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42 渦巻く中
しおりを挟む「サブリナ嬢、ベッセルとクルーゼ は看護者としての能力はあるか?」
ガーランド辺境伯の問いにサブリナは和やかに答えた。
「はい、閣下。ベッセルは気が利きますし、クルーゼは力があるので頼もしいです。それに2人とも騎士だったことから、なによりも怪我や病気をされた騎士様の気持ちに寄り添って看護をすることがお出来です。申し分ございません」
サブリナの答えに、ガーランドは満足そうに頷くと、今度はサブリナの隣にいたモントクレイユ男爵に声をかけた。
「着々と計画が予定通りに進んでいて、国王陛下も満足されている。城下に建てた施療院2軒も順調に回り始めているな」
「はい、施療院には連れてきた医術師と、こちらで学ばれていた者と組んで診療にあたらせていますが、今のところ大きな問題も起きておりません」
モントクレイユ男爵の淡々とした報告に、ガーランド辺境伯は穏やかな眼差しをすると「始まりとしては順調で結構」と二人を労った。
辺境領のアテナスに来て3ヶ月。
膨大な課題に怯むことなく、サブリナは父とモントクレイユから一緒に連れてきた仲間達と共に、夢中で施療院と看護棟の運営に邁進している。
セント・グローリア・アラゴン王国は南東を海に面しており他国からの攻撃を受けにくい反面、北西は近隣諸国と陸続きであることから、過去においては侵攻されることもしばしばあった。
そんな北西を守るのが、辺境領のアテナスだ。ジェラール帝国と続く北は、起伏に富んだ山脈が隣国を塞ぐように連なり、切り立った険しい岩崖に囲まれている。その立地を生かして、国境沿いに長大かつ強固な防壁と要塞のような「アテナス城」を中心とした城塞都市を建設し、他国の侵攻から国を守っている。
西は国境が大河に沿って走っており、広大かつ複雑な地形に富んだ森に囲まれている。
ガーランド辺境伯の嫡男であるフェルゼンが大河沿いに砦を作り近隣諸国に監視の目を光らせていた。
そして、アテナス城があるここ北は防壁の要として機能している。
切り立った岩崖に広大な森、そして大河を挟んでいても隣国ジェラール帝国と陸続きだから、常に緊張関係を強いられているが、ガーランドは機知に富んだ計略と甚大な武力でジェラール帝国と渡り合い、長年続いた近隣を巻き込んでの戦争の最後に軍事同盟を勝ち得た。
この国を確固たる力で護っているのは、この辺境領であることは間違いない。
モントクレイユ男爵は若い頃、騎士団の専属医として従軍した経験がある。その時に怪我を負った当時侯爵家子息だったガーランドを助けたことから、身分を超えて友になった、とサブリナは聞いている。
その後、ガーランドは怪我を治し数々の武勲を立てて、この国に防壁をはじめとした城塞や砦、要塞などを建造し強固な護りを敷くまでになった。
サブリナは父とガーランドの信頼関係もさることながら、自分が攫われた時に助けてもらえたのはガーランドのお陰だったから、彼への親愛の気持ちは強い。なんとしてもここでの施療の仕組みを確立してガーランドに恩返しをしたかった。
ガーランド辺境伯はモントクレイユ男爵と2、3事務的なやりとりを行うと、さも無いことのように、チラリとサブリナへ視線をやりながら、話しを切り出した。
「最近、エントレイ帝国がちょいちょい、我が国にコナを掛けてきている。ここにいる限り安全であるが、それでも気をつけるように。城下や施療院へ不審な人間が来たら報告をするよう徹底しておくように」
ガーランドにかしこまりました、と頭を下げながら、エントレイ帝国と聞いて、サブリナは嫌な気持ちになった。
ジェラール帝国の従属国であるはずなのに、ここ最近、国境線へ近づいては散発的な交戦をしかけてきているからだ。それに対してジェラール帝国はダンマリを決め込んでいる。軍事同盟を結んでおきながら何を企んでいるのか。
新たな火種であることは間違いない。
ガーランドと父親が二人で話しながら立ち去る背中を見送ると、サブリナは気分を変えるように空を仰ぎみた。
辺境の地はセント・グローリア・アラゴン王国の最果て、北の地域だ。気温が低くどんよりとした曇り空が多い。
広がる薄曇りを見つめながら、サブリナは胸が騒めくのを抑えることが出来ないでいた。
深夜、見張り塔から激しい閃光が夜空に向い、けたたましい警報の鐘が鳴り響くう音を聴いて、夜勤をしていたサブリナは慌てて看護棟の執務室から外へ飛び出た。
この光は国境線での異変を知らせる警報だ。ただごとではないことは、ガーランド達の教えから分かっていた。
逸る胸を押さえて城に向かうと、表ではすでに沢山の騎士達が城門に集まっており、ガーランド辺境伯の配下である騎士団長達が一団を率いて出立するところだった。
「お父様っ!!何事ですか?!」
城内から数人の医術師達と走り出てきた父を見つけて、サブリナは呼び止めるとモントクレイユ男爵は厳しい顔でサブリナを見返した。
「南側の国境沿いの見張り棟で爆発が起きた。怪我人がいる模様だ。お前達も準備を」
「!?っ!!はいっ!!」
モントクレイユ男爵はサブリナにそう言い置くと、他の医術師を伴って馬に乗った。現地に向かい治療にあたるのだろう。
サブリナは大急ぎで自室に戻っていたヘンリエッタとカテーナを呼び戻し、施療院に向かうと騒ぎを聞きつけた新米看護人のベッセルとクルーゼ が既に来ていた。
「国境の見張り棟で爆発があったって・・・」
サブリナが二人にそう言うと、彼らは厳しい表情をした。
「恐らくエントレイではないかと・・・」
「くそっ!!あいつら、どういうつもりだ!」
憤る二人は元は辺境騎士団の騎士だった。だが先の戦争でベッセルは片目を失い、クルーゼ は脚に怪我を負ったことで騎士を辞め、看護人として新たな一歩を踏み出している。
騎士として働けなくなった者に新たな道を示すことに、ガーランド辺境伯が力を入れていることも、今回の医療福祉政策を実現させた一因でもあった。
彼らは元騎士らしく力もあり、怪我の後遺症はあれど良く動ける。そして何よりも穏やかで優しいから看護人としては適任だ。
サブリナは二人の言葉に頷くと、キリッと唇を引き結んだ。のんびりはしていられない。
「怪我人も出てるらしいわ。騎士団と一緒に医術師達も見張り棟へ行った。施療院に運び込まれてくるから、ベッセルはヘンリエッタと湯をたくさん沸かしてちょうだい。クルーゼ は私と一緒に備品庫へ。止血用の包帯や手巾類をとにかくたくさん準備しましょう。薬草類は
カテーナに用意するように、ベッセルから伝えて」
「「はいっ!!」」
威勢の良い二人の返事を聞くと、サブリナはどうか酷いことになっていないようにと願いながらクルーゼ と共に走り出していた。
「ぁあっ・・・!!」
「・・・ううっ!!」
夜が明け始めた頃、続々と痛みに呻き血塗れになった騎士達が荷車や馬車などに乗せられて運び込まれてきた。
「お父様っ!」
一団の中に騎士の肩を支えながら歩いて施療院に入ってきた父親を見つけて、駆け寄ると父は娘を見て問うた。
「準備はできてるな?」
「はい!」
「応急処置をしたが、重度のものから治療にあたる。手首にそれぞれ紐を付けてあるから、診察用の寝台へ運んでくれ」
「分かりました!白い紐から寝かせて行きます」
「頼む」
モントクレイユ男爵は肩を支えていた騎士をベッセルに預けると、素早く施療院に入っていった。その騎士の手首の紐は赤だ。脚を負傷しているが重症ではない。
モントクレイユでは有事に備えて、傷病の緊急度や重症度に応じて治療優先度を決めるための色分けの紐を導入している。効率よくかつ重症者を1人でも多く助けるためだ。
白は生死に関わるから最優先。赤はサブリナ達看護人でも手当が出来る。
もちろん看護人達にもそのことを教えてあるから、サブリナは全員に指示を出して色別に怪我人達を、施療院と看護棟のそれぞれの場所に振り分けていく。
「ひぃっ!!ブリーっ!!」
ヘンリエッタの悲鳴が聞こえて、サブリナは慌ててそちらに向かう。見ると、腹部から血が噴き出している騎士がいる
。手首の紐は白。爆発に巻き込まれ、腹に何か刺さったのを抜いたのか。
あまりの出血の多さに、ここまでの出血を見たことのないヘンリエッタが動転して何も出来ないでいる。
「それを貸してっ!!」
ヘナヘナと床に座り込んでいるヘンリエッタから手巾取り上げると、サブリナは自分に降りかかる血をものともせずに、騎士の身体に覆い被さり、血の吹き出す腹部に手巾を押し当てた。
騎士の顔が血を失いみるみる白くなっていく。
まずい、意識を失ってしまう。
医術師達の姿を探すが、それぞれが治療に当たっていて、まだこちらには来られない。必死に騎士の頬を叩きながら「眼を開けて!聞こえますかっ!?」と声をかけると男がうっすらと眼を開けた。サブリナの顔を見て驚いたように「あんた・・・」と微かに呟いたのでホッとする。
「今、止血をしますから眼を閉じないでください」
血の気の失せた唇がああと答えたような動きを見せると、サブリナは後ろで腰を抜かしたままのヘンリエッタに声をかけた。
「ヘンリエッタっ!!気付け薬ともっと手巾を!ヘンリエッタっ!?」
返事のないヘンリエッタに苛立って振り向こうとした瞬間
「ブリー、私が圧迫を変わります」
思ってもみない、だが懐かしい声が聞こえて来てサブリナはまさかと声の主を振り仰いだ。
「どうして・・・?」
コートを脱ぎ捨て、髪を手早く結い上げると彼女は手に消毒剤を吹き掛けて、ヘンリエッタの手から薬瓶と手巾を取り上げた。
サブリナの傍に膝を着き、サブリナの手の上から手巾を押し当てる。
「シャル・・・」
思いがけない再会に、サブリナの目が熱くなる。シャルはいつも通りの冷静な顔の中に、ちょっと照れたような笑みを浮かべると言った。
「話しは後です。ここは代わりますから、ブリーは次へ行ってください」
その言葉にサブリナは心強さを覚えて頷くと、ヘンリエッタを引き摺り起こして、次の騎士の元へ向かった。
負傷者は18名、うち重傷者は爆発物を投げ込まれた一番国境に近い見張り小屋にいた6名だったが、いずれも命に別状はなかった。
1人の騎士が投げ込まれた物が爆発物だと気づくのが早かったおかげだそうだ。
逃げろ!と言う号令のおかげで、その場にいた全員が直接的な爆発に巻き込まれず、爆風や飛び散った散乱物にやられただけで済んだと聞いて、ホッとする。
だが、それでも軽いと言ってもこれほどの怪我人が出るのだと、改めて辺境領が常に危険と隣り合わせなのだと言う事実にサブリナは暗澹とした思いでいた。
ガーランドは見張り棟の立て直しをするとともに、警備陣を厚く敷いて再攻撃に備えた。
そして、ガーランド直下の精鋭騎士団が首謀した人間を追っている。先程入ってきた情報では、逃走途中の何人かの敵を捕らえることができたらしく、城内に連行されてきているそうだ。恐らく苛烈な尋問が始まるのだろう。
「ブリー、交代しますよ。夕食を取ってきてください」
シャルに声をかけられてサブリナは重症者の包帯変えの手を止めるとありがとう、と頷いた。
シャルの登場にヘンリエッタとカテーナは涙を流して喜び、ベッセルとクルーゼ は心強いと大歓迎をした。
サブリナは嬉しい気持ちと、どうして、と言う複雑な心境だ。こんな危険なところにシャルを連れてきたくなかったのに。
「そんな顔しても帰りませんよ」
シャルは澄ましたドヤ顔をすると、サブリナの内心を見透かして答えた。
「エディが許すなんて思わなかったわ」
あのヘタレ、と弟を内心で罵しる。さっさと婚姻を申し込んで婚約しなさいよ、と。
シャルはサブリナのそんな顔がおもしろかったのか吹き出すとカラカラと笑いながら言った。
「一年です」
「?」
「ここでブリーと一緒に看護棟の立ち上げをやりたいと・・・エディ様には一年だけでいいから、やらせて欲しいとお願いしました」
「・・・シャル」
サブリナが眉尻を下げるのをシャルは明るい笑顔で見ながら続けた。
「この国初の医療福祉の施策ですよ。モントクレイユの看護人としてやりたいんです。ブリーに独り占めなんてさせません」
「独り占めなんて・・・ふふっ」
ジンと胸に熱いものが込み上げて、でもサブリナは釣られたように笑った。
嬉しかった、心強かった。そんな陳腐な言葉では表現出来ないほど、シャルが来てくれて幸せだ。
サブリナは目尻を拭うと、立ち上がってシャルの身体を抱きしめた。
「ありがとう、シャル」
シャルが優しく抱きしめ返してくれて、ここに来てはじめてサブリナは安らぎを感じていた。
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