
「目立ってしまったわねー、あなた」

 夫婦で目を交わしながら、分かりにくい会話をしていてサブリナは意味が分からない。
そんな姉を可笑しそうに見つめながらエディが補足した。

「国内の福祉に力を入れるっていう布告の一環なんだろうけど、多分、うちを利用するぞって言う宣告だよね、父さま」
「利用!?」

 そう、とエディは真顔で答える。嫡男の推察に男爵はふうと溜息を吐くと、そうだなと答える。

「政治的な思惑に使われるのだろう。これからはのんびりしていられないかもしれないな」

——政治的な思惑——

 この国の福祉の中枢に入ることはモントクレイユ男爵家の悲願だ。国中に施療院を作って民を救いたい、誰でも費用を気にせず治療を受けられる仕組みを作りたい、医術に関する教育施設を作り、人材を育て、職を与えたい。ずっとそう願って国王陛下と貴族院に陳情し続けてきた。

 だが、その想いを政治的な思惑に振り回され、駆け引きに使われるのであれば、それは違う。面倒ごとが増えるだけだ。

 父の男爵は浮かない顔になったサブリナを穏やかな顔で見ると続けた。

「それでも国が医術の普及に目を向けてくれたことはありがたきこと。今までは歯牙にも掛けられなかった。陳情してきたことが実を結ぶなら、我々は最善を尽くすだけだ」

 母も弟もその言葉にうんうんと頷いている。

 本来であれば栄誉なことだが、サブリナは素直に喜ぶことが出来ず、父の言葉に同意しながらも暗澹としたものが胸を覆って行くのを感じていた。





「良くそんなに食べられるわね」

 エディが皿に山盛りにした料理を見て、サブリナは笑った。

「だって王宮のご馳走だよ、すごい美味い!!めったに食べられないからね」

 大口を開けて肉を頬張るエディは、そうだ、となんでもないことのように続けた。

「さっきハリスに挨拶されたよ、どうやら国王陛下の拝謁を見てたみたいで、さっそく向こうから声掛けてきた」

 相変わらず軽いよね、というエディにサブリナは頷いた。

「・・・そう」

 ハリス・カルディア子爵。当然いるだろうが、顔を合わせたくないし、彼の俗っぽい野心に関わりたくない

「なにを話したの?」

 カナッペを口に放り込むと咀嚼しながら、サブリナを見るとニヤリと笑った。

「確かに貴方とは幼馴染ではあったが、それは過去のことだ。ご自分から縁を切った我々に、声をかけて頂く必要はない。醜聞塗れの当家には一切近寄らないほうが、貴方のためだ、と」
「まあ!」

 弟らしからぬ辛辣な物言いにサブリナは声を上げて笑った。

「やだ!あなたがそんな事を言うなんて」
「まだ、続きがあるんだ」
「?」

 エディはニヤリと笑い姉を見た。

「モントクレイユは自分達に益のある家、人間としか付き合わない。そういう意味でも、貴方は失格だ」
 
 悪い顔をしてドヤ顔をする弟に吹き出した。

「奥様も一緒でしょ、恥をかかされたって、恨まれるわ」
「恨めばいいさ、僕はもう16の子供じゃない。あの時傷つけられたブリーの尊厳も名誉も僕は守るよ」

 それまでの軽い表情を引っ込めて、真顔で言われたエディの言葉に思わず目頭が熱くなる。

 あの出来事は確かに心に傷を植え付けた。

 だが人生を一変させたものだったろうか。
両親は必要以上に過保護になったり、隠したりしなかった。心身の傷が癒えるようにと、看護術が普及しているノーランタン国へと治療に行かせてくれた。
そこで目を見張るような医術と患者の傷ついた心に寄り添う看護術に出会い、サブリナはそれを天命としたのだ。

 そう考えると自分は確かに貴族令嬢としての夢見るような結婚には縁がなかったが、あの出来事が、令嬢としての普通を諦めたようには思えない。
いずれにしろ、カルディア子爵との婚約を破棄して、何かしら医術や薬草学の道に進んで今と同じように充実した日々を過ごしていたような気がする。

 だからオーランドに伝えたことは間違っていたかもしれない、とふいに気づいた。
自分は自分なのだ。あの出来事は、不幸な事故でしかないのだと。そう思えるようになったのはオーランドのおかげかもしれない。

 サブリナは弟の顔を頼もしげに見返すと、ありがとうと伝えて続けた。

「私はもう充分に守られている。エディにもお父様、お母様にも。傷ついてなどいない。だって私には看護術がある。モントクレイユの人間としての誇りがある」

 姉の言葉を聞いて弟はニカッと満面の笑みを零した。
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